[おやすみ] *6(最終話)

[おやすみ] *6

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2月も真ん中になると少し暖かくなって来て、もう手袋は要らない位に感じられる。
コートも先週辺りからハーフコートに変更している。
それでもまだ風は冷たくて、春が来るのはまだまだ大分先の事のように思える。

「ねえ、今週の週末どこいく?」

和加葉の声に振り向く。
「どこでもいいよ。」

そう答えると、和加葉は斜に構えて睨みつけてくる
「うわあ・・・初デートなのにおざなりだよ・・最低だ・・」

和加葉に睨まれながら何故だ。と首を捻る。
どうしてこうなっている?

右手には今、紙袋がぶら下がっている。
そしてそこには3つ、チョコレートが入っている。
それぞれ、大きい順から須永和加葉、岸涼子、簔郷京子からの贈り物である。
今までの長い学校生活の中で和加葉以外からはチロルチョコ一つ貰えなかった俺の、今日の戦果である。
今は学校帰りで、そして隣では和加葉がにこにこと笑っている。
2週間ほど前にも同じような事があった気がする。
その時こいつは笑ってはいなかった。

何が起こったのか、何が起こっているのか、自分でも良く判ってはいない。

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岸涼子にチョコレートを貰えると思っていた俺は2月14日の今日、
いつもより少しだけ身嗜みに気をつけて学校へ行った。
何日か経つうちにいくらか気持ちは冷めていた。
岸涼子が俺にチョコレートをくれる筈が無い。
良く考えてみればあたりまえだ。殆ど喋った事など無いのだから。
今日もきっと予定調和な一日となる。
母さんと、ばあちゃんと親戚のおばちゃんからで3つと、従兄弟の女の子から2つと、それから和加葉から一つ。
ああ、和加葉は怒らせてしまったから今年はきっと5つだろう。

それでも寝癖でぴんぴんと尖る髪をなんとか寝かしつけ、
親父のズボンプレッサーでプレスしたズボンを穿き、ネクタイを真っ直ぐ結んだ。
俺なりの決意表明だった。

岸涼子からチョコレート?俺が?貰える訳がない。なんかの勘違いだろう。
当たり前の話だ。
でもここ数日考えていた。
貰える訳が無いと、自分で決め付けていなかったか。
誰に対しても引け目を持って、自分なんかと思って幼馴染の和加葉にすら引け目を持っている。
俺は昔からそんなに自身の無い奴だっただろうか。

いや、そうじゃなかった。昔はクラスの中でも人を笑わせる方だった。
和加葉をからかったり、先生に悪戯をするのはいつも俺だったというくらいに元気の良い子供だったと思う。

今回、岸涼子に声を掛けられて、そしてクラスメイトに注目されて、その頃を思い出したような気がする。

地味だなあという周囲の評価に、そうだね。としか俺は答えていなかったんじゃないだろうか。
和加葉に学校で声を掛けられる度に誰かに見られているような、笑われているような気分になって
嫌な気持ちになっていたのは何故か。
相応しいとまではいかなくても笑われない程度にはこれから自分を磨かなくてはいけないのかもしれない。
少なくとも誰かに何かをされる事に負い目を感じたりしない位には。

まあそんな事を考えながらもそれでも学校に着くなり、
俺は休み時間毎に胸を高鳴らせながら放課後を待った。
本命へのチョコレートのプレゼントは放課後と相場が決まっている。

もてない男のサガなのだろうけれど男なのだからしようが無い。
だって貰えたら嬉しいのだから。

----そして放課後。

放課後になったその瞬間だった。
「山下君、チョコレートだ。受け取って欲しい。山下君の意見は大変参考になった。
さすが山下君だ。和加葉ちゃんにもてているだけある。」
はいこれ。と後ろの席の岸涼子さんから大きな包みをでん。と渡された。

「は?」
思わぬ行動に思わず声が出る。くれるの?マジで?
まあ、無理か。と苦笑いしながら帰る気満々だったので帰って面食らう。
どうすればいいんだ。と顔が赤くなった瞬間、岸涼子が口を開いた。

「義理チョコだが山下君の好きなホワイトチョコレートが入っている。相談に乗ってくれたお礼だ。本命のは和加葉に貰え。」

「は?」
義理チョコだが義理チョコだが義理チョコだが・・・
ああ、やっぱりという諦めの気持ちと
貰った瞬間のもしかしてと思っていた気持ちがぐちゃぐちゃと溶けてゆく。

クラスメイト達は何事かとざわざわとざわめきながらこちらを見ている。
何やってるんだ?岸さん?今何か言っていなかったか?和加葉ちゃん?

