フルキャストスタジアムで!! 後編

「打ったあああああああああ!!!山崎!今期2度目の満塁、
 サヨナラホームラーン!!レフトスタンド狂喜乱舞!!強い!強すぎます!楽天イーグルス!!!昨年の惨敗は今年への布石だったのか。それとも名将野村効果か。首位をがっちりとキープ。まさかこんなイーグルスを開幕前にいったい誰が予想したでしょうか?負けません!ホークス、ロッテ相手の6連戦をまさかの破竹の6連勝!!」

ハッと目を覚ます。又ソファーの上で寝てしまったらしい。

「ゆ・・・夢。そ、そうだよね。ハハハ。」
なんて都合の良い夢を見たものだろうか。
ゆっくりと頭を振りながら頭を上げた。

ゆかりの目の前にはスポーツ新聞が置かれていた。
その紙上には苦虫を噛み潰したような顔の楽天オーナー、
三木谷氏の顔が写されている。

『3度目の10連敗。野村監督ついに更迭か。後任にはヘッドコーチの松本匡史氏が昇格へ。』

そう。楽天イーグルスは8月にしてすでに首位のソフトバンクホークスに25ゲーム差をつけられて大差の最下位。
既に優勝など望むべくも無いが、今日からの日本ハム3連戦で負ければ自力優勝すら消える。

そうなれば万事休すだ。ルールとしては自力優勝が消えた段階で野球賭博の掛け金は支払わなくてはならない。
無論支払わねばならない一億円などなかった。
どんなに掻き集めたって精精が100万円。今20歳のゆかりにとって、一億円などという金は想像すら出来ない大金だった。

「どうして・・・・。優勝するはずだったのに・・・。」
そう。ゆかりの計算は完璧なはずだった。最初の2ヶ月の負けはしょうがない。しかし他球団を圧倒するエース、岩隈を擁しているのだから野村ID野球が浸透する夏場には大反抗が行われるはずだった。連勝に次ぐ連勝を収め、首位に躍り出るはずだった。それなのに・・・

どこで歯車が狂ってしまったのか、ゆかりには判らなかった。


@@

力なくスポーツ新聞を畳むとゆかりは財布から一枚のメモを取り出した。

「***-****-****」

11桁の携帯番号が書かれているだけのメモ帳の切れ端だった。
バッグから携帯電話を取り出すとゆかりは力なくその番号を押した。

「はい。信藤ゆかりです。はい。ええ、・・・しかし、もう・・・。はい。判っています。宜しくお願いします。」
電話を切った後、ゆかりは一度大きなため息をついた。
そしてもう一度メモリーに入っていた違う所に電話をかけた。

「あ、忠志さんですか。ゆかりです。私、今度引っ越す事にしました。色々と考える事があって。ごめんなさい。あなたと結婚できません。留守電でこんな事を言うなんて酷い女性と思うかもしれないですけど。本当にごめんなさい。もう、連絡してこないで下さい。」

電話を切った後、一分ほどその態勢のままゆかりはじっと動かなかった。
かすかに肩を震わせて、少しだけ涙をこぼした。

恋人の忠志とは昨年、フルキャストスタジアム宮城で知り合った。
楽天対広島の一戦だった。
彼は楽天ファンの友人に連れられてレフトスタンドに来ていたものの宮城県民にも拘らず広島東洋カープのファンだったのだ。
居心地悪そうに広島の攻撃の時には小さくガッツポーズをして、楽天の攻撃の時にはビールを啜っていた。

たまたま隣り合わせた。ただそれだけの縁だった。

でもゆかりは一目で恋に落ちた。初めての恋だった。
「広島の・・・ファンなんですか?」
勇気を出してそう問いかけたゆかりに忠志はにっこりと笑いかけて答えてくれた。
「ええ。赤色が好きなんです。」

「広島と楽天って・・・似てますよね。三木谷オーナーは若いけど・・・きっと年を取ったら広島の松田オーナーみたいに頑固で、そしてお金を出さなくって、それで首を傾げるような監督人事をして。」

「ゆかりさん・・・だっけ?良い所を見てるね。僕もちょうどそう思ってたんだよ。」

「そ、それに楽天と広島って赤色な所も一緒。楽天の方がくすんだ色だけど・・・。」

そこからもう二人に言葉はいらなかった。ゆっくりと見つめあい、そして唇を交わした。広島の前田選手が放ったホームランが綺麗なカーブを描いてライトスタンドに吸い込まれていく。

