[おやすみ] *5の後半

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須永和加葉
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その日はそこそこ調子がいい日で、私はもう15得点も挙げていたし、
チームも42対30で勝っていて残り時間は後2分だった。
相手は昨年のインターハイ出場チームだったが勝利は目前だった。
コーチは満足げな顔をしており、今日の試合後の練習はもしかしたら少なめにして
早く帰らせてやってもいいかななんて顔をしていた。

私はそれを横目に見ながら、今日の帰りはチームメイトとフィッツジェリコでアイスクリームを舐めながら
オレンジジュースで乾杯でもしようかな、なんて事を考えていた。
まあ結局その望みは叶えられなかったんだけれども。

理由は残り2分を切った丁度その時、すこぶる付きに体の大きな相手チームの守備陣が2人、
私に激突してきたからだ。

何があったのかは覚えていない。
試合の途中、これで17得点目だと思って伸び上がりながらボールを掲げた瞬間、
物凄い衝撃が全身を襲い、目の前が暗転していった事だけを覚えている。

その試合を見ていた人曰く、
私は足元を掬われるように1人に激突され半回転して吹っ飛んだ挙句に
片手で着地をしようとしたところをまた違う一人に激突されて着地に失敗し、
最後には見事に頭から落ちたらしい。
車に轢かれたみたいに吹っ飛んだ。とは後でチームメイトから聞いた言葉だ。

私は小柄だから吹き飛ばされてもそんなに簡単に怪我はしない。
もしそれが私が地面に両足を着けていた時なら吹っ飛ばされても直ぐに立ち上がってまた走り出したのかもしれない。
もしくはせいぜい痛がりながら悶え苦しむくらいで済んだのかもしれない。
でも私の体はボールを持って今シュートをしようとジャンプした時に
違う角度からほぼ同時に激突されても大丈夫な様には出来ていなかった。

結局私は意識を失った挙句に
左腕上腕部と肋骨を2本と右鎖骨と左手の小指を骨折、
ついでに右足の腱の断裂と太腿の複雑骨折にしこたま大きなタンコブと
幸い後には残らなかったけれどお母さんを泣かせた額の酷い切り傷と
ムチ打ち症を拵えて病院に担ぎ込まれる事になった。

3ヶ月入院決定の重傷だった。

半日経って、私が目を覚ました時、目の前には泣きはらした顔のお母さんと心配そうに見守るお父さんと、
今まで見たことの無いような顔で私を見ている弟の顔、それにコーチの浅野先生の顔があった。

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 クリスマスにて
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私(若しくは両親かも知れない)はそこそこ人望があったようで、
沢山の人がお見舞いに来てくれたから、最初のうちは病室はいつも賑やかだった。
浅野先生はそれこそ毎日のように来てくれたし、山口先生も折を見て来てくれた。
親や、コーチの先生は大分気を使ってくれたようで
私の怪我の状況は(きっと誰が言うか散々話し合ったのだろう)山口先生が教えてくれた。
怪我の中で一番恐ろしかったのは肋骨の骨折とムチ打ち症だったが、
バスケットをやる上で致命傷となったのは右足の腱の断裂だった。
命に別状はないが、リハビリは厳しいものになるだろうし、
例えリハビリを充分にしたとしても元のようにはバスケットをする事は出来ないという事だった。

私はベッドの上で先生を見上げながら聞いた。
「もうバスケットをしちゃいけないの?」
「そんな事はないよ。でも前みたいにはプレイが出来ないだろうし、
コートに立つまではとても大変だろうと言う事。」
先生がそう言ったので私はほっとした。

山口先生の隣にいた浅野先生は随分とすまなさそうな顔で私の両親に頭を下げていたけれど
私には怪我は仕方がない事で、バスケットを完全に奪われなかった事は幸運だったように思えた。

私は体が小さいし、それほど自分が上手だとも思ってはいなかった。
ボールを持ち、練習をすることが好きだった。
だから元通りにならないという事はそれなりにショックだったけれど全てを諦める程ではなかった。
「なら大丈夫。頑張ってリハビリして、部活に戻る事にする。」
私はそう答えた。

入院中、バスケ部のチームメイトもクラスの人達も沢山来てくれた。
だから最初のうちはそんなに辛くも寂しくも無かった。
勿論センセーショナルなクラスメイトの入院なんてのは最初の数週間が過ぎてしまえば
皆飽きてしまったようで段々皆来なくなったけれども。
それでも仲の良い友人の何人かは決まって毎週遊びに来てくれて、
それはとてもリハビリの励みになった。

