おやすみ*3_2

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店長は語る 1/31 18時35分5秒頃
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「子供の頃は皆世界が平等で、自分にだってチャンスがあると思っているもんだ。
誰だってそうだ。子供の頃だけじゃないかもしれないな。
大人になったってそうだと思う。
大人と子供が違うのは、自分がどこで平等になれるのか、
チャンスを得られるのかが判っているか判っていないかのそれだけでしかないのかもしれないな。
子供は自分がどこで平等に扱ってもらえるかを判っていないから、
色々な事に悲しんだり絶望したりするんだ。
背の低い両親を見て、自分がバスケットボールの選手にはなれないだろうと思う度に、
眼鏡を掛けている両親を見て、自分は宇宙飛行士にはなれないだろうと思う度にそう思う。

俺もそんな子供だった。
父親が早く死んで母親が仕事をしなくてはいけなかった事。
親戚もいなくてお年玉なんて貰ったためしが無かった事。
他の子供みたいにお菓子が食べられない事。
その全てが不平等だと思った。
世界は平等なはずなのに、自分にチャンスが無い事が悔しかった。」

俺が話し始めると、2人はきょとんとした顔でこちらを見た。そうだろう。
最近の子には判らないはずだ。
こんな話は。

「判らないだろう?今は兎も角、昔は不良って言うのはそういう人間がなったんだ。
俺もそういう事にいちいち絶望していたんだ。
だから俺は不良だった。
高校に行ったって金が掛かるばかりだなんて言って中学の頃から喧嘩三昧で、
結局高校には行かずそういう同じような連中と遊びまわっていた。
今で言う暴走族だ。バイクなんか買えなかったけどな。
でも直ぐに貧乏だと不良も出来ないって事に気がついた。
家があったから寝るには寝れたが遊ぶのには金がかかる。
他人からせしめるほどヤクザじゃなかったし、
泥棒をやるほど器用じゃなかったから直ぐに遊ぶ金に詰まる様になった。

で、ここで働き始めたんだ。
ここと言っても昔はほら、もっと君達がいる高校沿いの方にあった。
そうそう、あの広い道路の今はガラス工場がある所だ。
昔はそっちに店があったからな。
そこに行って住み込みで働かせてくださいとやった訳だ。」

「その頃はこのケーキ屋は曽根崎っていうオヤジがやってた小さなケーキ屋だった。
普通の小さなケーキ屋と違ったのは今みたいにやっぱりその頃も職人が5人もいて、
町のケーキ屋にしちゃ品数が豊富だったって位だった。
よその町のケーキ屋にも商品を卸していたからやっていけたんだろうな。
ま、今で言うフランチャイズなんてものの先駈けのような事をやっていた。」

「今と違ってその頃は掃除一つでもスチームクリーナーなんて便利な機械があるわけじゃない。
クリームの汚れは落ちにくくて、閉店後にショーケースのガラスを綺麗にするまでに
1時間も2時間も磨き続けるなんてのもざらだったが、始めてみれば仕事は楽しかった。
最初は遊ぶ金を作る為に働いていたのがそのうち仕事をする為に働くようになった。
不思議なもので一緒に遊んでた友達も遅かれ早かれ俺と同じような道を辿った。
働かなかった奴はヤクザになったし、
働いた奴は今でもここの商店街の中にいるかサラリーマンをやってる。
最初のうちは掃除しかやらせてもらえなかったが、
リーゼントにしてた髪は商品に髪が入らないように刈り込んだし、
小まめに手を洗うようにして、味覚の邪魔になりそうな気がしたから煙草も止めた。
曽根崎のオヤジは少しでも手を抜くとそりゃあおっかなかったが
自分の仕事にも手を抜かない人だったから辛抱の無い俺でもなんとか我慢してやっていけた。
今で言う労働基準法なんてそれこそクソ喰らえって仕事だったけど
まあ中学出が出来る仕事なんてのはどこの仕事も同じだった。そういう時代だったんだ。

でも俺が間違えて朝の仕込みの真っ最中にショーケースの中のケーキをひっくり返しちまった時は
開店の時間までオヤジも一緒になってショーケースを磨いたし、
オヤジは正月には従業員に小遣いを持たせて家に帰したし、
家が無い奴はオヤジの家でおせちを喰った。
ここはそういう店だった。」

「2年もした頃、立場的には俺の一つ上をやっていた先輩が辞めていった。
地元に親のやっている家業があってそっちを手伝うとか云う理由だったが本当のところは判らん。
実の所その先輩が辞めて俺は嬉しかったんだ。
いい先輩だったがその頃俺は掃除に飽きてきていたし、
その先輩がやっている仕込みの仕事を覚えたくてうずうずしていたからな。
それに俺は暇があるとその先輩を手伝って仕事を覚えるようにしていたし、
だから俺はその先輩の後釜に座る資格があると思ったんだ。」

「俺はオヤジのところに行った。
先輩の仕事をやらせて下さい。自分なら出来ます。ってな。
当然許可されるもんだと思ってた。
他にやる奴はいないし、俺はもう2年間も掃除だけをやってきたからだ。
しかしオヤジはこう言った。
今日から仕込みは俺がやる、それに掃除をする奴も雇った。ってな。」

