<   2008年 03月 ( 13 )   > この月の画像一覧

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まだ尖っては、いない。
まだ充分ではない。
剣に水を掛け、手を前後に動かす度に金臭い匂いと共にシュイっという鋭い音が部屋の中に響き渡る。
放っておいて久しいこの鈍らの剣と共に、自分の心を奮い立たせようとする。

『勝てるか?勝てるわけが無いだろう。』
『お前はただの宿屋を経営している若造だ。』
『相手を誰だと思っている?あの怪物どもを片手で屠るような奴らだ。
黙っておけ。黙って我慢をしていれば、そのうち出て行く。』
『それまでのほんの少しの我慢さ。そう、あと3日もすれば。
3日もすればあの怪物を倒して、町中の感謝の声と共に出て行くさ。あの勇者達は。』
頭の中で声が響く。

頭の中の声を振り払うように前後に動かす手を早めたその瞬間、後ろから声を掛けられた。
後ろを振り向く。
いつの間にか部屋のドアが開かれていて、そこにサクヤが立っていた。

「サクヤか・・・どうした?」
できる限り明るい声を掛けてやる。
黒眼が印象的なエキゾチックな顔立ち、前髪に軽くウエーブがかかったセミロングの髪、
小麦色に焼けた肌、すらりとした肢体。
サクヤは19歳と言う年齢の割りには情熱的とも言える大人びたイメージを持っている美少女だった。
俺より5歳も若いが、その大人びたイメージのせいでそれほど年齢差があるようには周囲には見られない。

彼女は、この宿屋の従業員の一人でありおれの許嫁でもあった。
結婚をするつもりだった。結婚の予定もあった。
そう、3週間前までは今日のこの日に結婚式を挙げる予定だった。

「…冬真さん、いってきます。」
そういってサクヤが俯く。
近寄っていってぽんとその頭を撫でてやる。

「そうか、失礼の無いようにな。」
俺の言葉に、ぎゅっと唇を噛み締めたままサクヤが頷く。
動こうとしないサクヤの肩を押して部屋の外に押し出すとようやくサクヤは俺に背を向けた。
のろのろと2階への階段の方へ足を進めている。
--このまま行かせるのか。

「耐えろ。」
思わず漏れた俺の言葉にサクヤの肩がびくっと震えた。
どちらかと言えば俺の前では天真爛漫な態度の方が多かった、
子供のようにふざけるのが好きだったサクヤがこんなに怯えている。

「すぐに終わる。こんな事はすぐに終わるんだ。そうしたら結婚しよう。」

サクヤの震えが止まる。

「はい、冬真さん。帰りにまた寄りますから。」
俺に背を向けながらそう言って、サクヤは今度はしっかりとした足取りで階段を上っていった。

@@

王国にモンスター、と呼ばれる怪物が出現し始めてからもう5年になる。
それらが本当に文字通り”モンスター”なのかどうかはわからない。
奇怪な姿、過去の文献にあるオークと呼ばれる怪物に擬した姿から、モンスターと呼ばれているだけだ。

2足歩行し、見た目のみで言えば猫背の人間に見えなくも無い立ち姿。
しかし通常の人間のほぼ1.3倍、つまり2メートルを優に超える身長とそれに付随する凶悪な筋肉。
暴力的で野蛮な性格でありながら人語を解し、村々を群れで襲う奴らはまさにモンスターだった。

更に奴らの生殖方法が判明するに連れ王国中をパニックが襲った。
全滅を免れ生き残った村の人間達から、奴らが人間の女に子を産ませる事が判ったのだ。
奴らは村を襲い、食料を奪うだけでなく若い女を自らの巣に浚い、子供を作らせるのだ。
詳細を聞いたものは誰もいないが、町では生まれた子供も又、モンスターであるとか、
モンスターどもは、人間にしか子を産ませられないのだという噂まで流れている。

このパニックに対し、当初は散発的な軍の出動対応でモンスターどもを退治しようとしていた王国だったが
寧ろ軍の出動は更なる混乱をもたらした。
緒戦にてモンスターどもに散々に打ち負かされた末、軍が駐留した町では略奪が横行し、
挙句の果てにクーデター騒ぎまで起きた。
そもそもモンスターどもは山の奥深くや森の中、打ち捨てられた廃墟を住処として小規模な群れを成しているらしく大規模な軍による討伐は現実的ではなかったのだ。

数年間に渡る討伐作戦の後、多大な犠牲を払った王国は軍による討伐を諦め、新たなモンスター対策を打ち出した。

少数の強力な私兵隊によるモンスター討伐組織を作り上げ、虱潰しにモンスターを狩らせる事にしたのだ。
王国は広い。1対1でモンスターに勝てる事を条件に大きな権力と富を約束した私兵隊に数十人もの志願者が集まった。王国はその中でも腕利きの5人を【Mut】と名づけ、モンスターどもを狩らせると共に大きな権限を与えた。つまり、不逮捕特権である。
【Mut】は市民の家に上がりこみ、モンスター退治に必要と思われるものは全て接収する事を許された。
町にある店に対し、要求をする事で武器防具などを破格の値段で受け取る事を得た。
【Mut】はモンスターを狩る為のあらゆる協力を市民から得る事ができる権利を国家から受け取ったのだ。

しかし軍が引き上げた後に自分達を守る手段を失った市民達に【Mut】は熱狂的に迎えられた。
どの町も【Mut】が自らの町に来て、周囲から危険を取り払ってくれる事を望んだのだ。
【Mut】がモンスターを退治し、幾つもの町を開放するにつれ、【Mut】の面々はそれぞれ市民達から勇者と崇められるまでになっていた。


@@

「ちょっと失礼するよ」
コンコンというノックの音と同時にドアが開かれる。
慌てて研いでいた剣に袋を被せて隠すと同時に営業的と言っていい笑顔を作り出してから振り返った。
開いたドアの向こうには【Mut】の一人がいた。
知的な眼差しが印象的な、大体年格好は俺と同じくらいであろう青年である。
仲間からはアイスベルクと呼ばれるこの青年は
この町に来た3人の【Mut】の中でも最も年が若く、
それでいて【Mut】の中でも一番の実力派だとの専らの噂の人物だ。

「どういたしました?勇者様。」
慌てて前掛けで手を拭きながら駆け寄る。
年恰好が同じでも相手は国を代表し、市民からも熱狂的に支持されている勇者である。
気さくに声など掛けられる相手ではない。

「夜半にすまないが酒をもらいたくてね。」

「それでしたら態々こんな所にまでいらっしゃらなくても・・・」

「サクヤはハルトの相手をしているからね。他の従業員を起こすには忍びない。」

「あっ!」
平然としたアイスベルクの言葉に思わず声を出し慌てて声を噤む。

「助かっているよ、サクヤには。」
俺の反応を知ってか知らずかアイスベルクは言葉を続ける。
この男は俺がサクヤの許婚だという事も知らないのだ。

当たり前だった。
勇者は希望を口にするだけでいい。それは市民から与えられるからだ。
市民は断る事など出来ない。
「モンスター退治に必要だから」
そういわれて箪笥の奥の金貨を奪われた市民は言うだろうか。
「それは母の病気の治療代に・・・」
言える筈がない。
市民の事情など、勇者は知らないのだ。

@@

初めて町に来た日、アイスベルクと呼ばれるこの男は
勇者に宿を提供できる喜びに身を震わせ、
床に這いつくばって挨拶する俺に気さくな感じでこう言った。

「モンスター退治というのも気が張る仕事でね。
  君達にはただ暴れているだけと思われているだろうけれど。」

「そんな事は・・・御国を守る大事な勤めで御座いましょう。
  我々も勇者様に守られてようやく日々の暮らしが保たれるので御座います。」

「そういってもらえると助かるよ。所で、頼みがあるんだ。」
そう言うとアイスベルクはまあ、そこの椅子にかけたまえ。と身振りでそう示した。

「はい。このような薄汚れた宿ですが、お持て成しには自信を持っております。何なりとお申し付け下さいませ。」
ようやく立ち上がり、椅子に座りながらそう言ったこの俺にアイスベルクはやや照れたような表情を見せてこう言ったのだ。

「男3人で旅をしていると困る事があってね。」

「は?」

「いや、君達には判らないかもしれないが幾ら怪物と言えど命を奪う行為というのは楽しいものではない。」
「お察し致します。大変なご苦労がおありでしょう。」

そういうとアイスベルクは逞しく発達した腕で髪を掻き毟った。
綺麗な流れるような金髪が乱れる。
「ああ、単刀直入に言おう。」
「はい、なんでも仰ってください。」

「我々には夜、共に寝てくれる女が必要なのだ。」
「なるほど判りました。」
その程度の事なら何の問題もない。
と共に照れたようにばりばりと髪を掻き毟る彼に少し可笑しくなった。
そうか、勇者様ともなると娼館に行く事もままなるまい。

「この町にも娼館はいくつか御座います。そこから毎夜、呼ぶように致しましょう。
勇者様ともなるとお目は高いでしょうが、この町にもそう悪くない娘達がいるのですよ。」
相手の照れを覆い隠してあげるように下卑た口調を使う。
これも客商売の一つだ。

と、その瞬間アイスベルクはぬっと手を前に差し出してきた。
「いや、それには及ばない。というかそれ、困るんだよ。」

「は?と、申しますと」

「この宿屋は我々が借り切っている。まあ怪物どもを退治するのに1週間、といった所か。」
「はい。光栄で御座います。」
その時の俺は1週間と言わず1月でも1年でもいてもらいたい気分だった。
勇者が泊まったと為ればハクが付くし、売り上げに相当する額は国から税金の免除と言う形で補填される。
「市民は固唾を呑んでこの宿屋を見守っているだろう。
そこに毎夜毎夜娼婦が出入りしてみろ、どうなる。」

「そ、それは判らぬように」
そう言った俺にアイスベルクは首を振った。
「俺達に抱かれた娼婦が口を噤むか?娼館の主が黙っているか?」
「そ、それは・・・」

「市民の味方でいる以上、私達は娼婦を買う訳にはいかないんだ。」
でだ。とアイスベルクは続けた。
「ここの宿屋には若い娘がいたな。玄関で立ち働いていた娘だ。あれを借り受けたい。」

「いや、それは!ご心配でしたら他の町の娼館に何とか口を通すように致しますから」
思わず出した高い声にアイスベルクは言った。

「判っている。判っているよ店主。店主の真面目さは私も先ほどから聞いてようく判ったつもりだ。
幾ら飯炊き娘だからと言っても従業員に余計な負担を掛けさせたくないのだろう。
だから3人とは言わない。あの娘1人でいい。」

「いや、も・・・申し訳も御座いませんがそのお申し出だけは」
その瞬間、アイスベルクが凄まじい目つきで俺を睨みつけた。
一般市民とはいえ、荒くれどもを相手に宿屋を張ってきた俺が一度も見たことの無いような死を孕んだ目つき。
「店主。さっきも言ったが、幾らモンスターと言っても人間の姿をしている敵、殺すのには覚悟がいる。
 我々は自らの故郷でもない町で死を覚悟して宿を出て、命を奪う覚悟で何匹いるかわからないモンスターどもの巣に乗り込んでいく。我々は攻撃的になったその精神を夜正常に戻す為に女が必要なのだ。この事は我々の唯の我侭ではない。モンスター狩りそのものに必要な事項なのだ!」

切りつけるように放たれたその言葉に俺はうな垂れた。
自分が追い詰められた事を悟った。
うな垂れた俺を見てアイスベルクがうって変わった軽い調子で言葉を続ける。

「それに毎日3人を相手しろと言うわけではない。
モンスター狩りというのには、まあ、役割分担のようなものが出来ていてね。
モンスターどもを殺すのは大体1人づつなのさ。
だからまあ、彼女も相手をするのは一日一人、多くて二人だと思ってもらって良い。
若い娘さんだ、その位体力は持つさ。
それに期間だってこの町が平和になるまでだ。」

「君は心配しているかもしれないが、若い娘の事、
店主である君が言えば自分に言い訳も立つし思ったより思い詰めないものだよ。
無論抱かれた事は言えまいが、現に他の町では俺達が泊まった宿の評判が上がって
そこで働く娘さん達が良い嫁ぎ先に嫁いで行ったなんて話もあったみたいだよ。
だから後のことも心配が要らない。」
そんな事まで言う。

心臓がばくばくとして声が出なかった。
身動き一つ取れない。
相手のあまりにあからさまな言葉に我を失いかけていたと言っていい。
うな垂れて動かない俺の態度を了承したと受け取ったのか、アイスベルクは「ははは」と笑った。

「いや、助かった助かった。あいつらは無骨者でさ。こういう役割はいつも俺なのだよ。」
そういって手を振りながらははと笑う。

俺に断る術などなかった。
たとえ勇者の言っているその女が、サクヤの事だったとしても。

その夜、サクヤの処女は散らされた。
後日、アイスベルクが軽い口調でそう言った事で、アイスベルクが相手だった事を知った。

@@

「酒は、2階の僕の部屋にもってきてくれたまえ。」
暫く俺を相手にモンスター退治の冒険譚などを語った後、アイスベルクはそう言って去っていった。

その背中に頭を下げてから台所に入り3人分の酒と簡単なつまみを作る。
2階に上がるのは気が重かった。勇者ハルトの部屋はアイスベルクの部屋の手前にある。
ハルトはアイスベルクと違い、隆々とした筋肉が印象的な正に戦士という呼び名が相応しい30過ぎの大男だ。
大きな斧を振り回してモンスターと戦うという。
額の広いやや下卑た顔をしているが、髭面と体の大きさから将軍と呼ばれても可笑しくないような不思議な貫禄がある。
通常の男であれば睨みつけて怒鳴るだけで一たまりも無く震えあがってしまうだろう。

その男に今夜、サクヤが抱かれていると言う。
サクヤが抱かれている部屋の前を通らなくてはならない事がたまらなく嫌だった。

それでも行かなくては為らない。
ワインとつまみである牛肉のジャーキーを盆に載せ、そろりそろりと階段を上がった。
サクヤに気づかれないように。
もし自分が抱かれている部屋の前を俺が通ったと知ったら。
ただでさえサクヤは決して抱かれた事を俺には言わない。
そんな事になったらどうなってしまうか判らなかった。

ハルトの部屋は暗かった。
物音の何も聞こえない事をほっとしながら、
同時に立ちくらみを思わせるような心臓の重さを感じて俺は立ち止まった。
この部屋の中で、サクヤが抱かれているのかもしれない。

『もうすぐだ、もうすぐモンスターたちはいなくなると、アイスベルクは言った。』

頭を振り、足を進める。
もう一人の勇者であるヒンメルの部屋には明かりがついていた。
アイスベルクの部屋の前に立ち、ドアをノックする。

「アイスベルク様、お酒をお持ちいたしました。」

その瞬間、
「いやっ!」
という高い声がした。さっと貧血のように血が足の方に下がるのを感じる。胃から血が抜けていくような重み。サクヤの声だった。
盆を取り落とさないようにしろ!と頭の中の誰かが俺に命令し、手に何とか力を入れて再度ドアをノックする。
「おお、ご苦労様。すまないね。」
出てきたのはアイスベルクだった。先ほどと同じ格好のままだ。
入ってその盆を置いてくれたまえとの言葉に部屋の中に目をやる。
さっきの声は?勘違いか?

