剣2 Estranged その2

サクヤは覗き穴の向こうで宿屋の制服の白いブラウスを脱ぎ、
紺色の短めのグレイのスカートを脱いで純白のシルクの下着姿となっていた。
軽く片腕を持ち上げて胸元だけを隠すようにしている。
前髪に軽くウエーブの掛かった漆黒の髪をもう片方の手で直しながら
特に焦る様子もなく、アイスベルクの前でベッドのシーツを直している。

この前を除けば初めてと言っていいサクヤの露になった体を見て思わず奥歯を噛み締めた。
綺麗な体だった。何かを語りかけるような表情豊かな目が印象的な顔立ちに
小麦色に焼けた肌、すらりとした肢体。剥き出しになった白くなめらかな腹。
華奢な身体つきの割りに成長途中である気配が濃厚な胸。
隠そうとする片腕の押し付けるような圧力によって
寧ろ押し上げられているようにすら見えている
体中が今成長途中にあるが故の危うい魅力に満ちていた。

そういえば、と思い出す。
結婚前にと言って俺は一度だけサクヤとキスをした事があった。
ぎゅうと抱きしめた時、サクヤの胸が俺の腹部にあたり、つい「結婚後が楽しみだな」
と呟いてしまいサクヤにいやらしい、と軽く機嫌を損ねられた事。

もう一度サクヤを見る。
下卑た感想だと思いつつも覗き穴から見えるサクヤの後姿を見て思う。
肩に垂れかかる漆黒の艶やかな髪。
身長百六十センチと少しの手足の長いスレンダーな肢体。

「その下着にも慣れたか。」
アイスベルクの低い声が聞こえて思わずそちらの方へ目をやる。
サクヤもベッドを直す手を止めてアイスベルクの方へと向き直った。

「俺が買ってやったのさ。」
思わず覗き穴から目を離し、ははは。と笑いながら小さく声を出した隣のハルトの方を向いた。
「な、何をで御座いましょうか。」
そのハルトも片手に酒瓶を抱え、ちらちらと覗き穴を覗きながら忙しく酒瓶をそのまま口に運んでいる。

「下着さ。安物しか持っていないようだったからな。
  俺達の相手をするからには身に付ける物にも気を使えと言って街でシルクのを買ってきてやった。」
最初は受け取らなかったがこれも仕事のうちだと言って渡してやったのさ。
そう言ってまた酒瓶を口に運ぶ。

ハルトの言葉に俺は下を向いた。
その言葉に衝撃を受けていた。
少なくとも、それが偽りであろうとも
サクヤの行為は勇者様達への市民として出来る協力だと、俺はそう考えていた。
サクヤの行為は形を変えたある種の税であろうと思おうとしていた。
街に、王国に住まう者として、勇者様に出来るせめてもの協力。
それは俺だけではない。サクヤもそうであったと思う。
それが、まるきり娼婦の扱いではないか。
物を与え、その代りに体を抱く。
そんな物にサクヤが喜ぶとでも?
そんなものを受けとり、そして身に付けねばならないその行為をサクヤが喜ぶとでも思っているのか。

「ほら、見てみろ。」
とんとんとハルトに肩を叩かれ、俺は覗き穴に目をまた戻した。

覗き穴の向こうでは椅子に座ったアイスベルクの前に下着姿のサクヤが跪いていた。
アイスベルクは覗き穴のある壁に平行に椅子を置いて座っており、
こちらからはアイスベルクとサクヤの様子を横から眺めるような形で見えている。
サクヤは酒瓶を両手に持ち、アイスベルクの持つグラスに赤いワインを注いでいた。
もう胸は隠してはおらず、その所為で日に焼けていない真っ白い鎖骨からシルクの白い下着、
そしてなめらかな腹部に到るまでの全てをアイスベルクの目に晒している。

「今日もモンスターどもが何処かへ隠れた所為で5体程度だ。話にならん。」
ワインを一度口に運び、喉を鳴らすと、アイスベルクは吐き捨てるように目の前に立っているサクヤに向って口を開いた

「勇者様、素晴らしい戦果です。それだけこの街を平和にして頂いて、皆、喜びます。」
サクヤが微笑みながらくいと首を持ち上げてアイスベルクの顔を見上げそう答えたその瞬間、
アイスベルクが片足でサクヤの足を蹴った。

「あっ!」
姿勢を崩しながらもサクヤは両手で持っていた酒瓶を片手に持ち替え、片手と両膝を床についてバランスを取った。
酒瓶の中身が床に毀れる。
思わずカっとなり片手を握り締めた。
頭を仰け反らせた瞬間、壁が見えて自分が今隣の部屋にいることを思い出す。

「ふざけるな。馬鹿が。」
「も、申し訳ありません。」
聞いている俺にもわからない、サクヤにも判らないであろうアイスベルクの怒りだが
サクヤはアイスベルクの膝元に跪くと従順に頭を下げていた。

「たった5体で戦果と言えるか。たったの5体で。 雀を追っ払った程度でしかない。
  そんな事はお前も判ってるだろう。
  西にある山脈に巣があるようなんだがいくら狩っても未だに姿を見せん。
  それを掃討しなければモンスターは減らん。」

「それでも、勇者様がいらっしゃる事で、街の人達は安心しています。」
サクヤは床に毀れたワインを拭うと再度膝をそろえて座り、
アイスベルクの顔を見上げながら訴えかけるようにそう言うと薄く笑うようにしてアイスベルクは口を開いた。
「はっ。どうだかな。血塗れになって敵を倒し、怪我を圧してモンスターと向かい合う。
それで一日の戦果が5体だ。いつになったらこの街から出られるのかも判らん。」
笑いながらグラスを煽る。

