剣3 Destruction その3

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振り向いた瞬間、そこにアイスベルクがいた。
何も身に付けていない素裸のまま、扉に手を掛けてこちらを見ている。
鍛え上げられた上半身をてかてかと汗でぬめらせたまま、アイスベルクは俺の事をじっと見詰めていた。

サクヤの中で達してから来たのか、一物はやや萎びていた。
萎びていてもなお隆々とした大きさを保ってはいたが。
その上にある陰毛は激しく濡れているのかいくつかの塊になっている。

「やめておけ、ご主人。」

その言葉は重みを持っていた。殺す事を生業をしている人間の重み。
恐らく俺の持つ剣など視界にも入っていないのだろう。

「ご主人に感謝しているというのは何も誤魔化しや嘘ではない。」

「十分に、十分にした筈です。俺も、サクヤも。サクヤ、サクヤは全てを!」
アイスベルクの言葉を遮るように俺は叫んだ。
剣を構えてアイスベルクに向ける。
アイスベルクはそれが見えていないかのように俺に向けて一歩踏み出して言葉を続けてきた。

「どの町もどの町も変わらない。陰気な顔をして、モンスターに襲われているというのに何ら打開策を見出せずにいる。
そういう町に俺達は行く。そういう町に行って、モンスターを殺す。
手当たり次第、出来るだけ見落としの無いよう、根こそぎモンスターを絶やす。」

「これ以上、これ以上サクヤに無理はさせられない。これ以上は無理です!これ以上は私には、サクヤには。」

「Mutでの最も多い死亡理由は何だと思う?
腕利きの奴等が揃っているからな。モンスターに殺される奴は殆どいない。
いないわけじゃないが数は少ない。じゃあ何で死ぬと思う?
面白い事に多くの者は自分で死を選ぶ。自殺だ。自殺だよ。
不思議な事に奴らは逃げもせずに首を括る。
しかも大抵の場合、前兆は殆ど無い。
ある日突然、どこかの町の宿屋で夜の間にひっそりと首を括る。
朝になって酔いつぶれてるのかと仲間が部屋に入って初めて気が付くって訳さ。」

「それがどうしたのです?私には関係ない!」

「俺が思うに、人は明かりに飢えるのだよ。暗い部屋に灯す灯りではなく、太陽の明るさ、明かりに飢える。
モンスターでも何でも命を奪えば明かりは消える。そして明かりの消えた部屋では人は長くは生きられん。
Mutでは俺は古参に入るからよく判る。剣を振り回し、実力をつけても暗闇は人間には絶対に耐えられん。」

「私には関係ありません。」

「モンスターに襲われている町には明るさというものが無い。
金はあっても、そこには死と暗闇しか見えない。
でも旅をしていれば偶に会える事もある。
俺達にとっては貴重な明かりが。」

「サクヤは勇者様とは違うのです。絶対に、絶対に」
剣の重みが腕に圧し掛かる。両手がブルブルと震えた。

「明かりというのはどういうものだか俺にも良くは判らん。でも会えば判る。
サクヤは明るい。物思いをしていても忘れずにいる笑顔、楽しそうな仕草。
俺から見れば小さな事に感じているであろう喜び。
花が好きだとか、この宿屋の周りを、そして町中に花を植えたいなどという雑談。
時に我々の目を盗むようにしてご亭主に向ける笑顔もだ。
俺達が持っている剣と血の世界からは遠く離れているかもしれない、
がそれこそが我らを生かす貴重な明かりだ。
判れば俺達はそれを大事にする。それに比べれば金など物の数にも入らんのだよ。」

アイスベルクがもう一歩こちらに歩み寄る。
「だが、我々が感謝したいと言ったのはそれだけではない。
ご主人にもそれがあった。
ご主人は気付いていないかもしれないが、この宿屋には明かりがあった。
酒が美味い、料理が美味い宿屋は王国に数あるだろうが、
我々がモンスターを狩った後に戻りたいと思う宿屋はそうはない。」

「ご主人は我々の話を聞いてくれたな。酒を飲みながら話す馬鹿話を。くだらない手柄話を。
普通は嫌がるものだ。命を奪う話などな。
興味深げに聞いていてもその奥にはこちらを蔑んだ感情が見え隠れするものだ。
いいからお前らは早くモンスターを狩れ。とそう言いたげな感情がな。
しかしご主人はサクヤの事があったにも拘らず我々の話をきちんと聞いてくれた。
そこには裏表がなかった。少なくとも我々はそう思った。」

「くだらない事だと思うだろう?何が明かりだと、そう思うだろう。
しかしそんなものだ。我々には町の人達が本来持っているであろうそれすら与えられん。
我々にはそれが必要なのにも関わらずな。」