スタジアムを絶望が覆う中、ゆかりにはそれがなんだか2人を祝福するアーチのようにも感じられた。決して幸せとはいえない今までの人生だったけれど、私は今、フルキャストスタジアム宮城の中で一番幸せだ。と、ゆかりは思ったのだ。


ゆっくりと携帯の中の忠志からもらったメールを削除しながらゆかりはそんな事を思い出して、涙を零した。

「今日は巨人相手に8-3で負けました。でも大竹投手が6つも三振を取ったんですよ!」
「今日はヤクルト相手に4-2で負けました。4点で抑えるなんて、中継ぎ陣が整備されてきた証拠です!」
「今日は阪神相手に15-4で負けました。ミッキーが可愛かったです。いつか市民球場に君と行きたいです。」

一つ一つが幸せな忠志との思い出だった。
いつもいつも前向きで、決してへこたれない忠志が好きだった。
すぐに気落ちしてしまう自分が嫌で、そしていつでも明るい忠志が眩しかった。
ずっと一緒にいたかった。

でももう一緒にはいられない。
迷惑をかけるわけにはいかなかった。
「私達は一年で監督を変えてしまう三木谷オーナーと、どれだけ負けても監督を変えない松田オーナーみたいなものだったのかも知れない。最初は似ていると思った。堅実なあなたと夢を見ていた私・・・きっと、違ったんです。」
そう思いながらゆかりは最後のメールをうった。
携帯のメモリーの一番上にあった忠志の番号を消して、それからもう一度、少しだけ泣いた。


『さっきの留守電、急にごめんなさい。
 忠志さん、良い人を見つけて幸せになってください。
 あなたと過ごした一年間、とっても幸せでした。
 市民球場、行ってみたかったです。
 私は体力がないから、スクワットみたいな応援は出来なかったかもしれなかったけど。
 市民電車に乗って、市民球場に行って、その後広島城に行ったり、
 宮島様にお参りしたり。夢みたい。
 でも、もうあなたと一緒にはいられません。
 忠志さんとクラッチと撮った写真、宝物にします。
 もう私の事は忘れて下さい。
 ゆかり。』

@@

「支払いを・・・・今年の勝者に肩代わりしてもらう。という事かね。」
「今年の勝者は・・・オリックス・・・だが。」

「はい・・・」
ゆかりは唇を噛み締めながらそう答えた。
今年の初め、楽天の優勝を信じて扉を叩いたこの部屋は、希望に彩られているように思えた。
しかし今は薄暗い、気味の悪い部屋にしか思えなかった。

「ははは。やっぱりオリックスだったろう?だからそう言ったんだ。」
ゆかりの隣に座っている男が馴れ馴れしくゆかりの肩を抱きながらそう答えた。

「まあ、ホークスもロッテも下馬評だけは高かったけどね。結局はこれだよ。これ。」
そう言って指で丸を作るとげひゃげひゃと下卑た笑いをあげる。
普通にしていると若作りにも見えるがそうやって笑うと目じりに皺が寄って相応の年齢に見えた。

「まさか清原が50本も打つとはね。負けたよ。」
「谷選手のなんだか吹っ切れたようなプレイも見事だった。」
ホークスやロッテを応援していた連中から次々と声が飛ぶ。
満足そうに頷きながらそれを聞くと、オリックスを推したその金融業の男はもっともらしく咳払いをした。

「まあ、私位の野球通、になると判るんですよ。清原選手は実績のある選手ですからね。巨人での鬱憤をね。こう晴らすようなプレイをしてくれるとね。」

何を言っている。一度も球場に応援になんか行っていない癖に。そう思いながらゆかりはその男を睨み付けた。
「まあ、女の子には難しいでしょうな。こういう裏の裏、を読むような野球観戦はね。」
睨み付けるゆかりを馬鹿にしたような目で見ながら男はそう言った。
部屋に笑いが広がる。


「いやー私も楽天は無いと思っていましたよ。楽天は。」
「いや、論外でしょう。日ハムはねえ。あるかもしれないですけどねえ。」
「パリーグは5チームですよ。5チーム。」
「ははは。それは酷い。」

