<   2006年 02月 ( 7 )   > この月の画像一覧

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かささぎの群

<かささぎの群>

「はい、ありがとうございます。」
私がそう云い、頭を下げると旦那様は優しく微笑まれた。
肩に手が置かれ、ぐいぐいと揺さぶられる。

「お前には期待を掛けている。立派になって帰ってくるんだぞ。」
温かく、情愛の篭った言葉に聞こえた。
す、と顔を上げると、私を拾って下さった時のままの旦那様の優しい笑顔が見えた。
私にとっては父親代わり、いや、父そのものでいてくれた方だった。

「お心遣い、感謝いたします。精一杯、努力して参ります。」
もう一度深く、深く頭を下げる。
もうお会いする事も無いだろう。
向きを変え、扉へと向かった。

@@

お嬢様の誕生日は、昔は盛大に行っていたものだった。
戦争が終わり、浮かれかえった空気というのもあったのだろう。
様々なお客様は数百人にも及び、屋敷は人で溢れ帰り、
お嬢様が綺麗なドレスを着て登場し、皆が拍手で迎えると
お嬢様が文字通り物語の中のお姫様のように眩しく見えたものだった。
屋敷内には歓声が溢れ、私はお嬢様の挨拶回りに後ろからくっついて付いて回っていた。

近年では身内で行いたいというお嬢様の意向もあって、
ご商売の方は呼ばずに身内の親戚一同で執り行ってはいるが、
パーティーの人数に関わらず、ドレスを着たお嬢様は変わらず美しく見える。
いや、年々美しくなっていくように私には思える。

そう、今年もバラの刺繍の入った真っ白なドレスを着た今年のお嬢様はいつにも増してとても綺麗に見えた。
今迄で一番、綺麗に見えた。
私が愚かだった。止めるべきだった。
私はそれに目を眩ませてしまったのだ。
世界を手に入れようと目を眩ませたあのドイツ人のように。
身に余る物でも、両手を広げさえすれば受け止められるとでも思っていたのだ。

私は耳元でそっと囁くお嬢様を止められなかった。
止めようともしなかった。
私は嬉しかったのだ。

それは破滅的な喜びではあったかもしれないけれど、
耳元でそっと囁いたその時から、お嬢様が乾杯の合図と共に
「私、結婚相手を決めました。」
と首まで真っ赤に染めて皆の前で私を連れて宣言したその時まで私は不思議な浮遊感にも似た歓喜の渦の中にいた。

お嬢様の新しい冗談と受け止められ、
大きな笑いと共に皆に好意的に受け取められ、そして傷ついたお嬢様の顔を見て私が初めて自分の過ちに気づくその時まで。

そして私は今日、旦那様に呼ばれる事となった。
イギリスへの長期留学。戻った暁にはグループの重要な仕事も与えられるという。
考え付く事もなかった身に余る栄誉だ。
聡明な旦那様は悩んだのだろう。
そしてこれは旦那様の最大限の配慮で、好意であるのであろう、と私は思った。

@@

扉を出て、自室へ帰る途中。
コツン、と脇の窓がなったので庭に目を向けるとお嬢様がぼんやりと立っていた。
ちょいちょい。と手招きをされ、それにつられる様に庭へと降りる。
夕暮れが過ぎ、庭を覆っていた光が徐々に薄れていく時間だ。
お嬢様の顔は良く見えなかった。

「お父様に呼ばれたの?」
聡明なお嬢様は判っているのだろう。声は硬かった。

「はい。イギリスへ留学させて頂ける事になりました。」

「それで・・・あなたは行くの?」

「はい。行きます。」
私はきっぱりと答えた。

「どうして?」
薄く闇に覆われたお嬢様の顔は見えない。
私はお嬢様にゆっくりと近づいた。そして薄く見えてきた空に瞬く星を指差した。

「覚えていますか?昨年の夏頃でしたか。お嬢様が寝られないとおっしゃられていた時に一緒に庭に出て、アルタイルという星を見ました。」
お嬢様はきょとんとしている。それからゆっくりと笑った。

「彦星よ。アルタイルは洋名ね。」

「私は昨年まで星の事など、一つも知りませんでした。彦星という名もお嬢様に教えられて、初めて知ったのです。」

「興味を持ったみたいね。その後よく天文の本を読んでたでしょう?知っているわ。」

「ええ。とても面白いですね。星一つ一つに名前だけでなく、話まである。
 それにいまではどれくらい離れているだとか、大きさまで判るようです。
 で、そのアルタイルですが、あれは大きく見えるだけあって案外と近いそうです。
 ここから光の速さで17年程度だとか。
 だから今見えているのは、17年前のアルタイルなのだそうです。」