もう一歩踏み出す。
既に俺の掲げた剣先はアイスベルクの胸元ぎりぎりに迫っていた。

「我々はご主人に感謝している。いい町だった。救いがいのある町に出会ったのは初めてと言っていい。
だからもう少しだけ夢を見させて欲しいのだよ。
次の町に行けばサクヤは安全な方法でこの町に戻す。
その剣を振り回しても無駄な事はご主人が一番、良く判っているだろう?
ここで我々にご主人とサクヤを斬るような事をさせるな。」

剣先がアイスベルクの胸元に付く。

「ご主人が死ねばサクヤも死ぬだろう。それはご主人にも判っているのではないか?」

このまま力を入れれば若しくは。
と考えた瞬間、剣とアイスベルクの言葉が重く、重く両手に圧し掛かってきた。
独りでに、まるで何かの魔法を掛けられたかのように剣が手から落ちる。
重い音を響かせながら床へと落ちた。

そのままアイスベルクの足元へと跪いた。
アイスベルクの下腹部が眼前にある。
サクヤの、サクヤの。

「せ、せめて教えてください。次の街とはどこの」
「教える訳にはいかん。Mutの活動は全て機密とされているからな。」

両足にすがりつく様に両手を伸ばした。
「お願い致します。どうか。どうか。お願い致します。」
「心配するな。ご主人。良い選択をした。ご主人も、サクヤも斬りたくはないからな。」
「お願い致します。どうか。どうか。どうか。サクヤをどうか。勇者様お願い致します。」
「心配するな。ご主人。何も心配する事は無い。
町を守るのが、ご主人のような善良な市民を守る事が、我々の務めだ。
ご主人はサクヤに言いきかせるだけで良いのだ。」

アイスベルクの裸の足に両手を掛ける。
顔を上げ、アイスベルクの顔を見ると笑ってはいなかった。

「お願い致します。どうか。どうか。どうか。お願い致します。」

今日が最後のはずだった。
取りすがった。
今日が。今日が。
全ての。

ハルトに貫かれたのだろう。
食堂の方から高いサクヤの声だけが聞こえて。
俺はアイスベルクにすがりつきながらゆっくりと両目を閉じた。

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さすが歴戦のと言うのだろう。勇者様達はあっという間に出発の準備を整えた。
こちらが用意するような物は殆ど無かった。
研ぎ澄まされた武器防具はすでに何種類も用意され、
旅に必要な品物も勇者様達はいつの間にか自分達で整えていた。
朝には全て旅の支度が整っていたのだ。

それに比べてサクヤの仕度は大変だった。
そもそも街の人間で旅をした事のある者などそうはいない。
ましてや女の身には細々と必要なものがあり、旅仕度は想像以上に手間取った。
サクヤも俺も必死に仕度に飛び回り、殆ど会話らしい会話も出来ない位だった。

かえって良かったのかもしれない。
そう思わなくも無い。
サクヤに伝え、それを信じているサクヤを前に、俺が何を言えたか。

ようやく準備が出来たのがつい先程。
別れの挨拶の時間はもう殆ど残っていなかった。
出発の準備を整えたサクヤと宿屋の玄関で向かい合う。
勇者様達は外にいる。サクヤが出る前の最後の時間だった。

「勇者様達のお世話が終わったら、すぐ戻りますから。」

一睡もせずに考えていた。
最後の会話かもしれない。そう覚悟は出来ていた。
勇者様が約束を守ってくれるのか。
守ってくれるのではないかと言う気持ちと、
アイスベルクの、ハルトの乾いた闇の穴のような目を覗いた時の気持ちが交互に胸を去来する。

手はなかった。
どちらにせよサクヤが無事でいる事だけを考えるべきだった。
サクヤには希望を持って、そして自分が正しい事をしているのだと、
そう思ったままでいて欲しかった。
ずっと。そう。ずっといつまでも。
たとえ、たとえそうだったのだとしても。
でも。
サクヤの言葉に頷いてから、俺はサクヤの顔を見た。

「帰ってきたら、俺と一緒になろう。約束してくれるね。」

口に出たのはそれだけだった。
サクヤはじっと俺の目を見ている。そしてゆっくりと頷いた。

「たったの1週間位だそうですから。
頑張って出来るだけ早く、冬真さんの所に走って帰ってきます。
冬真さん、その時は私を迎えに来てくださいね。
私、きっとその時は冬真さんに早く会いたくって大急ぎで走ってるんですから。
ちゃんと迎えに来てくださいね。」