口々に部屋の中から聞こえる声が自分を切り刻むようにゆかりには感じられた。

「ねえオリックスを推したあんた。そこの楽天を推した娘に何をしてもらうんだ?」
「一億円ポンと渡すとは豪気だからなあ。お嬢ちゃん頑張って働かないとなぁ。」
「家でじっくりといたぶるつもりか?」
更にある男の一言で、部屋の中に下卑た笑いが広がる。

「勿論一億円分の働きはしてもらいますよ。一年間はこの娘、私の物ですから。」
金融業の男は頷きながら指をチッチッと動かして部屋を見回した。

「まあまあ、そうですね。とりあえず、今年の始めに私達を驚かせてくれたお詫びだけはしてもらいましょうか。」
そう言いながら金融業の男はゆかりの耳元に口を近づけた。

「良いか。ここで服を脱いで、下着姿で楽天が優勝する等と妄言を吐いて申し訳ございませんでした。と言うんだ。」
「そ、そんな。」
「自業自得なんだよ。あんたは愚かにも楽天を推して賭けに負けた。俺は賢くも賭けに勝った。自分でもわかってるだろう?」
無茶苦茶な理論だ。
それでもこの男に従わなくてはならなかった。
一億円を肩代わりしてもらう契約の内容にはそう書かれていた。
・質問されたら肯定でのみ返答する事。質問に質問で返してはいけない。
「はい・・・」
ぎゅっと唇を噛み締める。
「口答えした罰だ。素っ裸で言え。」
「・・・はい。」
かすかに肩を震わせながらゆかりは頷いた。


@@

「・・・楽天イーグルスが優勝するだなどと申し上げて、大変失礼致しました。」

既にゆかりの上着は取り払われ、白いワイシャツに下半身は下着のみという格好にさせられている。
そしてこの台詞はもう既に何度口にしただろうか。
一枚服を脱ぐたびになんども口に出すように強制されている。

「どうして勝つと思ったんだ?」

「・・・野村監督が」

「ほら、さっさと上もぬいじまえ!胸ばっかでかくしてるから頭に考えがまわらねえんだ!」
「のむらぁ?あいつはもう駄目だよ!ヤクルトだってまぐれだったみたいなもんだ。」
そんな事はない!叫びたかった。名将・野村監督がいて、
エース岩隈がいて、キャプテン磯部が打って・・・
先程から何度も同じ事を言われ、そのたびに罵倒されていた。
心が壊れそうだ。そう思いながらゆかりはブラウスに手をやった。
ボタンをはずすのが面倒で、見ている奴らを喜ばせるだろう事が嫌でゆっくりと胸元のボタンだけをはずし、首から脱ぐ。
部屋の中にどよめきがよぎるのを感じた。
忠志にも見せた事のない、下着姿だ。そこを下卑た視線で部屋中から見られている。
しゃがんでしまいたい。そう思いながら。もう一度ぎゅっと唇を噛み締めてゆかりは耐えた。

「・・・楽天イーグルスが優勝するだなどと申し上げて、大変失礼致しました。」
「ほら、いいからブラジャーはずせ!」
「そうだそうだ。おっぱい見せて、しおらしく謝れ!それが謝罪ってもんだ!」
「おーー。ゆかりちゃんスタイルいいなあ。両手と首から上だけが日に焼けてて他は真っ白じゃねえか!」
キッとにらみつけそうになる自分を何とか律してゆかりはブラジャーのホックに手を回した。

「くっ・・・」
思わず噛み締めた唇から声が漏れる。
ゆっくりと、ゆかりはブラジャーを外した。

「おお、良い形じゃないか!色もピンク色で。あんまり使ってないのか?おい!」
「おい、くるっと回ってみろ。くるっと。」
部屋中の目が食い入るように自分の乳房に注がれているのを感じた。
思わず後ずさるとぐっと強く腕を握られたのを感じた。
金融業の男だった。

「そうだ。頭を下げて言え、」
そういってからその男は唇を耳元に近づけてきた。

「楽天イーグルスが優勝するだなどと申し上げて、大変失礼致しました。
 楽天イーグルスと、それから広島東洋カープは今後絶対に優勝する事などありません。
 赤色の球団なんて気持ち悪いだけです。とな。」

「・・・・え?」
男の言葉が脳内で何度かジャンプするように聞こえた。

---この男は何を言っているのだろう?