そう思い部屋に入った瞬間、がつんと殴られるような光景が目に入ってきた。

ベッドの上にはシーツが掛けてあった。
部屋に備え付けてある簡素な木製ベッドと、供えつけのシーツ。
が、その中に人がいた。
シーツから突き出る半ばまで禿げ上がった頭、後ろから見ても判るような髭面。
山のような大きさの体。その体がシーツの中で上下に激しく動いていた。

そのシーツの、その山のような男の体の下。
滑らかな黒髪がその動きにあわせて激しく踊るように動いていた。
シーツの下から小麦色に焼けた細く滑らかなサクヤの腕が出てきて激しい動きに翻弄されながらシーツを掴んだ。
シーツを持ち上げ上の男ごと体を隠すように引っ張り上げるその動きの一瞬、
シーツの下から向こうを向いているサクヤの頭の後ろがちらりと覗け、見えた。

そ、そんな。
こんな人が2人いるような部屋でサクヤは抱かれているのか。
呆然と立ちすくむ俺にアイスベルクは言い訳をするような口調で言った。
「いや、違うんだ。店主。今日はモンスターの抵抗が激しくてね。
私とハルクが奮戦しなくてはならなかった。
サクヤには大変だが今日は二人を相手にしてくれと、そう話したんだ。」

「そ、そんな」
こんなサクヤを嬲るような・・・
一人づつが部屋に呼べばよいではないか。
しかも、こんなに激しく動いて、サクヤは大丈夫なのか。
支離滅裂とした思考が激しく頭を切り裂く。
いまだ激しく動くシーツから目が離せず、頭が真っ白になったまま立ち尽くす。

「ほら、ハルト。酒が来たぞ。いい加減にしないか!」
俺が動かないからだろう。アイスベルクが盆を受け取りながら声をかける。

その声を聞いてか、
「む?」
という声の後、激しく動いていたシーツの動きがゆっくりと止まった。
「酒か。」
バサリ、とシーツを捲ると同時に立ち上がる。
一瞬、シーツの下のサクヤの全裸が露になった。
小麦色に焼けた滑らかな腕と太腿、そしてそれとコントラストを為すような雪肌の胸や引き締まった腹の部分が目に飛び込む。
サクヤがツンと形よく上を向いた双乳を片手で隠し、広げた足を閉じるその一瞬前、
正に男に組み敷かれたままの格好が目に焼きつく。

「いやっ!」
そういいながらサクヤがシーツを体に巻きつけるようにして体を隠す。
シーツを頭まで引き上げ、体に巻きつけて完全にシーツの下に隠れるようにして身動きもしない。

「ご苦労だな。」
横、しかもかなり上の方から掛けられた声に正気に戻る。
自分の体がきしむブリキの人形のように動くのを感じる。
ぎぎぎと音を立てているんじゃないか。と頭の隅で感じながら声を掛けられた方を向くと、
全裸のハルトが銀貨を持って立っていた。
それを数枚、ちりんと俺の左手に置いた。

この男が、今。
いやおうなしに一物に目が行った。
俺のものの優に倍はあるだろうか、正に隆起していると言う言葉そのもののようにそそり立っている。
それがぬとぬとと濡れ光っていた。

俺の視線を感じたのか
「む。」
と照れたように言うと先ほどまで着ていたものだろうか、シャツを手にとってごしごしと一物を擦った。
ぬめりを取るように股間の奥の方まで拭いていく。

「店主、最初はどうなるかと思ったが3週間も経ち、慣れたようだ。」
もうすぐいく事も覚えそうでな。とまるで俺を褒めるように声を掛ける。

い、いくっていうのはサクヤがか。

「あんなに責めたら女はすぐにいくようになってしまうさ。
なあ。今日は僕もいるんだからほどほどにしてあげなきゃあ。」
ははは、とアイスベルクが混ぜ返す。

ひとしきりハルトと下卑た冗談を交わした後、アイスベルクはもう行っていいと言う風に手を振った。
頭を下げて部屋を出て行く。

階段まで到達した所で、盆を忘れた事に気が付いた。
アイスベルクの部屋の前まで戻り、ノックをしようとして部屋から漏れてくる声に思いとどまった。

「いつまでシーツをかぶってるんだ?こちらに来て酌をしてくれ。」
「ひ、酷い、ひどう御座います。勇者様。そんな、私見、見られて・・・」

「ふふふ、ノックされた瞬間、きゅっと締まったぞ。サクヤの良く締まるあれが。」
「いやあ・・・いやっ」
「ふふ、こいつ枕を噛み締めながら必死で声を抑えおってな。」
「ははははは」

ノックしようとした手を下ろし、そっと踵を返した。
音を立てないように階段を下り、部屋へ戻る。
ドアを閉めた後、左手に握り締めていた銀貨を力の限り部屋の壁に投げつけた。

くっくっと笑うような声が自然と部屋から沸き起こり、
それが自分の喉から出ている事に暫く気が付かなかった。

よろよろと部屋を彷徨うように歩きながら袋の下に隠された剣を取り出す。
バケツの水を掬い、ぴかぴかと光る剣に振り掛ける。

砥ぎ石に剣を下ろし、両手の力を入れて前後に動かす。
もう、研ぐ場所も無い位に鋭く尖った剣を。

自分の口の中の呟きが頭の中でリフレインする。
「まだ尖っては、いない。」
「まだ充分ではない。」
剣に水を掛け、手を前後に動かした。
金臭い匂いと共にシュイっという鋭い音が部屋中に響き渡る。

もう、判っている。
俺は勇者に切りつける事など出来ない。
俺に出来るのは既に鋭く尖り、ぴかぴかと光っている手元の剣を砥ぎ、呟き祈る事だけ。

「まだ尖っては、いない。」
「まだ充分ではない。」

そう、祈るだけだ。

モンスターがいなくなる事を。



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by obtaining | 2008-03-27 13:19 | document

更新

なんか5年分くらい更新した気がする。
おやすみはhits_sp_offに置きました。纏めて読みたい方はそちらで。

推敲も碌にせずに吐き出してる感じですがそういう時期なのでしょうまる。
まだまだ行きます。
今後半年はそろそろ強情をやめてエロにも手を伸ばしてみたいです。

ところで最近新しい方も増えてきたみたいなので初めての方に参考になればいいなと思ってアンケートを置きました。
左メニューにあるenquete に協力お願いします。
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by obtaining | 2008-03-22 15:48 | diary

[おやすみ] *6(最終話)

[おやすみ] *6

-*-*-*-*-*-*-

2月も真ん中になると少し暖かくなって来て、もう手袋は要らない位に感じられる。
コートも先週辺りからハーフコートに変更している。
それでもまだ風は冷たくて、春が来るのはまだまだ大分先の事のように思える。

「ねえ、今週の週末どこいく?」

和加葉の声に振り向く。
「どこでもいいよ。」

そう答えると、和加葉は斜に構えて睨みつけてくる
「うわあ・・・初デートなのにおざなりだよ・・最低だ・・」

和加葉に睨まれながら何故だ。と首を捻る。
どうしてこうなっている?

右手には今、紙袋がぶら下がっている。
そしてそこには3つ、チョコレートが入っている。
それぞれ、大きい順から須永和加葉、岸涼子、簔郷京子からの贈り物である。
今までの長い学校生活の中で和加葉以外からはチロルチョコ一つ貰えなかった俺の、今日の戦果である。
今は学校帰りで、そして隣では和加葉がにこにこと笑っている。
2週間ほど前にも同じような事があった気がする。
その時こいつは笑ってはいなかった。

何が起こったのか、何が起こっているのか、自分でも良く判ってはいない。

@@

岸涼子にチョコレートを貰えると思っていた俺は2月14日の今日、
いつもより少しだけ身嗜みに気をつけて学校へ行った。
何日か経つうちにいくらか気持ちは冷めていた。
岸涼子が俺にチョコレートをくれる筈が無い。
良く考えてみればあたりまえだ。殆ど喋った事など無いのだから。
今日もきっと予定調和な一日となる。
母さんと、ばあちゃんと親戚のおばちゃんからで3つと、従兄弟の女の子から2つと、それから和加葉から一つ。
ああ、和加葉は怒らせてしまったから今年はきっと5つだろう。

それでも寝癖でぴんぴんと尖る髪をなんとか寝かしつけ、
親父のズボンプレッサーでプレスしたズボンを穿き、ネクタイを真っ直ぐ結んだ。
俺なりの決意表明だった。

岸涼子からチョコレート?俺が?貰える訳がない。なんかの勘違いだろう。
当たり前の話だ。
でもここ数日考えていた。
貰える訳が無いと、自分で決め付けていなかったか。
誰に対しても引け目を持って、自分なんかと思って幼馴染の和加葉にすら引け目を持っている。
俺は昔からそんなに自身の無い奴だっただろうか。

いや、そうじゃなかった。昔はクラスの中でも人を笑わせる方だった。
和加葉をからかったり、先生に悪戯をするのはいつも俺だったというくらいに元気の良い子供だったと思う。

今回、岸涼子に声を掛けられて、そしてクラスメイトに注目されて、その頃を思い出したような気がする。

地味だなあという周囲の評価に、そうだね。としか俺は答えていなかったんじゃないだろうか。
和加葉に学校で声を掛けられる度に誰かに見られているような、笑われているような気分になって
嫌な気持ちになっていたのは何故か。
相応しいとまではいかなくても笑われない程度にはこれから自分を磨かなくてはいけないのかもしれない。
少なくとも誰かに何かをされる事に負い目を感じたりしない位には。

まあそんな事を考えながらもそれでも学校に着くなり、
俺は休み時間毎に胸を高鳴らせながら放課後を待った。
本命へのチョコレートのプレゼントは放課後と相場が決まっている。

もてない男のサガなのだろうけれど男なのだからしようが無い。
だって貰えたら嬉しいのだから。

----そして放課後。

放課後になったその瞬間だった。
「山下君、チョコレートだ。受け取って欲しい。山下君の意見は大変参考になった。
さすが山下君だ。和加葉ちゃんにもてているだけある。」
はいこれ。と後ろの席の岸涼子さんから大きな包みをでん。と渡された。

「は?」
思わぬ行動に思わず声が出る。くれるの?マジで?
まあ、無理か。と苦笑いしながら帰る気満々だったので帰って面食らう。
どうすればいいんだ。と顔が赤くなった瞬間、岸涼子が口を開いた。

「義理チョコだが山下君の好きなホワイトチョコレートが入っている。相談に乗ってくれたお礼だ。本命のは和加葉に貰え。」

「は?」
義理チョコだが義理チョコだが義理チョコだが・・・
ああ、やっぱりという諦めの気持ちと
貰った瞬間のもしかしてと思っていた気持ちがぐちゃぐちゃと溶けてゆく。

クラスメイト達は何事かとざわざわとざわめきながらこちらを見ている。
何やってるんだ?岸さん?今何か言っていなかったか?和加葉ちゃん?

ざわざわとクラスメイトがざわめく中、慌てて顔を取り繕う。

「あ、ありがとう。」
そう言った瞬間、岸涼子はずいとどぎまぎとする程顔を近づけてきた。
クラスメイトが俺と岸涼子がキスでもしたんじゃないかと疑うくらいに顔が近い。

「この前、和加葉ちゃんから聞いたぞ。君も相当な野暮天のようだな。
  まあいい、私は私の戦いをしにいかなきゃいけない。」
アドバイスは大変助かった。君も頑張れ。幸運を祈る。
と、岸涼子さんはなんだか戦争映画の戦友同士のセリフのような訳の判らない事を言うと、
ぎゅっと俺の手を握ってからくるりと背を向けた。
そのまますたすたと教室を出て行く。

岸涼子が教室を出て行ったことで一気に教室の空気が弛緩する。
男子連中が興味深げに近づき、しかし少しビビッた用な感じで俺に声を掛けようとした
その瞬間、今度は教室の隅から簔郷京子がすたすたと歩いてきた。
サッカー部のキャプテンを彼氏に持つ、こちらもクラスじゃ雲の上の美人の一人である。
「涼子、最近楽しそうにしてたよ。涼子の相談に乗ってくれてありがとうね。
これ御礼。あ、勿論義理ね。」
そう言って俺の机にぽんとチョコレートを置く。

その瞬間、男子連中がばっと後ろに後ずさった。
どよめきが起こる。
簔郷京子はそれに構わず「じゃね。」と俺に言うなり、すたすたと足早に教室を出て行った。
きっとこれからサッカー部の彼氏とデートなのだろう。
教室前で「あ、待ってたんだ。」という簔郷京子の声がした。

簔郷京子が出て行ったのを確認した後、再度教室の空気が弛緩する。
暫くして男子連中が恐る恐る俺の机に近づき、
かなりビビッた感じで俺に声を掛けようとしたその瞬間、
和加葉が黒板の方から歩いてきた。

「準。これ、チョコレート。」
怒った様に取り出して俺に差し出す。
おおおおおお。どよめく教室。ずざざと後ろに下がる男子連中。
「お、おい。急にな、なんなんだなんなんだよ。」

「受け取りなさい、受け取りなさいよ。」
ぐいぐいと押し付けてくる。

「お、おい。」

「受け取りなさいよ!」
そう言ってバンと机に置く。

「涼子ちゃんにチョコレート貰って、ヘラヘラしてる癖に!私の時に全然喜んでくれないし!
  君なんて大っ嫌いだバカぁ!」

そう叫んでだだだと教室から飛び出す。
男子連中の一人が、恐る恐る廊下を除き、 さらに教室を見渡し、俺の机に近づきそうな女子が教室内にいない事を確認してから近寄ってきた。

「お前、すげえな。」
ちなみにこいつともそんなに話したことは無い。

「いや、俺にも何がなんだか・・・」
そういった瞬間、男子連中が爆笑した。

「お前馬鹿、何がなんだかじゃねえよ!いくらなんでも追いかけていけよ。
追いかけてくシチュエーションだろうがこれ。ぼやっとすんな!
モテモテじゃねえか馬鹿野郎!」
そういってバンバンと背中を叩く。

そのうちの一人が自分の席にあった紙袋を持ってきてその中に俺の机の上の3つのチョコレートを詰める。
「ほら、持ってけ、追いかけていけ。」
そう言ってそいつもバンと俺の背中を叩く。