ざわざわとクラスメイトがざわめく中、慌てて顔を取り繕う。

「あ、ありがとう。」
そう言った瞬間、岸涼子はずいとどぎまぎとする程顔を近づけてきた。
クラスメイトが俺と岸涼子がキスでもしたんじゃないかと疑うくらいに顔が近い。

「この前、和加葉ちゃんから聞いたぞ。君も相当な野暮天のようだな。
  まあいい、私は私の戦いをしにいかなきゃいけない。」
アドバイスは大変助かった。君も頑張れ。幸運を祈る。
と、岸涼子さんはなんだか戦争映画の戦友同士のセリフのような訳の判らない事を言うと、
ぎゅっと俺の手を握ってからくるりと背を向けた。
そのまますたすたと教室を出て行く。

岸涼子が教室を出て行ったことで一気に教室の空気が弛緩する。
男子連中が興味深げに近づき、しかし少しビビッた用な感じで俺に声を掛けようとした
その瞬間、今度は教室の隅から簔郷京子がすたすたと歩いてきた。
サッカー部のキャプテンを彼氏に持つ、こちらもクラスじゃ雲の上の美人の一人である。
「涼子、最近楽しそうにしてたよ。涼子の相談に乗ってくれてありがとうね。
これ御礼。あ、勿論義理ね。」
そう言って俺の机にぽんとチョコレートを置く。

その瞬間、男子連中がばっと後ろに後ずさった。
どよめきが起こる。
簔郷京子はそれに構わず「じゃね。」と俺に言うなり、すたすたと足早に教室を出て行った。
きっとこれからサッカー部の彼氏とデートなのだろう。
教室前で「あ、待ってたんだ。」という簔郷京子の声がした。

簔郷京子が出て行ったのを確認した後、再度教室の空気が弛緩する。
暫くして男子連中が恐る恐る俺の机に近づき、
かなりビビッた感じで俺に声を掛けようとしたその瞬間、
和加葉が黒板の方から歩いてきた。

「準。これ、チョコレート。」
怒った様に取り出して俺に差し出す。
おおおおおお。どよめく教室。ずざざと後ろに下がる男子連中。
「お、おい。急にな、なんなんだなんなんだよ。」

「受け取りなさい、受け取りなさいよ。」
ぐいぐいと押し付けてくる。

「お、おい。」

「受け取りなさいよ!」
そう言ってバンと机に置く。

「涼子ちゃんにチョコレート貰って、ヘラヘラしてる癖に!私の時に全然喜んでくれないし!
  君なんて大っ嫌いだバカぁ!」

そう叫んでだだだと教室から飛び出す。
男子連中の一人が、恐る恐る廊下を除き、 さらに教室を見渡し、俺の机に近づきそうな女子が教室内にいない事を確認してから近寄ってきた。

「お前、すげえな。」
ちなみにこいつともそんなに話したことは無い。

「いや、俺にも何がなんだか・・・」
そういった瞬間、男子連中が爆笑した。

「お前馬鹿、何がなんだかじゃねえよ!いくらなんでも追いかけていけよ。
追いかけてくシチュエーションだろうがこれ。ぼやっとすんな!
モテモテじゃねえか馬鹿野郎!」
そういってバンバンと背中を叩く。

そのうちの一人が自分の席にあった紙袋を持ってきてその中に俺の机の上の3つのチョコレートを詰める。
「ほら、持ってけ、追いかけていけ。」
そう言ってそいつもバンと俺の背中を叩く。

「いや・・・」

「今度話聞かせろ馬鹿野郎お前、なんだあれ。ふざけんな。」

「お前、もう大学決まってたよな。金曜日カラオケ行くぞカラオケ。そこで話聞かせろよ!」
バンバンと背中を叩かれ、教室から追い出される。

いつの間にか俺も笑っていた。
男子連中に手を振り、前方を凄い勢いで歩いていく和加葉を追いかけていく。

追いついた瞬間、何なんだよお前と声をかけようとして、思い留まった。
べそべそと和加葉が泣いていたからだ。
和加葉は泣きながら凄い勢いで歩いていく。

おい待てよ。と肩を掴むと和加葉はようやく立ち止まった。

「どうしたんだよ。お前。なんか変だぞ。クラスの奴ら笑ってたぞ。」

「だって、だって私はずっと好きなのに準は全然相手してくれないんだもん。」
和加葉はしゃくりあげながら呟いている。

しばし空気が止まる。そ、そうなのか?というかなんだそれ。

「な、なんだよ急に。お前、別に俺の事なんか」

「ずっとずっと好きだったもの。高校1年から3年間も好きだったのに急に涼子ちゃんにデレデレなんてするなあ!」
えぐえぐとしゃくりあげる。なんだ?なんだこれ?
なんか悪いのか俺。泣いたもん勝ちかこれ。
そんな事を考えながら、俺はその一瞬で昔を思い出していた。
小学校の頃、一緒にしょっちゅう遊んでいた頃。
そういえば昔からこいつはいっつも大人っぽい事を言う割りに良く泣いていたな。