「近いといってもずいぶん遠いわね。」
お嬢様は少し考えてから、答えた。

「そうですね。行って、帰ってきたら34年です。」

「光の速さの乗り物はないわ。それに宇宙というのは空気がないのよ。行く事なんて出来ないわ。」

「そうです。不思議ですね。決して行けないのなら、距離なんて何故計るのでしょうか。」
私は声を続けた。お嬢様に伝えなくてはいけない。

「お嬢様はあの時仰っていましたね。星の向こうにも同じような星があって、住んでいる人がいて、 そしてこちらを見ているのかもしれないと。」

「ええ。そうね。私はきっといると思うわ。でも。」

「私もいると思います。行けない限り本当にいるかどうかは決して判らないでしょうが、その考えはとても素敵だと思います。」
私はお嬢様の言葉に被せてそう言うと、お嬢様の前に膝をついた。

私は、お嬢様に伝えなくてはいけない。

「あなたの考えは間違ってる。決して判らないかどうかなんて判らないわ。
 いつか行けるかもしれないじゃない。」
お嬢様の声が、激昂したように震えを帯びて、私は下を向く。

「本に書いてありました。光の速さより早いものはないのだそうです。行って、帰ってきたら34年。 行くだけで、帰るだけでそれだけの時間を使ってしまうのです。」

「それでもきっと行けるわ。」
今にも足踏みをしそうな切迫した声で、お嬢様は叫ぶように言った。
私は顔を上げ、お嬢様の顔を見つめた。
眉根を寄せ、今にも泣き出しそうに歪んではいるけれど。
それでもその美しさは全く損なわれてはいない。
ふと小さい頃の思い出を思い出した。
昔から優しい方だったけれど、欲しいと思ったものは梃子でも欲しがる強情さも持っていた。
私は夏になる度、綺麗な模様の蝶を捕まえるために走りまわらされたものだった。

「来てはいけません。これでお別れです。星の彼方の人間にするのは、恋ではないのです。」
薄暗い庭の中でも、お嬢様の目に涙が溢れたのが見えた。

「あなたは星の彼方にいるわけじゃないもの。ずっと私の隣にいたじゃない。」

「いえ、近くにいて手に取れるように感じられても、それは錯覚でしかないのです。
 元から私は向こうにいたのです。今までもそうです、これからもそうです。」

「手は届くわ。あなたは向こうになんかいない。
 今までも、これからもあなたはずっと私の隣にいるわ。」
近づいてくるお嬢様を避けるように私は立ち上がった。背を向ける。
後ろからは、なんだか子供の時に聞いたようなお嬢様の声が聞こえる。
蝶が取れなくて、駄々を捏ねるような。
私はゆっくりと歩み去る。

イギリスなどに行く気はなかった。
女王の国だそうだが、残念ながら忠誠を誓うに足る人物であるとは思えない。
忠誠を誓うに足る人など、恋い慕うべき人などそういるわけがないのだ。

そう、これも本に書いてあった事なのだが。
地球には20億人も人間がいるらしい。私には想像もつかない程の大きな数字だ。
しかしそれでもきっと見つからないに違いない。

もしかしたら星の彼方にだったらいるのかもしれない。


  
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by obtaining | 2006-02-28 10:39 | document

お知らせ

すみません。
GreenHill 東京編
<究極VS至高・・・なんか女の子2人と香織さん、炎の料理対決>
(嘘)

はなんか知らないですけど方々に浮気していたり
死ぬほど忙しかったりしてのんびり見ていただけると嬉しいです。

と、言っていると書き始めてから一年くらいたってしまいそうですが。

まあそれはそれでいつもの事です。(=゚ω゚)
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by obtaining | 2006-02-27 10:27 | diary

生きてきた場所

<生きてきた場所>

「結婚?あのお嬢様とか!?」
いきなり急に叫んだ年かさの男の口を私は慌てて塞いだ。
旦那様のお使いの用事があって偶々早く店に来れた為、狭い店内には仕事帰りで薄汚れたなり男達が数人いる。
日の差さない裏通りに面している為、夕方といっても店内は真夜中のように暗い。
バーカウンターの横と、壁の要所についてあるランプだけがぼうと光っている。

