スタンドアップ シスター 前編

<スタンドアップ シスター 前編>

高校生の時の話なんですけどね。
うん。そう。先輩に恋をした話です。
といっても僕は今も高校生な訳で、まあそう昔の話でもない訳です。当たり前ですよね。 よくあるんじゃないかな。こういう話。もてない男の。ありがちな。

まあ、少しだけ。



僕は高校に入学してすぐ吹奏楽部に入ったんですね。
吹奏楽で有名な学校ではなかったし、音楽室も狭い学校だったんですが、緑の多い敷地の広い学校だったので中庭や教室の窓を開けてのびのびと練習している風景が格好が良くって。で、まったく初心者の僕はトロンボーンをやることになったんですが、同じ金管のホルンパートの先輩にとても可愛い先輩がいたんです。

先輩は華奢で背が小さいんですが、結構大人っぽいちょっと癖のある長い髪の毛を揺らしていていて 活発で猫っぽい感じのする人で、そして良く喋る人でした。

はじめて見た時に、高校にはなんて綺麗な人がいるんだろうってドキドキしたのを覚えています。 吹奏楽部の中じゃ2年生の女子のリーダーをやっている人で、ホルンもとっても上手な先輩でした。吹奏楽部には同期の男が3人いたんですが、全員その先輩が部活の中で一番綺麗だねって噂をするような、そんな可愛くて目立つ先輩だったんです。


で、身の程知らずな事に、半年もたつうちに僕は結構真面目にその先輩の事を好きになってしまったんですね。
何でかって言うと、それには理由があってですね。

ほら、吹奏楽部っていうとなよなよしているイメージがありますけど。
でも実際は結構体育会系で礼儀作法とかルールにもうるさくて何か失敗すると3年生とかには酷く怒られたりするんですよ。

どんな事で怒られるかっていうと、一年生には色々と仕事があるんですけど、例えば合奏の前に空き教室でパート練習をやるんですが、その教室の鍵を先生に借りに行かなくちゃいけないとか、そういうルールがあるんです。

まあその場合、鍵は練習が始まる前までに取りに行かなくちゃ行けないんですが掃除とかがあるとどうしても遅れたり先生が捕まらなかったりするんですね。そういった時はそのパートの練習が始められないからすごく怒られるんです。

で、ある日僕が鍵を取りに行ったら、先生の職員会議が始まっちゃってて。
鍵が借りられなくなっちゃって途方にくれちゃったときがあったんです。

僕はそれまでは一度も鍵を借りられなかった事は無かったんで、どうして良いかもわからなくて。
で、もう練習始めてるパートは始めちゃっているし。どうしようどうしようかと思って。

怒られるのはしょうがないんですけど、職員会議が終わるまで借りられなかったらパートの全員が練習できないし。
入部して他のパートでもそんな事になった事無かったからとんでもない事になっちゃったと思って、でも皆が待ってる教室前に帰る事も出来なくて職員室の前をうろうろしていたのです。


そうやって10分ぐらいどうしようもなくパニックになっていたかな。怒られに帰ることも出来なくて。

そうしたら。
職員室の前にホルンを抱えた先輩が来たんです。てくてくと。

先輩は一人で、あれ?って感じに「仁科君どうしたの?」って聞いてきました。
一対一で話す事なんてなかったから緊張してたんですけど、もう天の助けだと思って職員会議が始まっちゃったんですって思い切って説明したんです。

そうしたら先輩は頷いて「なるほど。まかしといて。」って言って笑いかけてくると、そのまんまえいやっと職員室ドアを開けて屈んだ体勢で、職員室に入っちゃったんです。

何度か頭を下げながらいつもホルンの練習場所を貸してくれる先生のところに行って鍵を受け取った後、トロンボーンの練習場所を貸してくれる先生のところに行って頭を下げて鍵を受け取ると、屈んだ格好のまま笑いながら職員室から出てきました。

そして僕の手にぽんっと鍵を置いて「はい。鍵ゲット。」って言って渡してくれたんです。
カッコよかった。

それから先輩は一緒にトロンボーンの練習する教室まで来てくれて事情を説明してくれて、そして教室まで2人で行くその間に先輩は色々と吹奏楽部のことを教えてくれて、それから教室まで送ってくれた後、「バイバイ」って言って先輩は手を振ってにっこり笑いかけてくれたんです。


