<   2007年 09月 ( 7 )   > この月の画像一覧

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ヒイイ

健康診断の結果。
肝機能障害の疑いありで要精密検査。
ヒイイイイ
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by obtaining | 2007-09-25 16:18 | diary

たまには

たまには心の切り替えに鬼畜系でもチャレンジしてみっかと思って
その前に友成純一とリチャードレイモンとケッチャム読んでみたら体調を崩す。

ケッチャムは好きなほうなんですが・・。

いや、絶対に読むなよ。本当に。



ついき・

読みたいとかいうWEB拍手来てますが。
今までの人生の中で上の作家さんを知らないで生きてきた人なら
竹内まりや、あだち充、天使にラブソングを、村山由佳、藤沢周平等安定剤を用意した上で事に臨む様に。

ちなみに読んだ順番は
オンリー・チャイルド(ケッチャム)⇒殺戮の〈野獣館〉(リチャードレイモン)⇒獣儀式(友成純一)
土日で。
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by obtaining | 2007-09-24 09:47 | document

Two Beds and a Tea Machine

むしむしとした店の中、開け放してある古びたドアから入り込んでくる風がひんやりと涼しく感じられる。
いつの間にか若葉の季節が来ているのだなと思う。
梅雨が明ければ、夏が来るのだろう。

「で、それでどうなったんだ?」
と、俺が勢い込んでそう言うと、初老の男は胡乱な目つきでこちらを見やってきた。
手に持ったブランデーのグラスをくぴりと傾ける仕草が堂に入っている。

「どうってなにがだ?」
「そんなもの決まってるだろう。その二人さ。男の方は逃げたんだろう?」

「ああ、逃げた。逃げるつもりだった。」
「逃げるつもり?」

ふうと溜息をつくと、初老の男は空になったグラスをカウンターに置いた。
目ざとくそれを見つけた女主人であろう老婆がよたよたと受け取りに行く。
老婆は座りが悪いのか、もごもごと入れ歯を直しているし腰も曲がっている。
老婆といっても60や70の並みの老婆ではない。100歳位にはなっているような気がする。
詳しい年齢など判らないがまあ、相当なものだ。

「男はな。逃げられなかった。」
男は苦渋の表情を浮かべながらそう囁いた。
その瞬間老婆がふぇっふぇっという奇妙な笑い声を上げる。

「どういうことだよ。」
「捕まったんだよ。行きつけの飲み屋で飲んだくれているところを。」
「なあんだ。逃げなかったのか。」
なさけねえ男だなあ。と呟くと初老の男は不愉快そうな顔をしてギロリと睨み付けてきた。

「そうはいうけどな。お前はもしそういう時に逃げていけるところでもあるのか?」
「そんなもん電車でも船にでも飛行機にでも乗ってどっかいっちまえば良いじゃねえか。」
北に南に行く所なんてどこにでもあるだろう?

「民間人が乗れる飛行機なぞなかった。汽車を使ったってどこ行くんだ?北か?南か?」
「そんなもんわかんねえけど。北と南に長いんだしどっちかだろうな。」
「そんなことじゃいざ逃げる時もわからないんだよ。」
「いざ逃げますって時になったら思いつくだろうよ。」
「いざそうなると、それこそ思いつかないんだよ」
男は両手を竦めておどけた様に言うと、くるりと体ごとこちらに向き直ってきた。

「文句ばっかり言いやがって。お前があれじゃないか。
 どこぞの大企業の娘だっけ?
 それに好かれてるんだけど俺なんかとかうじうじとしてやがるから話をしてやったんじゃねえか。」
話さなきゃよかった。といって男は眉を上げながらまたブランデーを口に含んだ。

「そりゃありがてえけど、捕まったんじゃあんまり参考にならねえよなあ。
 上手くあいつの心を傷つけないで、俺なんかと付き合ったってしょうがねえってそう思ってもらえるような、そういう話なら参考にもなるけどよ。」

「あのな、いつの時代でもお嬢様とかああいった人種は筋金入りなんだ。
 まずもってこうと決めたら諦めを知らない。世間の常識が通用しない。
 そんな上手くいくわけがない。」

「そうかあ?頭いいんだからよ、上手く言えば判って貰えるんじゃねえかな。
 俺馬鹿だから上手く言えないけどさ。」

「頭が良いから困るんだよ。生半可な常識論じゃ通用しないからな。」

男が諦めたようにそう言ったその瞬間、店の扉がカランと開いた。
店には不釣合いな壮年の女がつかつかと入ってくる。
髪の毛にはちらほらと白髪が混じりかけているが
色白で小柄な所といい顔つきといい若い頃はさぞかしと思われるような女だ。
正直この飲み屋には不釣合いといっていい。
その割りに常連と気軽に挨拶なんかをしている。

女は迷うことなく男の隣に座って俺に向かってにっこりと笑いかけると
「おばあちゃん。いつもの下さいな。外はすっごく寒くって。
 こういう時はここのリプトンに限るわ。」
と言った。

男は黙って嬉しそうにブランデーを煽っている。
もう何も話す気は無さそうだった。

@@

いつの間にか男は女の肩を抱いて仲睦まじそうに何事かを話している。
女の方がなんだか拗ねたような口調で話すと
「判った判った。今度歌舞伎にでも連れて行ってやろう。久しぶりに。な。」
などと囁き、女は女で
「口先だけでは嫌です。お酒を飲んでいるときのあなたは信用できませんから。」
などと言ってふんと顔を逸らすが、肩は抱かれたままだ。

お暑い事だ。白けてしまった。
しかしなんだか絵になっている。常連たちも冷やかすでなく当たり前のようにその光景を受け入れている。
すっかり酔いも覚めてしまった。
随分と長い事話をしていたような気がする。

