[おやすみ] *3_1

[おやすみ] *3

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和加葉がいらいらとするそれより少し前 1/31 17時12分58秒頃
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駅前商店街の一番駅よりの位置、高校生達の溜まり場でもある
喫茶店フィッツジェリコから4件左の位置に「サウザントクリーム」はある。
客が5人も入れば一杯になる地元密着型の小さな店ではあるが、
田舎町にあるただの菓子屋と侮って貰ってはいけない。
「サウザントクリーム」は田舎町のそんじょそこらにあるただの菓子屋ではないのだ。
まず、客は店内に入るやいなや様々にデコレートされた色鮮やかな沢山のケーキに迎え入れられる事となる。
そのケーキの一つ一つは熟練の職人が腕によりを掛けた光り輝かんばかりの傑作ぞろい。
もしあなたがサウザントクリームの名を知らずにその店に入ったなら清潔な店内とその豊富なケーキの種類とその輝きにただ圧倒される事になるだろう。

サウザントクリームの売りはまずその豊富なメニューにある。

そして毎朝、禿げていて痩せていて革ジャンの似合うロブ・ハルフォード似のヤクザな店主は
店員にこう訓示を垂れる。
「ケーキとは、一人一人が持つ心の輝きを形にしたものだ。」
と。

本来であればお客様一人一人とじっくりと語り合い向き合い、
その人となりを見極めた上で最良のケーキ作る事が本来ケーキ職人に課せられた使命なのだ。
と店主は言う。
下の者にもそう思って仕事に取り組んでもらいたい。
店主のその思いが毎朝のこの訓示であり、
そして開店以来一貫としたサウザントクリームの企業姿勢でもあるのだ。

理想はお客様一人一人のオリジナルなケーキ。
しかし残念ながら理想だけでは商売は成り立たない。
成り立ったとしてもお客様一人一人用に作っていたら一つ一つのケーキの値段は驚くほど高値になり、
かつ完成までに時間も掛かり、手軽に食べられるようなものでは無くなってしまうだろう。
それでは町のケーキ屋である意味が無くなってしまうしケーキが特権階級の食べ物になってしまう。
俺達ケーキ職人にとって最も嬉しいのは地元の子供達の誕生日や楽しい事があった日に自分のケーキを口に運んで貰っていると聞いた時。
大事な人へのプレゼントに持っていくのだと、お客様が店を訪れてにこやかにそう教えてくれた時なのだと店主は思う。

だから店主は苦渋の決断の上で、できるだけ豊富な種類のケーキを
出来るだけ安い値段で提供する事を毎日自分に誓うのだという。
ケーキ職人とはそうやって課せられた使命を果たせない罪深い自分を恥じつつ
毎日店に立ち、お客様に向かい合うべきなのだ、と彼は言う。

豊富なメニューとお手ごろな価格。
他のケーキ屋には大変残念なお知らせだがサウザントクリームの[売り]はそれだけではない。
店内に足を踏み入れたあなたはきっとしばらくしてある違和感を感じるはずだ。
暫く考え、鋭い人なら店内で、普通の人なら店を出て家に帰ってからその違和感に気が付くだろう。
店内には若いカップルや女性ばかりだけではなかった事に。
仕事帰りと思われる40代の男性、高校生位の何かスポーツをやっているような体格の良い男の子、
一人で来ていると思われる初老の男性、
そんな誰かがいや時によっては複数のそんな普通のケーキ屋では見られないお客様が
サウザントクリームには訪れてくれる。

これもサウザントクリームのモットーだ。

毎夕、店主は店員にこう訓示を垂れる。
「ケーキとは女性だけが楽しむべきものではない。
男性にだって、いや性差なんて関係ない。
全ての人に楽しんで貰えるものであり、
ケーキ職人はそれを目指すべきなのだ。」
と。

常日頃自らをフェミニストと自負し、女子供は男がしっかりと守るべきだと
ジェンダーフリー論者とは一線を画す発言を隠さない店主だが、
ことケーキに関してはジェンダーフリー論を強行に唱える。
毎月10日はメンズデーと題して店主お勧めケーキの半額セールを男性客のみに対して行うし
(15日は女性が半額になる)、ビターな味わいの男性用ケーキにも力を入れる。
ケーキ職人とは全ての人に愛されるケーキを作るべきだ。
ケーキ屋とはこれも食べたい、あれも食べたいと何を食べようか迷ってしまう、そんな場所であるべきだ。
その思いが毎夕のこの訓示となる。

