Me and Who Down by the School Yard その一

<Me and Who Down by the School Yard その一>
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駅前の洋食屋、フィッツジェリコのスパゲティは中々に美味しい。
スパゲティだけではないと40代独身の髭の濃い店長は主張する。
確かにコクのあるカレーも口の中でぱらりと解けるチャーハンも絶品だけれどやはり一番はスパゲティだ。

その中でも私が特に強く勧めたい一品はカルボナーラ。
たっぷりとした器に盛られた柔らかな見た目も素晴らしいし、味といったら卵と麺が程よく絡み合ってクリーミーな舌触りも良し。
カリッと焼きあがったベーコンの歯ざわりがこれまた堪らない。
これでもかと上に載っているパルメザンチーズも風味を豊かにしてくれる。
これに黒胡椒を少しだけ振りかけて熱々の湯気の立っているスパゲティをフォークに巻きつけて口の中に運ぶのだ。
口からフォークを引き抜くとはらりと麺が解け、卵の濃厚な味が口中に広がる。ついつい次にも手が出てしまうというものだ。
カロリーが少々気になるところだけれど私達の月のお小遣いではそうそう寄る事もできないのだしこのお店に来るときだけは気にしないことにしている。

目の前に置かれた作り立てのスパゲティーにフォークを差し込む。
ゆっくりとフォークを回す。

と----


「ねえ、美沙の事、どうするの?」

目の前に座っている白藤香苗が声をかけてきた。
あわててフォークを口の中に突っ込む。
スパゲティは一口目が大事なのだ。

「ふぃふぁふぁふぉう?」

「だから美沙よ。」
会話が通じる。これだから友人はありがたい。

「ほら、茉莉、水。」
と、香苗の隣に座っていた駒井優子が少々ぶっきらぼうに私に水を差し出してきてくれる。
女学生としては少々品が無かったかなと反省しながらごくんと口の中のスパゲティを飲み込む。

「・・・美沙ね。」
「どうすれば良いのかしらね。」
「困ったものよね。」
ねーと3人で頷きあう。
フィッツジェリコにおける私達3人の今日の議題は私達の共通の友人であるところの東条美沙についてである。


東条美沙は私の親友の名前であって目の前の2人の親友でもある可憐な女の子だ。
因みに非常に美人の部類に入る。
学校では東条美沙、鍋島茉莉、白藤香苗、駒井優子の4人組でセットみたいに一緒にいる事が多い。
よくある仲良し何とかだ。
放課後にフィッツジェリコに来るときだって普段ならいつも4人で集まる。
何で今日は東条美沙抜きでなのかというと美沙には内緒の話があるからであって、別段イジメという訳じゃあない。

話す議題は東条美沙の好きな人についてだ。
男女交際の一つもする年齢なのだし、別段それ自体に問題は無い。
誰にも言っていないけれど、良く奥手だとからかわれる私にだって思い人の一人くらいはいる。
香苗と優子の二人にもいると思う。サッカー部の上杉君あたりが怪しいと踏んでいるのだけれど。

こうやってわざわざ3人で集まるからには東条美沙の恋愛には少々問題があるからという事に他ならない。
その問題とは美沙の恋愛方法である。
美沙は見かけによらず恋愛において極端に前時代的なのだ。


まずもって美沙の好きな人は近所に住む幼馴染であるというところから始まる。
その名も佐藤雄二郎といって私達の同級生でもある男の子だ。
名前からして古い。名前だけではなく存在もどちらかというと地味だ。
成績も程々で、目立つところといったら絵が上手いところくらいか。美術の授業で彼が描いていた人物画は中々見事だった。
運動は苦手らしく体育の時間に目立っていた記憶は無い。
すっと鼻筋が通っているけれども特段特筆するほどに顔立ちが素晴らしいという訳でもない。

どこにトリガーがあるのかさっぱり判らないけれど、しかし、美沙は佐藤雄二郎にメロメロであった。
授業中には視線を走らせ、話す話題は佐藤雄二郎の事ばかり。
昨日は何を食べていただの中間テストで赤点ぎりぎりでけしからんだのとよく見ているものだと感心する。

その癖美沙は佐藤雄二郎の事を好きなのかと聞くと真っ赤になって否定するばかりだ。
何を白々しいとは思うのだけれど頑なに否定する。じゃあ誰が好きなのだと聞くとそんな人はいないと力説する。
非常に説得力が無い。
以上のような事から私達は当にばればれな美沙の好きな人に目を瞑りつつ、美沙のどことないのろけ話に付き合わざるを得ないことが多々あるのだ。
つまり美沙の愛情の表現方法は非常に幼いと言わざるを得なく、とても迷惑なのである。