今考えてみれば先輩だっては高校2年生の女の子です。
後輩にちょっとお姉さんぶりたかったのかもしれません。

もう高校3年生になった僕はそんな風にも思います。でもですね。

その時のそれは、僕にはありえない体験だったわけです。
女の子なんて俺の事ウザがるか後は消極的に関わってくるかのどっちかですから。

僕に何かをしてくれて得意げに一生懸命話しかけたりしてくれない訳です。
それが、先輩はすげえ綺麗な人なのに僕が困ってた時、助けてくれたばかりかお礼を言う僕に
「いーよいーよ。一年生は大変だよねぇ。」とかいってそれから教室までついてきてくれて色々と親身に話をしてくれた訳です。

それから僕はもうずっと先輩の事が好きで好きでしょうがなくなった訳です。
もう本当に好きになっちゃった訳です。
もう寝ても覚めても先輩の事を考えた訳です。
いや彼氏とかは無理だろうなってのは判ってました。本当に。

先輩はにこにこ誰とでも話すし、吹奏楽部の中ではそれこそアイドル扱いだし。
3年生の先輩なんかも良く彼女に話しかけてる訳です。
時たま部活の前とかに部室の前でなんかイケメンのあれ。
なんか茶色い髪してカッコ良くてなんかもうよくわからないくらい同じ高校生じゃないみたいな人に声かけられて
なんか笑ったりしてるし。

今考え直してみると先輩に話しかけていたのはそんなにイケメンじゃなかったかも知れません。
凄いさわやかスポーツマンでも3年生の先輩は神のようにカッコよくは無かったかもしれない。
でも高校1年生と3年生じゃ体の大きさから違う訳です。成長期だから。
僕は小さかったし。態度だってそういう人たちはちゃんとしててカッコよく見えた。
そういう人たちと話している先輩は全然遜色ないどころか、なんかどっちかって言うとそういうカッコいい奴等が声をかけるのをいなすみたいにして
「じゃ、練習なので」なんて言ってたりするんですよ。
媚びたりキャイキャイ言ったりする訳ではないんです。


カワイイ。だけじゃなくてクールな訳です。
それに痩せ気味なのにとっても色っぽいんです。

とても暑いときに他の女の子にだらしないよ。
何て言われなても「部活だから内緒内緒。」なんて言いながら時々ワイシャツの上のボタンをちょっとだけ開いていたりすると、絶対そっちは見ないですよ。
見ないんですけどドキドキするわけです。

レベルが違うのはわかっていたんです。むろん僕なんて眼中にもないだろうと。
ただの先輩と後輩ですと。しかも違うパートの。
この違うパートってのが曲者で。吹奏楽の違うパートってのは結構顔を合わせないのですね。
練習場所が違うので。
もちろん合奏や帰る前のミーティングは全員そろいますが、そうすると人数も多くなっちゃうんです。
必然的に顔を合わせ、仲が深まる同じパートと違って違うパートの人とは一言も喋らないと思ったら喋らない訳です。

これが野球部だったら外野とキャッチャーが喋らないなんて事は無いのでしょうが。


でも先輩の事を考えるのはやめられなかったんです。
僕はそれまで女性と付き合った事はなかったからどうしたらいいのかは判らなかったけれど、
毎日先輩の事ばかり考えていたから無理なのはわかってたけど僕は先輩ともっと喋りたかったんです。

告白するとかは無理です。絶対無理です。

でも僕は先輩と少しでも話すととっても楽しくて、凄く先輩の事が好きで、どうしていいかわからなかったからでも出来るだけ先輩に話しかけるようにしました。

タイミングが合わなくて一週間も話が出来ない事もあれば、運良く話しかけれた事もあったけど、先輩は僕が話しかけるとちゃんと受け答えをしてくれましたし、冗談も言ってくれました。

僕は先輩が僕の前で僕に話してるってだけでそれだけでもう凄く楽しかったから、 だから部活を頑張る事にしたんです。
先輩に自信を持って話しかけるには部活の中に自分の居場所を持って、 自信を持って話しかけないといけないと思ったんです。例えば部活を休みがちだったら楽器の事とか聴きにくいけど、熱心に通ってたらそう言う事って聞きやすいとか、そう思った訳です。だから僕は僕なりに精一杯頑張った訳です。



