Another Part Of Me 第1話

男爵はんのセクシャル・チョコレートを読んで書いたスピンオフ的な奴。
http://hizageri.exblog.jp/


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「ねえ、あんたって男だよね?」

クラスメイトの「女の子」に私がそう言ったとしたら、さて、どうなるだろう。
気が狂ったと思われるか、酷い侮辱と受け取られるか、泣かれるか。
良くて冗談だと思って笑われるか。
まあそんな所だろう。

しかしここの所段々とその誘惑に抗し切れなくなっている自分を感じる。
クラスメイトの「あの」新城葵に対してこう言ってみたい。

「ねえ、あんた1年前まで男だったよね。何で女の恰好してんの?ゲイか何かに目覚めたって訳?」
と。
そう言ったら彼(彼女?)はどう答えるのだろうか。

まあ、といってもこれ、実は確信があって言っている訳ではないのだ。
というよりも「今」の新城葵は別に男っぽくもなんとも無い。

誰が見ても女、というよりも寧ろ明らかな美人である。
しっとりとした髪の毛に凛とした雰囲気、すらりとした長身で表情に憂いを秘めた美人。
胸だって大きい。どちらかというと私なんかよりクラスの中じゃよっぽどSEXシンボルに近い。

しかし私はここ最近、ずっとある違和感から逃れられずにいる。
1年位前の新城葵は男だったと思う。という違和感。

ぎざぎざに切ったぼさぼさの髪をして、目つきが悪い、
どことなく暗い感じのするクラスでも目立たない男の子。
それが「新城葵」だったように思う。
しっとりとした髪の毛に凛とした雰囲気、すらりとした長身で表情に憂いを秘めた美人。
それが今の「新城葵」で、
陰鬱な雰囲気の目付きの悪い、でもクラスじゃありふれてた男の子の1人っていうのがが私の「知っていた新城葵」だ。

重なりそうな重ならなさそうな印象。
皆は覚えていないのだろうか。
いつの間にかいなくなった目つきの悪い男の子。
いつからかそこにいるようになった垢抜けた美人の女の子。
他に新城葵に対して私と同じような違和感を感じている人間はいないのだろうか。

まあ、と言ってもまさか新城葵を前にあんたって男だよね?と聞くわけにはいかない。
私が皆の前で新城葵に「あんた男?」と聞いたとしたら100人が100人共、
「何言ってるんだこいつは」と私の方を見るだろう。

それは避けたい。私は所謂クラスで良くやっているタイプだ。
目立つグループで帰宅部。放課後は毎日のように友達と遊びに出かけ、それでいて成績もそこそこ。
問題も起こした事が無い。
外見も程ほどに(許される範囲内で)飾っているし、皆が私には一目置いている。
成功してる女子高生って訳だ。

学校は私にとって居心地の良い場所なのだ。
だから、そんな事はどっちでも良いといえばどっちでも良い。
殆ど話したことも無い、ぎざぎざに切ったぼさぼさの髪をして、目つきが悪い、
どことなく暗い感じのするクラスでも目立たない男の子がいなくなろうがあまり関係は無いし、
クラスの中で自分のライバルになりそうな活発な女の子がいつの間にか現れようが
それで私の立場が悪くなると言う事もない。

今の新城葵ともお互い一人でいる時にすれ違う時なんかにちょっとした挨拶をしたり、
席が近くなればちょっとしたおしゃべりもするっていう程度の関係だ。
所謂普通のクラスメイトって関係で
放課後に一緒に遊びに行ったり、休日に会ったりするような関係じゃない。

だから今の私の状況だけを考えてみれば、そんな事はどうでも良いといえばどうでも良い。

でも私はどうしても知りたい。いや、知る必要がある。
新城葵が男なのか女なのか。
新城葵が「男だった」のか、ずっと女なのかどうか。

どうにかしてそれを知る方法が無いのか、この所私はずっとその事を考えている。
今の新城葵は私と同じなのかどうか。

ずっと私が感じている疑問を新城葵も感じているのかどうか。
私は「本物」なのか?それとも何かの「偽者」なのか?
今の新城葵は「それ」に気がついているのか?

私が持っている昔、男だったという記憶はそれと同じなのか?
私も「弓弦瑞希は男だった。」と誰かに思われているのか?

