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剣 The World's Greatest *2

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風情のある四阿だった。小川の畔に立てられていて、すぐ傍には滝があり滝に落ちる水が霧となってうっすらと地面を覆っていた。
花畑は四阿の畔に向けて薄い紫色の花を多くしていて、
小川の向こうに延々と続く薄青と薄赤の花畑とのコントラストは四阿の中から見るとさぞ美しい事だろう。
小川から魚がぱしゃん、と跳ねた。
こんな所なら一日いたって飽きる事は無いだろうと思いながら四阿へと足を向けると、

そこに少年がいた。
色素の薄いさらさらとした髪に美しく染められ、清潔そうな絹の服を着ている。
身長は私より頭一つ分くらい小さいだろうか。

四阿の庇の下に設けられたテーブルの上にお茶菓子でも用意しているのだろうか。
少年の身体にはやや大きく移るトレイを片手に持ち、トレイの上の色取り取りの何かを
--お菓子のように見えたが、私には見た事も無いものだった--
テーブルの上に置いている。

使用人の一人なのだろう。
ここにきて随分と歩いた後、初めて見た人間だった。
少しだけほっとする。
なんだかここの幻想的な雰囲気に呑まれてまるで世界に自分一人だけになったような気分でいたからだ。

せっせと働く少年は無害そうではあった。
いや、有害か無害かで私と比べられたら少年も不本意だろう。
と、一歩を踏み出すと、草を踏む音が聞こえたのだろう。
少年がこっちを向いた。

全てが薄い、といった印象が当てはまるだろうか。透明感があるといった方が良いだろうか。
整っているのにどこか危うさを感じさせる顔立ちだった。

その顔が、くしゃり、と笑顔に変わる。

「ああ、こんにちは。そこの椅子に座って下さい。今、お茶を出しますから。
君は運が良いです。丁度、今、お湯が沸いたんですよ。」
喉が渇いたでしょう?と続けてくる。
透き通るような声と、育ちが良いのだろう。
どこにも警戒感を感じさせない、まるで旧知の友人に向けるような、
思わず笑みを返してしまいそうな、そんな気持ちの良い挨拶だった。

2度ほど顎を掻く。
私も挨拶を返さねばならないだろう。
私は踝まであるスカートの裾を少しだけ持ち上げ、右足を一歩前に出し、ぐいとその足を足元を踏みにじるようにひねった。
すう、と息を吸い、

「しゃばい事言ってんじゃねえよこの野郎!叩き殺すぞ!」

少年を睨み付けながら叫ぶ。
手馴れたものであり、良く通るが、出来るだけ低く押さえたその声は自分の喉から出ていると判っていても迫力がある。

少年はひい、と悲鳴を漏らしながら目を見開き、びくり、と肩を震わせた。
トレイを手に持ったまま「え、え、」と絶句して立ち尽くしている。
良い兆候だ。
この商売、舐められたら最後である。
私だって別段快楽殺人者という訳ではない。殺さずに済むものなら殺さずに済ませたい。
その為にはこちらの要望を簡潔に、手短に伝え、向こうには敬意を持って私に応対させる事が必要なのだ。

少年を睨み据えたまま、前に出した右足を軸にゆっくりと左足を前に出す。
と、少年はおびえた顔で後ずさった。

良い。この少年は、実に良い。
私の要求を伝えやすい。私の要求が伝わると言う事は私の思うとおりに事が運ぶと言う訳で、
結果として私の目的を果たせる訳だし、少年も危害を加えられなくて済む。

顎を上げ、睨み下ろすようにすると、少年がさらに一歩後ずさる。
後ろで魚がぱしゃっと川面に跳ねる音がした。

低く抑えた声で私は続けた。
「私はな、皇帝陛下に仕え、いや、お仕えする為にここに来てるんだよ。
但し、他の誰にも従うつもりはねえ。私は皇帝陛下の為だけに働くんだ。
だからてめえにも命令される謂れはねえ。
てめえに言われずともそこの椅子には私が座りたい時に座るし、立ちたい時に立つ。
歩きたい時に歩く。息を吸うのも、吐くのも、誰かを殺すのも、皇帝がそうしろと言う以外の事は全部私が好きなようにやる。
いいか、誤解するなよ。これはお前にだけ、言うんじゃない。ここにはお前より偉い奴は何人もいるだろう?
でも私は全員にそうさせる。いいか?全員にだ。私は皇帝陛下意外、誰の命令にも従わねえ。
次に君、だなんて私のことを呼びやがったらこの白狐の姐さんがてめえの首っ玉引っこ抜いてやるからな!
判ったな!あぁ!

簡潔に私の要望を伝えると少年は更に2歩ほど後じさり、壁にぶつかりながらこくこくとうなずいた。
交渉成立だった。話が早くて助かる。
これからもそうであればいいのだが。

スカートの裾を払い、椅子に座る。と、少年がおずおずといった感じで口を開いた。
「白狐さん、とおっしゃるのですね。」

懐から煙管を取り出して咥え、火を付ける。
ふう、と煙を吐き出してから少年に要望を伝えた。
「白狐の姐さん、と呼べ。敬意と愛情を込めてな。」
「はい。白狐の姐さん。」

「そうだ。それでいい。」
「はい。」
少年の素直な言葉に微笑ましい気持ちになり、少年の顔を見る。
聡明なのだろう。年の頃は12~13歳、いや、背が低いもしかするともう少し上の年齢なのかもしれない。

「お茶をくれるか?」
私の言葉にうなずくと、お湯を取りにいくのだろう。ぱたぱたと音を立てて走っていく。
少年はこちらを見ていない。思わず笑みをこぼした。
有体に言って可愛らしかったからだ。

テーブルの上の茶菓子を口の中に放り込む。
実の所、私は甘党である。煙管を吹かしながらでも菓子は喰う。
と、それは私の想像した通り、放り込んだ瞬間に蕩けるような甘みが口の中に広がる。
信じられないくらい美味い。
目の前には花畑と小川。
きっとあの花で花冠を作ったら、とても可愛いものが出来上がるに違いない。

テーブルの茶菓子を幾つかポケットの中に仕舞いながら、
ここはそう悪くない所に違いない、と私はそう考えた。


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by obtaining | 2010-10-06 15:06 | document

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