もういい時間だ。
もう話す事はないだろう。
立ち上がり、コートを羽織りながら男の背中に声を掛ける。

「じゃあな。参考にならなかったけど、話は面白かったよ。」

「おお、又来るといい。」
男は前を向きながら手を振る。

だが婆さんに金を払い、歩き出した瞬間ふとある事が気にかかって
俺は振り返って男に声を掛けた。
「なあ、最後に聞きたいんだけどさ。で、その男はどうなったんだ?」

「ん?」
男は振り返った。

「その話だよ。お嬢様に捕まって、その男は一緒に逃げたのか?それとも元の場所に2人で戻ったのかよ。」

「・・・」
俺の問いに男はしばらく考えて、そして言った。

「どっちだろうな。どっちでも構わないんじゃないかな。必要か?それって。」
「・・・必要っつうか気になるってだけだけどな。」

「必要じゃないだろ。お前には。どっちでも同じだ。」
男は勝手にそういうと、もう話はないとばかりに女の方に顔を向けた。
もう話は終わりという事らしい。

ドアへと向かう途中、後ろから聞こえてくる二人の声を聞きながら
ふと俺はこんな事を想像した。


何十年か前の、こんな風景だ。


季節はいつだろう。きっと春だろうと思う。
夜中にお嬢様風の若くて美しい女が、青年に肩を貸しているのだ。
青年は泥酔状態でふらふらだ。
彼女は青年を支えきれなくて何度も、何度もよろめく。
二人はよろめきながら細い道を歩く。
満開から少し散った夜桜が風に揺れている。
道には薄い桃色の散った桜が絨毯のように敷き詰められている。

ふらふらと二人は歩き、そして遂に支えきれなくなった彼女は桜の木の下で息をつくのだ。

道には二人の他には誰一人いない。
かすかにどこからか川のせせらぎが聞こえてくる。

「君の事を、いつも想っていた。」
視線は合わせられない。けれども少しだけ背筋を伸ばして。
だらしなく桜の木に背中を預け、その青年は誰にも言わなかった、
そしてその人に言ってはいけなかった言葉を呟く。

彼女の手が、青年の腰に掛かる。
ゆっくりともう片方の手が握られる。
二人の肩に桜の花が舞い落ちてくる。

「だったら星の彼方になんて行っちゃ駄目よ。これからも一緒にいなくっちゃ。」
青年は子供のように俯く。
二人は手を繋いで、ゆっくりと坂を下っていく。
彼女は全部許したような顔で、にっこりと笑う。

その二人は、その後、長い時間を掛けて当たり前みたいな苦労をして
そして将来、なんでもない事のようにこう言うのだろう。

大変?
大変だったに決まっているじゃないか。
苦労の無い恋愛なんて恋愛じゃない。
恋愛ってのはな、砂糖を入れた紅茶のように甘いだけのものじゃ無いんだ。
かといって甘くないわけじゃないぞ。甘みがあって、香りだって素晴らしい。

きっとそれはたっぷり砂糖を入れた紅茶とブランデーを半々に足しこんだような、そんなものだ。
口に入れると奇妙な味で、甘かったり苦かったり、一度口にしたら二度と飲むものかと思ったりする。
それでいて又、逃れがたい香りに引き寄せられるんだ。

好きな人に苦労なんて誰もさせたくない。
誰もしたくない。
苦労話なんて聞きたくもないだろう?
でも。それでもだ。苦労とそれが、半分ぐらい混ざっているんだとしたら。

お前ならどうする?
って。


@@

私は、私はこう思う。
あなたが星の彼方に行る私の所に手を差し伸べてくれるのなら。
手の届く所にいてくれるのなら。
こんな酔っ払いと困難を共に乗り越えてくれるのなら。
苦労を掛けるけど。
私はあなたに恥ずかしい思いをさせないように努力をする。そんな事しか言えないけれど。
これからずっと、いつまでも、いつまでも。
誰かが私達を笑いものにしなくなってもずっと。

人は言う。
身分の差、というのは越えられない壁なのだと。

そして残念ながら身分の差というものが存在する事を私は知っている。
民主主義だのなんだの言ったって世の中にはそれが未だにある。残念な事に。
人は絶対に人との間に壁を作ってしまう。
持っているお金がほんの少し違うだけで。
住んでる場所が500m離れてるだけで。
それが人と言うものなら仕方の無い事なのだろう。
歴史的に、常に人の前に立ちはだかってきた高い壁だ。

しかし、気づかせてくれたあなたに懸けても私はこれだけは言える。

春の日差しの中で、あなたと見る夢が同じであるという事を。
共に飲む昼下がりの紅茶の香りをあなたと私が同じように感じている事を。
こちらを見て微笑むあなたの美しさがいつまでも変わらない事を。

誰かと共にいたいという気持ちさえあれば、そこに越えられない壁なんてものはないのだ。



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by obtaining | 2007-09-17 13:43 | document

恋衣


屋敷の皆はもう寝静まっていて、しんと音がなるくらいに思える。
時折風が木の葉を揺らす音が窓の外から聞こえてくる。
図書室はいつも落ち着いた空気だけれど外が暗いからか、肌に感じる温度よりも寒々しく感じられた。

あの人がいなくなってから一ヶ月。
私は夜になるとここへ来て、あの人が読んでいた本を片端から読んでいる。
なんて女々しいと自分でも思うけれど。

でもぼんやりと星の本や、とりとめもない冒険活劇などを読んでいるとなんとなく気が紛れた。
部屋に篭っていると煩い位に声を掛けてくる父親も
夜中にそうして本を読んでいると気づいてからは見守ろうと思ってくれているのか、あまり声を掛けてこなかった。