「例えばの話だ例えばの。大きな声を出すな。」
慌てて男達の方に目を配りながら小さな声で囁くと、年かさの男はこくこくと首を振った。
手を離すと慌ててジョッキに齧りついてビールをごくごくと煽る。

「それは、なんとも羨ましい話だな。旦那様に目を掛けられたって事か。」
年かさの男の目には羨望が漂っている。
お前は若いからなあ、と言ってふうと息を吐いた。

「それが、そうじゃないんだ。」
「そうじゃないと言ったってお前、そりゃあたしかに婿殿は大変かもしれないが今の暮らしとは段違いだ。」
酒だって飲み放題だ。と言ってまた溜息を吐く。

「違う違う、そうじゃない。違うんだ。旦那様はご存じないんだ。」
がっくりと肩を落とす男に向かって慌てて言いつくろう。
「何がだ?」

「結婚すると言っているのはお嬢様だ。旦那様はご存じないんだ。」
「何?どういうことだ。」

「つまり、お嬢様が私と結婚すると言っている。旦那様はご存じない。」
「すると何か。お前・・・手、出したのか。」

「いやいやいや、出してない出してない。出してないぞ。断じて出してない。」
ぶんぶんと手を振る。そのような軽薄な男と誤解されては堪らない。
「出してないのか。」
疑わしい目つきで年かさの男が睨んでくる。いつの間にか婆まで寄ってきている。

「いや、出された事はあるが、それは過ちみたいなものだ。私は出してない。絶対に出してないぞ。」

「出したのか、出してないのかどっちなんだ。正直に言え。」
ダン。とカウンターを叩かれる。

「だから出してない。断じて出してない。手を繋いだ事くらいはあるが、その位だ。」
それにそれだってお嬢様から繋いできたのだ。と言うと年かさの男と婆は白けた目で私を眺め回した。

「それだけじゃないね。口を吸って抱きしめて気の利いた言葉くらい言ったんだろう?それでころっと騙されたんだ。
 そうに違いない。正直に言いなさい。」

「うるさいぞ婆。何処で見て、いやいや違うぞ、大体がお嬢様からで私は決して、いやいや違うんだ。」
言いよどむと、年かさの男ははあ、と又溜息を吐いた。
ついでに婆まで溜息を吐いている。
婆、なんか魚でも焼いてくれ。と言ってから年かさの男は私の方に向き直った。

「それはお前、大変な事だぞ。お嬢様には許婚なんかがいるだろう。」
「ああ、遠縁の財閥の子息だかと言うのがいる。なんでも生まれた直後にもう許婚だったとか。」

「そうだろう。そういうもんだ。それでのこのこと結婚させてくれなんぞと言った日にはお前、旦那に殺されるぞ。」
「私もそう思う。」
実際に殺される事は無いだろうが、ただで済まない事は確かだ。
半殺しの目に遭って屋敷から叩き出される事は間違いない。

「何とかならんのか。」
「お嬢様が次のお誕生日の日に皆にお披露目すると息巻いている。止まらないな。あれは。」

「誕生日っていつだ。」

「来週。」
ああ、と言って年かさの男は頭を抱えた。鯵の干物を焼きながら婆まで頭を抱えている。

「お嬢様に何とか思いとどまって頂く方法は無いのかとそれを相談したいんだがな。」
やっと本題に入れた、と身を乗り出すと、年かさの男は無理無理、と素気無く手を振った。
「口止めか?そんなもの無駄だ。そんなものはな。どっちにしろばれる。」
「ばれるか。」
「ばれるな。しかもそういうのに限って思いがけない最悪の場所からばれる。」
ああ、といって今度は私の方が頭を抱える。
そう言えば小間使いの少女とこの前すれ違った時に、
こましゃっくれた顔で最近お嬢様と仲が宜しいんですのねなどと言ってきた。
いかにもそういうところから漏れそうだ。

しばらく腕を組んで悩んだ後、年かさの男は重々しく口を開いた。
「逃げるしかないな。殺されるよりましだろう。」

「一人でか?」
「お嬢様と逃げてどうする。お前人攫いで追われる気か?」
「冗談じゃない。」
ぶんぶんと首を振る。逃げ切れるわけが無い。

と、そこに焼きあがった鯵の干物を盆に載せた婆が戻ってきた。
「私はそうは思わないね。あんた、お嬢様と逃げるべきさ。」
と言って魚を置くと、カウンターの向こうにずずずと椅子を持ってきて腰を下ろす。

