相談天国/前編

<相談天国 /前編>

まあ愚痴めいた話ではある。
どちらかというと先ずは行動が先に来るタイプの為に普段からあまり思い悩まない性格ではあるのだが、そんな私にも最近問題事があったのだ。
世間によくある問題なのであろう事は自分でも判っていた。
他人が聞けばなんだというようなことだとも思う。
雑誌にだってこの手の品のない相談に関してはそこいらじゅうに載っている。

まあぼやかしていてもしょうがないし、はっきりと言おう。
悩みというのは他でもない。身内の恥をさらすようでなんなのだが次のようなものだ。

「匠君が私の体を求めてくるのだ。」
こういうことだ。
ちなみに匠君というのは私とは恋仲にある男性の名前だ。
多少ぼんやりとしていてはっきりとしない感じのする年下の匠君ではあるが色々と縁があって私とは恋仲にある。

無論恋仲なのであるからして私も匠君の事は憎からず思っている。
多少ぼんやりとしていてはっきりとしない感じなどと言ったが匠君にだって良い所は沢山ある。優しい所だとか、なんでも思慮深く考えるところが好きだ。それに顔だってなんとなく最近テレビに良く出てくるようになった俳優に似ているような気がしなくもないし、笑った顔も悪くない。生活には自堕落な所があり改善を要するところは沢山あるが、叱ると案外と素直に言うことを聞く。長期間に渡って私を放っておいたようなこともないわけではないが基本的には傍に居て欲しい時には傍に居てくれる。まるで犬みたいに。まあ、傍に居たければ私から匠君の方に居れば良い事ではある。問題は無い。
まあ兎に角、年下ではあるが世間的に見ても中々悪くない男の部類に入るのではないかと私は思う。
友人の美紀なんかに匠君を見せたところ、きゃあと黄色い声の一つも言うかと思ったら私の顔と見比べてから「ふうん」などと抜かしていたがあれだ。見る目がない。

話が逸れた。
で、件の悩みについてである。
ごく私的で品の無い話ではあるが、匠君はよく私の部屋へと遊びに来る。暇な時などは私も匠君の部屋へ行って手料理などを振舞ったりもする。無論外へ遊びに行くことも多いし、テスト前には図書館などで共に勉強もする。暖かい日は窓辺に座ってお気に入りのCDをかけながらまどろむこともある。
私も女の子だ。そういう時には想い人とさりげなく自然に肩を寄せ合う事もある。肩に頭を乗せ、匠君のふわふわの匂いを感じ、匠君の指を弄りながらローリングストーンズがどうだ、メタリカがどうだ、ハイロウズがどうだなどととりとめも無く趣味の話などをしているととても落ち着いた気分になる。周りから見れば情けない姿なのかもしれない。ぼんやりとしていて醜悪なと思われるかもしれない。
しかしだ。私は自分のそういう女の子らしい部分というのが嫌いではない。
料理を美味しいと食べてもらって嬉しい。一緒にいられることが嬉しい。
だらしない匠君が私の話だけはしっかりと聞いてくれる事が嬉しい。

女の子だけの特権ではないだろう。
無論男の子にもこういう喜びがあると思う。
しかしこういう喜びは私にとってなんとなく女の子らしくかわいらしいもののように感じられてあまり女らしさというものを意識してこなかった自分が匠君に対してそういう風に思えているということも含めてとても穏やかな感情を私に与えてくれる。

しかしだ。
しかし匠君はそういう事を理解してくれないのだ。
事もあろうに落ち着かないなどと抜かす。
無論私も自分の事を女の子だと言ったからには男の子の意見も聞く用意がある。
私も普通に日本で日常生活を営んできたものとして、疎いかもしれないがそういう事にはそう無知ではないつもりだ。ロックンロールだけではない。恋愛ドラマ、少女漫画どれも集中して見る事こそ無いもののそれなりに経験してきている。
だから例えば胸を触りたいと匠君が思ったとしてもそれはおそらく男とはそういうものなのだとは理解している。それに匠君がそうしたいと思うその事はそれなりに嬉しいものだ。だから必要以上に無碍に扱うつもりは無い。
薄手のセーターを着た時や匠君に請われて去年の夏に白いビキニを着た時の周囲の視線は多少不快に感じた事も無い訳ではないが、匠君に褒められれば悪い気もしない。