そうしてぼんやりと一時間ほど幾つかの本をめくっていた時、私は意味の判らない単語に行き当たった。
判らなくてもなんとなく文脈はつかめるものの、気になるような単語。
ゆっくりと立ち上がり、膝掛けを椅子の背もたれにかけて辞書のある棚へと歩く。

そして急に思い出した。
ある日私があの人にキスをした時。
あの人はここの辞書の箱からブランデーの壜を取り出していた。

慌ててひっくり返すように手に取った辞書を確かめる。
百科事典の棚じゃない。国語辞典、会話辞典、違う。そう。その向こうの棚。その辞典。

これだ。辞書の中身は何処へやったのだろう。
手に取った古ぼけた辞書のカバーの中には小さい壜が入っていた。
私が半分紅茶に混ぜたから、半分しか残っていない。
大事な物らしかったけれど、あの人は持っていってはいなかった。

思い出して、くすくすと笑いながら私は壜を手に取った。
あの時、あの人は目を丸くしていた。
あの人は鈍いから気づいてくれなかったから。
そう、全く気づいていなかったような顔をして分別たらしくこの辞書からブランデーの壜を取り出したのだった。

辞書の事などすっかり忘れて椅子へと戻る。
あの人の小さな壜の中で、琥珀色の液体が揺れている。
あの人のブランデーをもう一度、少しだけ口にしてみようと思った。
あの時のように倒れない位に少しだけ。
蓋をきゅいきゅいと開けると、アルコール特有の匂いと、
果実のような甘い香りが混じったような匂いが部屋へと広がる。

私はゆっくりと丸く開いた壜の口に唇を寄せた。
目を閉じて、あの人の事を思い出して、壜の口を舐めた。
そして壜を傾け目に写る琥珀色の液体が喉に流し込む。

その液体が流れ込んだ瞬間、まるでそれが火のように感じられて私は慌てて口を離した。
吐き出さないように慌てて飲み下す。
物凄く刺激が強い。気が遠ざかりそうになって、
私はへたり込みながら慌てて椅子から滑り落ちないように背もたれに捕まる。
カッカと胸が火照るように感じられ、慌てて両手で胸を抑える。
濡れた唇を舌でぺろりと舐めた。

「不味い・・・」
何であの人は、こんな物を大事に持っていたのだろうか。
どう考えてもあまり美味しい物ではない。

それでも壜の中に1/4程残った液体を眺めて、もう一度口をつけた。
悪戯をしても叱ってくれる人はもういないから。
「・・・なにが宇宙よ。そこにいた癖に。」
なんだか気分がよくなって、あの人がいつも座っていた椅子に向かって壜の蓋を投げる。
でも私の非力な力では椅子までは届かない。壜の蓋は分厚い絨毯に音もなく転がる。

もう一度壜を呷った。喉が焼け付くように痛む。
こんなもの、もういらないのだ。全部飲んでしまえばいい。
もう一度壜を傾ける。
「私は宇宙にはいけないわ。でもあなたはそこにいたじゃない。」

いつのまにか私は椅子の上にしゃがみこみ、子供のように膝を丸めてながら喋っていた。
子供と違うのは酒壜を抱えこんでいる事くらい。

「星の彼方になんかいないくせに、私が困ったら直ぐに来られる所にいたくせに。
遠くに行きたいのなら、例え星の彼方でも私をさらって行ってくれれば良かったのに。」

壜の残りはあと少しになっていた。
そういえば小間使いの女の子が言っていた。お酒を飲むと泣いたり怒ったり、そういう風になるんだって。
今の私のがそうなのだろうか。
お酒を飲んだらこんなに悲しくて悲しくて、胸が潰れそうな気持ちに皆なるのだろうか。
あの人は毎週毎週お酒を飲んで、こんなに悲しくて胸が潰れそうな気持ちになっていたのだろうか。

そんな事を考えていたら、いつの間にか涙が毀れて滴り落ちた涙が壜の中へと入った。
抑えようとして、抑え切れないことを感じて私は下を向いた。
一人になってから今まで泣かずにいたのに、私は悲しくて悲しくて涙を止める事ができない。
喘ぐように酸素を求めて呼吸をし、落ち着くとまた止め処もなく涙が毀れた。

悪い事をしたら叱ってくれて、いつも隣にいてくれて、一緒に星を見て。
もしこの琥珀色の壜の中が涙で満たされたら、あの人は帰ってきてくれるだろうか。
なんてとりとめもない事を考えて、私は頭を振る。

考えなきゃいけない事は沢山あって。
私にも父の云う言葉の意味くらい判る。
あの人の言葉の意味も。
あの人は私に相応しくないと父やあの人は言う。
でもあの人が相応しくないだけじゃない。
私だってきっとあの人には相応しくなんかない。
だって私には毎週、こんなに悲しくて胸が潰れそうな気持ちになってお酒を飲む事はできそうにないから。

父のいうこともあの人のいう事も判るけれど、全然判らなかった。
きっとこの気持ちよりも大事な事が世の中には沢山あるっていうこと。そうなんだろう。
無理をしたって良い事なんか一つもない。そんな話だ。
時間を掛けて、あの人の事を忘れてそして相応しい人を好きになる方がきっと良いのだって。

「でも、そんなものは嫌よ。」
泣きはらした私の声は、空ろに響いた。
こんなにわんわんと泣いたのは、いつ以来だろうか。
汚い言葉を使うと怒られるけれど。

「だってそうじゃない。私は紅茶が好きだわ。飲んじゃ駄目っていわれたって、忘れられるはずなんてないもの。」
又ブランデーを呷る。

そう、泣いている暇があるのなら、私は迎えに行かなくちゃ。
学園に行く以外、あの人と一緒でないかぎり一人で出た事など無い屋敷の外へいこう。
何処にいるか判らないけれどきっと探し出してみせよう。
17光年の遠くに行くのなら、早く行かなくちゃ間に合わない。