そんな店主にとって1月の終盤から2月の中盤、
つまりバレンタインデー前のこの時期は一年で最も仕事に力の入る時期だ。
女性も男性もチョコレートを楽しむ日。
店主はバレンタインデーとは人類が作り上げた最も偉大な記念日であると語る。
日本人の大多数と同じく、宗教に興味を持たない店主だが、
事バレンタインに関してはキリスト教とついでにチョコレートを送るという風習を根付かせた
日本のとあるお菓子メーカーへの賛辞を惜しむつもりはない。

店主は言う。
女性から男性へプレゼントを送る。
これだけでも胸のときめく一大事であるのにそれに加えて送るものがチョコレートである。
送る側の女性にとっても日頃自分達が親しんでいるチョコレートである。
好ましく思っている男性に何を送ろうか、
日頃感謝や愛情の気持ちを伝える事もない家族にどんなチョコレートをあげようか、
その力の入れようたるもの想像に難くない。
送られる男にとっても同じ事が言える。
日頃は口にしないチョコレートを女性が胸に秘めた気持ちと共に受け取って悪い気のしよう筈がない。

チョコレート嫌いなんだよなあなどと口で言ってはいても男とは家で1人、
チョコレートを口に放り込みながら口元を綻ばせるものなのだ。
その口中に蕩ける味覚はその女性から向けられた気持ちと同じようなそう、甘みである。
それを味わいながらお返しは何にしようか、どうお礼を言おうか、どうやって喜ばせてやろうか。
そう考える時間は日頃の疲れを癒し、悩みを吹き飛ばし、心を浮き立たせ明日への活力となるだろう。

いや、明日の活力だけではない。
人によってはその後の人生を変えるようなそんな出会いの、喜びの一つにだってなれるかもしれない。
そんな人生の大イベントが毎年一日必ず、記念日として訪れるのだ。
それを素晴らしいと言わずして何と言うのか。
店主はそんな記念日に関われるチョコレートを誇りに思い、
そして自分の作るケーキがそんな想いを伝えたい人達、
想いを告げられた人達のほんの少しの後押しが自分に出来ればと常に願って止まない。

毎年1月末に行われる【バレンタインデーに向けてサウザントクリームのプロの味を学ぼう!】講習会は店主のそんな気持ちの一つの表れだ。
採算度外視のこの講習会は5年前からスタートした、サウザントクリームのお客様サービス企画だ。

実は店主がこれを思い付いたのはお客様とケーキ職人達のある態度からだった。
バレンタインデーの時期にチョコレートを買っていくお客様に「私は料理が下手だから」とか
「ケーキなんて作った事が無いから」等と言い訳をするように買って行くお客様が多かった事、
そしてどんなコンセプトでケーキを作っていくべきかをケーキ職人達と喧々諤々の打合せをしていた最中の
若いケーキ職人達の顔が紅潮し、
どんなケーキを貰ったら嬉しいかを真剣に論じ合っている事、これらを見て店主は閃いた。

送る側も嬉しい、送られる側も嬉しい。
俺達はそんな素敵なイベントに参加できる喜びを噛み締めていたがそれだけで満足していて良いのか。
バレンタインデーはそれだけではないのじゃないか。
作る楽しみ、そんなものもあるのじゃないか。

もしかしたら作りたくてもノウハウが無い、
そんな理由で心を込めて作りたい何かを諦めている人がいるんじゃないか。
そんな人がいる時、そのノウハウを持っている俺達が楽しみを独占していて良いのかと。

そんな気持ちで始めた【バレンタインデーに向けてサウザントクリームのプロの味を学ぼう!】だったからこそ、
今日のお客様は店主にとって嬉しかった。

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目の前では目の覚めるような美少女2人が真剣な顔をして店主の話に聞き入っている。

