[おやすみ] *5の前半

[おやすみ] *5の前半

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東山馳中学校の歴史(女子バスケットボール部)
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須永和加葉と山下準が中学生だった時、東山馳中学校に山口美津子という体育教諭がいた。
彼女は須永和加葉と山下準が入学した当時、赴任して5年目の27歳の若い教諭だった。
東山馳中学校では彼女が赴任した当初、
世間では折りしも少年漫画誌でバスケットボールを取り扱った漫画が大ヒットを飛ばしていた為
彼女が高校生の頃には考えられなかったような人数がバスケットボール部に入部しており、
1人の顧問ではとても賄い切れない状態となっていた。

彼女は高校、大学時代を通じて当時まだマイナースポーツであった女子バスケットの部活に入っており、
その頃は試合に出れる5人ぎりぎりで部活をやっていた為に
現在のこの状況を嬉しく思った。
又、自身が体育の教諭でもあったから、男子バスケットボール部と女子バスケット部に分ける事を当時のバスケットボール部の顧問に提案し、
そして自分が女子バスケットボール部の顧問をする事となった。

彼女は教師になったばかりで自身がこれからの教師生活で何を為していくべきかという理想に燃えていたし、
生来真面目な性格だった。
そしてなにより彼女は試合をする為にメンバーを集める必要が無い事や
(それどころか試合に出れるメンバーを選抜する事が出来る程だった)、
生徒達自身がバスケットボールの事を知りたがり、そして上達したがっている事に感激した。

更に彼女は若く美人で生徒達と年齢が近く、女生徒達の心を掴むすべを心得ていた。
厳しい走り込みと飽く事のない永遠に続くような基礎練習を課す一方、
気さくに彼女達に語りかけ、
時には女生徒達が一番知りたがるような週末のショッピングの話題やお洒落、
そしてお化粧の仕方等も教えた。
そして彼女は何よりも生徒達にスポーツマンシップの重要さを説いた。
東山馳中学校の女子バスケットボール部の部員は試合中に審判の判断に顔を顰める事も許されなければ
口汚い野次を発する事も決して許されなかった。
彼女は正々堂々と戦う事を教え、試合の勝敗に関わらずそれが為されたと自分が考えた時に生徒達を褒めた。

1年目にはまともにボールの投げ方も判らない集団であった女子バスケットボール部は
2年目にはシュートがゴールに吸い込まれるようになり3年目には戦術を説明出来るようになった。
4年目には市内でも強豪とまでは言われないが練習試合には事欠かない程度の実力が既に付いており、
女子バスケットボール部の生徒は礼儀正しく成績も良いとの評判が地域にて噂され始めていた。

須永和加葉が東山馳中学校の女子バスケットボール部に入部したのは
そんな山口美津子が赴任してから5年目の事だった。
山口美津子は3年目以降、増え続ける女子バスケットボール部の部員を少々持て余していた。
1学年5~6人もいれば部活としては充分な人数だったが、
その頃既に女子バスケットボール部には毎年15人は入部する様になっていたからだ。
この為、学年でも背の低い方であった須永和加葉は当初山口美津子の目に留まらなかった。
レギュラーになるには明らかに身長が足りなかったし、
なにより痩せていて体力が他の子に比べて劣っていた。
運動能力測定の結果、多少足が早い事が判ったが、その程度だった。
寧ろ少し可憐過ぎるような外見からバスケットボールよりも向いているものがあるのではないかと思った位だった。
但し、練習熱心ではあった。
この為、須永和加葉は特に部活内で目立つ事無く、最初の1年間を過ごした。
この年、初めて東山馳中学校女子バスケットボール部は市大会でベスト8に入った。

山口美津子が須永和加葉に目を向けたのは須永和加葉が2年生になって直ぐの頃だった。
補欠組にたまたまさせていた反復横飛びに山口美津子がふと目をやった時、何か違和感があった。
山口美津子は指導者としては若かったが、優秀だった。
その違和感が何であるかは判らなかったが目を逸らさなかった。
最初は須永和加葉が他の生徒より小さく、その上他の目を引くほど
(将来が楽しみになるような)美人に成長しつつあるからだと思った。
しかし暫く生徒達の反復横飛びを眺め続けるうちにある事に気が付いた。
他の生徒がある段階を過ぎると上半身に下半身が付いていかなくなるのに対して
須永和加葉だけは最初から最後まで姿勢が変わらずしかも他の生徒よりスピードが速く、
そして練習後に他の生徒が倒れこむ中、平然としていたのだ。

山口美津子はそれまで声を掛け、おしゃべりをする事はあっても
バスケットの事については殆ど指導していなかった彼女を呼び、ボールを持たせた。
「あなた、ドリブルをするのとシュートをするのどっちが好き?」
須永和加葉は答えた。
「どっちも好きです!ボールを触っているのが大好きだから。」
そして山口美津子はドリブルとシュート練習とを彼女に教え始めた。
更に彼女は他の生徒に比べて腕力に劣っていた彼女に最低限の筋力を付けさせる為のトレーニングを教え、
フェイントのやり方も教えた。
彼女は飲み込みが早く、次々に技術を吸収したが、
山口美津子はある懸念と、そしてある確信を持っていた為に焦りはしなかった。

須永和加葉はレギュラーにならないまま中学2年生の1年間を過ごした。
大抵の同級生は2年生の時には試合に出るようになっていたからこれは遅い方で、
須永和加葉は自分が余り上手ではないのだと思った。
しかしバスケットボールは好きだった。
この年、初めて東山馳中学校女子バスケットボール部は市大会で3位を獲得した。

