PainKiller3 Kiss

咲野、ちょっとこっちに来てそこに座りなさい。
メイド服に包まれた後姿にそういうと、咲野は抱えていた長い箒と共にびくりと体を振るわせた。

「なんでしょう?」
1秒ほど完全に停止した後、振り向きざまにそう言って咲野がてててと走ってくる。

「まあいいから座りなさい。そこに。」
台所に置いてあるテーブルの対面を指差しながらそう言うと何故か咲野は逡巡したようなそぶりを見せた。
普段なら咲野はそういう仕草はしない。
何かをしろというと咲野は驚くほど従順にそれを行い、疑問点や何かはまずやった後に聞いてくる。
ことメイドの仕事となると咲野は何かをしろとこちらが言った時に絶対に戸惑ったようなそぶりを見せない。
その位の事は最近判るようになっていた。
それがこの逡巡。
やっぱりそうか。

「はい・・・あ、じゃあお茶でも入れて参りま…」
「いいから座りなさい。」
び、と再度テーブルの対面を指差す。

渋々と腰を下ろす咲野に時間を与えないように畳み掛けるように聞く。
「咲野、何をした?」
「……」
「何をした、と聞いている。」
「…………」
咲野は俺の顔を見ながら微動だにしない。すっと切れ長の目をぴたりと俺の口元に向けている。
判ってはいたが中々のタマじゃないか。
大人びて見えるとはいえこれで17歳とはとても思えない。
「咲野、答えなさい。」
「……何の事でしょうか?咲野にはご主人様の仰っている事がさっぱり判りません。」
「ほう、そうくるか。それならこちらにも考えがある。」
とん、と机を叩くと咲野が5度ほど瞬きをした。
視線を逸らさないあたりは流石だが目が微かに泳いでいる。

「最近、といっても1週間前位からのことだ。」
そう話し出すとびくり、と咲野の右腕が震えた。
やっぱりそうだ。

「咲野も知っているだろうが確かに俺は目覚めが悪い。いや悪いという段階にない事は自分で判っている。」
「……」
「毎朝毎朝いつまで経っても起き上がれんし起き上がってからも暫くは身動きがとれない。
自分でも何とかしたいとは思っているんだがこればっかりはどうにもならん。
学生時代からずっとこうだったからな。」
「………」
「それだけじゃない。起きた直後は頭痛がするし視野も狭くなって真っ直ぐ歩けない。
水死体になったかのような気分だ。
俺はあまり酒を飲まんが二日酔いというのはああいう状態をさすんじゃないのかと思っている。
だとしたら酒も飲まんのに毎朝毎朝そういう状態になる俺はなんなんだ、と常々思っていた。」
「…………」
「それがだ。先週末頃からの話だ。ぴたりと目覚めが良くなった。」
「……っ……」
「今までの苦労が何だったのか、という位だ。」

「まあ咲野に起こしてもらっている所は覚えていないのと
部屋が明るくなっている事で何とか覚醒するっていうのは今までと変わっていないんだが
しかし先週から起き上がった後の体調が違う。
ああ、部屋が明るいなあもう起きる時間か・・・などと思ってから体を起こしても
頭痛がしないし真っ直ぐ歩ける。ついでに言えば朝飯も美味い。」

そう言った瞬間、俺を見つめていた咲野の表情がかっと赤く染まる。
やっぱり何かある。疑惑が確信へと変わっていく。
「そ、そ、そ、それは良い事ですね。」
そう言ってついと目を逸らした咲野にび、と指を突きつける。

「何かしているだろう。咲野。」
「……な、何の事でしょうか。さ、咲野にはさっぱり判りません。」
まだ誤魔化すか。

「今日、御前様の所に行った。御前様は嬉しそうな顔でにやにやと俺の顔を見てな。
どうだ?最近は目覚めなんかが良いんじゃないか?なはははははははは、と俺を指差して笑ってくださった。」
「…………あ、あの、私はあの何も…」
「不審に思ったが事実は事実。確かにそう云えばそうですね。何かご存知で?と聞くと
お茶を持ってきたメイドが噴出すわ御前の脇に座ってたメイド長が腹を抱えて震えるわで大騒ぎになった。」