「じゃあ、まずはチョコレートの溶かし方から教えようか。」

「はい。」
実に真剣だ。最近の高校生は授業を聞かないと聞くが、
こんな風に授業を聞いてくれる生徒なら学校の先生もきっとやりがいがあるのだろうと店主は思った。

無論、主婦のお客様が来てくださるのも嬉しい。
サウザントクリームはお客様を選ばない。
しかし今の若者は気力が無いだとか、料理をしなくなっているとかそういう風潮の中、
何が目的でも良い。
誰かに何かをしてあげる為に学びに来ようという態度が良い。
今日の【バレンタインデーに向けてサウザントクリームのプロの味を学ぼう!】は高校生2人だけの参加ではあったが、
店主はなんとなく嬉しかった。

「和加葉ちゃん。ちょっと火が強すぎるんじゃないか?」

「え、嘘?そうかな。うわうわうわ焦げちゃうかも。」
店主の言葉どおりに動きつつも2人は実に楽しそうに鍋にチョコレートを乗せている。

仲良さそうに楽しくやっているが、
不思議なものでどうもこの2人は同じ高校の簡単な知り合い程度の関係らしい。
2人とも別々に申し込んで来たし、お互いが顔を合わせたなり
ストレートの髪の毛の涼子と言う子はほほうと感心したような顔をし、
和加葉という子はしまったと言う顔をしていた。
示し合わせてきたのでは無い事は明白だが、すぐに仲良く喋りだす辺りは若い女の子だ。

きっと好きな男の子にでもあげる為の練習に来たのだろう。
それとも女の子同士で食べる為だろうか。
最近の高校生はどうなのだろうか、
好きな男の子にあげるような事をするのだろうか。
男の子はチョコレートをもらえるかどうか、胸をときめかせたりするのだろうか。

チョコレートを溶かしながらなにやら楽しそうに話している2人を見ながら店主はそう思った。
誰にあげるのか判らないが実に楽しそうじゃないか。
【バレンタインデーに向けてサウザントクリームのプロの味を学ぼう!】を始めて良かった。
目の前で楽しそうにしている2人を見ながら改めて店主は改めてそう思った。

@@

「涼子ちゃんがそんなに楽しそうな顔するの私、初めてみた。」
しゃかしゃかとメレンゲを泡立てながら涼子ちゃんに声を掛ける。
驚きである。
クラスメイトとして話す事は時たまあったが、
部活にかまけててクラスメイトとそんなに遊んだ事は無かったから
涼子ちゃんに持っている印象は教室の中で見た真面目そうな印象でしかない。
こんなキャラクターだったのだろうか。
男子にも女子にも(特に男子に)人気の彼女だが
男子と親しげに話しているところは見た事が無い。
女子と話していても楽しそうにはするけれどはしゃいだりする事も無く
どちらかというとクールな子なのかなという印象を今までは持っていた。
まさかケーキ教室で会うだなんて思った事も無かった。
まあケーキ教室で会いそうも無い子、
なんてのはバスケに狂ってた私にも言えることかもしれないけれど。

「当たり前じゃないか。私だって女の子だ。」
和加葉ちゃんは私を何だと思っていたんだ。
と涼子ちゃんもしゃかしゃかと実に楽しそうにかき混ぜながらは驚いたようにそう返してきた。

「甘いものは好きだし恋物語だって読む。
 男の子にチョコレートをあげるとなって張り切らない訳が無いじゃないか。」

「ええええ?男の子にあげるの?」
思わず驚いて声を上げる。
てっきり家族とかかと思った。そんな相手がいるのか。

「当たり前じゃないか・・・」
和加葉ちゃんは私を本当に何だと思っているんだ?といいながら涼子ちゃんは溜息をつく。

「しかし、ま、確かにこういうのをあげるのは初めてなんだ。
 何が好きなのかとかそもそも甘いものを食べるのかどうかも良く判らない。」
ま、なんか甘いものは好きそうなんだが。
と言いながら涼子ちゃんは困ったように目を伏せた。
悩んでいる風情も色っぽくて絵になる。
んん。ずるい。

「本命チョコ?」

「・・・うん。」

「付き合ってるの?」

「付き合ってはいない。好きかどうかもわからないのだが、多分好きなのだと思う。」

おおおおおおお。
意外な話の成り行きに胸がどきどきとする。
多分だが私は今非常に重要な情報を得ているような気がする。
スキャンダルを目前にしたジャーナリストの気分とはこういうものだろうか。
多分、今私は非常に珍しい場面に出くわしているのだ。