しかしこれで美沙が恋愛のみに夢中になるようなタイプなのだったら私達も心配などしない。

--時がたてば忘れるようなものなのであれば。

そう、私達だって我慢もする。
なぜってこと恋愛以外に関しては美沙はとても冷静で信頼の置ける親友だから。
勉強をしていないようで成績も良いし、話していてもその思慮深さに感心することもしばしばある。
美人なのに遊びに行くときのお洒落には手を抜かないし、それでいて体育のときはすっぴんで健康的に溌剌とはしゃいだりもする。
TPOを弁えていて友人として見ていて危なっかしいところなど何一つないといって良い。
そう。残念ながら恋愛意外という但し書き付で。

現状私達の美沙に対する目は多分お酒を飲むと豹変してしまうエリートサラリーマンに対する周りの目と同じといって良いと思う。
ニュースやドラマなんかでよく見る飲まなきゃ良い奴なのになあ。というあれ。
期待されていたのに酒の席で取引先の部長を殴っちゃったりして身を持ち崩して最後には電車のホームに飛び込んでしまったりするのだ。
見ていてはらはらどころではない。

スパゲティにフォークを突き刺す。
ゆっくりとフォークを回す。いつの間にかスパゲティーは半分くらいになっている。

「優子はどうしたら良いと思う?」
「どうするもこうするもはっきりさせようよぅ。見てて歯がゆいもの。」
「はっきりさせるってミサがあんなんでどうはっきりさせるのよ。」
「そんなの・・・わからないけど。」
「美沙はね、焦らなきゃ駄目なのよ。いつまでたっても頭の中で考えてちゃ駄目なのよ。
 告白さえしちゃえば良いのよ。好きなら好きでさっさと言わなきゃ駄目よ。大体佐藤君なんて美沙には釣り合わないんだからさ。」

もむもむとスパゲティを口の中に入れながら目の前の2人の会話を眺める。
私達の間で飽きずに何度も繰り返されてきた会話だ。この後、佐藤雄二郎がいかに平凡で恋愛のしがいが無いと思われるかといった会話に移る。
正直当人が聞いたら3日は寝込むだろうと思われるような内容で女性の目から見た率直で飾りのない客観的な言葉が乱れ飛ぶ。
容赦が無いとは思うけれど、まあこれに関してはお互い様だとも思う。
男子生徒だって体育やプールの後には聞こえよがしに女子生徒の体操着や水着の胸の膨らみについて忌憚なき意見を交わしていたりするのだから。

もう一度スパゲティにフォークを突き刺す。
ゆっくりとフォークを回す。
水を手に取る。
コップを傾けながら窓の外を見ると外は中々に良い天気だ。

それにしても羨ましいなあ。と私は思った。




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夏が終わってもうすぐ秋。焼き芋がおいしい季節。
校庭の木々の葉っぱはまだ青くって、季節の変わり目で風邪をひく人も多い。
近所に住んでいる匠兄さんが東京から帰省してきたのを学校から帰った後に母から聞いたのはそんな金曜日の夜だった。
因みに先週の話なんだけれど。

匠兄さんとは2件隣に住んでいる6歳年上の男の人で小さい頃遊んでもらったりと色々と縁のあった人だ。
中学に入った後には音楽の手解きなどをしてもらって、その影響で未だに私は似合わないといわれながらロックを聴くのが趣味だったりする。
ちなみに偏差値35からの名門大学入学というどこかの塾の宣伝のような事を成し遂げて近所で有名になった人でもある。

そして私の思い人でもあった。伝えたりした事はない。
好きだと思った頃には大学に行ってしまったし、年齢差もあった。
かすかに淡いそういう気持ちがあってそしてそれが今まで途切れていないというだけだ。
さりとて隠していた訳ではないけれど、言うようなことではないと私は思っていたから友達にも言ってはいない。


だから母から匠兄さんが帰ってきていると聞いて私は喜んだ。
東京の話も聞きたいし、怪我をしていたというから大丈夫かどうかも心配だった。
数年前、匠兄さんが東京に出て怪我をして入院したと噂になった時にはたいそう驚いたのだけれど。
東京までは私には遠く母に言うことも憚られてついにお見舞いにも行けずじまいだったからだ。

東京の話が聞きたかったのと、お見舞いにいけなかったそのお詫びもかねて私は早速土曜日の朝に羊羹を抱えて挨拶しに行こうと靴を履いた。

そして偶然にもドアを開け2件隣の匠兄さんの家に行こうと玄関を跨いだ所、ばったりとどこかに出かけていて帰宅途中だと思われる匠兄さんと思いっきり鉢合わせた。
あれ、とこちらに顔を向けた匠兄さんは少しだけ足を引きずっていて、隣にはとんでもなく美人の女性が立っている。
私はその時親戚の人かななどと考え、その女性に向かってわずかに会釈した。

「あれ、茉莉ちゃん。こんにちは。」

「あっ・・・こんにちは。あ・・ええと匠兄さんお久しぶりです。怪我をしたと聞いていたんですけど、体はもう良いんですか?」
お互いにぺこりと挨拶を交わす。匠兄さんの隣に立っている女性は少し不思議そうな顔をして私達を見ている。
道を歩いていたところいきなり知らない家の玄関の扉が開いて中から挨拶されたのだからそれは驚くだろう。