お尻を押してくれる人はいないけれど、私にあの塀が登れるだろうか。
隣を歩いてくれる人はいないけれど、一人で街を歩けるだろうか。
あの人を見つけて、連れて帰ることが出来るだろうか。

きっとできる。あの人はきっとまだ星の彼方にまでは行ってはいないから。

あの人の気持ちを知りたいのだ。そして言おう。
星の彼方に17年をかけて行く事はとても難しいかもしれないけれど。
でも両方から出発すれば8年で会えるかもしれないって。
もし良かったら、嫌じゃなかったら早く会えるようにあの人にも一緒に手を伸ばしてもらって。
いや、8年だなんて。
もっと速く。光の速さよりも速く。
私は、私のこの胸に残る思いをもっと速く届けたい。ちゃんと伝えたい。
あの人に今すぐ会って、そして頭を撫でてもらいたい。手も繋いで欲しい。

イギリスにでも星の彼方にでも何処にでも一緒に行くから。

私があの人に相応しくなればいい。あの人が私に相応しくなればいい。
2人で手を伸ばせば、きっと8年も掛からない。
紅茶とブランデーを半分ずつ混ぜた物はとても飲めたものではなかったけれど、でも私は飲んだもの。
手元の壜を眺める。

「紅茶を入れてくるわ。」
半分ほどあったブランデーの残りはもうちょっと。私は酔っているのかもしれない。
もう一度飲んで、涙を拭いてそして落ち着いたら支度をして出かけよう。
私のこの心を忘れないように。この気持ちを捨てないように。

あの人の胸に飛び込んで。
あなたがいなくてとても悲しいから、
一緒にいて私の胸が張り裂けないように見張っていて欲しいのだと
そう伝えよう。

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by obtaining | 2007-09-15 17:18 | document

かささぎの群


「はい、ありがとうございます。」
私がそう云い、頭を下げると旦那様は優しく微笑まれた。
肩に手が置かれ、ぐいぐいと揺さぶられる。

「お前には期待を掛けている。立派になって帰ってくるんだぞ。」
温かく、情愛の篭った言葉に聞こえた。
す、と顔を上げると、私を拾って下さった時のままの旦那様の優しい笑顔が見えた。
私にとっては父親代わり、いや、父そのものでいてくれた方だった。

「お心遣い、感謝いたします。精一杯、努力して参ります。」
もう一度深く、深く頭を下げる。
もうお会いする事も無いだろう。
向きを変え、扉へと向かった。

@@

お嬢様の誕生日は、昔は盛大に行っていたものだった。
戦争が終わり、浮かれかえった空気というのもあったのだろう。
様々なお客様は数百人にも及び、屋敷は人で溢れ帰り、
お嬢様が綺麗なドレスを着て登場し、皆が拍手で迎えると
お嬢様が文字通り物語の中のお姫様のように眩しく見えたものだった。
屋敷内には歓声が溢れ、私はお嬢様の挨拶回りに後ろからくっついて付いて回っていた。

近年では身内で行いたいというお嬢様の意向もあって、
ご商売の方は呼ばずに身内の親戚一同で執り行ってはいるが、
パーティーの人数に関わらず、ドレスを着たお嬢様は変わらず美しく見える。
いや、年々美しくなっていくように私には思える。

そう、今年もバラの刺繍の入った真っ白なドレスを着た今年のお嬢様はいつにも増してとても綺麗に見えた。
今迄で一番、綺麗に見えた。
私が愚かだった。止めるべきだった。
私はそれに目を眩ませてしまったのだ。
世界を手に入れようと目を眩ませたあのドイツ人のように。
身に余る物でも、両手を広げさえすれば受け止められるとでも思っていたのだ。

私は耳元でそっと囁くお嬢様を止められなかった。
止めようともしなかった。
私は嬉しかったのだ。

それは破滅的な喜びではあったかもしれないけれど、
耳元でそっと囁いたその時から、お嬢様が乾杯の合図と共に
「私、結婚相手を決めました。」
と首まで真っ赤に染めて皆の前で私を連れて宣言したその時まで私は不思議な浮遊感にも似た歓喜の渦の中にいた。

お嬢様の新しい冗談と受け止められ、
大きな笑いと共に皆に好意的に受け取められ、そして傷ついたお嬢様の顔を見て私が初めて自分の過ちに気づくその時まで。

そして私は今日、旦那様に呼ばれる事となった。
イギリスへの長期留学。戻った暁にはグループの重要な仕事も与えられるという。
考え付く事もなかった身に余る栄誉だ。
聡明な旦那様は悩んだのだろう。
そしてこれは旦那様の最大限の配慮で、好意であるのであろう、と私は思った。

@@

扉を出て、自室へ帰る途中。
コツン、と脇の窓がなったので庭に目を向けるとお嬢様がぼんやりと立っていた。
ちょいちょい。と手招きをされ、それにつられる様に庭へと降りる。
夕暮れが過ぎ、庭を覆っていた光が徐々に薄れていく時間だ。
お嬢様の顔は良く見えなかった。

