GreenHill第2章 第1話 兄妹 その1

<■GreenHill第2章■>
<■第1話■兄妹 その1>

黴臭い紙の香りが好きだ。

寅太郎の書斎の横が小さめの書庫になっていて、私はいつも少し時間が出来たりした時はそこで休む事にしている。
少し黴臭い紙の匂いとしんと耳が痛いほどに静まっている部屋。
少し薄暗くて、神秘的な感じがして。私はよくそこで一人で本を読む。

本は面白い。
最初は屋敷に掲示されている決まり事の紙を読めるようになりたい一心で辞書と首っ引きで本を読む訓練をしたのだ。
一冊読むのに何ヶ月もかかって辛い思いをした物だが、ある壁を越えると本を読むのが楽しみになった。
自分の知らない事が目を動かすだけで簡単に手に入るだなんてなんて素晴らしい事だろうと思う。

一生かかっても読みきれそうに無い量の本に囲まれて最近お気に入りの料理の本を読む。
沢山本を読んで、少しずつ何かを出来るようになって、それでそれで、それからそれから。
したいことは一杯沢山あるのだ。


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「・・・・・・・・・!!!!」

先程から隣の部屋がどったんばったんとなんだか騒がしい。
どうせさいらがまた何か失敗でもして寅太郎にお尻でも叩かれているのだろう。
今読んでいた「一億人が選んだ大絶賛お菓子~和菓子の奥深さ~」を途中で中断する事には抵抗があったけれど少し泣き声も聞こえてくるような気がするし仕方が無い。ふうとため息をつき、読書灯を消す。ぱたんと読んでいた本を閉じた。

隣の部屋へと向かい、重厚なドアの前に立ちコンコンとノックをしようとした瞬間、目の前のドアが開いた。
同時ににゅっと腫れぼったい目をしたさいらの顔が目の前に現れる。
「うわ・・・」
目は赤くて泣いていた事は明白だ。
「さーしゃ・・・」
右手でお尻を押さえている。左手には飴を握っている。
「はいはい。又ぶたれたのね。今度は何をしたのよ。」
責めるような私の言葉にさいらのひとみにぶわっと涙が溢れる。


んんんんん・・・と泣き声を出さないように力を入れ、後ろで2つに束ねた髪を揺らしながら目の前のさいらは一生懸命息を吸った。それでもえぐえぐと喉から声がもれ出る。
「紙にコーヒーこぼした。・・・うう・・ぅお兄様の馬鹿ぁ!」
またか。紙といってもどうせ大事な書類だったに違いない。
さいらは時たま図ったように高かったり重要だったりする物をピンポイントで壊す。

「はいはい。わかった。お料理の時間まで間があるから隣で休んでなさい。」

「うん。」
素直に頷くさいらの髪をひと撫でしてから声を上げる。

「兄様。失礼します。」

「ん、入りなさい。」
部屋の奥から低い声が返ってきて、私は入り口を跨いで中に入った。
書斎として使われているこの部屋は両脇に大きな本棚が並び、その中には分厚い本が何十冊と入っている。私が休憩所としている隣の書庫はこの部屋に収まりきらなかった本がしまってあるのだ。
重厚なじゅうたんが敷き詰められた部屋の中心には大きな机が置かれており、両脇に私の背丈ほどの分厚い紙束が幾つも重なっている。いくら片付けても片付けても片っ端から増えていく憎い紙束だ。
そしてその机に覆いかぶさるようにしてこの屋敷の主人であり、
私とさいらの兄でもある家城寅太郎がコーヒーで汚れた部分をティッシュで拭っていた。


「あ、」
とその姿を見た瞬間絶句する。さいらはどうやらコーヒーをこぼしてそのまま折檻されたらしい。机の端からはぽたぽたと絨毯の上にコーヒーが落ちている。
とてもティッシュなんかで拭える量ではない。それなのに寅太郎は何枚もティッシュを取り出して机の上の濡れた部分に重ねてはゴミ箱に捨てるという行為を繰り返している。

あわてて駆け寄ってポケットから小さいタオルを取り出す。
「兄様。さいらをあんまりぶってはいけません。」
ついでにそう言いながら寅太郎の目を見ながら机の上をごしごしと拭く。