そう言って、にっこりと笑う。
その笑顔に、俺も笑いかけた。
そして笑ったまま、俺はゆっくりとサクヤに告げた。

「うん。サクヤがそう言ってくれて嬉しいよ。なぜなら僕は君を愛しているからね。
 初めて会った時からそうなんだ。」

俺がそう言ったその瞬間、気丈に振舞っていたサクヤの目に涙が溢れるのが見えた。
そうしたままこくこくと頷いている。
そしてサクヤは小さく叫ぶように声を上げた。
「冬真さんのお嫁さんにしてくれる?」
「勿論だ。」
サクヤの頭にぽんと手を載せると、サクヤはしゃくりあげながら声を上げた。
「本当に、約束してくれる?」
「約束するとも。」
ゆっくりとサクヤに笑いかけて肩に手をかける。

「いつまでゆっくりしている。行くぞ。」
痺れを切らしたように叫ぶハルトにむかってゆっくりと頭を下げる。

「ただ今準備が出来ましたから。」

そして、俺は感情の無い目でこちらを向いている勇者様達の方へとサクヤを送り出した。

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それから、ずいぶんと待った。
ずっと、ずっと俺は待った。

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これを読んでいるのは誰だろうか。
とりあえずまず、お詫びを申し上げたい。
これを読んでいるという事は、私が皆に迷惑を掛けたという事だと思う。
若しくは今かけているその最中かもしれない。いやきっとそうだろう。
迷惑を掛けた事、とりあえずまずそれをお詫びしたい。

失礼ついでに幾つかお願いがある。
墓は街の無縁仏で構わない。
但し、遠縁に国軍にいるフェルナスという若者がいる。
最近は会っていなかったが、子供の頃は時々遊んだりもした。
可能であればこの事を伝えてもらえればと思う。
もし何か形見に欲しがるようであればあげてやって欲しい。

店の借金は殆ど残っていないと思う。
いくらかの売り掛けが残っているが、それは金庫の中の金でやり繰りして欲しい。
そうだ。大工のヤンには賭けで負けた金があった。
大した額じゃないし誤魔化しておこうとも思ったがどうせだ。それも返しておいて欲しい。
あと武具屋のリスクには酒の売り掛けを残したままだ。奴は飲みすぎるきらいがある。
奴の為にもきっちりと取り立ててやってくれ。
それから。
二人に今までの友情に感謝すると伝えて欲しい。
とても楽しかったと。

最後に、お願いがある。
サクヤが街に戻る事があったら、俺は街から出て行ったのだと云う事にして貰えないだろうか。
嘘を吐くのは心苦しいかもしれないが、あながち間違いでもないだろう。
俺は何処かに行ったと。そう伝えて欲しい。
曲げてお願いしたい。
そうだな。何処かの未亡人とでも手に手を取ってとでも云う事にしておいて貰って構わない。
そしてその後の事も、是非悪くならないように計らって欲しい。
彼女が幸せになれるように。
もし誰かが宿屋を続けるのであれば彼女はとても優秀な従業員だ。
雇ってあげて欲しい。
幸せにしてあげて欲しい。
素敵な娘だ。
幸せに。誰にも負けないくらい幸せに。

重ねて、迷惑を掛ける事を本当に申し訳なく思っている。
これが街の皆にとって大きな問題とならなければいいのだが。

恐らく金庫の中にある金であらかたの始末は付けられると思う。よろしく頼む。
それとは別の話だがベッドの下に金貨の入った袋がある。
もし金庫の中にある金が余った場合はそれも含めて、
これら残ったものの全てを全額、町に寄付する。
町の、皆の為の、何がしかの役に立てて欲しい。
使い道は任せるが、出来れば・・・そう、
広場に花を植えたり、そういう事に使ってもらえればと思う。

俺は野暮だからうまく思いつかないけれど。
皆が笑えるような皆の役に立つような、そんな何かに使って欲しい。

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そこまで書いて俺はペンを置いた。
深呼吸をしてから今まで書いた部分を2度読み直す。
必要な事は全て書いてあった。
少し考えてから最後に俺はまたペンを取り、紙の上を滑らせた。

サクヤともう少し、笑い合っていたかった。
もう少し笑い合う時間があって、そして俺に剣が

その文字を読みながら暫く考えて、やはり思い直して俺はその2行を消した。
ペンを仕舞い、手紙をきちんと畳んでから封筒にしまい、封をした。
宛先は書かず、机の上に置いておく。

2度、部屋を振り返った。
もう背中にコツンと当る頭もなく、機嫌良く歌うサクヤの声も聞こえてはこなかった。
この部屋には誰もいなく、そして想い残す物ももう無い。
部屋の中は、俺達の宿の中はからん、としていた。
勇者様が出立して1年が過ぎた。
勇者様の言葉を信じてみようと決めていた一週間が、一ヶ月が、そして一年が過ぎたのだ。

