剣2 Estranged その5

覗き穴からはもう、何も見えていなかった。
いや、おかしいのは俺の目の方か。
いつの間にか視線は覗き穴を逸れていて、俺は壁をじっと見詰めていた。
呆然と視線だけがずれてぺたんと俺は座り込み、目の前の壁をじっと見詰めていた。

ぽんと、肩が叩かれ振り返った。

「どうだった?ご主人?」
そのハルトの視線に何らかの違和感を感じ、
胡乱な頭でそれが何かを理解できずにその顔をじっと俺は見返していた。
何が違う?
ハルトは笑っていなかった。
そこに笑顔があり、ハルトが抱えている酒瓶もその格好も今までと同じだったが、ハルトは笑ってはいなかった。

今、真剣に顔を見返してみると
ハルトは貼り付けたような笑顔を浮かべていた。
唇が開かれ、豪快に歯が見えていて垂れた様な目
一見豪快な笑い方に見えて…
でも断じて笑顔ではない何か作られた表情を浮かべながら窺うようにハルトが俺を見ていた。

しばらくハルトの顔を眺めていた。

気が付いている。
急にそう思って、その瞬間背筋がぞっとそそけ立った。

「どうした。ん?ご主人?」
漆黒に塗り潰された感情の無い目だった。
人を見る商売をやっていると偶に見かける戦場から返ってきたばかりの元兵士や
何かから逃げている男特有の一種独特の顔つき。
大地に根を張っていない男の目。

笑っていない。

何故??
何故だ?。
どうして??
ハルトは俺とサクヤの関係に気が付いている。
いや、ハルトだけではないのかも知れない。
もしや、最初から知っていて?
ハルトの顔面に張り付いた笑顔が仮面のように軋むと、笑い声のような高い声がその口から迸った。
穴のように見えるハルトの漆黒の目が顔面の中心からどんどんと広がっていくように感じて顔を逸らした。

「うははは。どうした?ご主人、興 奮 し て しまったのか?
恥ずかしがる事は無い。若いんだから当たり前だろう?」
ハルトの声が虚ろに耳の中に響く。
視野が急速に窄まり、ハルトの漆黒の目に吸い込まれるように視線が引き寄せられる。
前後、高低の区別が付かない、姿勢の制御が出来ないような身の竦む感触。

笑っていない。これは笑顔じゃない。

駄目だ。気が付いている。気が付かれている。
そんな馬鹿な。
いつからだ?いつから、知っていてこの男達は?
知った上で、俺からサクヤを?
もしかして、最初から知っていた上で俺からサクヤを?

「はは、そんなじょ、ご冗談を。さ、私はこれで失礼致します。」
肩に掛かっていたハルトの手を振り落とし、立ち上がった瞬間によろめいた。
壁に手を着く。
よろめきながら歩きドアを開いた瞬間、後ろからハルトに声を掛けられた。

「ご主人、我々はご主人に感謝している。」
振り向かず、体だけを止めた。
後ろからの声は続いた。

「聞け、ご主人。どこの市民も我々を熱狂的に歓迎してはくれるが、ただそれだけだ。
我々はモンスターを殺す事だけを求められ、そして人間に似た何かを殺して廻っている。
毎日毎日な。この王国からモンスターがいなくなるまで、それは続く。
我々は勇者と呼ばれ、それがいつまでもいつまでもいつまでも続いていく。
ご主人。
我々が勇者と呼ばれ、何でも好きなようにでき、何でも得られるとお思いだろう。」

後ろでくつくつと、聞いた事の無い音で何かが笑った。
喉ではない、肺の中から出てきているような笑い声。

「大抵の市民は熱烈に我々を求めはするものの我々に何かを与えようとはしない。
一切、一切与えようとはしない。精々がモンスターを狩る為にどうしても必要な何か。その位だ。
それ以上は一切無い。我々が必要な物は、欲しい物は絶対に与えてはくれん。
ご主人にはわからんだろうがな。」

くつくつ、くつくつと。30過ぎの男が立てる笑い声ではない
子供の立てる抑え切れない笑い声のようにも聞こえる何か。

「我々は獣ではない。我々は勇者と云う名の獣ではない。
我々は人間だ。ご主人らと同じ、何ら変わりのないな。
我々は自らが得たいもののみを要求し、自らは何も手放さず失おうとしないようなものを人間とは見做さない。
そのようなものこそ獣と見做す。 」

「我々は獣の為には働かん。
我々は人間で、我々が信頼する人間、感謝する人間、救いたい人間は、我々と同じ人間なのだからな。
わかるか?ご主人
得たいものを得る為に失うものを許容できるご主人のような、
立派に市民の務めを果たしている人間の為のみに我々は働いているのだ。
我々を勇者等と呼び、自らは何も手放さない人間の為にでは断じてない。
うんざりしている。そういうのにはな。 」

「我々Mutは守るべき市民であり、街であり、国家の為に働く。
判 る か?ご主人
それの為に人間に似たモンスターという名の生き物を殺戮するのだ。
我 々 の 為 に 失 う 事 を 選 択 し た ご 主 人 。
我々は、そのような行為を嬉しく思い、信頼し、ご主人のような市民の為に町を守る。
ご 主 人 が い る か ら 、我 々 は こ の 街 の 為 に 力 を 尽 く す 気 に な れ る の だ よ。」

ハルトの奇怪な笑い声が追いかけてくる。

「…ああ、ご主人。
は や く 階 下 に 下 り た 方 が 良 い な。
サクヤが部屋を出る前に。
いつものように、いつものようにご主人が待っていてあげなくては可哀相だからな。」
まあ、あの様子ではまだまだ時間はあるかもしれん。
アイスベルクはサクヤの今日の反応にいたく満足しているように見えるからな。

後ろからのその言葉には答えずにドアを閉じ、階段に向けて2、3歩歩いた後、
足が萎えたように膝を折り、俺は床にへたり込んだ。


@@

悪意、悪意が。

法とは、税とは市民の義務だ。
国を守るための、我々の住まう王国の権威を保つ為の、
ひいては我々が安全を得るための我々が自ら守るべき義務だ。
為政者に望まれない使われ方をする事もあるとはいえ、
それそのものに悪意などあろう筈が無い。
市民はそれを支払い、それを守り、そして平和な生活を保つ。

俺は子供じゃない。既に独立独歩の人間で、
犯罪、死、陰謀、政治、そんなものとも無縁の人間だ。
法に救われる事はあっても法に虐げられる事など、有りうべくもなかった。
それそのものに悪意があった場合など、想像する事もなかった。

だから税の為に、法の為に、国の為に差し出したのだ。
悪意の為に、何かの不満に対する腹いせの為に使われるために差し出した訳では断じてなかった。

なあ、市民がモンスターに襲われないように国はMutを作ったのだろう?
初めてそれを聞いた時、街に勇者様が来てくれると聞いた時、俺はそれこそ法だと思った。
国は俺を守り、剣は持てずとも俺は俺のやり方で国を守ろうと。

法の下に街は勇者が守ってくれる。
じゃあ、法の下でモンスターに襲われているサクヤは?

初めて朝まで帰ってこなかったサクヤに
過ちを犯し、剣を持たず、正義も法も持たない俺が、何を?

誰にも裁かれない俺に、誰が罰を。


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by obtaining | 2008-05-20 09:19 | document

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