「婆には相談していないぞ。」
ぎろりと睨みながら言うと、婆はあんた判ってないね。
と言いながら逆に椅子を引きずって近づいてきた。

「お嬢様はあんたの事を好きなんだろう?だったら連れて逃げるべきさ。」
「そんなもの直ぐに捕まる。」
「捕まってもさ。例え一日でも惚れた男に連れられて全てを捨てて逃げる。女冥利に尽きるじゃないか。」
婆はうっとりとしている。

「身軽な婆とは違うんだよ。大体婆を誰が連れて逃げるんだ。」
私がそういうと、婆は憤慨したように声を返した。
「なんだい、これでも昔は横丁小町と言われてたんだからね。
 店が終わった後は私を誰が誘うかで何人も争ったもんさ。」

まあまあ、とそこに年かさの男が割って入る。
「まあ、それはどうでもいい。問題はお前がどう思ってるかさ。」
「私が?」
声を返すと、男は頷いた。
「お前がお嬢様に惚れてるなら、連れて逃げるのもいいさ。そうじゃないなら一人で逃げたっていい。
まあえらく美人のお嬢様じゃないか。惚れてるも惚れてないもないだろうがな。」

「旦那様は恩人だ。そのお嬢様に美人も惚れてるも惚れてないもない。」
意味は違うが同じような言い回しで言って、わたしは男を睨んだ。

「恩人も何も旦那様を嫁にくれってんじゃないんだ。お嬢様は別だろう?」

「そうはいくもんか。相談しなきゃ良かった。」
そういって私は横を向いた。
混乱していた。

私にはわからなかった。
お嬢様の事が嫌いなわけはない。
旦那様に拾われてからずっと一緒にいたけれど、
お仕えしていてお嬢様を嫌いになった事など一度もない。
私のつまらない合いの手に真面目に返事をしてくれたり、
私には判らない難しい話を教えてくれたり。
私はお嬢様が笑ってくれると嬉しい。

そしてなにより、最近のお嬢様の行為が私は嫌ではなかった。

だからそれはもしかしたら私の恋なのかもしれない。
そう思う。

でもそれはそれとして、
結婚やなんやかんやとなるとどうなのだろうか。とも私は思う。
それが恋として、立場を超えてまで成就させなければならないものなのだろうか。
お嬢様が私の事を好きとして、それがずっと一緒にいたからという理由だとして。
そうなのだとするならばお嬢様には許婚の方の方が適任だと思えてならないのだ。

結婚して、それから時を重ねて仲良くなる。
そういう夫婦の方が普通だろう。
それならば今、仲が良いからといって無理やりに身分の低い私と条件の整わない結婚などをして、上手くいくのだろうか。
私には最低限の学しかないし、上流社会の何たるかはわからない。
お嬢様はこちらの事は判らない。
それは深くて越えられない谷であり、高くて越えられない壁だ。
それより条件の合った相手とゆっくりと恋を育まれるほうが、お嬢様には適していると思う。
お嬢様が許婚と結ばれたら、私は喜んで祝福するだろう。

でもふと頭をよぎるこういう思いを捨て去る事もできなかった。

でも私を選ばれたら、私はどうするべきなのだろうか。と。

昔の事を思い出すと、旦那様に拾われた頃からずっと
私は少し年下のお嬢様のよき遊び相手でいられたと思う。
遊んであげていたようで、遊ばれていたりもした。
しかしずっと傍にいた。これからもそうであればいいと思う。
まさかお嬢様が夫婦という関係を望むなどとは思ってもいなかったが。

叩き出される、半殺しの目に遭う。そんな事はどうでも良い。
旦那様へは何か違う形で恩返しが出来るようにしても良い。

例えそれがお嬢様の勘違いでも、
お嬢様の私への好意は私には嬉しく思われる。

そう、生まれや育ち、全ての条件を無かったものとしたら。
あまりに甘美な響き故にその有り得なさは絶望的なまでに私の胸を刺すけれども。

私だって口に出すと途端に色あせてしまうこの言葉をお嬢様に伝えるだろう。
私もお嬢様が好きだ。 と。


でも私はもし艱難辛苦を超えて私と一緒になったとして、
それから生きていく、そして生きてきた場所の違いに気づくお嬢様を見たくはなかった。
そうなった時、華やかなお嬢様の笑顔は、
深く、暗い絶望という名の色に染まると思った。