「あ、あの」

「そこで思いついたわけだ。そういえば先週末に咲野は一度御前様の所に行っていたなぁ。と。
そしてその日どうだった?と聞いた俺に咲野は言った。
今日は先輩から色々な事を教わってまいりました。と。」

俺は立ち上がり、咲野の後ろに回った。ぽんと肩に手を置く。
「いいか、観念しろ。喋ったら楽になるぞ。」
そう言うと咲野はがっくりと肩を落とした。

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目の前には数冊の本が置かれていた。無論咲野が自分の部屋から持ってきたものだ。
咲野は顔を真っ赤にして俯いている。

1冊を手に取る。
「MaiMaiか・・・メイメイとでも読むのかなこれは。」
「はい…」
ごめんなさい・・・と小さな声で呟く咲野に被せるように声を上げる。
「カワイイ系メイドの5つの約束。モテ系メイドの秘密に迫る…か。何だこれは。」

「それはまだ読んでな・・・」
「そんな事は聞いてない。」
「あのですね。先輩から貰ったんです。信じてください。いつもはそっちじゃない月刊文芸メイドマガジンを買ってるんです。
そっちは本当に真面目なお仕事の特集とかばっかりで、ほらこっちの本なんですけど投稿コーナーの私のご主人様っていうのがとっても面白くて」
ぱたんと本を閉じてもう一冊を手に取る。

「ああああああああああそれはそれはそれは」

「夜の特選メイド・・・随分とけばけばしい表紙だな。ん?
『これで目覚めスッキリ!出来るメイドは夜と朝が違う!夜のお勤めベスト10に、朝のお勤めベスト10!』か。」

「返してください返してください返してください」
ぴょんぴょんと飛び上がりながら本を奪おうとしてくる咲野を避けつつ読み始める。

「メイド服を着ていれば大丈夫、若くて女の子だから自分は平気、そんな風に思っていませんか?
もしあなたがそんな風に考えているのなら、もしかしたら黄色信号かも。と、
そりゃそうだろうな。家事が出来ないと厳しいだろう。その点咲野は大したものじゃないか。
何の心配もないんじゃないか?
夜のお勤めだってマグロじゃ…夜のお勤め?なんだこれ。」

「違うんです違うんです違うんです違うんです」

「事例別特選マル秘テクニック一挙公開。あ、袋とじになってるな。なんだ開いてあるじゃないか。」
「あああ、ああ」

「中々寝てくれない我侭なご主人様にはと・・・・・・・・・えええええええ!凄いなこれ。」
「あああああああああ」

「うわ、いやいやいやちょっとこれはどうだろうな。こんな事を好む奴がこの世の中に・・・御前・・・いやまさか。
俺は御前になんて失礼な。いやちょっと特殊じゃないのかこれ。」

「そのページダメですそのページああああ捲っちゃダメですってご主人様、ああああああ」

「ねぼすけご主人様への朝のご挨拶はこれに決ま…………ん?意外と科学的なことが書いてあるな。
朝起きた時、人間の口内には唾があまりありません。と、
殺菌効果のある唾が少ない事は人間の体内に様々な悪影響を及ぼします。と。」

「掃除に戻ります。」
「ちょっと待て。」
箒を抱えて歩き去ろうとする咲野の襟元をひっつかむ。

「唾が足りない事、その事が体調の悪化を招く事すらあるのです。そこであなたの出番!と。」
「窓も拭かないといけないんでした。」

「咲野・・・?」
「違うんです違うんですご主人様絶対変な感じで思ってるでしょ違うんです。」
「咲野・・・?」
「ぺっとかしてないですよ。ちょっとだけ興味があってそれでそしたら本当にからからだったから
ちょっとだけって思ってでも怒られるかもしれないからって思ってたんだけどどうせならって思って
だから毎日15分くらいだけなんですだってそれでご主人様がスッキリ目覚められたらとってもいいなって
勿論興味がなかった訳じゃないんですけどでもそんなつもり全然無くてご主人様のためにだってだって
それに舌とか出すとご主人様もん、とかいって可愛くてだって」

「ちょっとこっちに来なさい。」
「嫌です絶対怒ってますしご主人様。」

「怒ってるに決まってるだろう?」

「うわああああああん御前様の馬鹿ああああああああ」



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