「悪い事をしたらすぐに判るように教えるのが家城家の教育だ。」
悪びれもせずにティッシュを又3枚ほど取り、手を拭いてゴミ箱にティッシュを捨てると
ゆっくりと椅子に座りながら寅太郎は目を閉じて言った。

兄である家城寅太郎の容貌は日本人にしては派手と言って良い。
といってもモデルのような美貌と言う訳ではない。
まず体が大きい。背が高いというわけでもなく、足は短くて体全体が横に張り出していて全体的にがっしりとしている。
体も大きいが顔も大きく、四角い顔に鼻が胡坐を掻いており、常時三白眼気味の目。
最近寂しくなった頭髪を隠す為にブルースウィリスの髪形を真似ている。
これでも年齢はまだ20代後半なのだが、初対面の人間はそう言われてもまず信じる事は無い。
当世風に言うとスキンヘッドにヤクザ顔。
一言で簡単にまとめると怖い顔である。


「そうは言いますが、何にだって失敗はつきものなのに・・。あ、兄様、代わりのコーヒーを持ってきます。」
口を尖らせながら飲めなかったであろうコーヒーのお代わりを持ってこようかと背中を向けたところ寅太郎に呼び止められる。

「ん、それはいい。それより遊びに来たんだろう?サーシャ。」
私の名前を呼ぶ。

「はい。でも、さいらが」

「わかったわかった。俺が悪かった。でもさいらだって判ってるよ。」
そういってほら。と言って椅子に座ったまま足を広げ、寅太郎はおいでおいでをした。
何が判っているというのだろうか。

「でも・・」
と、一応は拒絶と遠慮するもののおいでと手招きされると私はいつもついふらふらと寄っていってしまう。
そのまま寅太郎の大きな脚の間にちょこんと納まって私は机の上に顎を乗せた。
寅太郎が机の中から飴を取り出して、私の口の中に突っ込んでくる。
この位置はいつもの私の定位置でもある。
私は16、さいらももう15歳になったというのに寅太郎は事あるごとにまだ2人を子供扱いしてこうやって膝の間に乗っけて喋る事が多い。

まあ、と言っても私はこの時間が嫌いな訳ではない。
抱え込まれるようにされるととても安心するし、寅太郎は顔に似合わずとても優しく私達の頭を撫でる。
顔は怖いけれど、そういう時の寅太郎はとても楽しそうで心の中が暖かい気持ちになる。


膝に座り込んだまま脇に挟んでいた本を机の上に置いて続きを読もうとすると、寅太郎は興味深げにその本を覗き込んできた。
「ん?お前は本が好きだな。何を読んでいたんだ?」
そう言って大きな手で私の読もうとした『一億人が選んだ大絶賛お菓子』を摘み上げた。
私には両手で抱えないと読めない位に重い本だけれど、寅太郎は片手に持ってぱらぱらとページをめくる。

「お料理の本です。この前は煮物を作りました。」
と膝の上で胸を張って寅太郎に答える。
醤油の量を間違えて少ししょっぱ過ぎて食べれた物ではなかったが、出来上がった物が煮物である事には間違いない。

「そうか。大分上手になったか?」
「どうでしょう。まだ醤油の使い方がよくないなどと言われますし、食卓にお出しできる程では・・・
 そのうちお出ししたいものですが。」
うーん。と首を傾げると寅太郎は笑った。

「そうか。難しいか。でもサーシャなら、お国柄醤油は無理でもオリーブオイルを使った物は簡単に作れそうなもんだがな。」

「はい。そうですね。例えば簡単なサラダなどなら覚えていますからすぐにでも。ですが、お口には合わないと思います。」

そうやってしばらく二人で喋っていると、ぎいと音を立てて扉が開いた。
ひょこっと横で2つに分けた黒髪がのぞく。隣部屋にいたものの笑い声につられてきたのだろう。


「ほら、もう怒ってないからさいらも来なさい。」

寅太郎が声を掛けるとさいらは先程もらった飴をもごもごとさせながら走るように駆け寄ってきて寅太郎の膝に乗った。
2人で寅太郎の両膝に座って机の上に顎を乗せる。
私もさいらも小学生と言うわけではないし、そこそこに育っている。
年齢以上に幼く見えるさいらは兎も角、私は通常の16歳には見えるから最近ではあまりくっつきすぎるのは良くないと屋敷の人から怒られる事もよくある。
確かにそうかもしれないとも思うのだけれど、まあそれでも寅太郎の体は大きくて2人で飛び乗ってもビクともしないものだからなんとなく膝に乗る癖は改まるようでいて改まっていない。