先行きの事を考えると不安になる。
何処となく屋敷の門が遠い物に思えて、私は溜息を吐いた。


  
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by obtaining | 2006-02-23 10:06 | document

What's Going On



「なあ、身分の差ってなんだろうな?」
私の問いかけに隣でしこたま酔っ払っていた年かさの男はむっくりと顔を上げた。

「お偉い人々はビールを飲まねえし、下賎の俺らは料亭で飯を喰わねえ。そういうことだ。」
ポツリと呟いたつもりだったが、しっかりと聞いていたようだ。
まるで用意していたように年かさの男は答えた。

「でも金がありゃ俺達だって料亭で飯を喰うだろう?」

「いいや、喰わねえ。」

「何でだ?金さえあれば行ってみたいと思うのが普通だろう?」
そう言うと、年かさの男は少し首をめぐらせてから答えた。

「お前はそう思うのか?」

「ああ、思うね。金さえあれば、そういうところに行って美味いもん沢山食ってみたいと考えるに決まってるさ。」

「そりゃあ・・・お前が若くて、そしてまだこっち側の人間じゃないのさ。」
年かさの男はそう言ってにやりと笑った。

「こっち側?こんな所で飲む人間なんか皆一緒だろうよ。皆、貧乏人だ。」
そう言うと、その声を聞きとがめたか、酒場の婆がぎろりとこっちに視線を向けてくるのを感じた。
婆、その男、そして私。狭い店には3人しかいない。
構わず会話を続ける。
年かさの男は会話に興が乗ってきたのか、婆にビールと怒鳴ると腰をすえたように此方に振り向いた。

「そりゃあ、自由主義ってくらいだ。金さえあれば俺らだって料亭だろうが何だろうが行けるさ。」

「だろう?だったら。」

「だがいかねえ。」

「何でさ。」

「お偉い人たちはこっちにこねえだろう?」

「そりゃ汚いからだとか、危ないからだとかじゃないのか?」
又ぎろりと睨まれる。

「違うな。」

「なにがさ。」

「違うといってるんだ。俺達だって金を持てばあっちに行ける。
好景気とやらで給金だって最近は上がってるんだ。行こうと思えば年に一度くらいはいけるさ。
でもここに来る連中の中に料亭に行った事がある奴なんていねえ。行こうと思う奴だってそうはいねえ。俺もいかねえ。 お偉い人たちはこっちにこねえ、俺たちはあっちにいかねえ。」
一息にビールを煽る。

「料亭の料理だって美味いだろうが、ここのビールだって悪くねえ。」
そう云って年かさの男は婆にウインクをして見せた。婆はぐっと親指を立てて返す。

「でも同じ所で、同じ物は食べねえ。それが身分の差ってやつだ。」

強引だが、なんだか筋は通っているような気もする。
私だってお嬢様に連れられて共をする以外に自分の給金で料亭に行こうなどと考えた事も無い。
しかしなんとなく理屈で言い包められたような不愉快な気持ちになって、私は店の奥に視線を逸らし、

そして異常な雰囲気を感じた。
なんだろう、とふと考えて、
水場で洗い物を始めようとした婆があんぐりと口をあけて入り口の方を見ているのに気づいた。
ふと視線を戻すと、今まで熱弁を振るっていた隣の男もいつのまにかあんぐりと口を開けている。

完全に店の空気は凍りつき、どことなくホラーだ。
私はなんとなく恐怖心を感じて、ゆっくりと入り口を振り返った。


---すると。
そこには寝間着にコートを羽織っただけの若い女性がいた。
胸元は薄く開いていて真っ白な肌が覗いている。
着ている物も寝間着とはいえどちらも高級な素材を使っている為、娼婦のようには見えないが、
とにかくやたらと派手だ。目に付く。

週末とはいえ、時刻は日付を通り過ぎようとしており、町も静まる時間帯。
最近、一時期よりも治安も良くなってきたとは言え、普通こんな時刻に歩くのは男しかいない。
あまりの事態にふっと意識が飛びかけるのを感じた。
何とか持ち返し、そしてゆっくりと叫んだ。