「いや・・・」

「今度話聞かせろ馬鹿野郎お前、なんだあれ。ふざけんな。」

「お前、もう大学決まってたよな。金曜日カラオケ行くぞカラオケ。そこで話聞かせろよ!」
バンバンと背中を叩かれ、教室から追い出される。

いつの間にか俺も笑っていた。
男子連中に手を振り、前方を凄い勢いで歩いていく和加葉を追いかけていく。

追いついた瞬間、何なんだよお前と声をかけようとして、思い留まった。
べそべそと和加葉が泣いていたからだ。
和加葉は泣きながら凄い勢いで歩いていく。

おい待てよ。と肩を掴むと和加葉はようやく立ち止まった。

「どうしたんだよ。お前。なんか変だぞ。クラスの奴ら笑ってたぞ。」

「だって、だって私はずっと好きなのに準は全然相手してくれないんだもん。」
和加葉はしゃくりあげながら呟いている。

しばし空気が止まる。そ、そうなのか?というかなんだそれ。

「な、なんだよ急に。お前、別に俺の事なんか」

「ずっとずっと好きだったもの。高校1年から3年間も好きだったのに急に涼子ちゃんにデレデレなんてするなあ!」
えぐえぐとしゃくりあげる。なんだ?なんだこれ?
なんか悪いのか俺。泣いたもん勝ちかこれ。
そんな事を考えながら、俺はその一瞬で昔を思い出していた。
小学校の頃、一緒にしょっちゅう遊んでいた頃。
そういえば昔からこいつはいっつも大人っぽい事を言う割りに良く泣いていたな。

「な、何馬鹿な事言ってるんだよ。幼馴染だろ俺ら。」
そういうと和加葉はぎゅっと立ち止まってこちらに向き直ると、
びしばしと猫パンチのように引っぱたいてきた

「痛、いてえよ。だ、大体俺なんかのどこがいいんだよ。
お前、クラスでの俺の扱い知ってるだろうが。」
そういうと和加葉は手を止めて、しばし黙り込んだ。
両腕を下げて俯く。

「う・・・だって準だったら浮気とかしそうにないし。」
下を向いたまま、そう呟く。

はあ、と溜息を吐く。
「あのな、お前、浮気しそうにないからって理由でかっこ悪いやつと付き合ってどうするんだよ。
お前なら他にいるだろう。俺よりもてそうなのが。
俺の親父を見れば判るだろうが将来太るぞ絶対に俺。」

「かっこ悪いなんていってないじゃん。」

「俺がかっこいいわけねえだろ!馬鹿なこと言うな!俺とお前じゃ釣りあわねえんだよ!」

「ふざけてなんかないもん。カッコいいし、優しいし、私が大変だった時、ずっと一緒にいてくれたもん。
これからも一緒にいてくれなきゃいやあ。」
そういってびえびえと泣き出す。

「ば、馬鹿か。泣くな。泣くなって。ど、どうすればいいんだよ。」

「私と付き合って。」

「いやお前」

「私と付き合うのっ!」
びしばしと叩かれる。

付き合うとか付き合わないとか。
こういうのって男が言うんじゃないんだろうか。
俺が押し切られるものなのか?
そう言うと和加葉はバレンタインデーだから良いの。と言った。

そして俺は、なんとなく釈然としない顔で「うん。」と頷いたのだった。

思い出してふう、と息を吐く。
本当に今日は、とんでもない日だった。
でも、まああれだ。と思い直す。
そう悪くなかった。
俺が、3つもチョコレート貰った挙句に、和加葉と付き合う事に?
俺が和加葉を追いかけていくとき、男子連中がそんなに不思議そうな顔をしていなかった事を思い出す。
はは、と笑う。
もしかしたらお似合いとか思われてたりして。
そう思いながら隣の和加葉の手を握ると、和加葉もぎゅっと握り返してきた。
さっき泣いたのがなんとやら。にこにことしているこいつは正味間違いなく可愛い。
顔立ちも好みだし、背が低い所も好きだし、性格も合う。

お似合い、ねえ。
まあ、それは無いか。
うん、でも、たとえ俺が地味な奴なのだとしても。
一生に一度位は死ぬほど目立ったっていいのかもしれない。
こういう瞬間が、俺にあってもいいのかもしれない。
俺なんかがいいのかな、俺なんかでいいのかな。じゃなくて
どうよ。俺だって捨てたもんじゃないんだぜ。って。

にこにこと笑っている隣の和加葉を見て、
いちいちこんな事を考える俺は贅沢なんだろうと思った。

桜はまだだけれど、もうすぐ春が来る。
4月になれば和加葉も俺も東京の大学に行く。
その前に、クラスの奴らとカラオケにも行けそうだ。

上を見上げる。空は綺麗に晴れ上がっている。
初めて、春が来るのが待ち遠しい気がする。
横を向くと、和加葉が笑って。
俺は和加葉に、週末は映画でも見に行こうか、とそう声を掛けた。

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そして今
-------------------------------

「プレゼントとは何か。相手の事を考えるという行為が楽しく、自分の事を想われるという行為こそが嬉しいものなのだ。と私は考える。」

びしり、と箸をこちらに向けてからそう言って、
涼子さんは返す箸でぱくりとコロッケを咥えた。

「無論、忙しければそういう事をする暇はなくなる。それは良い。良くは無いけれども良い。
でも。今、私達は学生だからそれほどでもないけれどきっと大人になればもっと忙しくなって、
色々な考え方がシステマティックになっていくのだろうと、そう私は思う。
それが悪いとは言わない。大人になるということは世界が見えるようになる事だし、
大きな観点でものを見れば、小さなものが犠牲になるのは仕方の無い事だともいえる。でもだ。」

「はい。」
と言って箸を置く。

「例えば子供を抱っこしてあげる、という愛情表現一つがその子供の将来を変えるかもしれないように、
手を繋ぐ、思いがけないプレゼントをするなんて事が、恋愛そのものを左右することも・・・」

「はい。」
お説御尤も。手を抜いておりました。

「ないとは言えない。」
明日、駅前のデパートにでも行って来よう。あと、夕食のレストランの予約も。

神妙な顔をしていると、涼子さんはふっと顔を上げて。
「まあ、私はもう匠君にお嫁さんにもらって貰わなくてはいけなくなってしまったのだから多少のことでがっかりしたりはしない。」
でも折角のホワイトデーのプレゼントなら私が欲しいものではなく、 匠君が考えてくれたものを貰う方が良いと思うのも確かだ。
とそう言って目を細めながら、笑った。

終わり


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バレンタインで連載したものです。最終話
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by obtaining | 2008-03-21 19:32 | document

[おやすみ] *5の後半

-:-:-:-:-:-:-:-:
須永和加葉
-:-:-:-:-:-:-:-:

その日はそこそこ調子がいい日で、私はもう15得点も挙げていたし、
チームも42対30で勝っていて残り時間は後2分だった。
相手は昨年のインターハイ出場チームだったが勝利は目前だった。
コーチは満足げな顔をしており、今日の試合後の練習はもしかしたら少なめにして
早く帰らせてやってもいいかななんて顔をしていた。

私はそれを横目に見ながら、今日の帰りはチームメイトとフィッツジェリコでアイスクリームを舐めながら
オレンジジュースで乾杯でもしようかな、なんて事を考えていた。
まあ結局その望みは叶えられなかったんだけれども。

理由は残り2分を切った丁度その時、すこぶる付きに体の大きな相手チームの守備陣が2人、
私に激突してきたからだ。

何があったのかは覚えていない。
試合の途中、これで17得点目だと思って伸び上がりながらボールを掲げた瞬間、
物凄い衝撃が全身を襲い、目の前が暗転していった事だけを覚えている。

その試合を見ていた人曰く、
私は足元を掬われるように1人に激突され半回転して吹っ飛んだ挙句に
片手で着地をしようとしたところをまた違う一人に激突されて着地に失敗し、
最後には見事に頭から落ちたらしい。
車に轢かれたみたいに吹っ飛んだ。とは後でチームメイトから聞いた言葉だ。

私は小柄だから吹き飛ばされてもそんなに簡単に怪我はしない。
もしそれが私が地面に両足を着けていた時なら吹っ飛ばされても直ぐに立ち上がってまた走り出したのかもしれない。
もしくはせいぜい痛がりながら悶え苦しむくらいで済んだのかもしれない。
でも私の体はボールを持って今シュートをしようとジャンプした時に
違う角度からほぼ同時に激突されても大丈夫な様には出来ていなかった。

結局私は意識を失った挙句に
左腕上腕部と肋骨を2本と右鎖骨と左手の小指を骨折、
ついでに右足の腱の断裂と太腿の複雑骨折にしこたま大きなタンコブと
幸い後には残らなかったけれどお母さんを泣かせた額の酷い切り傷と
ムチ打ち症を拵えて病院に担ぎ込まれる事になった。

3ヶ月入院決定の重傷だった。

半日経って、私が目を覚ました時、目の前には泣きはらした顔のお母さんと心配そうに見守るお父さんと、
今まで見たことの無いような顔で私を見ている弟の顔、それにコーチの浅野先生の顔があった。

--------------------------------------
 クリスマスにて
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@@

私(若しくは両親かも知れない)はそこそこ人望があったようで、
沢山の人がお見舞いに来てくれたから、最初のうちは病室はいつも賑やかだった。
浅野先生はそれこそ毎日のように来てくれたし、山口先生も折を見て来てくれた。
親や、コーチの先生は大分気を使ってくれたようで
私の怪我の状況は(きっと誰が言うか散々話し合ったのだろう)山口先生が教えてくれた。
怪我の中で一番恐ろしかったのは肋骨の骨折とムチ打ち症だったが、
バスケットをやる上で致命傷となったのは右足の腱の断裂だった。
命に別状はないが、リハビリは厳しいものになるだろうし、
例えリハビリを充分にしたとしても元のようにはバスケットをする事は出来ないという事だった。

私はベッドの上で先生を見上げながら聞いた。
「もうバスケットをしちゃいけないの?」
「そんな事はないよ。でも前みたいにはプレイが出来ないだろうし、
コートに立つまではとても大変だろうと言う事。」
先生がそう言ったので私はほっとした。

山口先生の隣にいた浅野先生は随分とすまなさそうな顔で私の両親に頭を下げていたけれど
私には怪我は仕方がない事で、バスケットを完全に奪われなかった事は幸運だったように思えた。

私は体が小さいし、それほど自分が上手だとも思ってはいなかった。
ボールを持ち、練習をすることが好きだった。
だから元通りにならないという事はそれなりにショックだったけれど全てを諦める程ではなかった。
「なら大丈夫。頑張ってリハビリして、部活に戻る事にする。」
私はそう答えた。

入院中、バスケ部のチームメイトもクラスの人達も沢山来てくれた。
だから最初のうちはそんなに辛くも寂しくも無かった。
勿論センセーショナルなクラスメイトの入院なんてのは最初の数週間が過ぎてしまえば
皆飽きてしまったようで段々皆来なくなったけれども。
それでも仲の良い友人の何人かは決まって毎週遊びに来てくれて、
それはとてもリハビリの励みになった。

でも残念ながら入院生活は楽しい事ばかりではなかった。
リハビリは痛くて苦しくてその辛さは当初の想像を絶していたし、
病院の夜は暗くて寒くて寂しかった。

私はまだ高校一年生で暗闇が怖かったし、
お母さんにおやすみと言わないまま眠りに付くのは苦手だった。
いつまでも折れた足は動かせなかったし夜中には体中が痛んだ。
鎖骨の折れた右肩には痛みだけではなくて変な痺れが残っていて
今後同じようにシュートが打てるようになるどころか、
もう肩より上に上がるようにはならないんじゃないかとも思えた。
私は夜、1人で眠りながら体が変な風にねじくれて動かなくなる夢をよく見た。
汗をかいて起きた時、そういう時には友達や家族はいてくれなかった。

もがく様なリハビリの入院期間の2ヶ月を過ぎて、友達がお見舞いに飽きた頃、
学校が冬休みになり、クリスマスが来た。

その日は朝一番にお父さんとお母さんと弟が来てクリスマスプレゼントを置いていってくれた。
私の家では毎年クリスマスにおじいちゃんの家に親戚皆で集まる事になっている。
普段ならプレゼントは皆で丸まんま焼いたチキンを食べた後に弟や従兄弟達と一緒に貰うのだけれど今年、私は参加できないから朝のうちに貰ったのだ。
お母さんは
「参加できなくて残念だねぇ」
と言って、おじいちゃんの家にはお父さんと弟だけが行く事にして、
病院には私が一緒にいようかと言ってくれたけれど
私は貰ったNBAのビデオを見ているから大丈夫とそれを断って笑いながらいってらっしゃいと言った。
弟はまだ中学1年生で素直に育っていて従兄弟達に合うのが楽しみでしょうがないらしく、
おじいちゃんの家でなにをしたいかをしきりに私に喋っていた。

1時間ほど喋って病室から皆を送り出してから、
私はプレゼントしてもらったNBAのビデオを一人で見た。

ジョーダンは凄かったけれど一人で見ているビデオはあまり面白くなくて、
面白くないと思った瞬間、私は急に寂しくなった。
昼食にはクリスマスだからといってローストターキーが出て、
看護婦さんまでなんだか少し浮かれているようだった。

午後も私はビデオを見続けて、そのうちに私は眠ってしまった。
そして浅いまどろむ様な眠りの中で、私は変な夢を見た。
夢ではジョーダンと私が一緒に試合をやっていて
ジョーダンは本気で私にぶつかってきた。
ボールを取られると客席からは失望の声が上がって、
私は焦ってボールを取り返そうとするのだけれど走っても走ってもジョーダンには追いつけなかった。
それどころか水中を歩いているように私の体は動かなくて、
それなのにそんな中をジョーダンは軽々と動いてシュートを決めていった。
私は何度も手を伸ばすのに、下半身が付いてきてくれなくて、軽々と何人ものジョーダンに抜かれていった。

ふと目を醒ました時、ベッド脇の椅子に準が座っていた。
窓を見るといつの間にか外は薄暗くなっていた。
準はぼんやりと私の方を見ていた。
「よお。」
私が顔を向けると準は気が付いたようで声を掛けてきた。
私が今見ていた悪夢と現実の区別がつかなくて暫く固まっていると
準は勝手に喋りだした。

「個室かよ。贅沢してるな和加葉。」
私はその言葉で今が夢ではなくて目の前に準がいる事が現実だと言う事に気が付いた。

「これだけの怪我だもん。」
そう言って吊り上げられている足と包帯でぐるぐる巻きの腕を見せると準は頷いた。

「大変そうだな。」
「毎日毎日リハビリ室。ヤになっちゃう。それよりなんで来たの?」

「なんでってお袋がいけいけって煩いから。お前の事だから最初のうちは皆来てるだろ。
そろそろ皆来なくなって暇そうにしてるんじゃないかと思ってさ。」
ビンゴだよ。

「ふうん。おばさん元気?」

「ああ、変わってないよ。しかし、病院までクリスマスかよ。」
そう言って、準は窓の外を指差した。
病院の庭にはでっかいクリスマスツリーがあって派手な飾りが付いている。
それだけじゃない。受付から入ってきた準はナースステーションのクリスマスの飾りつけも見ているだろう。

「そうだよ。病院だってクリスマスはクリスマスだもん。準、プレゼントは持ってきたの?私女の子だよ。」
そうおどけて手を出すと、準はにやりと笑った。

「お前、俺が持ってきてないと思ってるだろ。」

「えええ?あるの?」
そう言うと準はごそごそとバッグから袋を取り出した。

「当たり前だ。ほら。」
そう言って準が取り出したのはサウザントクリームのマークが入った紙袋とペットボトルのジュースと
あとタッパーにおかずやら何やらが詰まったものだった。

