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おやすみ *1


[おやすみ]

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打ちのめされたり疲れはてたりして何もかもが心に重いようなそんな時、
私はただそこで静かに待とうと思う。

君がすぐ側に感じられるようになるまで。

君が支えてくれるから、私は山の頂にだって立てる。
私と一緒にいてくれるなら私は荒れる海だって越えられる。

君の支えだけがきっと、私を強くするのだと思う。
私を支えてくれて、だから私はなんだってできるような、そんな気がするのだと思う。

それを知っているから、だから私は次の時も待とうと思う。
打ちのめされたり疲れはてたりして何もかもが心に重いようなそんな時、
君がすぐ側に来てくれる事を知っているから。

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「When I am down and, oh my soul, so weary♪」
ご機嫌である。

「When troubles come and my heart burdened be♪」
「ねえ、涼子さん、危なくない?」
熱唱系の歌を歌いながら凄い勢いでキャベツを千切りにするのは。
油物も横にあるし。目も閉じてるし。

「Then, I am still and wait here in the silence♪」
「ねえ、さっきから聞いてるけどさ。涼子さんはホワイトデーのお返し、何が良いのさ。」

「Until you come and sit awhile with me」
駄目だ。サビに入った。

「You raise me up♪, so I can stand on mountains♪」
たんたん。
「You raise me up♪, to walk on stormy seas♪」
たかたん。
「I am strong♪, when I am on your shoulders♪」

「You raise me up... To more than I can be♪」

心行くまで歌った後。
かたんかたんとコロッケを食卓において。

「匠君、ちょっと座りなさい。話がある。」
ふむ、と頷きながら涼子さんは言った。

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その1 山下準曰く
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帰り道は2月頭の冬の最後の寒さが覆っていてなんだか目がしぱしぱとした。
ぐいぐいと手袋をした手で目を擦っていると

「信じられない。」

と来た道を何度か振り返り周囲に人がいないのを確認してから、
すたすたと全く歩調を緩めずに和加葉は呟いた。

珍しく一緒に学校から帰る事になったと思ったらこれだ。

「何がだよ。」
とこちらも声を返す。
はなから部活動というものに全く興味を示さなかった俺が、
怪我をしたりだとか少々問題はあったものの
高校生活を通じてバスケット部のレギュラーの座を不動のものとしていた和加葉と一緒に帰る機会なんて殆どない。
というよりも理由が無い。
高校生にもなったら家が2件隣だからと言う理由で学校から一緒に帰ったりはしないものだ。
それが付き合ってもいない男女であれば尚更。
それが何故今日一緒に帰る事になったかと云うと
珍しく和加葉から一緒に帰ろうと声を掛けてきたからだ。
部活はどうしたと言う質問には答えもせず、
和加葉は俺を引きずる用に学校から連れ出すと、
一直線に俺達の家の方へとすたすたと斜め前を歩いている。

「何がって判ってるんでしょ?とぼけてるし。ムカつくし。」
昔ながらの準という俺の名前を淀みなく口にしながら
うううううと噛み付きそうに首だけをこちらを向けてくる。
依然として歩調を緩めずに首だけを横にに向けられるのは運動神経が良いからなんだろう。

まあ和加葉が何を言いたいのかは判っている。あれだろ。

「そうよ。あれよ。何?調子に乗ったわけ。準は。最低だよ。まったく。」
この勢いで歩くと後3分で家についてしまうと気が付いたのだろう。
あと3回左に曲がれば家に着くという坂道で和加葉はぎゅっと立ち止まった。
肩の上に乗っている髪が跳ねる。
顔は依然としてこちらを向けている。
顔をこちらに向けながらすたすた歩くところといいぎゅっと立ち止まるところといい、
ちょっと怖い。
その上和加葉は八重歯がちょっと出ているものだからなんとなくドラキュラっぽい。

和加葉がそのまま動かないので自然と俺も立ち止まる形となった。
横に並ぶ。
俺達が急に立ち止まったので後ろから走ってきていた自転車のおばさんが
おっとっとなどと言いながらふらふらとよろけて追い抜いていく。

「いや調子には乗ってないけどさ。客観的な視線で見たら岸涼子さんが俺にチョコレートの好みを聞いてきた事には違いがない訳じゃん。好みを聞いてくるっていう事は俺にチョコレートをくれるつもりがあるってそういう事だろ。」

ということはつまりはまあそういう事だろ。と言うと
和加葉はぐるりと首を進行方向に向けて坂の下った先の家にある柿の木を見下ろしながら溜息を吐いた。
真っ白の息がふうと和加葉から浮かぶ様がなんだか少し艶かしい。