そんなこんなしていくうちにいつの間にか僕は2年生になり、先輩は3年生になりました。
勿論何かが変わった訳ではなく、変わったとしたら先輩は受験生に、僕には後輩が出来たと、そのくらいでした。
でもとても楽しい毎日でした。
いつの間にか僕は色々な事を覚えていて、
職員会議が始まっていてもこっそり入っていって先生に鍵を借りる事が出来るようになっていましたし、
後輩に基礎練習を教えたり出来るようになっていました。
僕も少しだけ、成長していたのかもしれない。
部活に行くのが楽しかったし、時々先輩と話ができるのがすごく楽しかった。

そして2年生の夏休みに僕は吹奏楽部の2年生のリーダーになったんです。
つまり、3年生になったら部長か副部長になるという事です。
一学年25人からいる大所帯。吹奏楽部の目標は秋のコンクールだけじゃなくて、夏には野球部の応援があるし、地元のフェスティバルにも出ます。
3年生になったら、僕がそんな皆の代表になる事に決まったのです。

同じ学年の中には中学の時から吹奏楽をやっていた人達もいましたし、僕が誰よりも楽器が上手だった訳ではありません。
人の輪の中心にいる訳でもありませんでした。
でも先生や先輩達は真面目にやっていると言うことで僕を推してくれたそうです。
特に先輩が薦めてくれたと聞いてとても緊張しましたけど、僕はそれもとても嬉しかったです。

引継ぎや、色々な事務的な事もあって部活はとても忙しいものになりました。
でもそのお陰でその時には副部長になっていた先輩と一緒に色々な仕事をする事が出来たので
忙しかったけれどでもとても楽しいものでした。

僕はずっと先輩の事が好きだったから。



忙しくしているうちに、いつの間にか2年生も秋になって。

僕が吹奏楽部の部長になることに決まってすぐ、
先輩は高校を卒業したら東京の大学に行く事になりました。
勿論合格したらですけど、先輩の事だから合格するに決まっていると思いました。

受験シーズンがあっという間に始まって終わって。
僕はそのままでいいと思ったんだけど、でも、ようやく僕もそのままじゃ良くないと思いました。

先輩が卒業する前に僕は先輩を音楽室に呼び出しました。
「部活のことで相談したい事があるんです。」と言いました。

そうやって部活のことで悩んだときに色々と相談した事も沢山ありましたから
先輩はすごく忙しいにも拘らず「いいよ」って言ってくれました。



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そしてその日、僕は汗をかきながら通い慣れた音楽室への階段を登りました。
嘘をついて先輩を呼び出したとかそんな事は考えませんでした。
とにかく僕は言わなくちゃ。ちゃんと言わなくちゃってそう思っていました。
心臓をバクバク言わせながら階段を登りきり、
いつもよりとても長く感じる廊下を歩きました。

音楽室のドアを開けると、先輩は教室の真ん中机の上にちょこんと腰掛けていました。

教室の電気はついていなくて、夕焼けの光が薄く教室の中に射し込んでいました。

これでも随分と色々と考えたんですよ。
どうやって言おうかって。何度も何度も。
本当は教室に入って隣に座って「先輩、お話があるんです。実は・・・」って言おうと思ってました。

いつの間にか僕は先輩よりも背が高くなっていたから、
先輩が椅子に座っていて僕が立ったままじゃ怖がらせるといけないと思ったのです。



でも僕はドアの所に立って、先輩を見た瞬間に言いました。
「先輩の事が好きです。」と。
先輩は困ったようにうつむきました。
先輩は驚きませんでした。
まるで僕が先輩に何を言うつもりで教室に呼び出したか判っていたように。

俯いた先輩を見た途端、僕は駄目だなって思ったんですけど、でも言葉は止まりませんでした。
迷惑でもストーカーみたいでも、この5分間だけ、先輩に我慢してもらおうと思いました。

だってほら、もし万が一、先輩と付き合える事があったとしたら、
そしたらそれこそ毎日でも言える訳です。
僕は先輩の事が好きだって。
だから僕は思ったんです。今この時しか言えないんだって。
もう一生先輩にこういう事は言えないんだなって。

先輩に好きな人がいるかなんて、恋人がいるかどうかなんて関係ありませんでした。

会議が始まってしまって鍵が貰えなくて困っていた僕を助けてくれた事。
わざわざ遠回りしてホルンの練習している教室の前を通っていたこと。
合奏の時に、トロンボーンパートの前にホルンパートが来た時、
先輩の近くで演奏できる時、とても嬉しかった事。