「うちのお袋が怪我しただけなのに病院食は味気ないだろうってさ。
 俺はサウザントクリーム行ってケーキ買ってきた。」
そういってぱっぱっとベッドサイドからテーブルを取り出して私のベッドの上にケーキやらなにやらを並べていく。

「お前が太ってるようだったら出すのやめようかと思ったけどそんな事は無さそうだな。」
「冗談。むしろ痩せたもの。超マズいんだから病院食って。」
私はそう言ってくすくすと笑った。
それから私は廊下を通りかかった看護婦さんを呼んで、
ベッドの上を見せてから今日は夕食はいらない旨を伝えた。
看護婦さんは良く知っている人だったからベッドの上を見てあら。と目を見張らせてから
食べ過ぎちゃ駄目よ。給食係には私から言っといてあげると言って笑って許してくれた。
きっと今日がクリスマスだから特別に多めに見てくれたのだろう。

そして看護婦さんが出て行った後、私達は2人でジュースで乾杯して、
おばさんの作ってくれたおかずを摘みながらささやかなクリスマスパーティーを始めた。

もぐもぐとローストビーフを摘みながら準が枕元のテレビを付けると、
テレビではプロ野球の巨人VS広島戦が始まっていた。
ちなみに準が広島ファンで私は巨人ファンだ。
「お、勝ってる。」
準の声にテレビを見るとまだ2回表だというのに広島が5対0で大量リードしていた。
ふんだ。と言ってテレビを消す。

「どうせ逆転するよ。絶対。」
あ、なにすんだよ。と消えたテレビ睨みながら準は
「いや、今日は勝つよ。最近打線が調子良いからな。先発が持てば今日は勝ちだな。」
などと適当な事を言う。

「リリーフピッチャーが打たれますー。」
私が面白がってそう言うと
「あーあ、津田がいればなあ。」
と準は天井を仰ぐ。

2人していい加減におかずを食い散らかしてから、
私はび。とケーキを指差した。
さっきから気になってしょうがなかったのだ。
地元の女子中高生でサウザントクリームのケーキを知らないなんて子はモグリだ。
「ケーキ。よそって。」
というと準はよしと言ってサウザントクリームの袋を開けた。

「お前チョコレートケーキ好きだっただろ。」
うん。と言うと準は自分用にはモンブラン、私用にチョコレートケーキを紙の皿において
寄越してきた。
その時、ふと私はある事を思い出した。
「準、あれ覚えてる?」
そう言うと準は天を仰いだ。
「うちのお袋のだろ。今日のは絶対あれよりマシだ。」

私達が小学生の頃、おばさんが一時期ヘルシー料理というものにはまっていた頃があった。
兎に角ヘルシー料理というのは油分を少なくするものらしいのだが、
料理好きでかつ冒険心にもあふれているおばさんはそれは様々なものを
ヘルシー料理に仕立て上げた。
そして様々な創作料理の最終段階、おばさんの興味が最高潮に達していた時に作られたものがヘルシー版の手作りケーキだった。
準の小学校3年生の時の誕生日に作成されたそれ。
おじさんとおばさんと私と準と準の妹の桜ちゃんの5人で行われた誕生会のその最後に
出されたケーキはとっても微妙な代物だった。
見た目はとても綺麗だったそのケーキだが
油分を抜き取ったと言うクリームはパサパサとしており、
その上なんだか微妙な甘味だけが口の中に残った。
美味しいケーキを期待していた桜ちゃんは泣き、私と準は顔を見合わせた後
「そこそこイケるよ。」とお世辞を言い、
おじさんは正直にこれは不味いといって夫婦喧嘩になっていた。

「あれは凄かったよね。」
「なんともいえない味だったよな。あの桜の顔がさ・・・」
私達はそう言いあって、それから2人で暫く笑った。

ご飯も美味しかったし、ケーキもとても美味しかった。
私はおなかが一杯になってご機嫌で、
それからずっと準とぺちゃぺちゃとおしゃべりをしていた。

そしてもう喋る事も無くなる位喋った頃に

「良かった。元気でたか?和加葉」
準は急にそんな事を口にしてにっこりと笑った。

私は一瞬固まって、それから準の顔を見て、そして思わず私は俯いた。
その言葉がなんだか急に胸を突いたからだ。
不意打ちで涙する姿なんて見せたくなかった。
でもいきなりボロボロと涙が出た。
だって。
だってこんなはずじゃなかったからだ。
私は今、バスケットから見捨てられそうで、
リハビリは痛くて痛くて全然良くならなくて
友達はきっと皆、楽しそうにクリスマスを楽しんでいて、
両親も弟もおじいちゃんの家に行っていて、
皆美味しいものを食べて楽しく過ごしていて
病院の看護婦さんだってなんだか楽しそうで、
それなのに病院は白くて冷たくて寂しくて嫌な事ばかり考えさせられて
その挙句に変な夢まで見た。
私は今日はクリスマスだって云うのにさっきまでこの世界には私は1人しかいないって
私が世界で一番不幸なんだってそんな馬鹿な事を思っていた。

泣いている事を隠したくて、私は肩を震わせながら俯いた。
今日さんざん笑って楽しい思いをして、
そして涙が出てみてから初めて私は今までどれだけ自分が不安に思っていたか、
そして悲しかったのかが判った。

「元気でた。楽しかった。」
目を擦りながら私が答えるとそうか、じゃあそろそろ帰るかなと言って準はさっと立ち上がった。
準は手早くタッパーをバックに入れて、それから、

「ゆっくり寝て治せよ。おやすみ。」
まるで風邪引きに掛ける様な言葉が耳に入ってきて、そしてドアが閉まる音がした。

私はその最中ずっと目の前に飴をのばしたようなぐにゃぐにゃが下りていて
俯いていた目の前の布団の柄も全然見えないくらいで、準を見送る事はできなかった。
なぜだか酷く泣けて、私はぐしぐしと鼻をすすった。

準はそんなに気が回る奴じゃないから今思うにきっと、
元気出せって言葉はリハビリの事を言ったんだと思う。
包帯でぐるぐる巻きで歩くのも一苦労、およそ女の子らしくない格好の私を見て
怪我をしているから元気がないんだなって思考で早く元気出せって、
そういうお見舞いの言葉を掛けただけなのかもしれない。

でもその時の私はそうは思わなかった。
私はその時、準は全部わかった上でクリスマスを届けてくれたのだと思った。
中学の途中から殆ど話さなくなったのに準は昔の幼馴染の、
男も女も無かった頃の親友だった時と同じように接してくれたのだ。
準はきっと私が元気が無くなっている事を察して、そして今日私を助けに来てくれたのだ。

準が帰ってひとしきり目を擦った後、テレビをつけるとまだ野球の試合をやっていた。
いつのまにか広島が追い上げられていてスコアは7対6、イニングは9回の裏。
しかも場面は巨人の逆転サヨナラの大チャンスだった。
案の定、リリーフピッチャーが打ち込まれたらしい。
1アウトでランナーは2塁と3塁にいて巨人のバッターは
やたらとホームランをかっとばす今年入ってきた外人選手だった。
自信たっぷりにバッターボックスでバットを振り回していて、
マウンドではなんだか自信のなさげなリリーフピッチャーが一生懸命キャッチャーのサインに首を振っている。
なんだ、どうせなら結果を見ていけば良かったのに。
準がいたらきっと大騒ぎしながら広島のリリーフエースの悪口を言っただろうと思って
私は目を擦りながらくすくすと少し笑った。

「津田がいればなあ。」
さっきも言っていたこれは彼の口癖で、小学生の時津田が病気で死んで以来
広島がリリーフに失敗する度に随分と準の口から聞かされた。
小学校6年生の時、生きていたとしたってもう引退しているよ。
そう私が言った時、準はでもさと言いながらこう言った。
「でもきっと広島が負けそうになったら津田は出てきて抑えてくれるよ。
 だって津田は150Kmの球が投げられるんだぜ?誰も打てやしないよ。」

今なら準はなんて言うだろうと私は思った。
多分だけれど、きっと同じような事を言うに違いない。
幼い頃や辛い時に与えられた印象というのは強烈で、一生忘れないものなのかもしれない。

もうすぐ試合は終わるだろうけれどなんだか酷く疲れていたし、
そんなに結果に興味を持てなかったから私はテレビを消した。
今日は巨人の負けでもいいやと思った。
津田は出てこないだろうけれど、たまには広島が勝ったって良い。
歯を磨いてからベッドにもぐりこんで、目を瞑って私は眠りに落ちた。

そして私はその日だけじゃなくてその後ずっと、退院するまで変な夢を見る事は無かった。


打ちのめされて、疲れはてて何もかもが心に重かった時に、
準はただそこでぼうっとして何もできなかった私の側に来てくれた。
それも多分、幼い頃と同じようなただの友情から。
だから私は次に同じような大変な事があった時、
その時にも準にそばにいて欲しいと思っている。
彼がそうなった時、私も彼のそういうものになっていたい。
勿論こんな目に遭うのも遭われるのも2度とゴメンだけれど。

私が準を好きになった理由?
その理由は単純で、根拠が無くて、そしてくだらないものだ。
準が広島が負けそうになる度に思う事と同じ事。
9回裏まで頑張って、それでも負けそうになったら津田が出てきて剛速球で相手を三振に取ってくれるのだ。

準はきっと次に私が打ちのめされそうになった時も助けに来てくれる。
来てくれなくたって私はそう思って頑張れる。

そう、何の根拠もないただそれだけの事。
それが私が準を好きになった理由だ。

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バレンタインで連載したものです。5話目後半。 次回最終回。
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by obtaining | 2008-03-20 16:20 | document

[おやすみ] *5の前半

[おやすみ] *5の前半

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東山馳中学校の歴史(女子バスケットボール部)
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須永和加葉と山下準が中学生だった時、東山馳中学校に山口美津子という体育教諭がいた。
彼女は須永和加葉と山下準が入学した当時、赴任して5年目の27歳の若い教諭だった。
東山馳中学校では彼女が赴任した当初、
世間では折りしも少年漫画誌でバスケットボールを取り扱った漫画が大ヒットを飛ばしていた為
彼女が高校生の頃には考えられなかったような人数がバスケットボール部に入部しており、
1人の顧問ではとても賄い切れない状態となっていた。

彼女は高校、大学時代を通じて当時まだマイナースポーツであった女子バスケットの部活に入っており、
その頃は試合に出れる5人ぎりぎりで部活をやっていた為に
現在のこの状況を嬉しく思った。
又、自身が体育の教諭でもあったから、男子バスケットボール部と女子バスケット部に分ける事を当時のバスケットボール部の顧問に提案し、
そして自分が女子バスケットボール部の顧問をする事となった。

彼女は教師になったばかりで自身がこれからの教師生活で何を為していくべきかという理想に燃えていたし、
生来真面目な性格だった。
そしてなにより彼女は試合をする為にメンバーを集める必要が無い事や
(それどころか試合に出れるメンバーを選抜する事が出来る程だった)、
生徒達自身がバスケットボールの事を知りたがり、そして上達したがっている事に感激した。

更に彼女は若く美人で生徒達と年齢が近く、女生徒達の心を掴むすべを心得ていた。
厳しい走り込みと飽く事のない永遠に続くような基礎練習を課す一方、
気さくに彼女達に語りかけ、
時には女生徒達が一番知りたがるような週末のショッピングの話題やお洒落、
そしてお化粧の仕方等も教えた。
そして彼女は何よりも生徒達にスポーツマンシップの重要さを説いた。
東山馳中学校の女子バスケットボール部の部員は試合中に審判の判断に顔を顰める事も許されなければ
口汚い野次を発する事も決して許されなかった。
彼女は正々堂々と戦う事を教え、試合の勝敗に関わらずそれが為されたと自分が考えた時に生徒達を褒めた。

1年目にはまともにボールの投げ方も判らない集団であった女子バスケットボール部は
2年目にはシュートがゴールに吸い込まれるようになり3年目には戦術を説明出来るようになった。
4年目には市内でも強豪とまでは言われないが練習試合には事欠かない程度の実力が既に付いており、
女子バスケットボール部の生徒は礼儀正しく成績も良いとの評判が地域にて噂され始めていた。

須永和加葉が東山馳中学校の女子バスケットボール部に入部したのは
そんな山口美津子が赴任してから5年目の事だった。
山口美津子は3年目以降、増え続ける女子バスケットボール部の部員を少々持て余していた。
1学年5~6人もいれば部活としては充分な人数だったが、
その頃既に女子バスケットボール部には毎年15人は入部する様になっていたからだ。
この為、学年でも背の低い方であった須永和加葉は当初山口美津子の目に留まらなかった。
レギュラーになるには明らかに身長が足りなかったし、
なにより痩せていて体力が他の子に比べて劣っていた。
運動能力測定の結果、多少足が早い事が判ったが、その程度だった。
寧ろ少し可憐過ぎるような外見からバスケットボールよりも向いているものがあるのではないかと思った位だった。
但し、練習熱心ではあった。
この為、須永和加葉は特に部活内で目立つ事無く、最初の1年間を過ごした。
この年、初めて東山馳中学校女子バスケットボール部は市大会でベスト8に入った。

山口美津子が須永和加葉に目を向けたのは須永和加葉が2年生になって直ぐの頃だった。
補欠組にたまたまさせていた反復横飛びに山口美津子がふと目をやった時、何か違和感があった。
山口美津子は指導者としては若かったが、優秀だった。
その違和感が何であるかは判らなかったが目を逸らさなかった。
最初は須永和加葉が他の生徒より小さく、その上他の目を引くほど
(将来が楽しみになるような)美人に成長しつつあるからだと思った。
しかし暫く生徒達の反復横飛びを眺め続けるうちにある事に気が付いた。
他の生徒がある段階を過ぎると上半身に下半身が付いていかなくなるのに対して
須永和加葉だけは最初から最後まで姿勢が変わらずしかも他の生徒よりスピードが速く、
そして練習後に他の生徒が倒れこむ中、平然としていたのだ。

山口美津子はそれまで声を掛け、おしゃべりをする事はあっても
バスケットの事については殆ど指導していなかった彼女を呼び、ボールを持たせた。
「あなた、ドリブルをするのとシュートをするのどっちが好き?」
須永和加葉は答えた。
「どっちも好きです!ボールを触っているのが大好きだから。」
そして山口美津子はドリブルとシュート練習とを彼女に教え始めた。
更に彼女は他の生徒に比べて腕力に劣っていた彼女に最低限の筋力を付けさせる為のトレーニングを教え、
フェイントのやり方も教えた。
彼女は飲み込みが早く、次々に技術を吸収したが、
山口美津子はある懸念と、そしてある確信を持っていた為に焦りはしなかった。

須永和加葉はレギュラーにならないまま中学2年生の1年間を過ごした。
大抵の同級生は2年生の時には試合に出るようになっていたからこれは遅い方で、
須永和加葉は自分が余り上手ではないのだと思った。
しかしバスケットボールは好きだった。
この年、初めて東山馳中学校女子バスケットボール部は市大会で3位を獲得した。