しばらく2人で寅太郎の膝の上でもぞもぞと遊んでいると頭の上から
「あ、そうだった。」
と何かを急に思い出したように呟く声が聞こえた。
寅太郎のその声がいつに無く苛立った声だった為、思わずさいらと私は顔を見合わせて上を見上げた。


「お兄様?」
声を掛ける。

「忘れていた。明日からあの我侭坊主が来るから、さいらと一緒に色々と準備をしておきなさい。」
あっちゃーという風に額に手を当てながら寅太郎はいかにも苦々しげにそう言った。
ここで寅太郎の言う我侭坊主とは家城京介様という寅太郎の親戚の人である。
詳しい事は判らないがしょっちゅうこの屋敷に訪れるものの、その間中2人で長時間書斎に篭っては何かを話している人だ。
寅太郎とは反りが合わないのか廊下を歩いていると寅太郎の怒鳴り声が聞こえてきたりする。
寅太郎が我侭というからにはきっと彼の京介様は我侭であり、困った人なのであろう。と私は判断している。
この前テレビでやっていた放蕩者という職業なのかもしれない。
そういうフィルターを通して見てみると京介様という方は寅太郎に比べて線が細く、なよっとしているように見えるのだ。
まあそれを言い出せば大抵の人間は寅太郎よりもなよっとしてはいるのだけれど。

「いらっしゃるのはいつも通り京介様と本間さんですか?」
京介様は専用の客間、本間さんは使用人の中でも偉い人なので、使用人の部屋の中でも最高ランクの部屋を用意する。

「ん。む。いや、それ以外に女の使用人も一人来るらしい。使用人は使用人の部屋を使ってもらうといい。」

「はい。わかりました。」
ううむ・・。女性使用人とは婆やさんの事だろうか。
お年寄りが使いやすいであろう部屋を頭の中でリストアップする。お手洗いが近い方が良いかもしれない。


「ああ、それと後良い鮭が手に入ったから明日、あの坊主が来たらそれを出すように言っておきなさい。」
「はい。京介様が来たら鮭をお出しするように厨房に伝えておきます。」
寅太郎の言葉を繰り返す。
どちらかと言うと万事に大らかな寅太郎にしては実にマメな言葉だ。
普段散々と我侭坊主我侭坊主という割に、寅太郎は京介様が来る度にやれあれが手に入ったからそれを出せだのやれこの酒を買って来いだのと普段ではしない位になんだかんだとマメに注文をつける。
私には理解できない、実に不思議な事だ。
我侭で迷惑な人なら放っておけばよいのに。と私は思う。
勿論そんな事は直接寅太郎には言わないけれど。
そんな事を思いながらさて厨房に行こう、と私が寅太郎の膝から飛び降りるのを見てさいらも同じようにぱっと飛び降りた。

「じゃあ、兄様遊んでくれてありがとうございました。また後で。」
「お兄様また後で。」
二人でぺこりと頭を下げて背中を向ける。

「ああ、夕ご飯まではゆっくりと休むように。」

背中に寅太郎の声を聞きながら扉を閉じる。さいらを見ると先程までべそを書いていたのが嘘のようにニコニコとしている。
私と一つ違いの15歳の割にまだ子供のような所が多いのは、ここではさいらがずっと一番年下だという事にも関係しているのかもしれない。

「夕食のお手伝いしに行こう。」
さいらの手を引く。

そう。私とさいらは家城家のいわゆる使用人だ。
勿論、私とさいらと寅太郎の間に血縁関係は無い。
他の使用人より少し年齢は若いけれども、れっきとした使用人の一人である私とさいらが主人である寅太郎を兄と呼ぶのには少しだけ理由がある。






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by obtaining | 2005-12-02 12:03 | document

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