でも残念ながら入院生活は楽しい事ばかりではなかった。
リハビリは痛くて苦しくてその辛さは当初の想像を絶していたし、
病院の夜は暗くて寒くて寂しかった。

私はまだ高校一年生で暗闇が怖かったし、
お母さんにおやすみと言わないまま眠りに付くのは苦手だった。
いつまでも折れた足は動かせなかったし夜中には体中が痛んだ。
鎖骨の折れた右肩には痛みだけではなくて変な痺れが残っていて
今後同じようにシュートが打てるようになるどころか、
もう肩より上に上がるようにはならないんじゃないかとも思えた。
私は夜、1人で眠りながら体が変な風にねじくれて動かなくなる夢をよく見た。
汗をかいて起きた時、そういう時には友達や家族はいてくれなかった。

もがく様なリハビリの入院期間の2ヶ月を過ぎて、友達がお見舞いに飽きた頃、
学校が冬休みになり、クリスマスが来た。

その日は朝一番にお父さんとお母さんと弟が来てクリスマスプレゼントを置いていってくれた。
私の家では毎年クリスマスにおじいちゃんの家に親戚皆で集まる事になっている。
普段ならプレゼントは皆で丸まんま焼いたチキンを食べた後に弟や従兄弟達と一緒に貰うのだけれど今年、私は参加できないから朝のうちに貰ったのだ。
お母さんは
「参加できなくて残念だねぇ」
と言って、おじいちゃんの家にはお父さんと弟だけが行く事にして、
病院には私が一緒にいようかと言ってくれたけれど
私は貰ったNBAのビデオを見ているから大丈夫とそれを断って笑いながらいってらっしゃいと言った。
弟はまだ中学1年生で素直に育っていて従兄弟達に合うのが楽しみでしょうがないらしく、
おじいちゃんの家でなにをしたいかをしきりに私に喋っていた。

1時間ほど喋って病室から皆を送り出してから、
私はプレゼントしてもらったNBAのビデオを一人で見た。

ジョーダンは凄かったけれど一人で見ているビデオはあまり面白くなくて、
面白くないと思った瞬間、私は急に寂しくなった。
昼食にはクリスマスだからといってローストターキーが出て、
看護婦さんまでなんだか少し浮かれているようだった。

午後も私はビデオを見続けて、そのうちに私は眠ってしまった。
そして浅いまどろむ様な眠りの中で、私は変な夢を見た。
夢ではジョーダンと私が一緒に試合をやっていて
ジョーダンは本気で私にぶつかってきた。
ボールを取られると客席からは失望の声が上がって、
私は焦ってボールを取り返そうとするのだけれど走っても走ってもジョーダンには追いつけなかった。
それどころか水中を歩いているように私の体は動かなくて、
それなのにそんな中をジョーダンは軽々と動いてシュートを決めていった。
私は何度も手を伸ばすのに、下半身が付いてきてくれなくて、軽々と何人ものジョーダンに抜かれていった。

ふと目を醒ました時、ベッド脇の椅子に準が座っていた。
窓を見るといつの間にか外は薄暗くなっていた。
準はぼんやりと私の方を見ていた。
「よお。」
私が顔を向けると準は気が付いたようで声を掛けてきた。
私が今見ていた悪夢と現実の区別がつかなくて暫く固まっていると
準は勝手に喋りだした。

「個室かよ。贅沢してるな和加葉。」
私はその言葉で今が夢ではなくて目の前に準がいる事が現実だと言う事に気が付いた。

「これだけの怪我だもん。」
そう言って吊り上げられている足と包帯でぐるぐる巻きの腕を見せると準は頷いた。

「大変そうだな。」
「毎日毎日リハビリ室。ヤになっちゃう。それよりなんで来たの?」

「なんでってお袋がいけいけって煩いから。お前の事だから最初のうちは皆来てるだろ。
そろそろ皆来なくなって暇そうにしてるんじゃないかと思ってさ。」
ビンゴだよ。

「ふうん。おばさん元気?」

「ああ、変わってないよ。しかし、病院までクリスマスかよ。」
そう言って、準は窓の外を指差した。
病院の庭にはでっかいクリスマスツリーがあって派手な飾りが付いている。
それだけじゃない。受付から入ってきた準はナースステーションのクリスマスの飾りつけも見ているだろう。

「そうだよ。病院だってクリスマスはクリスマスだもん。準、プレゼントは持ってきたの?私女の子だよ。」
そうおどけて手を出すと、準はにやりと笑った。

「お前、俺が持ってきてないと思ってるだろ。」

「えええ?あるの?」
そう言うと準はごそごそとバッグから袋を取り出した。

「当たり前だ。ほら。」
そう言って準が取り出したのはサウザントクリームのマークが入った紙袋とペットボトルのジュースと
あとタッパーにおかずやら何やらが詰まったものだった。

「うちのお袋が怪我しただけなのに病院食は味気ないだろうってさ。
 俺はサウザントクリーム行ってケーキ買ってきた。」
そういってぱっぱっとベッドサイドからテーブルを取り出して私のベッドの上にケーキやらなにやらを並べていく。