須永和加葉が初めて試合に出たのは中学3年生になってからだった。
ある練習試合の途中、山口美津子は須永和加葉を呼んでこう言った。
「ディフェンスに吹き飛ばされたら黙って立って又走りなさい。
後は練習通りにボールを取ったら、シュートをすればいいわ。」

須永和加葉ははいと答えて山口美津子の言うとおりにした。
その結果、立て続けに相手から15点をもぎ取り、
そしてその試合以降、ついに彼女はレギュラーの座を掴んだ。

彼女は彼女も知らないうちに低い背を更に低くかがめて
信じられないスピードでフェイントを掛けて相手を抜き去り、
そして高い精度でシュートを放つ選手に育っていた。
その後のどの試合でも彼女はパフォーマンスを発揮し、誰も彼女を止められなかった。
山口美津子は次々と強豪チームとの練習試合を組んだ。
決して最初から勝てそうなチームとは試合をしなかった。
この為練習試合には良く負けたが生徒達は強豪チームがどういうものかを身をもって学ぶ事が出来た。

そして須永和加葉の中学3年の最後の大会が始まった。
山口美津子は多くの練習試合の結果、須永和加葉を中心とした強固なチームを作り上げていた。
東山馳中学校女子バスケットボール部のショータイムが始まったのだ。

最初の数試合の弱小チームとの肩慣らしを終えた後、
東山馳中学校女子バスケットボール部と須永和加葉は遂に本領を発揮し始めた。

当初東山馳中学校を同格か若しくは格下と見ていた中堅チーム数校を瞬く間に屠り、
あっという間にベスト4に勝ち上がった頃にようやく他のチームは
今年の東山馳中学校が別物だと言う事を認識し始めたが
その頃には事態は最早手遅れになっていた。
あるチームの顧問は試合中に須永和加葉を2人がかりで止めろと言い、
又別のチームは須永和加葉は放っておいて他の人間に点を取られないようにしろと言ったが
どちらも残念ながら効果が無かった。

須永和加葉は2人掛かりでは止まらず、そして東山馳中学校は須永和加葉以外の選手も鍛え上げられていた。
須永和加葉を放っておいたチームは立て続けに3Pシュートを5本決められた段階で力尽きた。
東山馳中学校は決勝で岡沢西中学を破り初の市大会優勝を勝ち取っただけでなく、
県大会でも2位の成績を勝ち取った。
東山馳中学校ばかりか市役所にも県大会2位の幟が掲げられ、
女子バスケットボール部は地元のヒーローとなった。
須永和加葉はアスリートとして開花した自分の実力を今ひとつ理解していなかったが、
3年生になって試合に出られたことにほっとしており、大会でも良い結果を上げられた事に満足した。
何よりも山口先生が好きで、そしてそれにも増してバスケットボールが大好きだった。
バスケットボール以外の事など、殆ど考えた事もなかった。


須永和加葉が地元の高校に入った時、バスケットボール部は彼女を三顧の例を持って迎え入れた。
バスケットボール部だけでなく陸上部も彼女を欲しがったが、彼女は見向きもしなかった。

高校のバスケットボール部のコーチは浅野忠志という50過ぎの教師で
男子女子のバスケットボールだけでなく卓球部の顧問も務めた事があり、
スポーツの指導者としては経験豊かな教師だった。
彼はその前の年から男子バスケット部だけでなく
女子バスケットボール部のコーチも兼任するようになっていた。

丁度女子バスケットボール部の強化をしようとしていた矢先の須永和加葉の入部でもあり、
彼女の入部を彼は事の他喜んだ。
彼女は体こそ小さかったが強力なプレーヤーでその上柔らかく、
地毛が少し茶色い髪はフランス人形のようだったし、
顔立ちは少女から徐々に成長しつつある美しさが放たれていた。
これから強くなってゆくであろう女子バスケットボール部のスタープレーヤーに相応しい選手のように思えたのだ。

彼は指導に熱心であり、知識もあり生徒の事も愛していたから生徒にも人気があった。
しかし女子バスケットの指導を始めたばかりであり、
山口美津子程には須永和加葉が女子である事や体が小さい事を考慮しなかった。

彼は須永和加葉を1年の時からレギュラーにし、どの試合でも彼女を使った。
どの試合でも彼女は要求以上のパフォーマンスを発揮し、コーチである彼は狂喜乱舞した。

しかし須永和加葉はある事に気が付いていた。
中学3年の時よりも1試合1試合がきつくなっているのだ。

理由は歴然としていた。
中学3年で試合に出た時、彼女は平均より小さい身長であったが周囲の選手も中学3年生だった。
しかし高校1年で試合に出た時、彼女の相手は高校の2年生か3年生で身長で言っても10~20Cm、
体重で言えば10Kg以上離れている選手が大半だったのだ。

それでも彼女はパフォーマンスを発揮した。
背の低さをいかして相手ディフェンダーを抜き去り、シュートを決めた。

コーチが山口美津子であったなら須永和加葉を使うのを高校2年までは我慢しただろう。
彼女の身長が伸びるのを待っただろう。
須永和加葉は中学3年生からの一年間で2cm身長が伸びたし、
少年のように細かった体もスポーツのおかげで寧ろ女性らしく成長してきていたのだから。

しかし須永和加葉は成長しきる前に試合に出続け、
そのうち他のチームからマークされるようになり、
そして、必然的に事故は起こった。

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バレンタインで連載したものです。5話目 長すぎたので前半後半に分けました。
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by obtaining | 2008-03-19 23:28 | document

[おやすみ] *4

[おやすみ] *4

-*-*-*-*-*-*-
-------
須永和加葉が岸涼子と帰る。
--------

何だか少々違う感じで盛り上がったケーキ教室が終わって、
私はクラスメイトの岸涼子ちゃんと一緒に帰っている。
あんまり学校で話した事が無かったし、
私はバスケ部で体育会系だから涼子ちゃんのような優等生で腹筋が柔らかそうな
(しかも無駄な肉が付いてなくてぷにぷにとしてそうな)
友達はあんまりいないので最初はちょっと緊張していたのだけれど、
ケーキ教室でもうすっかり打ち解けてしまったから話す内容には事欠かなかった。
店を出てからこの方、喋りっぱなしだ。
女の子は2人でも姦しいのだ。

なんだかんだとクラスの話や部活の話、受験の話などをしながらてくてくと歩いて
八坂神社の手前のあともう少しで別れる所、といった所で
涼子ちゃんはああそうだ。
とちょっと唾を飲み込んでからとんでもない事を言ってきた。

「そういえば和加葉ちゃんは山下君と付き合ってるんだろう?
私は男の子と付き合った事とかがないから判らないんだけれども
その、どういうものなのかな。男の子とお付き合いをするというのは。」
私は意味がわからなくて一瞬うろたえた。
思わず立ち止まる。

「はい?な、な、な何言ってるの?涼子ちゃん」

「いや、一緒に家に帰ったり、その、遊びに行ったりするだろう?
その、男性とはその度にこう付き合っている女性に愛しているとか
そういう事を言ってくれたりするものなのかな。」
私だったらそんな事を言われたら照れてしまうな。
困った、困ったな。と全然困っていない顔で身悶えている。

「ごめん、何言ってるか判らないんだけど。」

「だってチョコレート、山下君にあげるんだろう?今までもあげてるみたいだし。
和加葉ちゃんが山下君の事を好きで、2人は付き合っているんじゃないのか。」
私の焦り様に寧ろ何を言っているんだという風に涼子ちゃんはからりとした感じで声を返す。

「そんな事わ、わ、私一言も言ってないよ。」

「うん。聞いてはいない。そう思っただけだけど違うのか?
和加葉ちゃん位可愛ければもう付き合っているのかと思ったんだけど。
間違っていたならごめん。」
ごめん。と拝むように片手をあげながら言う。

「ち、違わな、ち、違う。ち、違うわないけど」

「どっちなんだ?」

「違わないけど・・・付き合ってはないもん。
な、な、な、なんで涼子ちゃんそんな事いうのよ。えええええ?そんな風に見えるの??」
そう言うと涼子ちゃんは何を言っているという感じに目を丸くした。

「だって、和加葉ちゃんは山下君の事が好きなんだろう?そんな事は見れば判る。」

そんな馬鹿な。
見たって判らないはずだ。
私はビックリしながら疑問を口にした。
「何で?見て判る訳ないもん。私が準の事好きだなんて誰に聞いたの?」

今まで私は誰にも、それこそ部活の親友にだって
準の事を好きだなんて言った事はなかった。
言ったってどうせ馬鹿にされるだけだから。
準は、正直言ってあまりイケてはいない。
背は低いし、痩せっぽちだしそのくせ声はがらがらだしスポーツは出来ないし
かと言って勉強ができるかといったら精々10人並みって所。
性格だって好きな事にはのめり込むみたいだけれど決してタフではないし
食べ物の好き嫌いも多い。
少なくともバスケ部のキャプテンとか、野球部のキャプテンとか
ちょっと不良の人とかよりはイケてないと言える部類に入る。
女子高校生なんていうのは保守的だから
誰かがイケてないといった人を好きになるなんて事はしちゃいけないものなのだ。
準の事を馬鹿にするのは、私が馬鹿にするのは良いけれど
腹が立つからそういう事を聞くのは嫌なのだ。

だからごく普通に自然に対応していたつもりだし、誰にもばれてないようにした。
と思っていたのに。
のぼせる様に血が頭の方に集まって、顔が赤くなっていくのが判る。
恥ずかしさと、何故という困惑とで頭がぐわんぐわんする。

「誰に聞いたもなにも見ていれば判るんじゃないか?
こう、何ていうか好きな人と話す時ってちょっと背筋が伸びたりするじゃないか。
あと喋り方がちょっと変わったり。
和加葉ちゃんも山下君と喋る時は他の男子と喋る時とは違うだろう。
それに和加葉ちゃんと山下君って距離感が近いような気がしたんだ。
なんていうのかな。
例えば私も含めて女性って言うのは普通男の人に急に近づかれたりするととっさに身構えてしまうんだけど
和加葉ちゃん、例えばクラス内で山下君にぎゅっていきなり抱きしめられてもとっさには逃げないような気がする。」
涼子ちゃんは背中に手をやったりしながらのほほんととんでもない事を言う。
私は返答もできない。そうかもしれないと思っている自分もいる事が悔しい。

「まあ、首まで真っ赤になってるし、間違いないな。」

「うう・・・最悪だ・・・。誰かに聞いたんじゃないの?噂になってたり」

「そんな事ないんじゃないかな。少なくとも私は聞いたことがないし。」
さらりと言う。

「しかし、山下君のどこが好きなんだ?和加葉ちゃん」

「・・・」
やっぱりそういう話になるのか。すうと頭が冷えた。
その一言にカチンと来てしまった。
そんなに怒る事ではないのかもしれないけれど。
でも私は頭がぐわんぐわんしていたし顔は真っ赤だし、
ついでに悔しくて、つい大きな声を出してしまった。

「う、う、う、わ、悪い?ほら、涼子ちゃんもそう言うじゃん。
だ、だから嫌なの。ばれるのがいやだったのに!
確かに準はそんなに格好が良くないけど、
馬鹿だしスポーツも出来ないけどでも優しいもん。
私の事を良く知ってるもの。
どこが好きなんて好きになるところなんていっぱいあるもん!
それなのに皆、イケてないとか馬鹿にするし、
準の事好きになる人なんていないなんていうし、
だから嫌なの!準のこと良く知らない人にそういう事言われたくないの!
だから涼子ちゃんも忘れて!」

涼子ちゃんは私の剣幕にビックリしている。
それを見て私も我に返った。
うわ、やってしまった。
ああ、友達になれると思ったのに大失敗だ。

言うだけ言って私の方がビビッていると、涼子ちゃんはにこりと笑った。

「悪いなんていっていないぞ。私の言い方が悪かったみたいだ。ごめんなさい。
私の好きな人だって地味だし馬鹿だし野暮天だ。」

「・・・」
私が黙っていると涼子ちゃんは更に続けた。

「私は良く考えるんだ。なぜその人の事を好きなんだろうって。
私は俳優とかは意外と男臭い人が好きなんだけど好きになった人は全然違う。
でもその人の事をとてもかっこいいと思うし素敵だと思う。
多分、俳優とかよりもカッコいいんじゃないかと思うこともある。」
和加葉ちゃんはそうじゃないか?と聞く。

私は思わず頷いてしまった。

「でも周りの人に聞くとそんな事はないみたいだ。
たく・・私の好きな人を他の人がみるとそうじゃないみたいなんだ。
別にふつーとか言われる。
だから大体、好きな人のかっこよさなんて他人に判る筈がないのかもしれない。
そう思うこともある。」

「・・・うん。」

「でも、そう思うと不安になるんだ。
私の好きっていう気持ちは他の人が男の人に思う好きと違うんじゃないかって。
皆が好きになるような人、カッコいい人をを好きな訳じゃないって事は
皆が言っている好きは私が思う好きとは違うんじゃないかなって思うことがある。」

涼子ちゃんが言っている事は私が昔から考えていた事だった。
学年で一番可愛いとか言われてる涼子ちゃんがそんな事を考えているとは思わなかった。

「だから聞いてみたんだ。和加葉ちゃんが山下君のどんな所が好きか、
それを聞いてみて私ともし一緒だったら
もしかしたら私は和加葉ちゃんと同じ様にた・・好きな人が好きだって自信がもてるかも知れないと思ったんだ。
だから別に山下君の事を悪く思っていたりはしない。
いや、あの好きとかそう言う意味じゃない。興味がない。
興味がないってのもなんか変だな。そうじゃなくて」
しきりに首を捻っている。可愛い。

それを見て、私は自分が勘違いをしていた事に気が付いた。
「ごめん。私も変に大きな声を出しちゃった。」
そう言って頭を下げる。
頭を上げると涼子ちゃんは笑っていた。

「うん。気にしなくて良い。私の聞き方が悪かったんだ。
そうだな。聞いてばかりであれだから、私のほうから悩みを相談すべきだ。
私はたく・・好きな人が」
何も気にしていないようにさっぱりと話を続けてくる。
私は一気に涼子ちゃんの事が好きになっていた。

「匠君でしょ。言っていいよ。」
今度は涼子ちゃんが赤くなる番だ。

「うう・・・」
よし、真っ赤になった。

「う・・匠君が短いスカートが好きだと聞いて、
私はそういう格好が嫌だからいやらしい。と思ったんだ。
でもそれ以降、洋服を買いに行くとミニスカートをちらちらと見ている私がいる。
似合わないんじゃないかなとか、あれなら品良く纏める事もできるかなとか。
そういう事を頭の中で考えたりする。
そしてそういう事を考えたりするのがそう嫌でもなくて、
そういう時に私は匠君の事が好きなのかもしれないと思う。」

「涼子ちゃん、それはその人の事が好きなんだよ。」
私にも判る。そして真っ赤になりながらそんな事を言う涼子ちゃんはからかいたくなる位に可愛い。

「匠くぅん。とか言ってたもんね。さっき。」

「い、言ってない!そんな事!ずるいぞ!私が言ったんだから今度は和加葉ちゃんの番だ!
和加葉ちゃんが内緒の話をする番だ!
和加葉ちゃんはどういう時にそういう風に思うんだ?
あ、そうだ。そもそもどうして山下君の事を好きになったんだ?
そこを教えて欲しい。いつのまにか、とかそういう風に誤魔化しちゃ駄目だぞ!」

