MY SWEET DOG 第5話(終)

男爵さんによる剣シリーズ雪化粧のスピンオフ作品です。全5話。
まずはリンク先の雪化粧からどうぞ。


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「持てるか?」
訝しげな顔に大丈夫です、とにっこりと微笑みかけた。
カウンター越しに渡されたそれを如何にも重そうに抱え上げる。

実際にそこそこの重量がある。普通の女性であれば上半身と腕の力だけでは持ち上げる事も出来ず、
両脚でしっかりと踏ん張る必要があるだろう。

それをよいしょ。と持ち上げて背を向け、歩き始めるとちょっと待て。と声を掛けられる。
振り向くとカウンターの向こうにいた男が足早に私の前に歩いて来た。
顔の痘痕の跡が痛々しく浮き、片足でびっこを引いたあまり見た目が良いとは言えないスオルムの兵士だ。
「これを・・・」
そう言って顔を歪め、懐から封書を取り出してくる。

「その・・・メニスから聞いたんだ。その、何ていうか、な。」
口ごもる男を見返すと慌てたように言葉を繋いでくる。
「お、お前の同僚に、アプリルというメイドがいるだろ。
これをそいつに渡して欲しいんだ。
その、こいつは、あれだ。俺の気持ちが書かれている手紙なんだ。」
そう言いながらがりがりと頭を掻く。

「判りました。」
そう言って男から笑いながらそれを受け取った。
きっと喜びますよ。と続けると痘痕顔の男は無邪気な笑顔でありがとう、と言って笑った。
笑い顔は案外幼く、見た目よりもきっと若いのだろうと思った。
もしかすると私と同じか、もっと若いのかもしれない。
手紙を懐に入れて、先程渡された剣を背中に回した。

「重いだろう?お、俺がそれ、持って行ってやろうか?」
痘痕顔の男がそう言ってくるのに首を振った。

「いえ、これは私の仕事ですから。」

漸くという風を装って剣を背中に背負う。
痘痕顔の男の視界から外れるまで、ゆっくりと歩く、
男の視界から外れた瞬間、剣を片手で掴んで走った。

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私の父親は有体に言えば、アレイストルスの持ち前の明るさや屈託のなさを持たない、
つまりは父親の祖国であるスオルム人の大半の男と同じく、厳格で冷徹な性格の人間だった。
父の口癖は「人は情を用いてこそ動く」だったけれど、
本人がそれに当てはまっていたとはとても思えない。

私の父親はおよそ情で動くような人間ではなく、
寧ろ自らが信じきった理屈のみを元にして動くタイプの人間だった。

女の私に剣術の真似事をさせたのもそれが理由だ。
大半の貧しい家のスオルムの女と同じく年齢が行けば運良く何処かに嫁に行くか、
それともメイドになるか、売春婦となるか(後者の二つは限りなく近いものかもしれないが)
しかない私に子供の頃から剣の使い方を教えたのは「戦争になるかもしれないから」だった。

父は富裕な商人に出入りする職人の一人で、どこかからそんな情報を聞きつけたのだろう。
私の子供の頃は良く「今すぐでなくとも、後20年、いや10年後には大戦争が起こる」と呪文のように唱えていた。その理由は判然とせず、大国である王国が責めてくるのだとか、
スオルムの皇子に忌子が産まれたからだとか、その時々によって父の言う事は変ったけれど、
戦争になる、大きな戦争になるという事だけは父は頑なに信じきっていた。

父は昔戦争に行った経験から戦争においては剣の腕だけが頼りだと信じており、
剣の腕だけが自らを助けるのだという信念を元に息子だけでなく娘にも剣術の手解きをした。
年端も行かない私も木剣を持たされ散々振り回させられたものだ。

無論今こうして城に入り兵士の訓練を見れば父の言う剣術が、
本物の兵士のそれに比べれば随分といいかげんなものだったと判る。
考えてみれば一介の職人の父が教えるものであったのだから
父からして見よう見まねで覚えたのに違いないそれが適当なのは当たり前であった。

それでも、それは児戯というにもおこがましいモノであったとしても
毎朝、毎夕行われる振り下ろし、突き刺し、跳ね上げるその動きは
徐々に石を穿つ水のようにささやかな技術を私に与えてくれ、そして今それは結実しようとしている。

兵士用のまともな剣を重心を上手く置き換えて片手で持ち上げられる華奢なメイドがいるなどと誰が信じるだろうか。

父の言うような大戦争は起こらなかったけれど。
父の理屈は少なくとも今の私には役に立つようだった。

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兵士の姿が見える度に私は剣を担ぎ直して歩き、兵士の目が無い所でのみ走った。

今やこのお城の中は殆どスオルムの兵士の巣窟と言っていい。
特にライナルトというあの将校の周囲に至ってはスオルムの兵士にがっちりと固められている。
しかし、兵士達は重そうに剣を抱えた私を咎めるどころか寧ろよたよたと歩く私を気の毒そうにすら見ながら
あっさりとライナルトの居室までの道を開いた。
私が常にコルネリア様の側にいるメイドだからという理由もあるだろう。