「お父様に呼ばれたの?」
聡明なお嬢様は判っているのだろう。声は硬かった。

「はい。イギリスへ留学させて頂ける事になりました。」

「それで・・・あなたは行くの?」

「はい。行きます。」
私はきっぱりと答えた。

「どうして?」
薄く闇に覆われたお嬢様の顔は見えない。
私はお嬢様にゆっくりと近づいた。そして薄く見えてきた空に瞬く星を指差した。

「覚えていますか?昨年の夏頃でしたか。お嬢様が寝られないとおっしゃられていた時に一緒に庭に出て、アルタイルという星を見ました。」
お嬢様はきょとんとしている。それからゆっくりと笑った。

「彦星よ。アルタイルは洋名ね。」

「私は昨年まで星の事など、一つも知りませんでした。彦星という名もお嬢様に教えられて、初めて知ったのです。」

「興味を持ったみたいね。その後よく天文の本を読んでたでしょう?知っているわ。」

「ええ。とても面白いですね。星一つ一つに名前だけでなく、話まである。
 それにいまではどれくらい離れているだとか、大きさまで判るようです。
 で、そのアルタイルですが、あれは大きく見えるだけあって案外と近いそうです。
 ここから光の速さで17年程度だとか。
 だから今見えているのは、17年前のアルタイルなのだそうです。」

「近いといってもずいぶん遠いわね。」
お嬢様は少し考えてから、答えた。

「そうですね。行って、帰ってきたら34年です。」

「光の速さの乗り物はないわ。それに宇宙というのは空気がないのよ。行く事なんて出来ないわ。」

「そうです。不思議ですね。決して行けないのなら、距離なんて何故計るのでしょうか。」
私は声を続けた。お嬢様に伝えなくてはいけない。

「お嬢様はあの時仰っていましたね。星の向こうにも同じような星があって、住んでいる人がいて、
 そしてこちらを見ているのかもしれないと。」

「ええ。そうね。私はきっといると思うわ。でも。」

「私もいると思います。行けない限り本当にいるかどうかは決して判らないでしょうが、その考えはとても素敵だと思います。」
私はお嬢様の言葉に被せてそう言うと、お嬢様の前に膝をついた。

「あなたの考えは間違ってる。決して判らないかどうかなんて判らないわ。
 いつか行けるかもしれないじゃない。」
お嬢様の声が、激昂したように震えを帯びて、私は下を向く。

「本に書いてありました。光の速さより早いものはないのだそうです。行って、帰ってきたら34年。
行くだけで、帰るだけでそれだけの時間を使ってしまうのです。」

「それでもきっと行けるわ。」
今にも足踏みをしそうな切迫した声で、お嬢様は叫ぶように言った。
私は顔を上げ、お嬢様の顔を見つめた。
眉根を寄せ、今にも泣き出しそうに歪んではいるけれど。
それでもその美しさは全く損なわれてはいない。
ふと小さい頃の思い出を思い出した。
昔から優しい方だったけれど、欲しいと思ったものは梃子でも欲しがる強情さも持っていた。
私は夏になる度、綺麗な模様の蝶を捕まえるために走りまわらされたものだった。

「来てはいけません。これでお別れです。星の彼方の人間にするのは、恋ではありません。」
薄暗い庭の中でも、お嬢様の目に涙が溢れたのが見えた。

「あなたは星の彼方にいるわけじゃないもの。ずっと私の隣にいたじゃない。」

「いえ、近くにいて手に取れるように感じられても、それは錯覚でしかないのです。
 元から私は向こうにいたのです。今までもそうです、これからもそうです。」

「手は届くわ。あなたは向こうになんかいない。
 今までも、これからもあなたはずっと私の隣に」
近づいてくるお嬢様を避けるように私は立ち上がった。背を向ける。
後ろからは、なんだか子供の時に聞いたようなお嬢様の声が聞こえる。
蝶が取れなくて、駄々を捏ねるような。
私はゆっくりと歩み去る。

イギリスなどに行く気はなかった。
女王の国だそうだが、残念ながら忠誠を誓うに足る人物であるとは思えない。
忠誠を誓うに足る人など、恋い慕うべき人などそういるわけがないのだ。

そう、これも本に書いてあった事なのだが。
地球には20億人も人間がいるらしい。私には想像もつかない数字だ。
しかしそれでもきっと見つからないに違いない。

もしかしたら星の彼方にだったらいるのかもしれないけれど。

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by obtaining | 2007-09-13 09:33 | document

生きてきた場所


「結婚?あのお嬢様とか!?」
いきなり急に叫んだ年かさの男の口を私は慌てて塞いだ。
旦那様のお使いの用事があって偶々早く店に来れた為、狭い店内には仕事帰りで薄汚れたなり男達が数人いる。
日の差さない裏通りに面している為、夕方といっても店内は真夜中のように暗い。
バーカウンターの横と、壁の要所についてあるランプだけがぼうと光っている。

「例えばの話だ例えばの。大きな声を出すな。」
慌てて男達の方に目を配りながら小さな声で囁くと、年かさの男はこくこくと首を振った。
手を離すと慌ててジョッキに齧りついてビールをごくごくと煽る。

「それは、なんとも羨ましい話だな。旦那様に目を掛けられたって事か。」
年かさの男の目には羨望が漂っている。
お前は若いからなあ、と言ってふうと息を吐いた。

「それが、そうじゃないんだ。」
「そうじゃないと言ったってお前、そりゃあたしかに婿殿は大変かもしれないが今の暮らしとは段違いだ。」
酒だって飲み放題だ。と言ってまた溜息を吐く。

「違う違う、そうじゃない。違うんだ。旦那様はご存じないんだ。」
がっくりと肩を落とす男に向かって慌てて言いつくろう。
「何がだ?」

「結婚すると言っているのはお嬢様だ。旦那様はご存じないんだ。」
「何?どういうことだ。」

「つまり、お嬢様が私と結婚すると言っている。旦那様はご存じない。」
「すると何か。お前・・・手、出したのか。」

「いやいやいや、出してない出してない。出してないぞ。断じて出してない。」
ぶんぶんと手を振る。そのような軽薄な男と誤解されては堪らない。
「出してないのか。」
疑わしい目つきで年かさの男が睨んでくる。いつの間にか婆まで寄ってきている。