「お前が太ってるようだったら出すのやめようかと思ったけどそんな事は無さそうだな。」
「冗談。むしろ痩せたもの。超マズいんだから病院食って。」
私はそう言ってくすくすと笑った。
それから私は廊下を通りかかった看護婦さんを呼んで、
ベッドの上を見せてから今日は夕食はいらない旨を伝えた。
看護婦さんは良く知っている人だったからベッドの上を見てあら。と目を見張らせてから
食べ過ぎちゃ駄目よ。給食係には私から言っといてあげると言って笑って許してくれた。
きっと今日がクリスマスだから特別に多めに見てくれたのだろう。

そして看護婦さんが出て行った後、私達は2人でジュースで乾杯して、
おばさんの作ってくれたおかずを摘みながらささやかなクリスマスパーティーを始めた。

もぐもぐとローストビーフを摘みながら準が枕元のテレビを付けると、
テレビではプロ野球の巨人VS広島戦が始まっていた。
ちなみに準が広島ファンで私は巨人ファンだ。
「お、勝ってる。」
準の声にテレビを見るとまだ2回表だというのに広島が5対0で大量リードしていた。
ふんだ。と言ってテレビを消す。

「どうせ逆転するよ。絶対。」
あ、なにすんだよ。と消えたテレビ睨みながら準は
「いや、今日は勝つよ。最近打線が調子良いからな。先発が持てば今日は勝ちだな。」
などと適当な事を言う。

「リリーフピッチャーが打たれますー。」
私が面白がってそう言うと
「あーあ、津田がいればなあ。」
と準は天井を仰ぐ。

2人していい加減におかずを食い散らかしてから、
私はび。とケーキを指差した。
さっきから気になってしょうがなかったのだ。
地元の女子中高生でサウザントクリームのケーキを知らないなんて子はモグリだ。
「ケーキ。よそって。」
というと準はよしと言ってサウザントクリームの袋を開けた。

「お前チョコレートケーキ好きだっただろ。」
うん。と言うと準は自分用にはモンブラン、私用にチョコレートケーキを紙の皿において
寄越してきた。
その時、ふと私はある事を思い出した。
「準、あれ覚えてる?」
そう言うと準は天を仰いだ。
「うちのお袋のだろ。今日のは絶対あれよりマシだ。」

私達が小学生の頃、おばさんが一時期ヘルシー料理というものにはまっていた頃があった。
兎に角ヘルシー料理というのは油分を少なくするものらしいのだが、
料理好きでかつ冒険心にもあふれているおばさんはそれは様々なものを
ヘルシー料理に仕立て上げた。
そして様々な創作料理の最終段階、おばさんの興味が最高潮に達していた時に作られたものがヘルシー版の手作りケーキだった。
準の小学校3年生の時の誕生日に作成されたそれ。
おじさんとおばさんと私と準と準の妹の桜ちゃんの5人で行われた誕生会のその最後に
出されたケーキはとっても微妙な代物だった。
見た目はとても綺麗だったそのケーキだが
油分を抜き取ったと言うクリームはパサパサとしており、
その上なんだか微妙な甘味だけが口の中に残った。
美味しいケーキを期待していた桜ちゃんは泣き、私と準は顔を見合わせた後
「そこそこイケるよ。」とお世辞を言い、
おじさんは正直にこれは不味いといって夫婦喧嘩になっていた。

「あれは凄かったよね。」
「なんともいえない味だったよな。あの桜の顔がさ・・・」
私達はそう言いあって、それから2人で暫く笑った。

ご飯も美味しかったし、ケーキもとても美味しかった。
私はおなかが一杯になってご機嫌で、
それからずっと準とぺちゃぺちゃとおしゃべりをしていた。

そしてもう喋る事も無くなる位喋った頃に

「良かった。元気でたか?和加葉」
準は急にそんな事を口にしてにっこりと笑った。

私は一瞬固まって、それから準の顔を見て、そして思わず私は俯いた。
その言葉がなんだか急に胸を突いたからだ。
不意打ちで涙する姿なんて見せたくなかった。
でもいきなりボロボロと涙が出た。
だって。
だってこんなはずじゃなかったからだ。
私は今、バスケットから見捨てられそうで、
リハビリは痛くて痛くて全然良くならなくて
友達はきっと皆、楽しそうにクリスマスを楽しんでいて、
両親も弟もおじいちゃんの家に行っていて、
皆美味しいものを食べて楽しく過ごしていて
病院の看護婦さんだってなんだか楽しそうで、
それなのに病院は白くて冷たくて寂しくて嫌な事ばかり考えさせられて
その挙句に変な夢まで見た。
私は今日はクリスマスだって云うのにさっきまでこの世界には私は1人しかいないって
私が世界で一番不幸なんだってそんな馬鹿な事を思っていた。