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鏡で自分の身体を見ていて時々ぞっとする事がある。
その時その時考える事は他愛も無い事だ。
女の子らしくもある。
もう少しおっぱいがつんと尖っているようになったら見栄えがするだろうな。とか。
お尻のラインがもうちょっときゅっと上がらないだろうか。とか。
まあでも悪くないよな、おっぱいはあんまり大きすぎるより手のひらサイズのこの位の方が似合う洋服も多いし。
とか。

それぞれは他愛も無い一つの思考。
でも私のそれはぞっとする何かを秘めている。
鏡の中の自分に対して雑誌のグラビアアイドルを批評しているような視線しか送れない事は、果たして正しいものなのだろうか。
人ってこんなに客観的に他人のように自分の身体を見れるものなのだろうか、と考えてしまうのだ。

人から見られる事に敏感な年頃だから?
自意識が肥大してコントロールが効かない年頃だから?

いや違う。そうじゃない。
私は自分の身体を自分のものだと思っていないのだ。
いつだって意識しないうちにいつの間にか他人のもののように見ている。

私の乳首はやや上向きについているし、程ほどに背筋と腹筋を鍛えておっぱいの角度を作れたらつんと尖ったいやらしい感じのおっぱいになるかも。
ある日鏡の中の自分を見る自分のそういった視線の本当の意味に気が付きかけた時、
それをある考えで補完しようとしかけて私は心底震え上がった。

「私はもし、明日癌で余命半年ですと言われたらどう思うだろう。」

肺ガン、肝臓ガン、膵臓ガン、子宮ガン。
自分の身体を見る。そして私はこう考えたのだ。
多分、「ふうん。」って言いそう。

私はこの身体に全く愛着を持っていない。
誰か他人のものだと思っている。

いや、そのニュアンスじゃ伝わらないかもしれない。
私は、私の身体を全く自分のパーソナルなものだと思っていないのだ。

@@

自分の身体を人事のように見ているならじゃあどうでも良いやとなるかというとそう言う訳ではない様で、
私は自分の見た目に人一倍気を使う。
客観視するがゆえの厳しさを持って私は自分の身体を見る。
髪型、服装、歩き方。
見た目が他人に対してどう影響するかを私は常に考えて選択し、行動している。

これも気持ちの悪い話だ。
自分の好みで自分の容姿を決定しないなんて。
クラスメイトの大半は自分の好みで洋服を買う。
「ねえ、これ似合うかなあ?」
なんて嘘っぱちだ。似合おうが似合うまいが普通、女の子は自分の好きな洋服を買って着るし、
似合おうが似合うまいが自分が好む髪型にする。

私が肩より少し長い髪の長さにしているのは「それがどんな髪型にも似せやすい」からだ。
三つ編みにしても、後ろで結えても、緩くウェーブを入れても、スプレーを使って後ろに撫で付けても、
結ってまとめてショートっぽく見せてもどれにでも対応できるからだ。

下着はブランド物だが派手すぎず、少しだけフリルの付いた上下のおそろい。
私をおしゃれだと思っている人間にはそれっぽく見えて、私を清純だと思っている人間にもそれっぽく見える。
これが一番同級生の女の子に見せても問題なく、そして男に脱がされた時にも問題が無い。

制服のスカートは膝と太腿の中間。ちょっと背伸びしているイメージ。
背筋を伸ばして歩き、本を読む時と授業の時だけ眼鏡を掛ける。
私のイメージを少しだけ変える、誰にでも可愛く見えるような小さな形の良い眼鏡を選んでいる。

それらは全て選択の結果だ。
私は目の前にAとBを出された時に、自分の身体を想像し、どっちが良いかを選択する。
どっちが好きか、じゃなくどっちが良いか。だ。
どれが自分が好きかを考えられない選択は大抵の場合当たるらしい。
当たった場合どうなるか。心の中で、少しだけにやりとするだけだ。
ご褒美は他人からの自分の見た目ってだけ。
センスが良いね。と褒められても全く嬉しい気がしない。
あんたの携帯のアバターも随分可愛いじゃない。何で自分自身を同じようにしない訳?
とそう思うだけだ。

私は自分自身を客観的に見ているんです。誰か偉い人が言ってたね。
もしそれがこういう事ならあまり褒められた事じゃない気がする。
自分の好きな物と自分自身が重なり合わないなら、それは虚しいだけだ。
効率の良い選択だけをする人生なんて、最低だと思わない?

私の生きている人生は「とりあえず」なのだ。
皆と違って、ただ「とりあえず」生きている。
その為に得な、もしくはやや興味を引く選択肢を選んでいくだけの人生。
私は昔、こんなんじゃ、なかった。
私は自分自身の人生を取り戻したい。

私が好きで選んだ、ダサい恰好をする為に。
今のところ私にとって最も近い取っ掛かりが「新城葵」だ。


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by obtaining | 2011-02-16 09:43 | document

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