「今まではこうじゃなかった。3人で1週間そこそこもあればモンスターの巣はあらかた掃討できた。
それが此処に来てもう4週間、巣の一つも見つからん。
単発で何匹が狩った所でモンスターなど減る訳がない。
それどころか一人で街の外に行けばハルトのように組織的に襲われ、今日のように準備をして行けば空振りだ。
ここは今までの街とは違う。」

俺ははっと覗き穴から顔を逸らした。
そうだ。噂で聞く限り勇者様の街の滞在期間は長くて1週間といった所だった。
俺はこの規模の街なら3日程度で平和にして下さるはずだと市民達が噂していた事を思い出した。
モンスター狩りは上手くいっていないのか。
壁から目を離し、横にいるハルトの顔を見る。
ハルトもこちらを見ていた。ふん。と鼻を鳴らす。

「あいつの考えすぎだ。モンスターは地域によって特性があるんだ。
攻撃的な奴ら、頭の良い奴ら。狡猾な奴ら。掃討に半年掛かった例もある。
3日で終わることなんざ殆どない。大抵は1ヶ月は掛かる。もっと掛かる事も多い。
噂が一人歩きしているのさ。市民達は俺達に過剰な期待をするからな。」
渋面を作ってハルトは俺に言った。

「それで、この街は…」
「まあ多少は数も多い。それに中々巣が見つからないのも確かだ。手強い方だ。
だが今までで初めてというレベルじゃないな。
ゆっくりと狩っていればそのうち必ず見つけ出せる。退治してみせる。心配するな。
あいつは腕は良いんだが冷静に見えて実際の所攻撃的で辛抱の効かない性質だからな。
こういう展開が苦手なんだ。苛々してるのさ。」
そういって酒を煽るとそんな事よりほら、そろそろだぞと俺の肩を叩く。

そろそろだぞ。か。
壁に目を移すと覗き穴の向こうではアイスベルクの膝元に跪いていたサクヤがゆっくりと立ち上がり、
アイスベルクに近寄っていく所だった。

が、もうこの光景には耐えられそうに無かった。
アイスベルクがサクヤの足を蹴った時にはカッとなり、思わず立ち上がりそうになった。
それだけじゃない。サクヤが下着姿で他の男の膝元にいて、何かを話している。
剥き出しになった腹部をアイスベルクに見せながら話をしている。
決して他人に見せないその格好で。
それだけで耐えられそうに無いのに、この先を見ることなど出来るのか?
もう何度も壁を叩きそうになり、その度に耐えているのに。

そこまで考えて、俺は気が付いた。
今まで俺は自室にいてサクヤが階上に行く事だけでも絶えられない苦痛だと思っていた。
今になってみて、それすら現実感を失った妄想でしかなかったのだという事が判る。
今目の前で俺が見ているこの光景は自室で考えていた想像よりもなお数倍も悪かった。
俺は今まで、目を逸らしていただけだったのだ。
サクヤが他の誰かに抱かれているという事に現実感を感じないように
俺は自室で唯一人、逃げていただけだ。

これが現実だった。
この覗き穴の向こう側が。
今まで、勇者様に求められ、サクヤを差し出してから今まで。
俺が目を瞑っていただけで、その現実はこの覗き穴の向こうでずっと起こっていた。
俺が国家に対する忠誠と、勇者様への協力と、払うべき税を払う善良な市民という衣を被って差し出したものが覗き穴の向こうにあった。
サクヤが。
俺と同じように感じ、生きている、しかも俺の唱えた善良な市民の義務というその言葉を信じている、いや信じざるを得なかった俺の許嫁が。

俺は正しかったのか?
ただ、サクヤを騙しているだけではないのか。
絶対に守るべき自分の許嫁を。

ハルトを見た。覗き穴に目をあて、酒瓶を抱え込んだ姿のままだらしなく顔を歪ませている。

これが罰か。
何が悪かったのか、そもそも何か悪い行為があったのかすら判らないが、
今のこの状況が俺に与えられた罰なのだろう。
それともモンスターという不可思議な存在を倒す為に市民に与えられた義務か。
モンスターが跋扈するこの王国で何かの役に立てる訳ではなく、無論勇者に敵う訳もなく、
誰にも救われないこの状況でサクヤを要求され、
そしてただ国家に対する忠誠などと形の無い理由で自分の許嫁を差し出した俺への。
義務か、もしくは罰。

覗き穴に目を近づけた。
そこには俺の代りに義務を果たし、罰を受けているサクヤがいた。
俺が選択し、俺が払い、受けるべきだった義務と罰を。
下着姿で勇者様を足元から見上げ、何かを話している。
その両手は勇者様の足元に置かれ、しっかりと握り締められている。
今まで、今日以前にも何度も繰り返されただろう行為。
そして俺は自分に与えられるべき罰をサクヤに渡して、何も出来ずに此処で身勝手な怒りに震えている。

その罰が目の前にあった。
ハルトから貰ったこれは俺へのねぎらいではなく、せめてもの俺への罰だ。
目の前の光景は自室で丸まって、不幸な顔をしていた俺への罰で、
そして俺はせめて彼女が俺の代わりに何を支払い、何を受けているのかを見届けなくてはいけなかった。



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by obtaining | 2008-05-17 10:53 | document

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