おやすみ *2

[おやすみ] *2

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まあ、和加葉の言う事も判らないではない。

そうなのだ。今日までの俺は今の俺とは違ったのだから。
正確には今日の12時25分23秒あたりまでの山下準18歳と今の俺とは。
前の俺にとってバレンタインデーなんてものは他の様々な恋人イベントと同様、
まるで人生に関係ないイベントの一つでしかなかった。
もてない男の常として。

もう一度言う。今日まではだ。
正確には今日の12時25分23秒あたりまでの俺はそんな奴だった。

それまでバレンタインデーっていうのは無駄に親戚が多い俺にとっては
母さんと、ばあちゃんと親戚のおばちゃんからで3つと、
従兄弟の女の子から2つと、それから幼馴染の和加葉から1個。
毎年毎年必ず6個のチョコレートが手渡されるか送られてくるっていう
どっちかっていうとお年玉だとか、 お歳暮なんかに近い内向きで、家庭内の行事だった。

別段他人を羨む事も恨む事もないけれど関係ないものは関係ない。
期待に浮かれているクラスの男達を見て、なんとなく白けるような、
かと言って参加できない自分を恥じる訳でもないんだけど、
かと言って胸も張れないようなそんな何ともいえない気分になる日という位のものだ。

唯一親戚でも家族でもない和加葉は唯一の例外となるのだろうが
それも幼馴染っていうだけの理由だ。
恋愛感情からくるものじゃないのならそんなものは家族から貰うものと一緒だ。
そんなものもうくれなくても良い様なものだが
和加葉は意外と無頓着な所があるから子供の頃の習慣のままに寄越してくれている。
未だに名前で呼んでくるのも子供の頃からの習慣事だ。

しかし大体幼馴染なんてのはこの年になると恥ずかしいもので
こういう恥ずかしさってのは家族に対する恥ずかしさと全く一緒だ。
家族と違うのはこちとら校内でも指折りのもてない男で、
和加葉は人気があるから毎年毎年俺にチョコレートを渡しにくる姿を
事情を知らないクラスメイトは目を丸くして見るって事くらいだ。

そして聞かれる。何故だと。 お前がなぜ和加葉ちゃんからチョコレートを貰うのだと。
少し面白い気もするが、結局説明はめんどくさいし、
しかも説明したら説明したで質問した奴は至極納得した顔をしやがる。

それがなんだか気に喰わない。
何故にあいつが上で俺が下みたいな目で見られるのか。

まあ、そんな訳で俺にとっちゃバレンタインなんてのは
当日蓋が開くまでわからない、なんてそんなドキドキするイベントではなくて、
毎年毎年ものすごく予定調和な一日となる。しかも不愉快な視線付きときたものだ。
今年もそうなるに決まっている。
そう思っていた。
期待も出来ず、いつも通り和加葉からチョコレートを貰って、
そして事情を知らない奴に驚いた顔で問い詰められ、
そして馬鹿にされたような顔で立ち去られるのだ。

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2/8 12時25分23秒
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まあ、そう。その話。
今日の昼休みの話だ。
いつも通り校内放送からは苛立たしい能天気なjpopなんかが流れていた訳だ。
昼休みの度に思うが、もうちょっとセンスの良いロックなんかを流せないものか。
ZEPとか。
と、これまたいつも通り椅子に座り込んでぼけっと黒板を眺め、
そんな事をつらつらと思っていたら後ろから肩を叩かれたのだ。

「山下くん。」
「はあ?。」
その瞬間、俺はびっくりして声が裏返った。
後ろの席には岸涼子が座っており、
肩を叩かれると同時に呼びかけてきたその声は岸涼子のものだったからだ。
岸涼子から声を掛けられたのは高校3年も終盤になって始めてだった。
まあ3年も終盤になって碌に話もしたこともない奴なんてのは沢山いる訳だけれど岸涼子ときたら話は別だ。
ペットボトルのお茶をがぶ飲みしたばかりだったというのに
驚きのあまり口の中が一瞬でカラカラになって 俺はごくりと唾を鳴らしながら振り返った。

いきなりなんだ。という思いが顔に出ていたのかもしれない。
岸涼子は俺の反応に驚いたように目を丸めた。
そしてごめんというように片手を上げて口を開いた。
「・・・ごめんなさい。驚かせたかな。」
「・・・いや。そんな事ないけど。」
そう。と頷くと岸涼子は俺の目を見つめてこう続けた。