「あはは、私があいつを好きになった切欠、ねえ。」
なるほどあいつの事を考えて胸がもやもやするだとか、
ミニスカートを履いてみよっかなと考える事だとか。
まあ後は夜あいつの事を考えてごにょごにょ。の理由。
そうなった切欠。
なんだっけ。
って自分を誤魔化しても無駄だ。
私は、あいつを好きになった瞬間をはっきりと覚えてるのだから。

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バレンタインで連載したものです。4話目
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by obtaining | 2008-03-17 21:06

おやすみ*3_2

-------
店長は語る 1/31 18時35分5秒頃
--------

「子供の頃は皆世界が平等で、自分にだってチャンスがあると思っているもんだ。
誰だってそうだ。子供の頃だけじゃないかもしれないな。
大人になったってそうだと思う。
大人と子供が違うのは、自分がどこで平等になれるのか、
チャンスを得られるのかが判っているか判っていないかのそれだけでしかないのかもしれないな。
子供は自分がどこで平等に扱ってもらえるかを判っていないから、
色々な事に悲しんだり絶望したりするんだ。
背の低い両親を見て、自分がバスケットボールの選手にはなれないだろうと思う度に、
眼鏡を掛けている両親を見て、自分は宇宙飛行士にはなれないだろうと思う度にそう思う。

俺もそんな子供だった。
父親が早く死んで母親が仕事をしなくてはいけなかった事。
親戚もいなくてお年玉なんて貰ったためしが無かった事。
他の子供みたいにお菓子が食べられない事。
その全てが不平等だと思った。
世界は平等なはずなのに、自分にチャンスが無い事が悔しかった。」

俺が話し始めると、2人はきょとんとした顔でこちらを見た。そうだろう。
最近の子には判らないはずだ。
こんな話は。

「判らないだろう?今は兎も角、昔は不良って言うのはそういう人間がなったんだ。
俺もそういう事にいちいち絶望していたんだ。
だから俺は不良だった。
高校に行ったって金が掛かるばかりだなんて言って中学の頃から喧嘩三昧で、
結局高校には行かずそういう同じような連中と遊びまわっていた。
今で言う暴走族だ。バイクなんか買えなかったけどな。
でも直ぐに貧乏だと不良も出来ないって事に気がついた。
家があったから寝るには寝れたが遊ぶのには金がかかる。
他人からせしめるほどヤクザじゃなかったし、
泥棒をやるほど器用じゃなかったから直ぐに遊ぶ金に詰まる様になった。

で、ここで働き始めたんだ。
ここと言っても昔はほら、もっと君達がいる高校沿いの方にあった。
そうそう、あの広い道路の今はガラス工場がある所だ。
昔はそっちに店があったからな。
そこに行って住み込みで働かせてくださいとやった訳だ。」

「その頃はこのケーキ屋は曽根崎っていうオヤジがやってた小さなケーキ屋だった。
普通の小さなケーキ屋と違ったのは今みたいにやっぱりその頃も職人が5人もいて、
町のケーキ屋にしちゃ品数が豊富だったって位だった。
よその町のケーキ屋にも商品を卸していたからやっていけたんだろうな。
ま、今で言うフランチャイズなんてものの先駈けのような事をやっていた。」

「今と違ってその頃は掃除一つでもスチームクリーナーなんて便利な機械があるわけじゃない。
クリームの汚れは落ちにくくて、閉店後にショーケースのガラスを綺麗にするまでに
1時間も2時間も磨き続けるなんてのもざらだったが、始めてみれば仕事は楽しかった。
最初は遊ぶ金を作る為に働いていたのがそのうち仕事をする為に働くようになった。
不思議なもので一緒に遊んでた友達も遅かれ早かれ俺と同じような道を辿った。
働かなかった奴はヤクザになったし、
働いた奴は今でもここの商店街の中にいるかサラリーマンをやってる。
最初のうちは掃除しかやらせてもらえなかったが、
リーゼントにしてた髪は商品に髪が入らないように刈り込んだし、
小まめに手を洗うようにして、味覚の邪魔になりそうな気がしたから煙草も止めた。
曽根崎のオヤジは少しでも手を抜くとそりゃあおっかなかったが
自分の仕事にも手を抜かない人だったから辛抱の無い俺でもなんとか我慢してやっていけた。
今で言う労働基準法なんてそれこそクソ喰らえって仕事だったけど
まあ中学出が出来る仕事なんてのはどこの仕事も同じだった。そういう時代だったんだ。

でも俺が間違えて朝の仕込みの真っ最中にショーケースの中のケーキをひっくり返しちまった時は
開店の時間までオヤジも一緒になってショーケースを磨いたし、
オヤジは正月には従業員に小遣いを持たせて家に帰したし、
家が無い奴はオヤジの家でおせちを喰った。
ここはそういう店だった。」

「2年もした頃、立場的には俺の一つ上をやっていた先輩が辞めていった。
地元に親のやっている家業があってそっちを手伝うとか云う理由だったが本当のところは判らん。
実の所その先輩が辞めて俺は嬉しかったんだ。
いい先輩だったがその頃俺は掃除に飽きてきていたし、
その先輩がやっている仕込みの仕事を覚えたくてうずうずしていたからな。
それに俺は暇があるとその先輩を手伝って仕事を覚えるようにしていたし、
だから俺はその先輩の後釜に座る資格があると思ったんだ。」

「俺はオヤジのところに行った。
先輩の仕事をやらせて下さい。自分なら出来ます。ってな。
当然許可されるもんだと思ってた。
他にやる奴はいないし、俺はもう2年間も掃除だけをやってきたからだ。
しかしオヤジはこう言った。
今日から仕込みは俺がやる、それに掃除をする奴も雇った。ってな。」

「俺は言った。じゃあ俺は何をすればいいんですか?オヤジは言った。
お前は学校に行け。そう言って学校の入学案内のチラシを机の引き出しから取り出した。
丁度その時は3月で、4月からこの学校に行けとオヤジは俺にチラシを渡してそう言った。
商業学校でも専門学校でもなく普通の学校のチラシだった。
それからオヤジは金庫の所に行って、中から10万円を取り出して俺に渡してこう言った。
少ないが教科書とかノートを買う金にしろ。
足りない分はお前も少しは貯金してるだろうからそれで賄え。
それでも足りなけりゃ夜にうちでバイトをしろ。ってそう言った。
どうするんですか、この金と聞いた俺に親父はこう言った。
金はいつか返せ。ちゃんと勉強しろ。
そして勉強した後にお前がケーキ屋をやりたいと思ったら、そうしたらうちで働け。
それから最後にこう言った。
入学するには親の承諾が必要だから家に帰って母親の判子を貰って来い。」

「家に帰ってお袋に高校に行くといったらお袋は顔を覆ってしばらく泣いた。
3年間高校に通って、簿記と算盤の資格を取ってから店に行くとオヤジは俺をまた迎え入れてくれた。
今度やらされたのは掃除じゃなくて仕込みの仕事だった。
給料は月3万円で相変わらず仕事はきつかったが、
俺は毎月の給料の中から少しずつオヤジに借金を返した。
オヤジは利子は決して受け取らず、俺は結局2年半掛かって借金を全て返済した。
最後の返済の時、部屋にいるオヤジに封筒に入れた金を持っていくと
オヤジは卒業おめでとうと言って背広を作ってくれた。
オヤジは俺から利子を1円たりとも取らなかった上に、5万円もする本当に上等な背広を作ってくれた。
その頃の5万円だ。今とじゃ10倍も価値が違う頃だ。
背広が出来るとオヤジはそれを俺に着せて一緒に写真を撮った。あの写真だ。」

そう言って調理場の隅を指差す。
そこにはここに店を作ったその時からオヤジと俺が並んで写っている写真が掛けてある。
写真は一枚だけじゃなかった。
オヤジとオヤジに学校を出させてもらった奴らが一緒に写っている写真が
ここには20枚以上もある。
オヤジは立派なケーキ職人であっただけではなかった。
その生涯を通じて真っ当なケーキ職人を何十人も育て上げた人間だった。
俺の話を聞いている目の前の女の子達2人は真剣な顔で写真の方を見た。

「それからすぐ、俺は仕入れ担当になった。
俺はどこにでもそのスーツを着ていって仕事をした。
すぐにスーツはボロボロになったし、
その頃には必要であればスーツを買えるだけの経済状況になっていたが、
大事な時があると俺はいつもそれを着た。
そのスーツは何度も修繕をして、今でも箪笥の奥にしまってある。
オヤジが死んだ時、そのスーツを引っ張り出すと
女房がもっと良い服を着ていけと嫌な顔をしたが、
俺は構わず葬式に着ていった。」

「今でも思う。あの時オヤジが金庫から10万円を出してくれなかったら、
高校へ行く学費を出してくれなかったら俺はどうなっていただろうか。
もしかしたらそんなに変わらなかったかも知れん。
俺はその頃もう仕事が好きだったし、勉強は好きじゃなかった。
あの時オヤジが何もしれくれなかったとしても、
今の俺はいたのかもしれない。
でも俺は不景気の際に仕入れ業者に金が払えなくて頭を下げに行く時に
あの背広を着て行ったし、店が潰れそうになった時はその時だけじゃない。
様々な困難があって、そのどの時もあの背広を着て行った。
どんな時もあの背広は俺に勇気と力を与えてくれた。」

2人はじっと俺の顔を見ている。
つまらない話をして呆れてしまったのだろう。
こんな話をするなんて、久しぶりに若い女の子の前に出て柄にもなく慌てているのか。
昔話をするようじゃ不良も聞いて呆れるじゃないかと思いながら手を振る。

「いや、すまん。ケーキの作り方どころか説教をするようじゃいけないな。
続きを教えようか。」
そういってボウルを手に取った、と、その瞬間
目の前の髪の長い方の子がぱちぱちと手を叩いた。
「素晴らしい!面白かった。目からうろこが落ちた。人に歴史ありだな。」
もう1人の子はきちんと座ってうんうんと頷いている。
面白かった?
この子達は見た目と違って体育会系なのか?

「テクニックだけに頼ってはいけない。
そこにどんな気持ちがこめられているかが重要なのだという事だな。
まさかケーキ作りを教わりに来てこのような事を学ぶ事が出来るとは思わなかった。」

「いやそんなつもりじゃあ。」
ただ昔話をしただけだ。
年を取ると話はしたくてもどんな話をしたらいいかがわからないから、
昔話をするようになるってのは嫌になるほど自分で判っているんだけれどついやってしまう。
持ちネタがそれしかないのだ。

「いや、店主さん判っている。テクニックも大事、気持ちを込める事も大事。
どちらも過不足無く行って初めてプレゼントであるという事か。」

「小手先だけじゃ駄目って事かぁ・・・なるほどね。」

いや、別にただの昔話なんだと口を開きそうになったけれども口を閉じる事にした。
うんうん。と目の前の少女達は頷いている。

「ところで、ケーキの作り方の方なんだが」
と涼子ちゃんと呼ばれている方の子に声を掛けられて我にかえる。

「おお。おお。じゃあ続きをやろう。まずだな。まずはケーキってんはな・・・」
なんとなく気分が沸き立っている。
自分の娘ほどの年の女の子に褒められたからか。
男なんてのは単純なものだ。

今日は気を締めていかないと調子に乗って喋りすぎそうな予感がして、
俺は調理用のマスクをしっかりと被り直した。

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バレンタインで連載したものです。3話目の後半
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by obtaining | 2008-03-16 20:37 | document

[おやすみ] *3_1

[おやすみ] *3

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-------
和加葉がいらいらとするそれより少し前 1/31 17時12分58秒頃
--------

駅前商店街の一番駅よりの位置、高校生達の溜まり場でもある
喫茶店フィッツジェリコから4件左の位置に「サウザントクリーム」はある。
客が5人も入れば一杯になる地元密着型の小さな店ではあるが、
田舎町にあるただの菓子屋と侮って貰ってはいけない。
「サウザントクリーム」は田舎町のそんじょそこらにあるただの菓子屋ではないのだ。
まず、客は店内に入るやいなや様々にデコレートされた色鮮やかな沢山のケーキに迎え入れられる事となる。
そのケーキの一つ一つは熟練の職人が腕によりを掛けた光り輝かんばかりの傑作ぞろい。
もしあなたがサウザントクリームの名を知らずにその店に入ったなら清潔な店内とその豊富なケーキの種類とその輝きにただ圧倒される事になるだろう。

サウザントクリームの売りはまずその豊富なメニューにある。

そして毎朝、禿げていて痩せていて革ジャンの似合うロブ・ハルフォード似のヤクザな店主は
店員にこう訓示を垂れる。
「ケーキとは、一人一人が持つ心の輝きを形にしたものだ。」
と。

本来であればお客様一人一人とじっくりと語り合い向き合い、
その人となりを見極めた上で最良のケーキ作る事が本来ケーキ職人に課せられた使命なのだ。
と店主は言う。
下の者にもそう思って仕事に取り組んでもらいたい。
店主のその思いが毎朝のこの訓示であり、
そして開店以来一貫としたサウザントクリームの企業姿勢でもあるのだ。

理想はお客様一人一人のオリジナルなケーキ。
しかし残念ながら理想だけでは商売は成り立たない。
成り立ったとしてもお客様一人一人用に作っていたら一つ一つのケーキの値段は驚くほど高値になり、
かつ完成までに時間も掛かり、手軽に食べられるようなものでは無くなってしまうだろう。
それでは町のケーキ屋である意味が無くなってしまうしケーキが特権階級の食べ物になってしまう。
俺達ケーキ職人にとって最も嬉しいのは地元の子供達の誕生日や楽しい事があった日に自分のケーキを口に運んで貰っていると聞いた時。
大事な人へのプレゼントに持っていくのだと、お客様が店を訪れてにこやかにそう教えてくれた時なのだと店主は思う。

だから店主は苦渋の決断の上で、できるだけ豊富な種類のケーキを
出来るだけ安い値段で提供する事を毎日自分に誓うのだという。
ケーキ職人とはそうやって課せられた使命を果たせない罪深い自分を恥じつつ
毎日店に立ち、お客様に向かい合うべきなのだ、と彼は言う。

豊富なメニューとお手ごろな価格。
他のケーキ屋には大変残念なお知らせだがサウザントクリームの[売り]はそれだけではない。
店内に足を踏み入れたあなたはきっとしばらくしてある違和感を感じるはずだ。
暫く考え、鋭い人なら店内で、普通の人なら店を出て家に帰ってからその違和感に気が付くだろう。
店内には若いカップルや女性ばかりだけではなかった事に。
仕事帰りと思われる40代の男性、高校生位の何かスポーツをやっているような体格の良い男の子、
一人で来ていると思われる初老の男性、
そんな誰かがいや時によっては複数のそんな普通のケーキ屋では見られないお客様が
サウザントクリームには訪れてくれる。