須永和加葉が初めて試合に出たのは中学3年生になってからだった。
ある練習試合の途中、山口美津子は須永和加葉を呼んでこう言った。
「ディフェンスに吹き飛ばされたら黙って立って又走りなさい。
後は練習通りにボールを取ったら、シュートをすればいいわ。」

須永和加葉ははいと答えて山口美津子の言うとおりにした。
その結果、立て続けに相手から15点をもぎ取り、
そしてその試合以降、ついに彼女はレギュラーの座を掴んだ。

彼女は彼女も知らないうちに低い背を更に低くかがめて
信じられないスピードでフェイントを掛けて相手を抜き去り、
そして高い精度でシュートを放つ選手に育っていた。
その後のどの試合でも彼女はパフォーマンスを発揮し、誰も彼女を止められなかった。
山口美津子は次々と強豪チームとの練習試合を組んだ。
決して最初から勝てそうなチームとは試合をしなかった。
この為練習試合には良く負けたが生徒達は強豪チームがどういうものかを身をもって学ぶ事が出来た。

そして須永和加葉の中学3年の最後の大会が始まった。
山口美津子は多くの練習試合の結果、須永和加葉を中心とした強固なチームを作り上げていた。
東山馳中学校女子バスケットボール部のショータイムが始まったのだ。

最初の数試合の弱小チームとの肩慣らしを終えた後、
東山馳中学校女子バスケットボール部と須永和加葉は遂に本領を発揮し始めた。

当初東山馳中学校を同格か若しくは格下と見ていた中堅チーム数校を瞬く間に屠り、
あっという間にベスト4に勝ち上がった頃にようやく他のチームは
今年の東山馳中学校が別物だと言う事を認識し始めたが
その頃には事態は最早手遅れになっていた。
あるチームの顧問は試合中に須永和加葉を2人がかりで止めろと言い、
又別のチームは須永和加葉は放っておいて他の人間に点を取られないようにしろと言ったが
どちらも残念ながら効果が無かった。

須永和加葉は2人掛かりでは止まらず、そして東山馳中学校は須永和加葉以外の選手も鍛え上げられていた。
須永和加葉を放っておいたチームは立て続けに3Pシュートを5本決められた段階で力尽きた。
東山馳中学校は決勝で岡沢西中学を破り初の市大会優勝を勝ち取っただけでなく、
県大会でも2位の成績を勝ち取った。
東山馳中学校ばかりか市役所にも県大会2位の幟が掲げられ、
女子バスケットボール部は地元のヒーローとなった。
須永和加葉はアスリートとして開花した自分の実力を今ひとつ理解していなかったが、
3年生になって試合に出られたことにほっとしており、大会でも良い結果を上げられた事に満足した。
何よりも山口先生が好きで、そしてそれにも増してバスケットボールが大好きだった。
バスケットボール以外の事など、殆ど考えた事もなかった。


須永和加葉が地元の高校に入った時、バスケットボール部は彼女を三顧の例を持って迎え入れた。
バスケットボール部だけでなく陸上部も彼女を欲しがったが、彼女は見向きもしなかった。

高校のバスケットボール部のコーチは浅野忠志という50過ぎの教師で
男子女子のバスケットボールだけでなく卓球部の顧問も務めた事があり、
スポーツの指導者としては経験豊かな教師だった。
彼はその前の年から男子バスケット部だけでなく
女子バスケットボール部のコーチも兼任するようになっていた。

丁度女子バスケットボール部の強化をしようとしていた矢先の須永和加葉の入部でもあり、
彼女の入部を彼は事の他喜んだ。
彼女は体こそ小さかったが強力なプレーヤーでその上柔らかく、
地毛が少し茶色い髪はフランス人形のようだったし、
顔立ちは少女から徐々に成長しつつある美しさが放たれていた。
これから強くなってゆくであろう女子バスケットボール部のスタープレーヤーに相応しい選手のように思えたのだ。

彼は指導に熱心であり、知識もあり生徒の事も愛していたから生徒にも人気があった。
しかし女子バスケットの指導を始めたばかりであり、
山口美津子程には須永和加葉が女子である事や体が小さい事を考慮しなかった。

彼は須永和加葉を1年の時からレギュラーにし、どの試合でも彼女を使った。
どの試合でも彼女は要求以上のパフォーマンスを発揮し、コーチである彼は狂喜乱舞した。

しかし須永和加葉はある事に気が付いていた。
中学3年の時よりも1試合1試合がきつくなっているのだ。

理由は歴然としていた。
中学3年で試合に出た時、彼女は平均より小さい身長であったが周囲の選手も中学3年生だった。
しかし高校1年で試合に出た時、彼女の相手は高校の2年生か3年生で身長で言っても10~20Cm、
体重で言えば10Kg以上離れている選手が大半だったのだ。

それでも彼女はパフォーマンスを発揮した。
背の低さをいかして相手ディフェンダーを抜き去り、シュートを決めた。

コーチが山口美津子であったなら須永和加葉を使うのを高校2年までは我慢しただろう。
彼女の身長が伸びるのを待っただろう。
須永和加葉は中学3年生からの一年間で2cm身長が伸びたし、
少年のように細かった体もスポーツのおかげで寧ろ女性らしく成長してきていたのだから。

しかし須永和加葉は成長しきる前に試合に出続け、
そのうち他のチームからマークされるようになり、
そして、必然的に事故は起こった。

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バレンタインで連載したものです。5話目 長すぎたので前半後半に分けました。
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by obtaining | 2008-03-19 23:28 | document

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