「うん。もうすっかりこの通り。少し足は引きずるけどね。それもそのうち治るってさ。」
匠兄さんは私の突然の登場にも特段驚きもせず玄関越しにそう言いながら自分の両足を叩いた。
言葉もはっきりしているし、聞いていたよりも元気そう。
詳しいことは知らないものの、なにせ一時期は意識不明だと聞いていたし、入院期間も長かったそうだから私はほっとした。

「良かった、心配していたんです。あ、ちょうど今匠兄さんの所に行こうと思っていて。これ、お見舞いの羊羹です。と・・・」
手元の羊羹を差し出しながら匠兄さんの隣の女性を見つめると匠兄さんは少し恥ずかしそうな顔をした。


「ああ、ええと、そうだね。茉莉ちゃん。こちら岸涼子さん。ええと、今度結婚っていうか、婚約者で・・・」
もごもごと口篭りながら匠兄さんは羊羹を受け取りながら嬉しそうに話した。
あ、涼子さんこちら近所の子で鍋島茉莉さん。という声を私は半分呆けながら聞いた。
心臓が深く奈落の外に落ちていくような感覚が全身を支配して、私の顔は傍から見ると青ざめていたと思う。
数秒前に親戚の人かと考えた自分を馬鹿だと思った。

「こんにちは。はじめまして。茉莉さん。でいいのかな?」
にっこりと笑いかけてくる涼子さんという人に無理やり顔を向ける。笑顔がとても素敵だ。
いけない。態勢を立て直さなくてはいけない。

「よかったら匠兄さんと同じ、茉莉ちゃんでお願いします。私も涼子さんって呼んでいいですか?」
必死で声を振り絞る

「もちろん。茉莉ちゃんがそう呼んでくれると嬉しい。」
そう言って目の前の涼子さんという女性は笑う。後ろに束ねた髪がぴょこぴょこと跳ねる。
綺麗さだけじゃなくて、人当たりも良くてとても素敵な女性だ。とそれを見て私は思った。
匠兄さんにはとてもお似合いだろう。
私だって野暮じゃない。ほんの冗談の一つ一つに、2人がとっても仲良しなんだろうという事くらいは感じられた。



「しかし・・意外と匠君も引き出しが多い・・・」
私の顔を見てそんなことを言いながら匠兄さんの顔をじろりと見る冗談がかったしぐさも可愛い。

「この茉莉ちゃんとは昔は良く遊んだんだ。あ、そうだよかったら茉莉ちゃん、うちでお茶でも飲んでいかないか?涼子さんもいいでしょ?」
慌てて取り繕うように匠兄さんはそうしなよ。と言いながら私の方を見た。

「いえ、お二人の邪魔をしてはいけないですから。」
匠兄さんの言葉に私は慌てて手を振った。一刻も早く自分の部屋に戻りたい気分だった。

「そう?そんなことないのに。じゃあ、学校がんばってね。お見舞い、ありがとう。」
手を振って二人を見送る。
玄関の扉を閉じて、階段を登り、自分の部屋へと戻る。
30分ほど枕と仲良くする。

その日の夜、私は母から近所の匠兄さんが来年の春に結婚するのだという近所のうわさ話を聞いた。
相手はとても美人で、高校のときの先輩なのだとか。
一緒に事故にあったのだとか。お嫁さんのほうはずっと待っていたのだとか。



@@

カルボナーラが後一口という所になっても香苗と優子は話を続けている。
「いっそさ、他に佐藤君を好きだって子が出てくれば、美沙も焦るかもよ。」
いつもの展開だ。因みにこの後は佐藤君のことを好きな女の子なんて美沙以外にいないという展開になる。

「ええ、佐藤君のことを好きな娘ぉ?」
いないよーと優子が返す。
そこで

---「それ、私がするよ。」
思わず口に出してしまった。

「へ?」
唐突な私の言葉に目の前の香苗と優子は目を丸くしている。

「だから。美沙に佐藤君が好きだって言ってみる。」
自分の言葉に驚きつつ最後の一口をフォークに巻きつける。
戦場に送り込んでやる。

「え?で、でも。」

「うん。やっぱり美沙には荒療治が必要だよ。」
最後の一口を口の中に放り込む。思わず顔がほころぶ位に美味しい。
量もたっぷりあってそれでいて最後の一口まで美味しいというのは犯罪的ですらある。
ナプキンで口の周りをぬぐって、コップの水をこくこくと喉に流し込む。
目の前には猫のように目を丸くした二人が私を見つめている。


だってそうじゃないか。
わざわざ不戦敗になる事はない。
たとえ0対100で負けるとしたって後悔をしないような努力をするべきだったのだ。
枕と仲良くするのなんてその後でだって遅くはなかったのに。
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by obtaining | 2005-11-11 22:41 | document

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