これもサウザントクリームのモットーだ。

毎夕、店主は店員にこう訓示を垂れる。
「ケーキとは女性だけが楽しむべきものではない。
男性にだって、いや性差なんて関係ない。
全ての人に楽しんで貰えるものであり、
ケーキ職人はそれを目指すべきなのだ。」
と。

常日頃自らをフェミニストと自負し、女子供は男がしっかりと守るべきだと
ジェンダーフリー論者とは一線を画す発言を隠さない店主だが、
ことケーキに関してはジェンダーフリー論を強行に唱える。
毎月10日はメンズデーと題して店主お勧めケーキの半額セールを男性客のみに対して行うし
(15日は女性が半額になる)、ビターな味わいの男性用ケーキにも力を入れる。
ケーキ職人とは全ての人に愛されるケーキを作るべきだ。
ケーキ屋とはこれも食べたい、あれも食べたいと何を食べようか迷ってしまう、そんな場所であるべきだ。
その思いが毎夕のこの訓示となる。

そんな店主にとって1月の終盤から2月の中盤、
つまりバレンタインデー前のこの時期は一年で最も仕事に力の入る時期だ。
女性も男性もチョコレートを楽しむ日。
店主はバレンタインデーとは人類が作り上げた最も偉大な記念日であると語る。
日本人の大多数と同じく、宗教に興味を持たない店主だが、
事バレンタインに関してはキリスト教とついでにチョコレートを送るという風習を根付かせた
日本のとあるお菓子メーカーへの賛辞を惜しむつもりはない。

店主は言う。
女性から男性へプレゼントを送る。
これだけでも胸のときめく一大事であるのにそれに加えて送るものがチョコレートである。
送る側の女性にとっても日頃自分達が親しんでいるチョコレートである。
好ましく思っている男性に何を送ろうか、
日頃感謝や愛情の気持ちを伝える事もない家族にどんなチョコレートをあげようか、
その力の入れようたるもの想像に難くない。
送られる男にとっても同じ事が言える。
日頃は口にしないチョコレートを女性が胸に秘めた気持ちと共に受け取って悪い気のしよう筈がない。

チョコレート嫌いなんだよなあなどと口で言ってはいても男とは家で1人、
チョコレートを口に放り込みながら口元を綻ばせるものなのだ。
その口中に蕩ける味覚はその女性から向けられた気持ちと同じようなそう、甘みである。
それを味わいながらお返しは何にしようか、どうお礼を言おうか、どうやって喜ばせてやろうか。
そう考える時間は日頃の疲れを癒し、悩みを吹き飛ばし、心を浮き立たせ明日への活力となるだろう。

いや、明日の活力だけではない。
人によってはその後の人生を変えるようなそんな出会いの、喜びの一つにだってなれるかもしれない。
そんな人生の大イベントが毎年一日必ず、記念日として訪れるのだ。
それを素晴らしいと言わずして何と言うのか。
店主はそんな記念日に関われるチョコレートを誇りに思い、
そして自分の作るケーキがそんな想いを伝えたい人達、
想いを告げられた人達のほんの少しの後押しが自分に出来ればと常に願って止まない。

毎年1月末に行われる【バレンタインデーに向けてサウザントクリームのプロの味を学ぼう!】講習会は店主のそんな気持ちの一つの表れだ。
採算度外視のこの講習会は5年前からスタートした、サウザントクリームのお客様サービス企画だ。

実は店主がこれを思い付いたのはお客様とケーキ職人達のある態度からだった。
バレンタインデーの時期にチョコレートを買っていくお客様に「私は料理が下手だから」とか
「ケーキなんて作った事が無いから」等と言い訳をするように買って行くお客様が多かった事、
そしてどんなコンセプトでケーキを作っていくべきかをケーキ職人達と喧々諤々の打合せをしていた最中の
若いケーキ職人達の顔が紅潮し、
どんなケーキを貰ったら嬉しいかを真剣に論じ合っている事、これらを見て店主は閃いた。

送る側も嬉しい、送られる側も嬉しい。
俺達はそんな素敵なイベントに参加できる喜びを噛み締めていたがそれだけで満足していて良いのか。
バレンタインデーはそれだけではないのじゃないか。
作る楽しみ、そんなものもあるのじゃないか。

もしかしたら作りたくてもノウハウが無い、
そんな理由で心を込めて作りたい何かを諦めている人がいるんじゃないか。
そんな人がいる時、そのノウハウを持っている俺達が楽しみを独占していて良いのかと。

そんな気持ちで始めた【バレンタインデーに向けてサウザントクリームのプロの味を学ぼう!】だったからこそ、
今日のお客様は店主にとって嬉しかった。

@@
目の前では目の覚めるような美少女2人が真剣な顔をして店主の話に聞き入っている。

「じゃあ、まずはチョコレートの溶かし方から教えようか。」

「はい。」
実に真剣だ。最近の高校生は授業を聞かないと聞くが、
こんな風に授業を聞いてくれる生徒なら学校の先生もきっとやりがいがあるのだろうと店主は思った。

無論、主婦のお客様が来てくださるのも嬉しい。
サウザントクリームはお客様を選ばない。
しかし今の若者は気力が無いだとか、料理をしなくなっているとかそういう風潮の中、
何が目的でも良い。
誰かに何かをしてあげる為に学びに来ようという態度が良い。
今日の【バレンタインデーに向けてサウザントクリームのプロの味を学ぼう!】は高校生2人だけの参加ではあったが、
店主はなんとなく嬉しかった。

「和加葉ちゃん。ちょっと火が強すぎるんじゃないか?」

「え、嘘?そうかな。うわうわうわ焦げちゃうかも。」
店主の言葉どおりに動きつつも2人は実に楽しそうに鍋にチョコレートを乗せている。

仲良さそうに楽しくやっているが、
不思議なものでどうもこの2人は同じ高校の簡単な知り合い程度の関係らしい。
2人とも別々に申し込んで来たし、お互いが顔を合わせたなり
ストレートの髪の毛の涼子と言う子はほほうと感心したような顔をし、
和加葉という子はしまったと言う顔をしていた。
示し合わせてきたのでは無い事は明白だが、すぐに仲良く喋りだす辺りは若い女の子だ。

きっと好きな男の子にでもあげる為の練習に来たのだろう。
それとも女の子同士で食べる為だろうか。
最近の高校生はどうなのだろうか、
好きな男の子にあげるような事をするのだろうか。
男の子はチョコレートをもらえるかどうか、胸をときめかせたりするのだろうか。

チョコレートを溶かしながらなにやら楽しそうに話している2人を見ながら店主はそう思った。
誰にあげるのか判らないが実に楽しそうじゃないか。
【バレンタインデーに向けてサウザントクリームのプロの味を学ぼう!】を始めて良かった。
目の前で楽しそうにしている2人を見ながら改めて店主は改めてそう思った。

@@

「涼子ちゃんがそんなに楽しそうな顔するの私、初めてみた。」
しゃかしゃかとメレンゲを泡立てながら涼子ちゃんに声を掛ける。
驚きである。
クラスメイトとして話す事は時たまあったが、
部活にかまけててクラスメイトとそんなに遊んだ事は無かったから
涼子ちゃんに持っている印象は教室の中で見た真面目そうな印象でしかない。
こんなキャラクターだったのだろうか。
男子にも女子にも(特に男子に)人気の彼女だが
男子と親しげに話しているところは見た事が無い。
女子と話していても楽しそうにはするけれどはしゃいだりする事も無く
どちらかというとクールな子なのかなという印象を今までは持っていた。
まさかケーキ教室で会うだなんて思った事も無かった。
まあケーキ教室で会いそうも無い子、
なんてのはバスケに狂ってた私にも言えることかもしれないけれど。

「当たり前じゃないか。私だって女の子だ。」
和加葉ちゃんは私を何だと思っていたんだ。
と涼子ちゃんもしゃかしゃかと実に楽しそうにかき混ぜながらは驚いたようにそう返してきた。

「甘いものは好きだし恋物語だって読む。
 男の子にチョコレートをあげるとなって張り切らない訳が無いじゃないか。」

「ええええ?男の子にあげるの?」
思わず驚いて声を上げる。
てっきり家族とかかと思った。そんな相手がいるのか。

「当たり前じゃないか・・・」
和加葉ちゃんは私を本当に何だと思っているんだ?といいながら涼子ちゃんは溜息をつく。

「しかし、ま、確かにこういうのをあげるのは初めてなんだ。
 何が好きなのかとかそもそも甘いものを食べるのかどうかも良く判らない。」
ま、なんか甘いものは好きそうなんだが。
と言いながら涼子ちゃんは困ったように目を伏せた。
悩んでいる風情も色っぽくて絵になる。
んん。ずるい。

「本命チョコ?」

「・・・うん。」

「付き合ってるの?」

「付き合ってはいない。好きかどうかもわからないのだが、多分好きなのだと思う。」

おおおおおおお。
意外な話の成り行きに胸がどきどきとする。
多分だが私は今非常に重要な情報を得ているような気がする。
スキャンダルを目前にしたジャーナリストの気分とはこういうものだろうか。
多分、今私は非常に珍しい場面に出くわしているのだ。

「だから何をあげていいのか判らないんだ。
 黒いチョコレートよりホワイトチョコレートの方がこう、明るい色で良いんじゃないかな。
 でもホワイトチョコレートは好き嫌いがあるみたいだし。
 とか考えていたら何が良いのか判らなくなってしまった。」
それでせめてまともな物を作れるようにと思ってケーキ教室に来たんだが。と涼子ちゃんは言った。

彼女にチョコレートを貰うという名誉をだれが受けるのかは判らないが、少なくともこれだけは言える。
多分その貰う人は舞い上がってしまってチョコレートの種類なんか絶対に気にしないだろう。
無論味も。

「店長はどっちがおすすめですか?」
先ほどから気持ち悪いほど機嫌の良さそうな店長に振ってみる。
スキンヘッドに鋭い眼光のまるでヤクザな店長だが
機嫌よさげにこちらを見る視線は何とはなしに可愛い。

「俺か?俺は喰うならホワイトチョコレートよりはビターだな。」
私達の話を聞いていたのだろう。そう言うと店長は即座に答えてきた。
私達の話を聞いていたのか。
いやらしい店長だ。

「うーん。匠君はどっちなんだ。
 だいたいチョコレートよりCDとかの方が喜ぶかもしれないし。」
涼子ちゃんに視線を移す。
ほほう。相手は匠君というのか。
クラスメイトではない事は確定した。
それと共に心の中にちょっとだけあった不安感は消え去った。
私と涼子ちゃんはライバルではない。という馬鹿みたいな安心だが。
それにしても匠君。か。
他のクラスにいたかな。としばし考える。
たぶんいない。他の学校だろうか。

「和加葉ちゃんはどうするんだ?どんなのにするんだ?」

「え?あ、ああ、私のは何だっていいの。家族のと一緒にされて食べられるだけだし。」
私に振られるのは困るので慌てて手を振る。
私のほうこそ知られる訳には行かない。
どうせ馬鹿にされてしまうに違いないのだ。
誰かに言うつもりも気づかれるつもりも無かった。
涼子ちゃんは暫く私の言っている意味を考えるようなしぐさをした。
と、その隙を突いたように又店長が口を挟んできた。

「プレゼントなんて何だっていいんだよ。何をあげるかじゃない。
そこに何を込めるかなんだからな。」

む、と私と涼子ちゃんは店長の方を向く。
私も少しひっかかった。プレゼントとはどう喜んでもらえるものを送るかではないのか。
何だっていいって事はないだろう。

「自己満足ではいけないと思う。相手が喜ぶものをチョイスすべきだ。」
「じゃあ、店長はどんなプレゼントを貰った時が一番嬉しかったんですか?」
2人でほぼ同時にそういうと店長は驚いた顔をした。
そしてスキンヘッドの頭をぼりぼりとかいて暫く考えた後、にやりと笑った。

「俺か、俺はなあ・・・金かな。お金を貰った時が一番嬉しかった。」
そう言ってカカカと笑う。
それを聞いた私と涼子ちゃんは呆れたように溜息を吐いた。

「私達は、真面目に話してるのに・・・これだから男の人は・・・」
「匠君はお金は喜ばなさそうだ・・」
2人して同時にそう言うと、店長はにやりと笑う。

「そうだな。そう思うだろう。何をあげたら良いか、喜んでもらえるかって。
ま、それは重要なんだ。重要なんだけどな。
でもな、プレゼントって言うのは実は本当は何をあげるかじゃないんだ。
何を思ってあげるか、貰う方がそこにどんな気持ちが込められているかを理解できるか、
それがあるか無いかで全然違うんだな。
何をあげるかなんてのはプレゼントの本質としては2の次、3の次だ。
お金なんてって思うだろう?
俺はその時、本当に嬉しかったんだよ。あんな嬉しかったプレゼントは無かったんだ。」

と、店長さんはそう言って、机に肘を乗せるとゆっくりと話し始めた。

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バレンタインで連載したものです。3話目の前半
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by obtaining | 2008-03-16 01:08 | document

[おやすみ] *閑話・須永和加葉

[おやすみ] *閑話・須永和加葉

-*-*-*-*-*-*-


そりゃあ、確かに彼は地味だ。

背は低いし、痩せっぽちだしそのくせ声はがらがらだしスポーツは出来ないし
かと言って勉強ができるかといったら精々10人並みって所。
性格だって好きな事にはのめり込むみたいだけれど決してタフではないし
食べ物の好き嫌いも多い。
どちらかというとシャープな顔立ちだとは思うけれども
それだってよくよく見ればといった所。ジャニーズ系とは言いがたい。
ニキビは最近ちょっとましになってきたけれどそれでも部分によってはクレーター並みに酷い。

つまり、あんまりいけてない気がする。
けれど私の好きな人だから、他人にあげるわけにはいかない。
私の幼馴染の山下準の事だ。

彼を好きな子がもしいるんだったら、メリットっていったらライバルがいない。
そんな位しかないんじゃない。まあいないだろうけど。
なんて口の悪い友達なんかは言う。
私の好きな人が彼だなんて事は誰にも伝えていないから
そういう時は私は聞こえなかった振りをする。

でも私が彼を好きである事、それは自分の気持ちだから誰が何と言おうと間違いない。

ユーモアのセンスはあると思うし、それに顔だってまあ、
たしかにジャニーズとは言いがたいんだけれども
ニキビが直ればそこそこカッコいい部類に入るんじゃないだろうか。
ちょっと拗ねた様なものの言い方もほら、かわいい気がする。
それに、優柔不断だけれど誰にでもとても優しい。

そして何よりも私の事を判ってくれている、と、そう思う。

実は、私は別に小さい頃から彼が好きだったわけじゃない。
幼稚園と小学校の低学年まではそれこそ毎日のように遊んだし、
親同士も仲が良いからお稽古事も一緒に通った。

小学校高学年からはそれぞれ同性の友達が増えたから、
段々と疎遠になって中学校にはいった頃には幼馴染で、
時々話をする友達っていうような関係になっていた。
私はバスケットに夢中で、時々準の顔を見る度にニキビを直す為にもっと小まめに顔を洗えば良いのに。
とその位に思うけれど口にはしない、
つまり準は恋愛感情とはまるで関係のない、ただの幼馴染だった。