毎日部活で先輩と会えてどれだけ嬉しかったか。
僕がどんなにこの2年間、楽しかったか。
どんなに充実した2年間を過ごせたのか。

毎日先輩のことを考えて、一生懸命部活に取り組んで、僕がどんなに楽しかったか。



先輩は僕の話をじっと聞いていてくれました。
そして聞き終わった後、一言だけこう言いました。
「仁科君、ありがとう。うれしいよ。」と。

「先輩は、僕が今日、こう言う事を先輩に言うって判ってたんですか?」
そう聞くと先輩は少し笑ってから、こう答えてくれました。

「だって君はもう部長だし、私に聞かなくちゃいけないことなんてないからね。」

僕は先輩も緊張しているんだと言う事に気がつきました。
先輩は緊張している時や大事な事を喋る時、こういう区切ったような話し方をするからです。
先輩はしばらく考えていました。

いつの間にか校庭から聞こえていたラグビー部の声は聞こえなくなっていて、
夕暮れが少しずつ暗くなって僕と先輩を暗い教室の中に閉じ込めていくようでした。
「うん。うれしいよ。私は君の事が気に入っていたからね。多分君が思っているよりも。
君はとても優しいし、とても頼もしい後輩だったし。」
先輩は顔を上げてでも。と途方にくれたような声で言いました。

「ごめんね。でも私は判らない。判らなくないんだけど、」
先輩は言葉を切って上手く言えない。と言いました。


僕はその時、僕は先輩を困らせているんだと気がつきました。
どうやって断っていいか、多分優しい先輩は判らないのだと。
どう話したら僕を傷つけないですむのか考えているのだと。

「ごめんなさい。」
僕は優しくて可愛くて綺麗で素敵な先輩に頭を下げて、それから教室に背を向けました。
「あ、待って。」
先輩の声が聞こえました。
僕は立ち止まりたいと思いました。
先輩ともっと話をしたかったのです。近くで。二人きりで。
先輩に僕の話を聞いて欲しかったのです。。
もう2度と2人で話す事なんてないのだろうから。

でも僕は、言いたい事は全て言ったから、先輩に背を向けて階段の方へと歩きました。
このまま先輩は卒業して東京に行きます。

僕は先輩のことだけじゃなくて、いつの間にか大好きになっていた吹奏楽部をもう一年間、
先輩に褒められたように一生懸命やってそれから、それから僕はどうしようかなと、





@@

「うん。で、その二人はどうなったの?」
正に佳境で話を止めた涼子さんは両腕を組んで黙り込んだので先を急かす。
この手の男の話は非常に身につまされる話でもあるし。

「どうするべきだったんだろうなあ。」
「は?」
涼子さんは暫く目を閉じた後、カッと目を見開いた。
「そこが問題なんだ。実は先輩には好きな人、いや好きだと思っている人がいたんだ。先輩は、どう返事すればよかったのだと思う?」

「はい?」

「その先輩と言うのが私だったら。」
うーんと言いながら考え込む。

「匠君が吹奏楽部にいたらパーカッションあたりかな。」
「??」
「こう、暮れなずむ夕日の中、私は教室で一人、待っているわけだ。そこでガラリとドアが開く。」

涼子さんは話しながらカラカラと架空のドアを開く真似をした。
「匠君が入ってくる訳だ、真剣な顔をして。そして少し照れながらも心に暖めていた思いの丈を私に伝えようとする。」

「??」

涼子さんはなんだかぼうとしている。
「いや、その時私には好きな人がいる訳だな。いや、良くないぞ匠君。そのような事を言われても困る。と断らなければいけないんだ。しかし私がそんな事を言ったら匠君は悲しそうな顔をするだろうな。私がいないと駄目なのだと、私に恋しているのだと切々と恋心を訴えてくるのだろう。
そこを心を鬼にして迷惑だといや、迷惑なんてことはない。断じてない。勘違いしてもらっては困る。しかし、しかし」
涼子さんは頭をぶんぶんと振った。

「・・・いや、むしろこの場合匠君がと仮定する方がおかしいのか。ああもう、話が進まないな。茉莉ちゃんだ。」
「は?」

「君の幼馴染の鍋島茉莉ちゃんだ。」

「え?」



続く
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by obtaining | 2006-09-23 23:37 | document

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