「いや、出された事はあるが、それは過ちみたいなものだ。私は出してない。絶対に出してないぞ。」

「出したのか、出してないのかどっちなんだ。正直に言え。」
ダン。とカウンターを叩かれる。

「だから出してない。断じて出してない。手を繋いだ事くらいはあるが、その位だ。」
それにそれだってお嬢様から繋いできたのだ。と言うと年かさの男と婆は白けた目で私を眺め回した。

「それだけじゃないね。口を吸って抱きしめて気の利いた言葉くらい言ったんだろう?それでころっと騙されたんだ。
 そうに違いない。正直に言いなさい。」

「うるさいぞ婆。何処で見て、いやいや違うぞ、大体がお嬢様からで私は決して、いやいや違うんだ。」
言いよどむと、年かさの男ははあ、と又溜息を吐いた。
ついでに婆まで溜息を吐いている。
婆、なんか魚でも焼いてくれ。と言ってから年かさの男は私の方に向き直った。

「それはお前、大変な事だぞ。お嬢様には許婚なんかがいるだろう。」
「ああ、遠縁の財閥の子息だかと言うのがいる。なんでも生まれた直後にもう許婚だったとか。」

「そうだろう。そういうもんだ。それでのこのこと結婚させてくれなんぞと言った日にはお前、旦那に殺されるぞ。」
「私もそう思う。」
実際に殺される事は無いだろうが、ただで済まない事は確かだ。
半殺しの目に遭って屋敷から叩き出される事は間違いない。

「何とかならんのか。」
「お嬢様が次のお誕生日の日に皆にお披露目すると息巻いている。止まらないな。あれは。」

「誕生日っていつだ。」

「来週。」
ああ、と言って年かさの男は頭を抱えた。鯵の干物を焼きながら婆まで頭を抱えている。

「お嬢様に何とか思いとどまって頂く方法は無いのかとそれを相談したいんだがな。」
やっと本題に入れた、と身を乗り出すと、年かさの男は無理無理、と素気無く手を振った。
「口止めか?そんなもの無駄だ。そんなものはな。どっちにしろばれる。」
「ばれるか。」
「ばれるな。しかもそういうのに限って思いがけない最悪の場所からばれる。」
ああ、といって今度は私の方が頭を抱える。
そう言えば小間使いの少女とこの前すれ違った時に、
こましゃっくれた顔で最近お嬢様と仲が宜しいんですのねなどと言ってきた。
いかにもそういうところから漏れそうだ。

しばらく腕を組んで悩んだ後、年かさの男は重々しく口を開いた。
「逃げるしかないな。殺されるよりましだろう。」

「一人でか?」
「お嬢様と逃げてどうする。お前人攫いで追われる気か?」
「冗談じゃない。」
ぶんぶんと首を振る。逃げ切れるわけが無い。

と、そこに焼きあがった鯵の干物を盆に載せた婆が戻ってきた。
「私はそうは思わないね。あんた、お嬢様と逃げるべきさ。」
と言って魚を置くと、カウンターの向こうにずずずと椅子を持ってきて腰を下ろす。

「婆には相談していないぞ。」
ぎろりと睨みながら言うと、婆はあんた判ってないね。
と言いながら逆に椅子を引きずって近づいてきた。

「お嬢様はあんたの事を好きなんだろう?だったら連れて逃げるべきさ。」
「そんなもの直ぐに捕まる。」
「捕まってもさ。例え一日でも惚れた男に連れられて全てを捨てて逃げる。女冥利に尽きるじゃないか。」
婆はうっとりとしている。

「身軽な婆とは違うんだよ。大体婆を誰が連れて逃げるんだ。」
私がそういうと、婆は憤慨したように声を返した。
「なんだい、これでも昔は横丁小町と言われてたんだからね。
 店が終わった後は私を誰が誘うかで何人も争ったもんさ。」

まあまあ、とそこに年かさの男が割って入る。
「まあ、それはどうでもいい。問題はお前がどう思ってるかさ。」
「私が?」
声を返すと、男は頷いた。
「お前がお嬢様に惚れてるなら、連れて逃げるのもいいさ。そうじゃないなら一人で逃げたっていい。
まあえらく美人のお嬢様じゃないか。惚れてるも惚れてないもないだろうがな。」

「旦那様は恩人だ。そのお嬢様に美人も惚れてるも惚れてないもない。」
意味は違うが同じような言い回しで言って、わたしは男を睨んだ。

「恩人も何も旦那様を嫁にくれってんじゃないんだ。お嬢様は別だろう?」

「そうはいくもんか。相談しなきゃ良かった。」
そういって私は横を向いた。
混乱していた。

私にはわからなかった。
お嬢様の事が嫌いなわけはない。
旦那様に拾われてからずっと一緒にいたけれど、
お仕えしていてお嬢様を嫌いになった事など一度もない。
私のつまらない合いの手に真面目に返事をしてくれたり、
私には判らない難しい話を教えてくれたり。
私はお嬢様が笑ってくれると嬉しい。

そしてなにより、最近のお嬢様の行為が私は嫌ではなかった。

だからそれはもしかしたら私の恋なのかもしれない。
そう思う。

でもそれはそれとして、
結婚やなんやかんやとなるとどうなのだろうか。とも私は思う。
それが恋として、立場を超えてまで成就させなければならないものなのだろうか。
お嬢様が私の事を好きとして、それがずっと一緒にいたからという理由だとして。
そうなのだとするならばお嬢様には許婚の方の方が適任だと思えてならないのだ。