「な、、、なんで?」
楽天は、私が応援していたからしかたない。広島、広島は。

「お前の事は調べさせてもらった。楽天ファンにカープファンの恋人か。下らない。」

「い・・・いや。」
二人が出合ったフルキャストスタジアム宮城。

「野球って言うのはな。所詮金何だよ金。お荷物球団が勝てる訳ないんだよ!ほら、言うんだ。楽天とカープはお荷物球団だと言え!!」
ぐっと手に力が篭る。
忠志さんが愛したカープ。私が愛したイーグルス。赤色の素敵な2つの球団。
素敵なマスコットキャラのクラッチとスライリー。

「いや、いやああああああああああ--------!!!!」
頭を振り乱してしゃがみこんで、ゆかりは叫んだ。

@@

「そこまでにしてあげたまえ。」
しゃがみこんだゆかりの上を、温かい言葉が過ぎていった。

「ん?なんだよおやっさん・・あんた、野球に興味がなくなったんじゃないのか?大体今回の賭けにあんた、参加していないじゃないか。 はは。それにあんたは僕の味方の筈だ。近鉄バッファローズはオリックスバッファローズになったんだからね。近鉄バッファローズの応援団長はオリックスバッファローズの応援団長って事だろう?残念ながら色は青だけどね。」
「だまらっしゃい!!!」

---火を噴くような言葉だった。

口を尖らせたような言い方をした金融業の男は戦意喪失したように黙り込んだ。

「大阪近鉄バッファローズは死んではおらん!戦意を高める誇り高い赤色は楽天イーグルスにしっかりと受け継がれておる!広島カープの赤色もそうだ!戦後、広島の町の人々が懸命に頑張る赤色のカープにどれだけ心、力付けてもらったか。貴様ら若造には判るまい!」

「団長。もう、もういいの。私が、楽天が勝つだなんて夢を見たから・・・」

「もういい。ゆかりさん。辛かったな。辛かったろう。後は私に任せるといい。」
ゆかりが必死で掴んだ袖を団長はそっと外してゆかりの裸体の上に上着を掛けた。
そして立ち上がると、ゆっくりと金融業の男の方に振り返った。
ゆかりにはそれが、火を噴く猛牛の赤色の目に見えた。

「大阪近鉄バファローズはもう無い。なくなってしまったチームだ。それはしょうがない。でもな若造。大阪に住むバファローズファンが全てオリックスのファンになったなどと思うなよ。大阪に住むバファローズファン、いや、全国のファンはオリックスだけじゃない。少なくとも楽天にもその夢を託した。問題はあろう。様々にあるだろう。昨日まで近鉄、今日からはオリックス。昨日まで近鉄、今日からは楽天。素直に応援などできるほうがおかしいわ。それでも、ファンは悩み、決断を下すんじゃ!赤色の誇りを楽天に見出すか、バファローズの名をオリックスに見出すか。その決断はその決断を下すだけで誇り高く、どちらが正しいなどという事は無い!その誇りを楽天に見出し、必死で応援したこの少女を馬鹿になどするんじゃない!」

聞こえるのは人々の息遣い位。
既に部屋はしんと静まり返っていた。
雄牛のような勢いの初老の男に、誰一人反論する人間はいなかった。



@@

「団長さん、本当にいいの?」

「もう団長じゃないわい。」

「でも・・・・。」

「金なら腐るほどある。気にする事など無い。それよりほら、早く彼氏の所にいってやりい。」

「本当にありがとうございます。」
ゆかりは深々と頭を下げた。

「何々。同じ野球を愛する仲間ってだけだ。私も、ゆかりさんも、そしてゆかりさんの彼氏もな。」
そう言って団長はゆかりに向かってウインクをしてみせた。
それから少し笑って口を開いた。
「ゆかりさん、又球場で会おう。」

「え?それって・・・」

「まだまだ老け込むような年じゃないわい。ドームじゃない球場も又乙なもんじゃ。」

ゆかりはぺこりと頭を下げてそれから走り出した。
しばらく行った後、くるりと振り返ると精一杯伸び上がって手を振りながら団長に向かって叫んだ。
「フルキャストスタジアムで!!」


おわり



  
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by obtaining | 2006-01-10 09:47 | document

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