スタンドアップ シスター 後編


<スタンドアップ シスター 後編>

「ああもう、話が進まないな。茉莉ちゃんだ。」
「は?」

「君の幼馴染の鍋島茉莉ちゃんだ。」
「はあ。」

実家の近所に住んでいる女の子だ。
少々勝気なところがあるけれど、かわいいし賢い、小さいころは良く遊んでいたのでなんだか良く出来た妹のような感じに俺は思っている。 この前涼子さんと実家の方に遊びに行ったときに一度会っているので涼子さんも茉莉の事は知っている。
が、それがどうかしたのか。

「それが何か。」

「うちの大学に受かったらしい。」
「嘘?」

自分で言うのも何だがうちの大学はちょいと難しい。
涼子さんが受かった時は才能と不断の努力の結果と称えられ、俺が受かった時は奇跡が起こったと長く語り継がれたそうな。

「嘘など言わない。」
「はあ。それにしてもなんで涼子さんがそんな事知ってるの?」
本来ならうちの親経由で俺にまず伝わりそうなもんなのだが。
と思いつつそう言うと、涼子さんはテーブルに肘をつきながら3時のデザートである手元の巨峰をひょいと口の中に放り込んだ。



「昨日家に来た。」
「は?」

「合格が決まったその足で昨日ここに来て、匠君をくれという趣旨の話をして行った、」
「は?」

「最初は緊張していて何の話なのかと思ったのだけどな。匠君を呼ぼうかと言ったら首を振るし。 ぼうと座っててもあれだから一緒に料理をしようと言って料理をしていたら 緊張もほぐれたのかぽつぽつと話し始めた。」

「はあ。」

「茉莉ちゃんは吹奏楽部だそうだな。」
「そういえばホルンやってるとか言ってた。」
「つまりはそういう事だ。」
ぽんと膝を叩く。

「あ、さっきの話か。え?その先輩って茉莉の事??そこに何故俺が?」
「まあ聞くといい。」
と言って涼子さんは座りなおした。お茶をくぴりと一口飲むと、もう一粒巨峰を口の中に放り込む。


「彼女はな、なんでも友達の恋を成就させる手伝いをした時に自分の初恋に気がついたそうだ。
ちょうどあれだ。私と匠君が実家に行って始めて私が茉莉ちゃんと会っただろう。その頃だ。」

「へえ。茉莉って案外と奥手だったんだな。」
ずいぶんと大人びていたから彼氏の一人や二人位いるのかと思っていた。

「…まあそうも言えるかも知れないが、ずっと一人の人を好きだったから
好きという感情に気がつかなかっただけかもしれないな。」
そう言うと涼子さんはじろりと俺を睨む。

「はあ。」
俺に何の関係が。
「しかし、彼女は自分のそういう感情に自信がもてなかった。その時好きかもしれないと思った人が物理的に近くにいなかったからだな。彼女は疑問を胸に抱きつつ、私はその人が好きなのだと心に強く思い続けていたとそういうわけだ。彼女は可愛らしいからな。異性からの誘いも多かったようだが、それも全て断り続けていたようだ。」

そこでもうひとつ巨峰を口に放り込み、もむもむと口を動かしながら涼子さんは続けた。

「まあそういったあやふやな気持ちというものは普通時と共に薄れていくものなのかもしれない。特に彼女のように人気のある子なら尚更だ。しかし、彼女は思い込みの強さと共に、思い込みを具現化させてしまう根性も持っていた。匠君は勝気なところがあると言ったがたしかにその様だ。彼女がその気持ちに気づいたのは一年程前だったそうだが、彼女はその気持ちにけりをつけるには彼の傍に行かなくてはならないと考え、それを実行に移した。
つまり東京にある、好きな人が通っている大学に行くことにしたのだ。」

「はあ。」
いくら俺でもそろそろからくりが読めてきた。


「しかし涼子さん、確かに茉莉とは幼馴染だけどそういった感情とはちょっと違」
「言い訳は後で聞く。」
「いえ、言い訳では」
「匠君がどのような粉をかけたかは後で聞くとして続きがある。誰譲りか判らないが、土壇場でメキメキと偏差値を伸ばした彼女に地元の教育大学でもと考えていた両親も教師も狂喜乱舞した。結果、彼女は東京に出てうちの大学を受ける事となった。」

「うん。」
「受験そのものは首尾よく終えた。合否は兎も角、全力を出しきったと彼女は思ったそうだ。 しかし落とし穴はその後待っていた。」
落とし穴かどうかはわからないが、と涼子さんは続けた。

「うちの大学からの合否結果が出る前、彼女が可愛がっており、そして彼女の事を慕っていた後輩が彼女の事を呼び出したのだ。それはそれは情熱を込めた見事な告白だったそうだ。」