しかしだ。TPOというものがある。
私が落ち着いた良い気分でいる時に胸を触るのは良くない。そういう時はさりげなく口を吸うくらいにしておくべきだ。うっとりと甘い時間とはそういうものだと私は信じる。
暖かな午後。鳥の囀り。別にメーカーものじゃないけれど、美味しく淹れたコーヒーと安物の一口チョコレート。お気に入りのCDととりとめも無い会話。
二人の心を通じさせるにはそれで充分じゃないか。いやむしろ会話すらそこには要らないのではないかと私は思う。そうであるべきだ。

それにだ。もう少し具体的な話をしよう。そうなった時の心の準備というものもある。

本来私のほうが年上であるのだから、もしそういう機会があれば私が手解きをし匠君を導いてあげる義務がある。しかし私には経験が無い。知識もあまり無い。美紀などは経験があると言っているので参考に色々と聞かせてもらいたいものだがなんとなく気恥ずかしいし見栄もある。もしかすると母親のいる家庭ではそういう事も母親に相談できるのかもしれないが残念ながら母は他界しており父しかおらず、父に相談すると匠君が危険だろうと思う。
そのくせ匠君に期待しようにも如何せん野暮ったい。
とてもお姫様抱っこをしてくれて「ジュ・テ―ム」とか低いバリトンで囁いてくれそうにない。
「君の瞳に吸い寄せられそうだ」とか「ベイビー、君だけを見ているのさ」とかも言ってくれそうにない。それでは不満だ。
初めての時くらい男性はエリッククラプトンの様な渋い声で「アイラブユー」とか囁くべきだと私は考える。

匠君には無理だ。

つまりはまだお互い未熟なのであろう。
そういう時もいつかは来ようから今は待てと言うのだが、
しかし私の理路整然とした説教に匠君は耳をかそうとしない。待てないなどと言う。駄々をこねる。普段は聞き分けの良い子なのだが。
こういうところばかり反抗的な骨のある所を見せられても困る。
今日は徹底的に説得しなくてはいけない。
と、その時は思っていたのだ。


@@
まあそこに座れ。これもいい機会だ。
んん。話はわかっているな。なら早い。
ふう。何から話せばいいかな。
そうだな…

ん。私は男の生理には疎いかもしれないが無知ではない。
それに別段極端に潔癖症なわけでもない。普通の女の子だと思っている。
別段人に触れることが嫌いではないし、ある特定の邪な目的がないのであれば触れられるのも構わない。ましてや匠君であれば何をいわんやと言うことだ。
それは視線に対してもそうだ。恥ずかしいからとかそういうのはあるが、だからといってしないというわけではない。な。
憶えていると思うが匠君が好きだというから今年の夏には恥ずかしいのも我慢して白いビキニも買ったし着た。喜んでいたじゃないか。それに匠君が好きだからスカートだってはいている。たまに部屋にいる時なんかは少し短くしたりしているんだ。それに喜ぶかなと思ってエプロンはフリルのついたやつにしたし、髪の毛だって匠君が好きだというから後ろで結んでいるし。
私だって女の子なんだ。匠君が喜ぶのは嬉しいし、して欲しい事があれば言ってくれれば善処もする。
メイド服は駄目だ。黙れ。悪いことをすれば叱るしご主人様などと呼んで欲しければ素敵な旦那様にでもなってから言え。