泣いている事を隠したくて、私は肩を震わせながら俯いた。
今日さんざん笑って楽しい思いをして、
そして涙が出てみてから初めて私は今までどれだけ自分が不安に思っていたか、
そして悲しかったのかが判った。

「元気でた。楽しかった。」
目を擦りながら私が答えるとそうか、じゃあそろそろ帰るかなと言って準はさっと立ち上がった。
準は手早くタッパーをバックに入れて、それから、

「ゆっくり寝て治せよ。おやすみ。」
まるで風邪引きに掛ける様な言葉が耳に入ってきて、そしてドアが閉まる音がした。

私はその最中ずっと目の前に飴をのばしたようなぐにゃぐにゃが下りていて
俯いていた目の前の布団の柄も全然見えないくらいで、準を見送る事はできなかった。
なぜだか酷く泣けて、私はぐしぐしと鼻をすすった。

準はそんなに気が回る奴じゃないから今思うにきっと、
元気出せって言葉はリハビリの事を言ったんだと思う。
包帯でぐるぐる巻きで歩くのも一苦労、およそ女の子らしくない格好の私を見て
怪我をしているから元気がないんだなって思考で早く元気出せって、
そういうお見舞いの言葉を掛けただけなのかもしれない。

でもその時の私はそうは思わなかった。
私はその時、準は全部わかった上でクリスマスを届けてくれたのだと思った。
中学の途中から殆ど話さなくなったのに準は昔の幼馴染の、
男も女も無かった頃の親友だった時と同じように接してくれたのだ。
準はきっと私が元気が無くなっている事を察して、そして今日私を助けに来てくれたのだ。

準が帰ってひとしきり目を擦った後、テレビをつけるとまだ野球の試合をやっていた。
いつのまにか広島が追い上げられていてスコアは7対6、イニングは9回の裏。
しかも場面は巨人の逆転サヨナラの大チャンスだった。
案の定、リリーフピッチャーが打ち込まれたらしい。
1アウトでランナーは2塁と3塁にいて巨人のバッターは
やたらとホームランをかっとばす今年入ってきた外人選手だった。
自信たっぷりにバッターボックスでバットを振り回していて、
マウンドではなんだか自信のなさげなリリーフピッチャーが一生懸命キャッチャーのサインに首を振っている。
なんだ、どうせなら結果を見ていけば良かったのに。
準がいたらきっと大騒ぎしながら広島のリリーフエースの悪口を言っただろうと思って
私は目を擦りながらくすくすと少し笑った。

「津田がいればなあ。」
さっきも言っていたこれは彼の口癖で、小学生の時津田が病気で死んで以来
広島がリリーフに失敗する度に随分と準の口から聞かされた。
小学校6年生の時、生きていたとしたってもう引退しているよ。
そう私が言った時、準はでもさと言いながらこう言った。
「でもきっと広島が負けそうになったら津田は出てきて抑えてくれるよ。
 だって津田は150Kmの球が投げられるんだぜ?誰も打てやしないよ。」

今なら準はなんて言うだろうと私は思った。
多分だけれど、きっと同じような事を言うに違いない。
幼い頃や辛い時に与えられた印象というのは強烈で、一生忘れないものなのかもしれない。

もうすぐ試合は終わるだろうけれどなんだか酷く疲れていたし、
そんなに結果に興味を持てなかったから私はテレビを消した。
今日は巨人の負けでもいいやと思った。
津田は出てこないだろうけれど、たまには広島が勝ったって良い。
歯を磨いてからベッドにもぐりこんで、目を瞑って私は眠りに落ちた。

そして私はその日だけじゃなくてその後ずっと、退院するまで変な夢を見る事は無かった。


打ちのめされて、疲れはてて何もかもが心に重かった時に、
準はただそこでぼうっとして何もできなかった私の側に来てくれた。
それも多分、幼い頃と同じようなただの友情から。
だから私は次に同じような大変な事があった時、
その時にも準にそばにいて欲しいと思っている。
彼がそうなった時、私も彼のそういうものになっていたい。
勿論こんな目に遭うのも遭われるのも2度とゴメンだけれど。

私が準を好きになった理由?
その理由は単純で、根拠が無くて、そしてくだらないものだ。
準が広島が負けそうになる度に思う事と同じ事。
9回裏まで頑張って、それでも負けそうになったら津田が出てきて剛速球で相手を三振に取ってくれるのだ。

準はきっと次に私が打ちのめされそうになった時も助けに来てくれる。
来てくれなくたって私はそう思って頑張れる。

そう、何の根拠もないただそれだけの事。
それが私が準を好きになった理由だ。

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バレンタインで連載したものです。5話目後半。 次回最終回。
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by obtaining | 2008-03-20 16:20 | document

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