涼子さんはぽんぽんと巨峰を口に放り込む。


「確かに彼女にとって意外な成り行きではあったそうだが、彼女はその後輩の好意には気がついていたらしい。そんな事もあるかなとは思っていたそうだ。しかし彼女は彼の告白に自分で考えていたよりも動揺した。さもありなん。そんなふうに男性からの数年越しの恋心を実直にぶつけられて悪い気のする女性がいる訳がない。と、彼女に言った私に彼女は首を振った。何故だと思う?」

首を振る俺に涼子さんは続けた。

「他の人からも告白らしきものをされたことは何度もあったらしいが、彼女は心を動かされなかった。それなのにその後輩に告白された時、彼女はひどく動揺したそうだ。そして今まではそんなに意識していなかったのが、その後はその後輩のことを良く考えるようになったと。それはいい。が、問題があった。その後輩に感じるようになった気持ちは匠君への気持ちとは全然違うく感じられるというのだ。」

「自分がだらしのない女なのではないかと彼女は悩んだそうだ。もし匠君へ感じていた思いが消え、同じような思いを後輩へ感じ始めたのならわかる。それなら残念だけれど自分は心変わりしてしまったのだと思える。しかしそうではない。自分は二人の人を同時に好きになってしまったのかもしれないと。匠君の事を好きなのに、告白の一つでそれが揺らいでしまうほど自分の心とは弱いものだったのかと。」

「そして彼女は、東京に来ようと思ったときと同じく、一つ決心を固めた訳だ。もし合格してたらうじうじと考え込まず、匠君に自分の気持ちを伝えてみようと。自分の気持ちがどうであるかをきちんと言葉にして確かめてみて、そして匠君に感じている気持ちを確認したいと。判るか、匠君?」


「はあ。」
そう言われても自分の記憶上の茉莉とその茉莉が上手く頭の中でマッチングしない。

「誤解を恐れずに言えば彼女の本質には男らしい部分があるのだろうな。匠君にはその場その場での勝気さしか見ていなかったのかもしれないが、彼女は目標に向かって障害を克服する強さとその目標に対する道筋を見つける大局観がある。」
私には欠けがちなものだな。と言いながら涼子さんは続けた。

「彼女は私にこう言った。匠兄さんに涼子さんという人がいるのは知っているし、それなのに匠兄さんに好きだと伝えようという私はきっと涼子さんに嫌われると思う。でも私は好きな人に好きだと言った事がないし、それに自分の気持ちを知る為にどうしても言わなくてはいけないような気がする。涼子さんに喧嘩を売るのは私なのだから、宣戦布告しに来たのです、と。」

賢い女の子だし、喧嘩も強そうだ。可愛いし素直だし。
言う事はないな。と涼子さんは言った。


「昨日は泊まっていくといいと言ったんだが、料理を造って一緒に食べたら新幹線があるとかで帰っていってしまった。ちなみに匠君にはこの話は内緒にしておいた方がいいかなと彼女には言ったんだけどな、彼女は頑なに私に遠慮などしなくて良いと言ってきた。私も私で好きなようにするから、涼子さんも遠慮なく私を叩き潰してくださいと、」
涼子さんは楽しそうに笑う。

「私もあんなに可愛くて賢そうなライバルは蹴落としておいた方が先々良かろうと思って
こう匠君にご注進している訳だ。」
そんな理由ではないだろう。涼子さんは涼子さんで何か判っている事があるのだ。

「まあ、あんまり心配はしていないのだけどな。」
涼子さんは最後の巨峰を摘み上げると、あーんと口の中に入れた。
「何で?」
口をもごもごさせながら涼子さんはふむ、と少し考えた。


「彼女に聞いてみた。匠君の事を考えた時と、その後輩のことを考えた時と、それぞれどういう風に思うんだ?と。」
「うん。」

「匠君の事を考えた時は、胸がドキドキしてゴロゴロと転がりたくなるような感じがするそうだ。」

涼子さんが言うのだから嘘ではないのだろう。
茉莉が言ったとは想像もつかないあからさまな言葉に顔が赤くなる。

「後輩の事を考える時は、いらいらとするらしい。頑張り屋なのに自信が無い所だとか、一緒に話していても他の男が彼女に話しかけるとすぐに何処かに行ってしまう所だとかシャキっとしていない所だとか。」

「…よく判らないんですが、それが何で?」
俺の言葉に涼子さんはん。と頷いた。
「ん。何ででもだ。」


これで話もお仕舞いだとばかりにカタンと涼子さんは立ち上がる。
お互いの空になった巨峰の皿を寄せて、剥いた巨峰の皮を手早く一つの皿に纏めた。

ま、ドラマチックな口説き文句の一つも言えない男に乙女心など判る訳はないな。
もむもむと巨峰を飲み込みながらそう言うと涼子さんは急に真顔になり、
俺の顔をじっと見ながらはあと溜息をついた。



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by obtaining | 2006-09-24 20:57 | document

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