「何をしているのですか!!!お嬢様!!」
と。

@@

物珍しげに狭い入り口に放り投げられていたビールの樽を覗き込んでいたお嬢様は私の声に悪戯っぽく笑い、ついと顔を上げた。

「あら、こんな所で会うなんて奇遇ね。」
全然奇遇ではない。私はパニックになって叫んだ。

「ええ奇遇ですね。全く驚いた。吃驚させるにも程がある。さあ私と帰りましょう。
ああ、どうしようこんな時間にお嬢様が外に出ていただなんてそれこそ旦那様に殺されてしまう。」
がたがたとガラクタをどかしながら入り口へと走る。

「あら、その時こそこの前言いそびれた私とあなたが恋なむむむぐうっ!」
慌ててお嬢様の口を塞ぐと私はお嬢様の肩を掴み、首だけ振り返って婆に怒鳴った。

「明日払いに来るから、つけといてくれ!」
しかしその瞬間、お嬢様はあんがい強い力で私の腕を振り切るように解いた。
乱暴だったかと思わず手を離すと、乱れた髪を押さえながら、
私の言葉にこくこくと頷きかけた婆にびっと指を突きつけるとお嬢様はまるで重大事を宣言するように言った。

「あら、折角だもの。一杯くらい飲んでいくわ。」
そして止める間もなく背筋のすっと伸びた格好ですいすいと私の座っていた横に来ると、
背の高いカウンターの椅子をしばらく眺めそれから意を決したように息を吸い、
それからよじ登るようにして椅子に座った。

そしていかにもレディー然とした装いをしようと努力していますという感じでちょこんと膝に手を置くと、
「紅茶をいただけませんでしょうか?そうね、夜も遅いからアップルティーかカモミールが良いわ。」
と料亭で何かを頼む時のような声で言った。

賭けてもいいが、こんなところにアップルティーやカモミールは無い。
飲む奴がいないからだ。
婆は困り果ててじっと俺の方を見ている。
年かさの男は口をあんぐりとあけたままだ。
私もなんと言って良いかわからない。

三者三様に固まったまま、それでも婆はこの界隈で長くやってきた飲み屋の誇りを思い出したのか、
ゆっくりと動いた。

「紅茶と言っても・・ティーバックマシーンのリプトンくらいしかないですが・・・」

お嬢様の顔が綻ぶ。。
「あら、リプトンは私大好きなの。ロイヤルは毎年取り寄せてるくらいですもの。
 じゃあ少し薄めにして、そちらをくださいな。」

だれも『そのリプトンは名前ばかりの安物だ』とは言えなかった。
婆は観念したようにごそごそとカウンターの後ろの下のほうから埃まみれのティーバックマシーンの袋を取り出す。

かちりとガスが燃やされると、うす暗かった店内がかすかに明るくなる。
その上に婆の手で古ぼけたやかんが置かれた。

何が珍しいのか、お嬢様はうっとりと婆の手元を見つめている。
ふと横を見ると、年かさの男がお嬢様の胸元を舐めるように見ていた。
お嬢様に判らないように足を思い切り踏んづけてやると、年かさの男は声も出さずに仰け反った。

「一杯飲んだら帰りますよ。」
溜息混じりにそういうと、お嬢様は素直に頷いた。
ニコニコと笑っている。自分何をしているか、判っているのだろうか。
危険とかそういう問題ではない。
悪意のない世界を信じるお嬢様は素敵だが、世界に悪意が無い試しは無いのに。
そしてそういう悪意にとって、お嬢様は格好の獲物だというのに。

「こういうところに来てはいけないのです。」
そういうと、何故かしら。と言ってお嬢様は首を傾げた。

「「お嬢様が来るようなところではないからです。それに自分が今、どのような格好をされているかも考えてください!」

強い調子で言ったにも拘らず、お嬢様は全く気にしていない風にまた婆の手元に視線を移しながら、
「あら、あなたが行く所ならきっと私が行っても大丈夫な所の筈だし、
あなたが行かない所には私は多分行かないし、行けないわ。
今日だって、もし危険だったとしたらあなたが連れて行ってくれなかった所為よ。」
と涼やかな声で言った。

「私が来るようなところに来てはいけないのです。」
私は繰り返した。

「私はあなたが行く所には行くわ。たとえ誰に禁止されたって。
だって私は行きたいと思うし、きっと楽しいと思うもの。
・・まあ、勿論あなたの楽しみの邪魔をするつもりは無いけれど。」
即答される。