一度頷き、机の横に立てかけてあった剣を持ち上げた。
鞘から抜くと幾度にも渡って砥ぎ上げられた所為か、ぴかぴかと光り輝いている。

綺麗な剣だった。
モンスターを倒す事もそして誰かに切りつける事も無かった剣だったが、
それは綺麗に研ぎ澄まされていた。

剣を振り上げる才能は無かった。
モンスターの出現に悩まされる王国と街の為に出来る俺の役割は
剣を持ちモンスターに立ち向かう事ではなく、モンスターを倒す者達の協力をする事でしかなかった。

俺は小さな町の宿屋の主人だ。それも仕方が無い事なのだろう。
でも自分の行為が、そしてサクヤの行為が何がしかの役に立てたのだと信じたい。
全くの無では無いのだと。無かったのだと。
そう信じたい。

もう一度振り返った。
サクヤ、と呟くと温かい感情が胸の中に湧き上がる。
特別な名前だと思った。
もう一度呟く。
やはりぼうっとした温かい感情が胸の中に湧き上がってきた。
胸に手を当てる。

ゆっくりと目を閉じた。
目の前に新品の馬車に乗って俺とサクヤが旅をしている光景が浮かんできた。
ここ一年、ずっと考えていた光景。
二人でよく話していた、旅をしたいという夢。

サクヤはよく似合う白いブラウスを着ている。
「どこに行こうか?」
「海が見てみたいの。いい?」
俺の問いにサクヤは隣でにこにこと笑いながらそう答える。
答えながらゆっくりと手を伸ばして嬉しそうに風に乱れた俺の襟を直してくる。

勿論良いとも。

「じゃあ、南に行こう。泳ぐことだって出来るぞ。」
そう言って、ふたりとも思わず笑ってしまう。
このうえなく、すてきな気分になったからだ。

目を開けてもう一度、もう一度だけ振り返った。
そこにはしんと静まり返ったそれだけがあった。
明かりの無い部屋が。

恨みはなかった。
サクヤが幸せでいてくれる事だけを考えていた。

床に座り込む。
息を大きく吸う。
俺は剣の鞘尻を床に付けてから剣先を喉元に突きつけて。

そして思い切り前に体を倒した。

@@

その後の事を書こうと思う。

その後100年が経過したが、王国からモンスターは駆逐されていない。
多少の一進一退はあるが王国は持ちこたえ、しかし勝利を収めてもいない。

宿屋の店主には身寄りがいなかった為、協議の結果宿屋は町長の甥のフォンベルクが継いだ。
王国にとって旅は依然として危険なものであり、それ故この王国では小さな街にも宿屋の存在が求められている。
だからこの街の宿屋もそれなりに繁盛している。
フォンベルクは子供を3人作り、今はその長男の子供がこの宿屋を経営している。

10年後、30年後、60年後にそれぞれMutの数人がこの街に来て数ヶ月に渡って再度モンスター狩りを行い、
何れも一定の成果を収めた。
それぞれ痛快な冒険譚あり、悲惨な物語もある。
でもそれは今話すべき事じゃあないし、ここでは語らない。

サクヤがこの街に戻る事はなかった。
今に至るまで、この街の人別帳にサクヤという名前が書き加えられた記録は残っていない。

街では年に一度、祭りの前日にイベリアスの種を撒く。
この儀式がいつから始まったのか、記録は特に残っていない。
最初にモンスターを退治した勇者を称える為だとかモンスターの犠牲になった市民の追悼の為だとか
或いは勇者に恋をした町の少女が好んでいた花だからだとか諸説あるが、いまや定かな事は不明だ。

だが街の人はこの儀式を気に入っている。
その種はその儀式の2ヵ月後に綺麗な白い花を咲かせる。広場一面に咲く白く小さいイベリアスの花。
夏の陽だまりの中、街の人たちはその広場に集まって芝生の上に座り込んでは仕事の疲れを癒したり、
昼寝をしたり、収めなきゃいけない税金に不満を漏らしたり、今夜の夕食の話や恋の話、そんな色々な話をする。

街の人達は以前からずっとずっと、今に至るまでずっと温厚に平和に暮らしてきた。
今までも、そしてこれからもそうだろうと思う。
王国を愛し、文句を言いながらも税を払い義務を果たす。

正しい市民でいること。これがこの街の誇りで。
そして確かにその通りに、いつまでも平和に時は巡り続けている。



剣/Estranged/Destruction

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by obtaining | 2008-09-19 23:16 | document

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