結婚して、それから時を重ねて仲良くなる。
そういう夫婦の方が普通だろう。
それならば今、仲が良いからといって無理やりに身分の低い私と条件の整わない結婚などをして、上手くいくのだろうか。
私には最低限の学しかないし、上流社会の何たるかはわからない。
お嬢様はこちらの事は判らない。
それは深くて越えられない谷であり、高くて越えられない壁だ。
それより条件の合った相手とゆっくりと恋を育まれるほうが、お嬢様には適していると思う。
お嬢様が許婚と結ばれたら、私は喜んで祝福するだろう。

でもふと頭をよぎるこういう思いを捨て去る事もできなかった。

でも私を選ばれたら、私はどうするべきなのだろうか。と。

昔の事を思い出すと、旦那様に拾われた頃からずっと
私は少し年下のお嬢様のよき遊び相手でいられたと思う。
遊んであげていたようで、遊ばれていたりもした。
しかしずっと傍にいた。これからもそうであればいいと思う。
まさかお嬢様が夫婦という関係を望むなどとは思ってもいなかったが。

叩き出される、半殺しの目に遭う。そんな事はどうでも良い。
旦那様へは何か違う形で恩返しが出来るようにしても良い。

例えそれがお嬢様の勘違いでも、
お嬢様の私への好意は私には嬉しく思われる。

そう、生まれや育ち、全ての条件を無かったものとしたら。
あまりに甘美な響き故にその有り得なさは絶望的なまでに私の胸を刺すけれども。

私だって口に出すと途端に色あせてしまうこの言葉をお嬢様に伝えるだろう。
私もお嬢様が好きだ。


でも私はもし艱難辛苦を超えて私と一緒になったとして、
それから生きていく、そして生きてきた場所の違いに気づくお嬢様を見たくはなかった。
そうなった時、華やかなお嬢様の笑顔は、
深く、暗い絶望という名の色に染まると思った。

先行きの事を考えると不安になる。
何処となく屋敷の門が遠い物に思えて、私は溜息を吐いた。

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by obtaining | 2007-09-11 21:44 | document

What's Going On


「なあ、身分の差ってなんだろうな?」
私の問いかけに隣でしこたま酔っ払っていた年かさの男はむっくりと顔を上げた。

「お偉い人々はビールを飲まねえし、下賎の俺らは料亭で飯を喰わねえ。そういうことだ。」
ポツリと呟いたつもりだったが、しっかりと聞いていたようだ。
まるで用意していたように年かさの男は答えた。

「でも金がありゃ俺達だって料亭で飯を喰うだろう?」

「いいや、喰わねえ。」

「何でだ?金さえあれば行ってみたいと思うのが普通だろう?」
そう言うと、年かさの男は少し首をめぐらせてから答えた。

「お前はそう思うのか?」

「ああ、思うね。金さえあれば、そういうところに行って美味いもん沢山食ってみたいと考えるに決まってるさ。」

「そりゃあ・・・お前が若くて、そしてまだこっち側の人間じゃないのさ。」
年かさの男はそう言ってにやりと笑った。

「こっち側?こんな所で飲む人間なんか皆一緒だろうよ。皆、貧乏人だ。」
そう言うと、その声を聞きとがめたか、酒場の婆がぎろりとこっちに視線を向けてくるのを感じた。
婆、その男、そして私。狭い店には3人しかいない。
構わず会話を続ける。
年かさの男は会話に興が乗ってきたのか、婆にビールと怒鳴ると腰をすえたように此方に振り向いた。

「そりゃあ、自由主義ってくらいだ。金さえあれば俺らだって料亭だろうが何だろうが行けるさ。」

「だろう?だったら。」

「だがいかねえ。」

「何でさ。」

「お偉い人たちはこっちにこねえだろう?」

「そりゃ汚いからだとか、危ないからだとかじゃないのか?」
又ぎろりと睨まれる。

「違うな。」

「なにがさ。」

「違うといってるんだ。俺達だって金を持てばあっちに行ける。
好景気とやらで給金だって最近は上がってるんだ。行こうと思えば年に一度くらいはいけるさ。
でもここに来る連中の中に料亭に行った事がある奴なんていねえ。行こうと思う奴だってそうはいねえ。俺もいかねえ。 お偉い人たちはこっちにこねえ、俺たちはあっちにいかねえ。」
一息にビールを煽る。

「料亭の料理だって美味いだろうが、ここのビールだって悪くねえ。」
そう云って年かさの男は婆にウインクをして見せた。婆はぐっと親指を立てて返す。

「でも同じ所で、同じ物は食べねえ。それが身分の差ってやつだ。」

強引だが、なんだか筋は通っているような気もする。
私だってお嬢様に連れられて共をする以外に自分の給金で料亭に行こうなどと考えた事も無い。
しかしなんとなく理屈で言い包められたような不愉快な気持ちになって、私は店の奥に視線を逸らし、

そして異常な雰囲気を感じた。
なんだろう、とふと考えて、
水場で洗い物を始めようとした婆があんぐりと口をあけて入り口の方を見ているのに気づいた。
ふと視線を戻すと、今まで熱弁を振るっていた隣の男もいつのまにかあんぐりと口を開けている。

完全に店の空気は凍りつき、どことなくホラーだ。
私はなんとなく恐怖心を感じて、ゆっくりと入り口を振り返った。


---すると。
そこには寝間着にコートを羽織っただけの若い女性がいた。
胸元は薄く開いていて真っ白な肌が覗いている。
着ている物も寝間着とはいえどちらも高級な素材を使っている為、娼婦のようには見えないが、
とにかくやたらと派手だ。目に付く。