しかし、つまりはこういうことだろう。
メイドが持つ剣などというのは彼らにとって武器では無いのだ。

しかし、こうして見るとスオルムの兵達のなんと傍若無人で腹立たしい事か。
あの青年将校の指図なのか、それとも副官が優秀なのか。
剣を持ち、表面上は平静を装いながら歩いてみると
ライナルトの寝室までの要所要所に兵士が何気なく配置されているのが判る。
兵士達は歩哨に立つようにしてはいないし、そして兵士によっては座り込み、
数人で喋っているようなのもいるが、こうして見るとどの兵士もまるでそこが持ち場かのように動かない。
見るべくして見れば明らかにコルネリア様の寝室とライナルトの居室を繋ぐ線を中心として配置されており、
何らかの意図がある事が判る。
コルネリア様は鷹揚であるから気がついてはいないが、
このままではすぐに城中の人間がこの事実に気が付く事になるだろう。
いや、コルネリア様付きとはいえ、ただのメイドの私にすら、こうやって見れば怪しく見えてしまうのだ。
実際は既に気が付いているものもいるだろう。
相手がコルネリア様だからこそ口に出すのも憚られ、噂になっていないに過ぎない。

しかしそれもコルネリア様の王家としての神聖な、不可侵の威厳があっての事。
城中の奥にスオルムの兵士がいる異常事態が続けばその威厳もいずれは落ちてしまう。
今のままでは時間の問題だろう。

しかしそうなったとてあのライナルトという青年将校はなんら痛痒も覚えないのだ。
コルネリア様の名声が地に落ちるだけにすぎない。
あの男はそれまで通りにあの厚顔でコルネリア様の前に立つに違いない。

であればこそ。私の決断は間違えてはいないと今にして思う。
今このタイミングしかなかった。
スオルムの兵士達は所謂田舎兵だ。
あのライナルトという青年将校が部隊の全ての権力を握っているのであれば、
これからの私の行為はもしかするとコルネリア様だけでなく、
アレイストルスをも救う事になるのかもしれない。
私がアレイストルスを救うのだ。
スオルム人の父を持つ、この私が。

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コルネリア様の居室の扉には紅いスカーフで封がしてあった。
立ち入り禁止の合図であり、このスカーフが掛かっている場合はメイドだけではなく、
何人たりとも声を掛ける事は許されない。
そして。
部屋の中から何が聞こえてきても、それは聞いてはならない。

コルネリア様の嬌声。
頭が焼ける。

扉に巻きついた紅いスカーフを毟り取った。
剣を鞘から抜く。柄をしっかりと握りながら鞘を投げ捨てた。
後ろから「おい、お前、」と訝しげな声が掛かる。
声の聞こえ方から大体の位置を考え、思い切り剣を振り上げて振り向き様に斬り下ろした。

剣はどこかで見たような髭面の男の左側から顔面に入った。
びしゃん、という粘着質な音と共に男の顔面の半分が吹き飛ぶ。
脳漿と共に斜めに千切れた顔の半分が床に転がる。

想像よりも身体が動いた事に満足する。
思ったよりも剣の重みを感じない。私の力でも振り上げる事が可能だ。
そして重い剣は当たりさえすればこうなる。

兵士の持つ剣に切れ味を考える必要はない。
どちらかと言えばそれは叩き付けるものなのだ。
父に柄を叩き付けるつもりで斬れと言われた事を思い出す。

頭の半分を吹き飛ばされた男が膝をつき、千切れた頭の半分、
丁度口のあった場所から白い歯が何本か見えた。
そこがみるみるうちに血に染まっていくのを見ながらその男の胸を蹴り倒した。
大理石の広い廊下の向こうから何人かが叫びながらこちらに走ってくるのが見える。

それを横目で見ながら重いライナルトの居室の扉を開けて中へ駆け込んだ。

部屋の中ではコルネリア様の裸身が踊っていた。
真っ白な裸身を狂乱の体で振りみだしている。
外の騒ぎにも気が付かなかったのだろう。
いやらしくしっかりとくびれのある腰が前後に踊っている。
今、正に男によってクライマックスを迎えている女の動きを刹那の間、
何も考えずに見ていた。
嫌悪感は無く、ただ、ああ、そうなんだ。とだけ思った。

私は少しだけ、何かを間違えたのかもしれない。と。

だがもう遅い。
がっくりと項垂れたコルネリア様の首に手を廻したあの男の仕草は、
その優しげにも見える仕草は、私の怒りに火を付けるのに充分でもあった。

後ろから怒声が近付いて来る。

だがもう遅い。
どうせ私は死ぬのだし、あの男も死ぬ。
二人ともまだこちらには気がついていない。

ゆっくりと剣を掲げる。口を開くと自然に声が迸った。
「えやああああああッ!」

思い切り叫びながら、私はあの優しかったコルネリア様に触れている男に向かって走った。



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by obtaining | 2010-08-25 10:02 | document

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