んん。

そもそも匠君がどう思っているかは知らないが私は常に柔軟な思考を心掛ける事を旨としている。ロックンローラーの基本だからな。
だから正しいことは正しい、間違っていることは間違っていると断罪することは簡単だが、立ち止まって少し考えてみることも必要だという匠君の意見も判らなくもない。
いいか。判らなくもないんだぞ。
私は柔軟だからな。
買い物のときも現金払いが基本だが、便利であるならばクレジットカードで支払いをすることも吝かではないとすら考えているんだ。
それぐらい柔軟な思考を持っているんだ。

つまりだ。そういった男女間のことも婚姻関係を結ぶのが前提ならば結婚式まで待つというだけでなく柔軟な思考で対応しても良いのではないかとも私だって思っている訳だ。
昔、坊主が酒を般若湯と呼んだり、なんだかんだと魚や肉を食べたりと融通をつけたようにだ。
そういう倫理は倫理としてあるもののそれに人間本来の行動を必要以上に規制しない柔軟な姿勢を持ち得るというのが日本人の良いところだ。

無論眉を顰められないにこしたことはないが、眉を顰められないようにと周りを見渡してばかりでもいけない。常に自分の行動が周囲の模範であることが望ましいが、自分の行動が周囲の模範であるかどうかを意識しすぎるのも考え物だ。規則は規則ではあるが、自分を縛るものではなく、自然体でありながらそれを破らない。これが理想だ。逆に考えると理想がそうであるのだからして常に規則の内部だけに留まれる人間というのは少ない。なのであれば規則だからと自分を縛るのではなく、規則から逸脱していると理解さえしていれば時に何歩かはそのラインを歩み越しても恥じる事は無いと私は思う。
人とは我知らず規則を破ってしまうこともあるし、故意に破ることもある。罪だと理解し、その影響を知っておく必要はあるだろうが、それをあまり気にしすぎてもいけない。
自分に対してがまずそうであるからしてましてや他人に何事も規則だ倫理だと言って駄目だと縛り付けたり、それを必要以上に忌み嫌ったり理解しようとしなかったりするというのは野暮天のする事だ。

で、あるからしてだ。匠君が私に卑猥な劣情を催しているという事にも私は一定の理解はしている。黙れ。今日も胸を触ったじゃないか。駄目だといっているのに。
良いから座りなさいそこに。手は膝に置け。

んん。
つまり私だけの感情で嫌だと言ったりはしないということだ。
他の男性が私にそういう感情を抱いたらそれは怖いぞ。怖いからな。しかし匠君にはそうは思わない。特別なんだぞ特別。
それに私は処女性に殊更に拘っている訳でもないし、相応にそういう事に対しての興味だってある。あ、誤解してはいけない。興味があるというだけだ。

まあ、というわけで別段なんていうかそれ。あれだ。
だからして別段全身全霊をこめて力いっぱい嫌だという訳ではない。
男の子とはそういうものなのだろう。ん、男の子がそうというか、匠君がそうなのであれば理解に努めたい。と、思う。

まあ事が事だけに父親に露見した場合、ものすごい大目玉をもらうとは思うがそれはそれ。昔気質の人だからな。まあその時は匠君がスーツを着てきりりと私が責任を取りますとでも胸を叩いて言ってくれれば良いのだ。死ぬことはないと思う。うちの父も匠君には負い目もあるしな。まあ多少の覚悟はしておくといいかもしれないが。
まあそういう時は匠君が頑張る所だ。

しかし。しかしだ。だからと言って安心してはいけない。
私にだって条件がある。条件があるぞ。
いやちょっと待て。
ちょっと待て匠君。話を聞け。そう目を輝かせるな。何だその充足した笑顔は。
こら。話はまだ途中だ。
うわ、駄目だって匠君。お座り。お座りだってこら、酷いぞ。
話は途中だって・・・こら
ずる、ずるいってたく
きゃ、
きゃあああああああ………!!


  
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by obtaining | 2006-06-11 12:45 | document

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