詭弁だ。
だけど私は何故だか言い返せずに黙った。
お嬢様は私は何でもお見通しなの。
という顔をしながらしゅんしゅんと音を立て始めたやかんを楽しそうに見ている。

そして・

お嬢様はやかんから目を離さないまま、こっそりと私の耳に口を近づけて。

「安心したわ。私、酒場と云うからにはお酒しかないのかしらと心配していたのだけれど紅茶も置いてあるのね。
それにポットではなくて、お水を沸かす所から傍で見られるなんてとっても楽しいと思うわ!
これからは毎週週末にはここで紅茶を頂きましょう。」
と、なんだかまるで全然懲りていない顔で笑った。


  
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by obtaining | 2006-02-16 23:47 | document

琥珀

<琥珀>

身分の差、というのは越えられない壁なのだ。と人は言う。
ある人は匂いが違うのだ、と言う。
ある人は色が違うのだ、と言う。
そしてある人は血が違うのだ、と言う。

私にとってはどれも違うように感じられてならない。
確かに色も、匂いも、そして血も違うのかもしれない。
しかしそれらの意見は私にはどうにも強引に感じられてしまう。
何か他の主義主張を伝えたいばかりに発せられるその、言い訳めいた感触を感じるのだ。

私にとって身分の差、とは色や匂いや血ではない。
なんというかそれよりも如何ともしがたい住む場所の差。のような気がする。

身分の違いとは多分こういう事だ。
それは例えば、そうだな。

私にとって週末の酒場で当代人気の作家の文庫を広げながらブランデーを一杯飲む、ささやかな楽しみな一時が
彼女にとって紅茶を持って屋敷の図書室に向かう一時だという違いのような、そういうものだ。
ブランデーに砂糖を溶かしても、紅茶にはならない。
そう、身分の差とは彼女の好きな琥珀色の紅茶と、
私がささやかな楽しみにしている琥珀色のブランデーがまったく違うような。
同じ色で、一見同じに見えても中身はまったく違う、そういったものだ。。

酒場で身分についての下品な冗談が飛び交うとき、私は時々こんな自説を披露する。
日に焼けた俺らとお坊ちゃまお嬢様じゃ色から違うじゃねえかなどと混ぜっ返される事もあるが、
大抵ふんふんと真面目に聞いてもらえる。
案外皆、そういうふうに思っているのかもしれない。

@@
「困ったわね。」
ふう、と息を吐きながら手元の紅茶を引き寄せ、お嬢様は長い長い睫を伏せるようにした。
お嬢様は紅茶に砂糖を三杯も入れる。
舶来から取り寄せたという真っ白なその砂糖の塊は紅茶に溶けても、綺麗な紅茶の琥珀色を失わせはしない。

「困りましたね。」
私も声を返す。

「怒られるわ。」

「殺されますね。」
私の言葉にお嬢様は驚いたように顔を素早くこちらに向けた。
何事にもゆっくり、一挙一動まで使用人とはまた違った意味でルールに縛られているお嬢様にとっては珍しい動きだ。
まあ育ちの良さがお嬢様から活発さを奪っているけとは言え、
元来がお転婆な彼女は気楽な時間には節々にこういった表情を見せる。

「まさか。」

「まさかではありません。旦那様のお留守の間に、お嬢様をお守りできなかった。使用人としては万死に値します。
聡明な旦那様は帰宅し、お嬢様から事の次第を把握した瞬間、
机の中に大事にしまわれているあの大戦時代、野蛮な敵国の兵隊達を何百人と屠ったという拳銃で私の眉間を」

「ちょちょ・・・ちょっとやめてよ。」

「やめません。旦那様はきっとこう言われるでしょう。『おまえなど、拾ったのが間違いだった。この恩知らずめ!』と。
そして跪き、許しを請う私の頭に拳銃の照準を合わせて、」

「わかった!わかったわよ!ストップ!あなたの例え話は心臓に悪いわ。」
ぶんぶんと両腕を振り回しながらお嬢様は私の話を遮った。

「では、私の提案を受け入れてもらえるのですか?」

「それも嫌よ。」

「あれも嫌、これも嫌ではいけません。」
鉄のような私の言葉にお嬢様はキッと私の事を睨みつけた後、いかにも名案を思いついたという風に指を微かに揺らせた。
薄く巻いた洋風の髪が指の動きと同じだけ揺れて。
私はお嬢様はとても綺麗だ、と毎日何度もそう思うのだけれど、又そう思った。