でも高校1年の時にその気持ちが変わってしまった。
今、彼に持っている気持ちはただの幼馴染のその時のものとは違うし、
そしてその気持ちは、中学生の時にクラスの男子に初めてラブレターを貰って
ちょっと意識した時とも違う気がしている。
それは何かというと、能動的な気持ちだって事だ。
何かをしてあげたいとか一緒にいたいとかそういう気持ちだ。
もしかしたら今、私は本当に初恋をしているのかもしれない。そうであれば良いと思う。
私が掴み取りたい何かが、初恋であり、彼であれば良いと思う。

そんな風に思っているのだ。

自分で言うのもなんだけれど健気である気がする。私。

それなのに奴はなんだか最近私にとても冷たく、
そしてその上涼子ちゃんにめろめろのようなそぶりを見せている。
涼子ちゃんが準に秋波を送るわけがないのに馬鹿な男だ。
まあ、そんな事は関係ない。
涼子ちゃんは涼子ちゃんだ。
とにかく私は腹立たしい。

自慢じゃないけれど私だってそこそこもてるのだ。
最近だって靴箱にラブレターが入っていたし、
映画に行こうと誘われることだって多いし、
男の子から電話が掛かってくる事だって多いのだ。
胸は小さいけれど部活を引退して少し(ほんの少し)体重が増えたら
B(ブラによってはC)になったし、
元々色白だし、お母さんは美人だから将来だって有望なはずだ。多分。
涼子ちゃん程じゃないにしたって馬鹿にしたものじゃないはずなのだ。きっと。

だったらきちんと私の気持ちに気が付くべきであるし、
気が付いたのであれば気が付いたと言うべきであるし、
気が付いたのであれば快くOKと返事を出すべきだ。
それなのに奴は今日、涼子ちゃんにめろめろの様子を隠そうともせず、
それどころかこの2年間、私の気持ちにも気が付かず、
ふらふらとしていて私の方を見ない。

私は不安になるし、悲しくなるし、いらいらするし、腹立たしい事、この上ないのだ。

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バレンタインで連載したものです。閑話
  
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by obtaining | 2008-03-14 20:48 | document

おやすみ *2

[おやすみ] *2

-*-*-*-*-*-*-

まあ、和加葉の言う事も判らないではない。

そうなのだ。今日までの俺は今の俺とは違ったのだから。
正確には今日の12時25分23秒あたりまでの山下準18歳と今の俺とは。
前の俺にとってバレンタインデーなんてものは他の様々な恋人イベントと同様、
まるで人生に関係ないイベントの一つでしかなかった。
もてない男の常として。

もう一度言う。今日まではだ。
正確には今日の12時25分23秒あたりまでの俺はそんな奴だった。

それまでバレンタインデーっていうのは無駄に親戚が多い俺にとっては
母さんと、ばあちゃんと親戚のおばちゃんからで3つと、
従兄弟の女の子から2つと、それから幼馴染の和加葉から1個。
毎年毎年必ず6個のチョコレートが手渡されるか送られてくるっていう
どっちかっていうとお年玉だとか、 お歳暮なんかに近い内向きで、家庭内の行事だった。

別段他人を羨む事も恨む事もないけれど関係ないものは関係ない。
期待に浮かれているクラスの男達を見て、なんとなく白けるような、
かと言って参加できない自分を恥じる訳でもないんだけど、
かと言って胸も張れないようなそんな何ともいえない気分になる日という位のものだ。

唯一親戚でも家族でもない和加葉は唯一の例外となるのだろうが
それも幼馴染っていうだけの理由だ。
恋愛感情からくるものじゃないのならそんなものは家族から貰うものと一緒だ。
そんなものもうくれなくても良い様なものだが
和加葉は意外と無頓着な所があるから子供の頃の習慣のままに寄越してくれている。
未だに名前で呼んでくるのも子供の頃からの習慣事だ。

しかし大体幼馴染なんてのはこの年になると恥ずかしいもので
こういう恥ずかしさってのは家族に対する恥ずかしさと全く一緒だ。
家族と違うのはこちとら校内でも指折りのもてない男で、
和加葉は人気があるから毎年毎年俺にチョコレートを渡しにくる姿を
事情を知らないクラスメイトは目を丸くして見るって事くらいだ。

そして聞かれる。何故だと。 お前がなぜ和加葉ちゃんからチョコレートを貰うのだと。
少し面白い気もするが、結局説明はめんどくさいし、
しかも説明したら説明したで質問した奴は至極納得した顔をしやがる。

それがなんだか気に喰わない。
何故にあいつが上で俺が下みたいな目で見られるのか。

まあ、そんな訳で俺にとっちゃバレンタインなんてのは
当日蓋が開くまでわからない、なんてそんなドキドキするイベントではなくて、
毎年毎年ものすごく予定調和な一日となる。しかも不愉快な視線付きときたものだ。
今年もそうなるに決まっている。
そう思っていた。
期待も出来ず、いつも通り和加葉からチョコレートを貰って、
そして事情を知らない奴に驚いた顔で問い詰められ、
そして馬鹿にされたような顔で立ち去られるのだ。

-----
2/8 12時25分23秒
-----

まあ、そう。その話。
今日の昼休みの話だ。
いつも通り校内放送からは苛立たしい能天気なjpopなんかが流れていた訳だ。
昼休みの度に思うが、もうちょっとセンスの良いロックなんかを流せないものか。
ZEPとか。
と、これまたいつも通り椅子に座り込んでぼけっと黒板を眺め、
そんな事をつらつらと思っていたら後ろから肩を叩かれたのだ。

「山下くん。」
「はあ?。」
その瞬間、俺はびっくりして声が裏返った。
後ろの席には岸涼子が座っており、
肩を叩かれると同時に呼びかけてきたその声は岸涼子のものだったからだ。
岸涼子から声を掛けられたのは高校3年も終盤になって始めてだった。
まあ3年も終盤になって碌に話もしたこともない奴なんてのは沢山いる訳だけれど岸涼子ときたら話は別だ。
ペットボトルのお茶をがぶ飲みしたばかりだったというのに
驚きのあまり口の中が一瞬でカラカラになって 俺はごくりと唾を鳴らしながら振り返った。

いきなりなんだ。という思いが顔に出ていたのかもしれない。
岸涼子は俺の反応に驚いたように目を丸めた。
そしてごめんというように片手を上げて口を開いた。
「・・・ごめんなさい。驚かせたかな。」
「・・・いや。そんな事ないけど。」
そう。と頷くと岸涼子は俺の目を見つめてこう続けた。

「ん。仕切りなおそう。んん。つかぬ事を聞くのだけれど、
 山下君はチョコレートとか、甘いものは好きなのかな?」

一瞬固まる。
めったに喋らない女の子から聞かれる事にしては非常に珍しい種類の話だし、 今日は2月の8日だ。
その上、何度も言うが相手は岸涼子だ。

岸涼子と言えば図書委員でお嬢様然としていて口調は固いが立ち居振る舞いは柔らかく、
髪は黒く艶めいていて長くそれが又良く似合いスタイルも良く、
その上成績は常に上位を保ち続けているという、岸涼子だ。

見た目を簡単に言うと時代劇で言う花魁とか明治時代で言う良家の子女風味なんていう
形容詞が似合いそうな雰囲気を振りまいているあの岸涼子だ。
花魁と良家の子女では相反しているかもしれないが
婀娜っぽくてかつ真面目そうな所なんかはそう形容するしかない。

無論男子からの評判も非常に良い。
うちのクラスでは岸涼子トップで須永和加葉、
箕郷京子が2番手を争うとの女子ランキングは完全に不動である。

箕郷京子にサッカー部の彼氏がおり、和加葉がバスケに狂っていた以上
現状の未来の理想のお嫁さん候補No1は岸涼子独走状態である。
狙っている身の程知らずは多いと聞く。
しかし大そう声を掛けられているであろうその割には浮いた話一つなく、
高校2年の時には告白してきた野球部のキャプテンに
「スポーツマンよりもロックンローラーの方が私は好きだな。」
などと言い放ったという曰くつきの人物でもある。
野球部のキャプテンも折角告白したのにこんな事を言われたんじゃ形無しだ。
あの時は随分と噂になった。

しかし可愛けりゃ何だって許される我等の年頃。
そんな事位では皆、へこたれない。
そこら辺の伝説は寧ろ程よい障害とみなされ、
彼女は一部の男子には陰で姐さんとも姉御とも呼ばれ、
もはや崇拝の対象ともなっている。

最近では高校1、2年の頃の怖いくらいの凛とした感じも薄れ、
柔らかい物腰の方に磨きがかかったなどの噂もあり、
それもまた何故かと色々な憶測を男子の中で呼んでいたりと、
まあそんなこんな含めて男子が寄って集まりゃあ噂にされる女の子って奴だ。

その岸涼子がじっとこちらを見据えながら俺にチョコレートについて質問してきたという訳だ。
しかも何だか心なしか彼女の頬も紅く染まっている気もしないでもない。
指先も震えているんじゃないか。
少し汗もかいているみたいだ。
ちょっと乱れた髪の毛が幾筋か張り付いている真っ白な首元が眩しい。
そして俺は高鳴る胸を抑え、口を開いた訳だ。

「・・・まあ甘いものは結構好きだけど。」
話すだけで緊張する相手だ。1語1語慎重に言葉を選ぶ。

「そうか。それは良かった。山下君は白いのと黒いのとどっちが好きなのかな?」
うんと頷きながら岸涼子は真剣な顔で質問を続ける。


「白いのと黒いの?」

「ホワイトチョコレートと普通のチョコレートだ。」
何度でも言うが、今日は2月8日だ。2月14日の6日前だ。岸涼子である。
俺は山下準だ。いやいやいやいや。
いや、考えるな。今は心を集中して質問に答える時だ。
そう考えながら言葉を発していく。口が勝手に動いていく。
今話している自分が自分ではないような気がする。

「ん?んん。そ、そうだな。ホワイトチョコレートが好きかな。
口当たりがまろやかな所とかな。」
ビターなのも好きだけど俺は甘党だから。

「口当たりがまろやか?」

「う、あ、ああ。」
そう答えると岸涼子はぽんと手を叩いて嬉しそうな顔をした。

「そうか!そういう視点もあるんだな!山下君はホワイトチョコレートが好きなのか!
とても参考になった。うん。ありがとう。」

そう言って目が糸になるように細めてにっこりととろけるような笑顔をこちらに向けたあと、
岸涼子は彩りばかりを考えても駄目だな。やはり味わいも考慮しなければ。
などとぶつぶつと呟きながらノートを開いて何やらメモをし始めた。

その瞬間、その笑顔を見た俺は自分の身に奇跡が起きた事が信じられなくて完全に固まった。
あんな笑顔の岸涼子を見たことがあるか?
あの笑顔を見た男子がこの学年にいるか?
俺にはいるとは、いたとは思えなかったからだ。
背筋を電流が走ったとはよく言ったものだ。
確かにその時、俺の背筋には電流が走った。

そうだ。
そういう事な訳だ。
いくら鈍い俺でも判るっていうものだ。
つまりそういう事だ。
岸涼子は俺の事が好きなのであろう。
全っ然気が付かなかった。不覚であった。

そういえば、とはたと気が付く。
これまでも教室で何度か和加葉と話している時に
岸涼子がじっと俺と和加葉の事を見て何事かを考えるような仕草をしていた事があった。
あの時はなんだろうと思ったものだが今判った。

嫉妬だ。あれは嫉妬だ。
俺と和加葉の関係を勘違いしたのだ。
何故その時気が付けなかったのか。
和加葉と俺は幼馴染だし、和加葉は昔通り遠慮のしない話し方をするから
もしかしたら他人には必要以上に親しげに見えたのかもしれない。

岸涼子がそんな俺と和加葉を見てどう思ったか。
きっと俺と和加葉が付き合っているのだと思い込み、
密かにDはあるという噂のその胸を痛めたに違いない。
岸涼子の事だ。そんな気持ちを表に出す事をはしたない事だと考え、
できるだけさりげなく何かを考えるようなそぶりをして誤魔化したのに違いない。
そうか。そうだったのか。全てが腑に落ちる。
しかし今までそんな事にも気が付かなかっただなんて、俺は大馬鹿者だ。
自分の愚かさ、鈍さに歯噛みをしたい気分だ。
思わず膝を叩く。

「山下君、どうかしたのか?」
岸涼子がノートから顔を上げ、不思議そうな顔でこちらに問いかけてくる。
そこでやっと俺はずっと自分が岸涼子の顔を見つめながら
考え事をしていた事に気が付いて慌てて前を向いた。

ちなみに岸涼子は名前の通り声が涼やかでつまり、周囲に良く通る。
当然さぞ興味深かったであろう今の俺と岸涼子の会話はクラス中に聞こえていたらしく
前を向くと全男子が俺の方、というか岸涼子さんの方を見ているのに気が付いた。

その視線は険しさというよりも
広島東洋カープマスコットキャラクターのスライリーを見て興奮している
広島ファンの女子高生の女の子を、
野球に興味の無い人が見たような目で見ている。
「キャー!カワイイー!スライリー!キャー!!」
え?嘘だろ。あれ、汚くねえ?汚いよな。カワイイってのは目が大きかったり、
動きがコミカルだったりするものを言うんであって、
ジプシーみたいな汚いぼろ布をぶら下げてのそのそ歩くあれはカワイクないよな。
どうみても。
なんであんなキャーキャー言ってんの?マジで?マジで言ってんの?
という視線で。

あちこちで
え、嘘?ちが、違うよな。馬鹿!落ち着け。
大丈夫大丈夫。お前顔色悪いぞ。大丈夫か?
大丈夫だから。な。勘違いだから。ほら座れよ馬鹿。
泣くなって馬鹿。お前が泣いてるの見てたらお前、お前俺だって悲しくなってくるじゃねえかよ。
な。 ほら。ああ・・ああ、ゴメン。ビックリしただけだから。
ハ、ハンカチ悪いな・・・洗って返すからさ。
ばっか野郎ダチじゃねえかよ俺達。気にすんなよそんな事よ。

といった感じの会話が繰り広げられている。
まあもはや、既に俺にはそんなものは関係ない。
ふっと鼻で笑い飛ばす程度の余裕があった。
放っておけという話だ。
地味でもいい。帰宅部でもいい。
実直に正しく生きていれば、幸せは必ずやってくるのだ。
スライリーだってキャアキャア言われるのだ。
俺だって言われてもおかしくは無いのだ。

そんな一種異常なクラスの雰囲気の中、後ろの席では岸涼子はしきりとメモを書きなぐり、
俺は残りの昼休みの時間、やたらと愛だの夢だの語っているjpopを流すいつもの校内放送を
とても穏やかな顔で頷きながら聞き入り、
その後、俺は一日中にやけ顔が止まらず、
放課後帰り際に何故だか和加葉が怒りの表情で一緒に帰ることを告げてきた訳だ。

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バレンタインで連載したものです。2回目
  
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