「俺は言った。じゃあ俺は何をすればいいんですか?オヤジは言った。
お前は学校に行け。そう言って学校の入学案内のチラシを机の引き出しから取り出した。
丁度その時は3月で、4月からこの学校に行けとオヤジは俺にチラシを渡してそう言った。
商業学校でも専門学校でもなく普通の学校のチラシだった。
それからオヤジは金庫の所に行って、中から10万円を取り出して俺に渡してこう言った。
少ないが教科書とかノートを買う金にしろ。
足りない分はお前も少しは貯金してるだろうからそれで賄え。
それでも足りなけりゃ夜にうちでバイトをしろ。ってそう言った。
どうするんですか、この金と聞いた俺に親父はこう言った。
金はいつか返せ。ちゃんと勉強しろ。
そして勉強した後にお前がケーキ屋をやりたいと思ったら、そうしたらうちで働け。
それから最後にこう言った。
入学するには親の承諾が必要だから家に帰って母親の判子を貰って来い。」

「家に帰ってお袋に高校に行くといったらお袋は顔を覆ってしばらく泣いた。
3年間高校に通って、簿記と算盤の資格を取ってから店に行くとオヤジは俺をまた迎え入れてくれた。
今度やらされたのは掃除じゃなくて仕込みの仕事だった。
給料は月3万円で相変わらず仕事はきつかったが、
俺は毎月の給料の中から少しずつオヤジに借金を返した。
オヤジは利子は決して受け取らず、俺は結局2年半掛かって借金を全て返済した。
最後の返済の時、部屋にいるオヤジに封筒に入れた金を持っていくと
オヤジは卒業おめでとうと言って背広を作ってくれた。
オヤジは俺から利子を1円たりとも取らなかった上に、5万円もする本当に上等な背広を作ってくれた。
その頃の5万円だ。今とじゃ10倍も価値が違う頃だ。
背広が出来るとオヤジはそれを俺に着せて一緒に写真を撮った。あの写真だ。」

そう言って調理場の隅を指差す。
そこにはここに店を作ったその時からオヤジと俺が並んで写っている写真が掛けてある。
写真は一枚だけじゃなかった。
オヤジとオヤジに学校を出させてもらった奴らが一緒に写っている写真が
ここには20枚以上もある。
オヤジは立派なケーキ職人であっただけではなかった。
その生涯を通じて真っ当なケーキ職人を何十人も育て上げた人間だった。
俺の話を聞いている目の前の女の子達2人は真剣な顔で写真の方を見た。

「それからすぐ、俺は仕入れ担当になった。
俺はどこにでもそのスーツを着ていって仕事をした。
すぐにスーツはボロボロになったし、
その頃には必要であればスーツを買えるだけの経済状況になっていたが、
大事な時があると俺はいつもそれを着た。
そのスーツは何度も修繕をして、今でも箪笥の奥にしまってある。
オヤジが死んだ時、そのスーツを引っ張り出すと
女房がもっと良い服を着ていけと嫌な顔をしたが、
俺は構わず葬式に着ていった。」

「今でも思う。あの時オヤジが金庫から10万円を出してくれなかったら、
高校へ行く学費を出してくれなかったら俺はどうなっていただろうか。
もしかしたらそんなに変わらなかったかも知れん。
俺はその頃もう仕事が好きだったし、勉強は好きじゃなかった。
あの時オヤジが何もしれくれなかったとしても、
今の俺はいたのかもしれない。
でも俺は不景気の際に仕入れ業者に金が払えなくて頭を下げに行く時に
あの背広を着て行ったし、店が潰れそうになった時はその時だけじゃない。
様々な困難があって、そのどの時もあの背広を着て行った。
どんな時もあの背広は俺に勇気と力を与えてくれた。」

2人はじっと俺の顔を見ている。
つまらない話をして呆れてしまったのだろう。
こんな話をするなんて、久しぶりに若い女の子の前に出て柄にもなく慌てているのか。
昔話をするようじゃ不良も聞いて呆れるじゃないかと思いながら手を振る。

「いや、すまん。ケーキの作り方どころか説教をするようじゃいけないな。
続きを教えようか。」
そういってボウルを手に取った、と、その瞬間
目の前の髪の長い方の子がぱちぱちと手を叩いた。
「素晴らしい!面白かった。目からうろこが落ちた。人に歴史ありだな。」
もう1人の子はきちんと座ってうんうんと頷いている。
面白かった?
この子達は見た目と違って体育会系なのか?

「テクニックだけに頼ってはいけない。
そこにどんな気持ちがこめられているかが重要なのだという事だな。
まさかケーキ作りを教わりに来てこのような事を学ぶ事が出来るとは思わなかった。」

「いやそんなつもりじゃあ。」
ただ昔話をしただけだ。
年を取ると話はしたくてもどんな話をしたらいいかがわからないから、
昔話をするようになるってのは嫌になるほど自分で判っているんだけれどついやってしまう。
持ちネタがそれしかないのだ。

「いや、店主さん判っている。テクニックも大事、気持ちを込める事も大事。
どちらも過不足無く行って初めてプレゼントであるという事か。」

「小手先だけじゃ駄目って事かぁ・・・なるほどね。」

いや、別にただの昔話なんだと口を開きそうになったけれども口を閉じる事にした。
うんうん。と目の前の少女達は頷いている。

「ところで、ケーキの作り方の方なんだが」
と涼子ちゃんと呼ばれている方の子に声を掛けられて我にかえる。

「おお。おお。じゃあ続きをやろう。まずだな。まずはケーキってんはな・・・」
なんとなく気分が沸き立っている。
自分の娘ほどの年の女の子に褒められたからか。
男なんてのは単純なものだ。

今日は気を締めていかないと調子に乗って喋りすぎそうな予感がして、
俺は調理用のマスクをしっかりと被り直した。

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バレンタインで連載したものです。3話目の後半
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by obtaining | 2008-03-16 20:37 | document

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