「その代わり、こういう提案はどうかしら。内緒にするの。」
いかにも名案を思いついた。と言う風に自慢げに指を揺らすお嬢様は、とても愛らしく見える。

「内緒に。ですか。」
一仕事を終えたように又紅茶に指を伸ばすお嬢様に重ねて問い直す。

「そうよ。それであなたが殺される心配もないし、私も怒られずに済むわ。」

「しかし、お嬢様に隠し通せますかね。」

「あら、あなたは私の事を見くびっているわ。私に隠し通せない事なんて、一つもないもの。」

「しかし、先週お稽古事をサボって買い物に出かけた事はほんの数時間でばれましたが。」

「あれはあなたがのそのそとしていて壁を乗り越えるのに時間が掛かったからじゃない。」

「その前に教師の方に風邪を引いたと嘘を吐き、旦那様に今日はお休みだと嘘を吐いたお嬢様に問題が。」
むむむ、と2人で睨み合う。
しばし睨み合った後、お嬢様はまあ、あれは私も悪かったけど。と呟きながらついと視線をそらした。
そして、いつもの悪戯めいた睨み方ではない、少し悲しそうな瞳でお嬢様は私に声を掛けてきた。

「じゃあ、あなたが言うとおり、私は忘れた方が良いって言うの?」

「はい。」
一瞬の間もおかず、即答する。

「私は良くわからないわ。あなたは毎週、こっそりと酒場にお酒を飲みに行くし世界の事を沢山知っているのかもしれない。」

「そんな事はありません。」
酒場で世界の全てが判れば苦労などいらない。あそこは何も得る事などできない、逃げ場所でしかない。

「私は狭い世界しか知らなかったし、これからだって自由に羽ばたく事はできないかもしれない。
 私が何にも知らない事を私は知ってる。でもこれだけは私にだって判るわ。あなたが好きなの。だから私は今日、」

「それは近くに私しかいなかったからです。」

「小さい頃からずっと一緒にいて、好きになった。それでいいじゃない。近くも遠くも関係ないわ。」
私は溜息を吐いて、書架の中央にある、分厚い辞書を取り出す。
そしてその辞書を開くと、中に隠しておいた,
まさかお嬢様の説得用に使う羽目になるとは考えてもいなかったとっておきのブランデーの小瓶を取り出した。

「お忘れ下さい。お嬢様は、いつか素敵な男性と巡り会います。良いですか、私とお嬢様では身分が違うのです。
これを見てください。お嬢様が飲んでいる紅茶と、ブランデー。色は同じですが、中身は全く」
その瞬間、私の言葉は私の手元から無言でブランデーの小瓶をひったくったお嬢様に遮られた。

お嬢様は私の手元からひったくった勢いのまま、小瓶を開けると、ポットにダバダバと中身をあけた
その後、たっぷりと高級ブランデーの入ったポットから手元のティーカップに毀れんばかりの勢いで注ぐ。

「私は欧米人じゃないの。キスなんて一大事、絶対に忘れないわ。私は絶対にあなたにキスをした事、忘れないもの。
 いつか素敵な男性と巡り会うのなら私はもう巡り会ってる。その点だけは私は私の幸運を信じます。
 色が同じなら、中身も似たようなものよ。混ぜてしまえば良いのよ。」

「お嬢様、それを飲んではいけません。」
あまりの事に固い声で止める私をきっと睨み付けるとお嬢様は宣言するようになみなみと注がれたカップを口の前まで持ち上げた。

「本日、お父様がご帰宅されしだい、あなたとキスをした事を報告します。」

「カップを下ろしてください。それからその事に関してはせめてお嬢様からという事を始めに」

「紅茶もブランデーも混ぜてしまえば一緒よ。だって色が一緒だもの。
私はあなたが好きだし、お父様に拳銃なんて出させないわ。」

私はあなたが好き。
お嬢様は何度か繰り返すようにそういうと、ふんと顔を逸らしてカップの中の紅茶を思いっきり口に含んで、



---ばったりと倒れた。



  
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by obtaining | 2006-02-14 08:22 | document

mixi

はぼちぼち更新してますが、
今たぶん今までの人生の中で5本の指に入るくらい忙しいですわしょーい。
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by obtaining | 2006-02-08 23:06 | diary

やあ

下のかいといてあれですが、
私生活もテンパってますが更に仕事がスペシャルにテンパりました。

(=゚ω゚)

当分更新できない模様。

バレンタインデーはおろかホワイトデー。
いや、エイプリルフールまでには・・・


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メール返信できてません。ごめんなさい(*ノωノ)
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by obtaining | 2006-02-01 21:47 | diary