「だから何をあげていいのか判らないんだ。
 黒いチョコレートよりホワイトチョコレートの方がこう、明るい色で良いんじゃないかな。
 でもホワイトチョコレートは好き嫌いがあるみたいだし。
 とか考えていたら何が良いのか判らなくなってしまった。」
それでせめてまともな物を作れるようにと思ってケーキ教室に来たんだが。と涼子ちゃんは言った。

彼女にチョコレートを貰うという名誉をだれが受けるのかは判らないが、少なくともこれだけは言える。
多分その貰う人は舞い上がってしまってチョコレートの種類なんか絶対に気にしないだろう。
無論味も。

「店長はどっちがおすすめですか?」
先ほどから気持ち悪いほど機嫌の良さそうな店長に振ってみる。
スキンヘッドに鋭い眼光のまるでヤクザな店長だが
機嫌よさげにこちらを見る視線は何とはなしに可愛い。

「俺か?俺は喰うならホワイトチョコレートよりはビターだな。」
私達の話を聞いていたのだろう。そう言うと店長は即座に答えてきた。
私達の話を聞いていたのか。
いやらしい店長だ。

「うーん。匠君はどっちなんだ。
 だいたいチョコレートよりCDとかの方が喜ぶかもしれないし。」
涼子ちゃんに視線を移す。
ほほう。相手は匠君というのか。
クラスメイトではない事は確定した。
それと共に心の中にちょっとだけあった不安感は消え去った。
私と涼子ちゃんはライバルではない。という馬鹿みたいな安心だが。
それにしても匠君。か。
他のクラスにいたかな。としばし考える。
たぶんいない。他の学校だろうか。

「和加葉ちゃんはどうするんだ?どんなのにするんだ?」

「え?あ、ああ、私のは何だっていいの。家族のと一緒にされて食べられるだけだし。」
私に振られるのは困るので慌てて手を振る。
私のほうこそ知られる訳には行かない。
どうせ馬鹿にされてしまうに違いないのだ。
誰かに言うつもりも気づかれるつもりも無かった。
涼子ちゃんは暫く私の言っている意味を考えるようなしぐさをした。
と、その隙を突いたように又店長が口を挟んできた。

「プレゼントなんて何だっていいんだよ。何をあげるかじゃない。
そこに何を込めるかなんだからな。」

む、と私と涼子ちゃんは店長の方を向く。
私も少しひっかかった。プレゼントとはどう喜んでもらえるものを送るかではないのか。
何だっていいって事はないだろう。

「自己満足ではいけないと思う。相手が喜ぶものをチョイスすべきだ。」
「じゃあ、店長はどんなプレゼントを貰った時が一番嬉しかったんですか?」
2人でほぼ同時にそういうと店長は驚いた顔をした。
そしてスキンヘッドの頭をぼりぼりとかいて暫く考えた後、にやりと笑った。

「俺か、俺はなあ・・・金かな。お金を貰った時が一番嬉しかった。」
そう言ってカカカと笑う。
それを聞いた私と涼子ちゃんは呆れたように溜息を吐いた。

「私達は、真面目に話してるのに・・・これだから男の人は・・・」
「匠君はお金は喜ばなさそうだ・・」
2人して同時にそう言うと、店長はにやりと笑う。

「そうだな。そう思うだろう。何をあげたら良いか、喜んでもらえるかって。
ま、それは重要なんだ。重要なんだけどな。
でもな、プレゼントって言うのは実は本当は何をあげるかじゃないんだ。
何を思ってあげるか、貰う方がそこにどんな気持ちが込められているかを理解できるか、
それがあるか無いかで全然違うんだな。
何をあげるかなんてのはプレゼントの本質としては2の次、3の次だ。
お金なんてって思うだろう?
俺はその時、本当に嬉しかったんだよ。あんな嬉しかったプレゼントは無かったんだ。」

と、店長さんはそう言って、机に肘を乗せるとゆっくりと話し始めた。

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バレンタインで連載したものです。3話目の前半
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by obtaining | 2008-03-16 01:08 | document

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