「ん。仕切りなおそう。んん。つかぬ事を聞くのだけれど、
 山下君はチョコレートとか、甘いものは好きなのかな?」

一瞬固まる。
めったに喋らない女の子から聞かれる事にしては非常に珍しい種類の話だし、 今日は2月の8日だ。
その上、何度も言うが相手は岸涼子だ。

岸涼子と言えば図書委員でお嬢様然としていて口調は固いが立ち居振る舞いは柔らかく、
髪は黒く艶めいていて長くそれが又良く似合いスタイルも良く、
その上成績は常に上位を保ち続けているという、岸涼子だ。

見た目を簡単に言うと時代劇で言う花魁とか明治時代で言う良家の子女風味なんていう
形容詞が似合いそうな雰囲気を振りまいているあの岸涼子だ。
花魁と良家の子女では相反しているかもしれないが
婀娜っぽくてかつ真面目そうな所なんかはそう形容するしかない。

無論男子からの評判も非常に良い。
うちのクラスでは岸涼子トップで須永和加葉、
箕郷京子が2番手を争うとの女子ランキングは完全に不動である。

箕郷京子にサッカー部の彼氏がおり、和加葉がバスケに狂っていた以上
現状の未来の理想のお嫁さん候補No1は岸涼子独走状態である。
狙っている身の程知らずは多いと聞く。
しかし大そう声を掛けられているであろうその割には浮いた話一つなく、
高校2年の時には告白してきた野球部のキャプテンに
「スポーツマンよりもロックンローラーの方が私は好きだな。」
などと言い放ったという曰くつきの人物でもある。
野球部のキャプテンも折角告白したのにこんな事を言われたんじゃ形無しだ。
あの時は随分と噂になった。

しかし可愛けりゃ何だって許される我等の年頃。
そんな事位では皆、へこたれない。
そこら辺の伝説は寧ろ程よい障害とみなされ、
彼女は一部の男子には陰で姐さんとも姉御とも呼ばれ、
もはや崇拝の対象ともなっている。

最近では高校1、2年の頃の怖いくらいの凛とした感じも薄れ、
柔らかい物腰の方に磨きがかかったなどの噂もあり、
それもまた何故かと色々な憶測を男子の中で呼んでいたりと、
まあそんなこんな含めて男子が寄って集まりゃあ噂にされる女の子って奴だ。

その岸涼子がじっとこちらを見据えながら俺にチョコレートについて質問してきたという訳だ。
しかも何だか心なしか彼女の頬も紅く染まっている気もしないでもない。
指先も震えているんじゃないか。
少し汗もかいているみたいだ。
ちょっと乱れた髪の毛が幾筋か張り付いている真っ白な首元が眩しい。
そして俺は高鳴る胸を抑え、口を開いた訳だ。

「・・・まあ甘いものは結構好きだけど。」
話すだけで緊張する相手だ。1語1語慎重に言葉を選ぶ。

「そうか。それは良かった。山下君は白いのと黒いのとどっちが好きなのかな?」
うんと頷きながら岸涼子は真剣な顔で質問を続ける。


「白いのと黒いの?」

「ホワイトチョコレートと普通のチョコレートだ。」
何度でも言うが、今日は2月8日だ。2月14日の6日前だ。岸涼子である。
俺は山下準だ。いやいやいやいや。
いや、考えるな。今は心を集中して質問に答える時だ。
そう考えながら言葉を発していく。口が勝手に動いていく。
今話している自分が自分ではないような気がする。

「ん?んん。そ、そうだな。ホワイトチョコレートが好きかな。
口当たりがまろやかな所とかな。」
ビターなのも好きだけど俺は甘党だから。

「口当たりがまろやか?」

「う、あ、ああ。」
そう答えると岸涼子はぽんと手を叩いて嬉しそうな顔をした。

「そうか!そういう視点もあるんだな!山下君はホワイトチョコレートが好きなのか!
とても参考になった。うん。ありがとう。」

そう言って目が糸になるように細めてにっこりととろけるような笑顔をこちらに向けたあと、
岸涼子は彩りばかりを考えても駄目だな。やはり味わいも考慮しなければ。
などとぶつぶつと呟きながらノートを開いて何やらメモをし始めた。