こいつは年々可愛くなってくる。
口を尖らせた和加葉の横顔を見ながら俺はそう思った。
活動的な割りに眦の下がったおっとりした目元は少し幼く見せるけれど
顔立ちは相当可愛い方だろうと思う。
八重歯も子供の頃は気にしていたけれど
最近じゃそのお姫様風の容貌にちょっとついた八重歯っていう傷がむしろ彼女の可憐さに華を添えているのだとは和加葉をお気に入りのクラスメイトの言葉だ。
子供の頃はくしゃくしゃだったおかっぱ頭は今は綺麗なウェーブが掛かった肩までのミディアムヘアーになったし、
痩せっぽちの子供の頃は不健康そうに見えていた元々色素の薄かった真っ白い肌は、スポーツをやって健康そうに見える今は寧ろアンバランスな魅力を見せている。
胸もほんの少しは膨らんできたようで、
最近じゃ体操着の時なんかにクラスの男子の視線を集める事もあるらしい。
昔は本当にぺたんこだったくせに。
クラスのとある男子曰くああいう形は大きさはBでも美乳なんだぜだとか。

クラスでも可愛いと言われているし、
まだ恋人は居るという話は聞いたことがないけれど
部活やらクラスやらでも狙っている男が多くてそういう男から家に電話が掛かってくる事も多いと聞く。
母親もうちの母ちゃんと違って美人だし父親はそこそこ有名なデザイナーさんだ。
専業主婦と公務員の父親を持つ俺とは大分違う。

まあ、そんなこんなを聞くと幼馴染としてはなんだかとても差を付けられている様であんまり面白くはない。
俺が地味だからお前も不細工でいろってのはいくらなんでも無茶苦茶な論理ではあるからそんな事は言わないけれど。。

「あのね。準。ようく聞いて。私はどうだっていいんだけど、
本当にどうだっていいんだけど
準が調子に乗ってると可哀相だから言ってあげるよ。」

唇を噛み締めつつ、むむむといった感じでようやくこちらを向くと
和加葉は噛み付きそうな口調で俺に語りかけてくる。
どこがお姫様風なのか、理解に苦しむ。

「あのな。いくらなんでも失礼だろ俺に。」
むっとした声で返すと、和加葉は更に睨みつけてくる。

「うるさいなっ、色々言いたいけど、なんかもう可哀相になってくるから言うけど。
ありえない。
涼子ちゃんが準の事を気に入っているなんて、ありえないの。
そんな夢見ちゃ駄目。日本が次のワールドカップで優勝する位ありえない。
あとカープが優勝する位ありえないの。
準は準なんだから。」
叱り付ける様に早口にそう言うとこちらをびっと指差してくる。
部活での怖い3年生の先輩をやり慣れているのか
口調といい態度といい実に堂に入っている。

「ひでえなお前。そりゃ釣りあいは取れないかもしれない。
それは認めよう。
でも岸さんだって地味目なのが好きとかあるかもしれないだろ?
こういうのは判らないんだぜ?お前みたいなのには判らないかもしれないけれどなっ。」
そりゃ俺は特にきゃあきゃあ言われるような特技はないけれども
地味目だというのも特技の一つだ。多分。

ちっちっち和加葉の顔の前で指を振りながら理性的に応対する俺。
和加葉を相手にして普段ならこうはいかない。
気持ちの余裕がこうさせるのだろう。

「ばっ・・・ばばばばっ馬鹿にするなっ!大体準は地味目じゃなくて地味だもん。
目とか言うなごまかすな。それはともかくありえないのっ!
変な希望を持ったら傷つくから親切で言ってあげてるのにっ!」
和加葉は怒鳴った。

「なんでだよ。そもそも今まで殆ど話した事もなかったんだぞ。
それを急にチョコレートの好みはなんだ?とか聞かれたんだ。こりゃあれだろ。」

岸涼子さんはほのかな想いを俺に募らせていたと、そう考えるべきだろ。
ま、お前にはわからない俺の男としての魅力がそうさせたんだよ。ふふん。
とそういうと、 むむむと肩を震わせながら和加葉は叫ぶ。

「ああ、もう!馬鹿じゃないの!?ああ、馬鹿っ!」
そう叫ぶと、
もう、どうしようもない。馬鹿だ。うううううとか唸ってから
和加葉は自分の家の方に全力で走りだした。
ウェーブの掛かった少し淡い色の髪の毛がぴょこぴょこ跳ねながら凄い勢いで遠ざかっていく。

なんだったんだ。
つい最近まで現役だったバスケ部レギュラーの全力疾走に適う訳がないので
俺はぼんやりと見送る事にする。

ここまで一緒に帰ったんだから最後まで一緒に帰りゃいいじゃねえか。
という俺の呟きは当然届く筈もなくて
葉っぱが一枚も付いていない楓の木が立ち並ぶ目の前の坂道に吸い込まれていった。

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バレンタインで連載したものです。全6回。
  

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by obtaining | 2008-03-12 21:54 | document

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