「な、何馬鹿な事言ってるんだよ。幼馴染だろ俺ら。」
そういうと和加葉はぎゅっと立ち止まってこちらに向き直ると、
びしばしと猫パンチのように引っぱたいてきた

「痛、いてえよ。だ、大体俺なんかのどこがいいんだよ。
お前、クラスでの俺の扱い知ってるだろうが。」
そういうと和加葉は手を止めて、しばし黙り込んだ。
両腕を下げて俯く。

「う・・・だって準だったら浮気とかしそうにないし。」
下を向いたまま、そう呟く。

はあ、と溜息を吐く。
「あのな、お前、浮気しそうにないからって理由でかっこ悪いやつと付き合ってどうするんだよ。
お前なら他にいるだろう。俺よりもてそうなのが。
俺の親父を見れば判るだろうが将来太るぞ絶対に俺。」

「かっこ悪いなんていってないじゃん。」

「俺がかっこいいわけねえだろ!馬鹿なこと言うな!俺とお前じゃ釣りあわねえんだよ!」

「ふざけてなんかないもん。カッコいいし、優しいし、私が大変だった時、ずっと一緒にいてくれたもん。
これからも一緒にいてくれなきゃいやあ。」
そういってびえびえと泣き出す。

「ば、馬鹿か。泣くな。泣くなって。ど、どうすればいいんだよ。」

「私と付き合って。」

「いやお前」

「私と付き合うのっ!」
びしばしと叩かれる。

付き合うとか付き合わないとか。
こういうのって男が言うんじゃないんだろうか。
俺が押し切られるものなのか?
そう言うと和加葉はバレンタインデーだから良いの。と言った。

そして俺は、なんとなく釈然としない顔で「うん。」と頷いたのだった。

思い出してふう、と息を吐く。
本当に今日は、とんでもない日だった。
でも、まああれだ。と思い直す。
そう悪くなかった。
俺が、3つもチョコレート貰った挙句に、和加葉と付き合う事に?
俺が和加葉を追いかけていくとき、男子連中がそんなに不思議そうな顔をしていなかった事を思い出す。
はは、と笑う。
もしかしたらお似合いとか思われてたりして。
そう思いながら隣の和加葉の手を握ると、和加葉もぎゅっと握り返してきた。
さっき泣いたのがなんとやら。にこにことしているこいつは正味間違いなく可愛い。
顔立ちも好みだし、背が低い所も好きだし、性格も合う。

お似合い、ねえ。
まあ、それは無いか。
うん、でも、たとえ俺が地味な奴なのだとしても。
一生に一度位は死ぬほど目立ったっていいのかもしれない。
こういう瞬間が、俺にあってもいいのかもしれない。
俺なんかがいいのかな、俺なんかでいいのかな。じゃなくて
どうよ。俺だって捨てたもんじゃないんだぜ。って。

にこにこと笑っている隣の和加葉を見て、
いちいちこんな事を考える俺は贅沢なんだろうと思った。

桜はまだだけれど、もうすぐ春が来る。
4月になれば和加葉も俺も東京の大学に行く。
その前に、クラスの奴らとカラオケにも行けそうだ。

上を見上げる。空は綺麗に晴れ上がっている。
初めて、春が来るのが待ち遠しい気がする。
横を向くと、和加葉が笑って。
俺は和加葉に、週末は映画でも見に行こうか、とそう声を掛けた。

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そして今
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「プレゼントとは何か。相手の事を考えるという行為が楽しく、自分の事を想われるという行為こそが嬉しいものなのだ。と私は考える。」

びしり、と箸をこちらに向けてからそう言って、
涼子さんは返す箸でぱくりとコロッケを咥えた。

「無論、忙しければそういう事をする暇はなくなる。それは良い。良くは無いけれども良い。
でも。今、私達は学生だからそれほどでもないけれどきっと大人になればもっと忙しくなって、
色々な考え方がシステマティックになっていくのだろうと、そう私は思う。
それが悪いとは言わない。大人になるということは世界が見えるようになる事だし、
大きな観点でものを見れば、小さなものが犠牲になるのは仕方の無い事だともいえる。でもだ。」

「はい。」
と言って箸を置く。

「例えば子供を抱っこしてあげる、という愛情表現一つがその子供の将来を変えるかもしれないように、
手を繋ぐ、思いがけないプレゼントをするなんて事が、恋愛そのものを左右することも・・・」

「はい。」
お説御尤も。手を抜いておりました。

「ないとは言えない。」
明日、駅前のデパートにでも行って来よう。あと、夕食のレストランの予約も。

神妙な顔をしていると、涼子さんはふっと顔を上げて。
「まあ、私はもう匠君にお嫁さんにもらって貰わなくてはいけなくなってしまったのだから多少のことでがっかりしたりはしない。」
でも折角のホワイトデーのプレゼントなら私が欲しいものではなく、 匠君が考えてくれたものを貰う方が良いと思うのも確かだ。
とそう言って目を細めながら、笑った。

終わり


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バレンタインで連載したものです。最終話
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by obtaining | 2008-03-21 19:32 | document

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