その瞬間、その笑顔を見た俺は自分の身に奇跡が起きた事が信じられなくて完全に固まった。
あんな笑顔の岸涼子を見たことがあるか?
あの笑顔を見た男子がこの学年にいるか?
俺にはいるとは、いたとは思えなかったからだ。
背筋を電流が走ったとはよく言ったものだ。
確かにその時、俺の背筋には電流が走った。

そうだ。
そういう事な訳だ。
いくら鈍い俺でも判るっていうものだ。
つまりそういう事だ。
岸涼子は俺の事が好きなのであろう。
全っ然気が付かなかった。不覚であった。

そういえば、とはたと気が付く。
これまでも教室で何度か和加葉と話している時に
岸涼子がじっと俺と和加葉の事を見て何事かを考えるような仕草をしていた事があった。
あの時はなんだろうと思ったものだが今判った。

嫉妬だ。あれは嫉妬だ。
俺と和加葉の関係を勘違いしたのだ。
何故その時気が付けなかったのか。
和加葉と俺は幼馴染だし、和加葉は昔通り遠慮のしない話し方をするから
もしかしたら他人には必要以上に親しげに見えたのかもしれない。

岸涼子がそんな俺と和加葉を見てどう思ったか。
きっと俺と和加葉が付き合っているのだと思い込み、
密かにDはあるという噂のその胸を痛めたに違いない。
岸涼子の事だ。そんな気持ちを表に出す事をはしたない事だと考え、
できるだけさりげなく何かを考えるようなそぶりをして誤魔化したのに違いない。
そうか。そうだったのか。全てが腑に落ちる。
しかし今までそんな事にも気が付かなかっただなんて、俺は大馬鹿者だ。
自分の愚かさ、鈍さに歯噛みをしたい気分だ。
思わず膝を叩く。

「山下君、どうかしたのか?」
岸涼子がノートから顔を上げ、不思議そうな顔でこちらに問いかけてくる。
そこでやっと俺はずっと自分が岸涼子の顔を見つめながら
考え事をしていた事に気が付いて慌てて前を向いた。

ちなみに岸涼子は名前の通り声が涼やかでつまり、周囲に良く通る。
当然さぞ興味深かったであろう今の俺と岸涼子の会話はクラス中に聞こえていたらしく
前を向くと全男子が俺の方、というか岸涼子さんの方を見ているのに気が付いた。

その視線は険しさというよりも
広島東洋カープマスコットキャラクターのスライリーを見て興奮している
広島ファンの女子高生の女の子を、
野球に興味の無い人が見たような目で見ている。
「キャー!カワイイー!スライリー!キャー!!」
え?嘘だろ。あれ、汚くねえ?汚いよな。カワイイってのは目が大きかったり、
動きがコミカルだったりするものを言うんであって、
ジプシーみたいな汚いぼろ布をぶら下げてのそのそ歩くあれはカワイクないよな。
どうみても。
なんであんなキャーキャー言ってんの?マジで?マジで言ってんの?
という視線で。

あちこちで
え、嘘?ちが、違うよな。馬鹿!落ち着け。
大丈夫大丈夫。お前顔色悪いぞ。大丈夫か?
大丈夫だから。な。勘違いだから。ほら座れよ馬鹿。
泣くなって馬鹿。お前が泣いてるの見てたらお前、お前俺だって悲しくなってくるじゃねえかよ。
な。 ほら。ああ・・ああ、ゴメン。ビックリしただけだから。
ハ、ハンカチ悪いな・・・洗って返すからさ。
ばっか野郎ダチじゃねえかよ俺達。気にすんなよそんな事よ。

といった感じの会話が繰り広げられている。
まあもはや、既に俺にはそんなものは関係ない。
ふっと鼻で笑い飛ばす程度の余裕があった。
放っておけという話だ。
地味でもいい。帰宅部でもいい。
実直に正しく生きていれば、幸せは必ずやってくるのだ。
スライリーだってキャアキャア言われるのだ。
俺だって言われてもおかしくは無いのだ。

そんな一種異常なクラスの雰囲気の中、後ろの席では岸涼子はしきりとメモを書きなぐり、
俺は残りの昼休みの時間、やたらと愛だの夢だの語っているjpopを流すいつもの校内放送を
とても穏やかな顔で頷きながら聞き入り、
その後、俺は一日中にやけ顔が止まらず、
放課後帰り際に何故だか和加葉が怒りの表情で一緒に帰ることを告げてきた訳だ。

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バレンタインで連載したものです。2回目
  
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by obtaining | 2008-03-13 21:11 | document

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