週末とはいえ、時刻は日付を通り過ぎようとしており、町も静まる時間帯。
最近、一時期よりも治安も良くなってきたとは言え、普通こんな時刻に歩くのは男しかいない。
あまりの事態にふっと意識が飛びかけるのを感じた。
何とか持ち返し、そしてゆっくりと叫んだ。

「何をしているのですか!!!お嬢様!!」
と。

@@

物珍しげに狭い入り口に放り投げられていたビールの樽を覗き込んでいたお嬢様は私の声に悪戯っぽく笑い、ついと顔を上げた。

「あら、こんな所で会うなんて奇遇ね。」
全然奇遇ではない。私はパニックになって叫んだ。

「ええ奇遇ですね。全く驚いた。吃驚させるにも程がある。さあ私と帰りましょう。
ああ、どうしようこんな時間にお嬢様が外に出ていただなんてそれこそ旦那様に殺されてしまう。」
がたがたとガラクタをどかしながら入り口へと走る。

「あら、その時こそこの前言いそびれた私とあなたが恋なむむむぐうっ!」
慌ててお嬢様の口を塞ぐと私はお嬢様の肩を掴み、首だけ振り返って婆に怒鳴った。

「明日払いに来るから、つけといてくれ!」
しかしその瞬間、お嬢様はあんがい強い力で私の腕を振り切るように解いた。
乱暴だったかと思わず手を離すと、乱れた髪を押さえながら、
私の言葉にこくこくと頷きかけた婆にびっと指を突きつけるとお嬢様はまるで重大事を宣言するように言った。

「あら、折角だもの。一杯くらい飲んでいくわ。」
そして止める間もなく背筋のすっと伸びた格好ですいすいと私の座っていた横に来ると、
背の高いカウンターの椅子をしばらく眺めそれから意を決したように息を吸い、
それからよじ登るようにして椅子に座った。

そしていかにもレディー然とした装いをしようと努力していますという感じでちょこんと膝に手を置くと、
「紅茶をいただけませんでしょうか?そうね、夜も遅いからアップルティーかカモミールが良いわ。」
と料亭で何かを頼む時のような声で言った。

賭けてもいいが、こんなところにアップルティーやカモミールは無い。
飲む奴がいないからだ。
婆は困り果ててじっと私の方を見ている。
年かさの男は口をあんぐりとあけたままだ。
私もなんと言って良いかわからない。

三者三様に固まったまま、それでも婆はこの界隈で長くやってきた飲み屋の誇りを思い出したのか、
ゆっくりと動いた。

「紅茶と言っても・・ティーバックマシーンのリプトンくらいしかないですが・・・」

お嬢様の顔が綻ぶ。。
「あら、リプトンは私大好きなの。ロイヤルは毎年取り寄せてるくらいですもの。
 じゃあ少し薄めにして、そちらをくださいな。」

だれも『そのリプトンは名前ばかりの安物だ』とは言えなかった。
婆は観念したようにごそごそとカウンターの後ろの下のほうから埃まみれのティーバックマシーンの袋を取り出す。

かちりとガスが燃やされると、うす暗かった店内がかすかに明るくなる。
その上に婆の手で古ぼけたやかんが置かれた。

何が珍しいのか、お嬢様はうっとりと婆の手元を見つめている。
ふと横を見ると、年かさの男がお嬢様の胸元を舐めるように見ていた。
お嬢様に判らないように足を思い切り踏んづけてやると、年かさの男は声も出さずに仰け反った。

「一杯飲んだら帰りますよ。」
溜息混じりにそういうと、お嬢様は素直に頷いた。
ニコニコと笑っている。自分何をしているか、判っているのだろうか。
危険とかそういう問題ではない。
悪意のない世界を信じるお嬢様は素敵だが、世界に悪意が無い試しは無いのに。
そしてそういう悪意にとって、お嬢様は格好の獲物だというのに。

「こういうところに来てはいけないのです。」
そういうと、何故かしら。と言ってお嬢様は首を傾げた。

「「お嬢様が来るようなところではないからです。それに自分が今、どのような格好をされているかも考えてください!」

強い調子で言ったにも拘らず、お嬢様は全く気にしていない風にまた婆の手元に視線を移しながら、
「あら、あなたが行く所ならきっと私が行っても大丈夫な所の筈だし、
あなたが行かない所には私は多分行かないし、行けないわ。
今日だって、もし危険だったとしたらあなたが連れて行ってくれなかった所為よ。」
と涼やかな声で言った。

「私が来るようなところに来てはいけないのです。」
私は繰り返した。

「私はあなたが行く所には行くわ。たとえ誰に禁止されたって。
だって私は行きたいと思うし、きっと楽しいと思うもの。
・・まあ、勿論あなたの楽しみの邪魔をするつもりは無いけれど。」
即答される。

詭弁だ。
だけど私は何故だか言い返せずに黙った。
お嬢様は私は何でもお見通しなの。
という顔をしながらしゅんしゅんと音を立て始めたやかんを楽しそうに見ている。

そして・

お嬢様はやかんから目を離さないまま、こっそりと私の耳に口を近づけて。

「安心したわ。私、酒場と云うからにはお酒しかないのかしらと心配していたのだけれど紅茶も置いてあるのね。
それにポットではなくて、お水を沸かす所から傍で見られるなんてとっても楽しいと思うわ!
これからは毎週週末にはここで紅茶を頂きましょう。」
と、なんだかまるで全然懲りていない顔で笑った。


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今日から5回連続最終話まで。
一話目は2個↓の<琥珀>です。

  
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by obtaining | 2007-09-09 20:26 | document