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MY SWEET DOG 第2話

男爵さんによる剣シリーズ雪化粧のスピンオフ作品です。全5話。
まずはリンク先の雪化粧からどうぞ。

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「ああああああっ!だめっ!いくっ!私、あっ!いくぅっ!」
じっと壁を見つめる。
壁越しに聞こえる嬌声とも言える声。
いや、高くあられもないこれは艶めかしい嬌声そのものだろう。
最近では辺りを憚る事の無いそれは王室の薄い壁を素通りして隣の部屋にまで及ぶ。
王宮の、特に王族の部屋の壁が室内の装飾の豪華さに比べて町屋のように板張りで薄いのは戦乱が続く頃よりの伝統だそうだ。
いざ敵兵に攻め込まれた時に壁を破って逃げる為という。
敵兵は廊下を伝って侵入するから廊下を逃げたら鉢合わせる。だからだという。
上手く考えたものだと思う。これも弱国の知恵という奴なのだろう。

しかしこの薄壁は女の嬌声を抑えるには向いていない。
コルネリア様の激しい息遣いまでもが壁越しに響いてくる。

無論メイドとしてこのような声を聞いた事が無い訳ではない。
メイドなど雇い主にとってはそこらに転がる家具の一つに過ぎず、
これまでの雇い先では目前の絡み合いを見ながらあれこれと指示を出された事さえあった。

であるから、コルネリア様の嬌声を聞いたから何だという訳ではない。
コルネリア様のそういう部分を私が軽蔑する訳が無いし、寧ろコルネリア様にもそういった楽しみがあってもいい。そう思う。

「凄い・・・はあっ・・・ああああああっ!」

そのお相手が国王様なのであれば。だ。
ぎゅうと拳を握り締めた。

今コルネリア様の寝室にいるのは国王様ではない。
スオルムのライナルトと呼ばれる青年将校だ。
メイドの身で詳しい事は判らないが
数週間前からこの城の中にこのライナルトという青年将校の一隊が住み着くようになった。
同時に国王様が謎の病気に伏せられ、国内の政治の実権はこの青年将校が奪ったような形となっていた。

それだけではない。
美形ではあったが酷薄な冷たい印象をもつこの青年将校は王妃であるコルネリア様の身体すらをもこのように奪っていた。
これがコルネリア様の望んでいた事で無い事はコルネリア様の一番近くにいる私には判っている。
その現場にいた訳ではないがコルネリア様はこのライナルトという男にその意思に反して乱暴をされたのだ。そしてそれを弱みに身体を弄ばれるようになった。
それが恐らくライナルトがこの城に入った直後であろう事も判っている。
あの日の青褪めたコルネリア様の顔色と私に寝室に鍵を取り付けるように言った事がその証明だ。

王妃の寝室に他国の男がいる。
これはアレイストルスとしては決して許してはならない類の話だろう。
コルネリア様にはお子は娘のカミラ様しかおらず、男子がいない。
これで孕んだらどうなるのか。

通常こう云った場合、事態がどうであれメイドには重臣に報告する義務が科されている。国王の不貞、王妃の不貞双方に関してだ。
通常国王の不貞は見逃されるがそれでも重臣達はその事実を掴んでおく。どこかに勝手に子供を作られては困るからなのは私にでも判る。
しかし王妃の不貞はその比ではない。
例えその事実が無くても、例えば何か不測の事態があり護衛隊長と1分間密室にいなければならなかった。
そういう時に何かがあるはずは無いが、例えそういう事でもお付のメイドには報告の義務が科される。

その後どうなるのかは判らない。
この保守的な国において王妃様の不貞があったとして、それを裁くと云う事にはならなさそうな気がする。事実そのものが抹消されるだろう。
暗い気持ちになるが恐らく関係者が抹殺され、その期間に子が生まれればそれも殺されるのだろう。

報告したら私も殺されるだろう。これは怖い事だ。
そして黙っていた場合は見せしめの為により惨く殺されるだろう。これも怖い。
どちらにしても私に先は無い。
だが、私がこれを報告しないのは諦めの為ではなかった。

奇妙で複雑な感情が私の中で渦巻いていたからだ。
一面において私の中の一部は喜んでいた。
少なくともコルネリア様の声に辛さは無かったからだ。
いや、表面的にはあるのかもしれない。
隣室から漏れ出る声には辛いとか、嫌、といった声も含まれていたからだ。
しかしコルネリア様のその声には媚が含まれているように感じたし、
実際の所今のようにライナルトに抱かれている声は悦びと言って良いものだ。
普段の貞淑で美しい顔は美しいけれど、
コルネリア様のこのような声は私に悪戯をする時のような奔放さが感じられて、
嫌なものではなかった。
お相手が国王様でさえあれば、私はコルネリア様のこの声に笑みすら浮かべただろう。
もしかすると私自身も興奮してしまったかもしれない。

しかしもう一面において、いや殆どの面において私は憎んでいた。
無論コルネリア様にではない。ライナルトというあの男に対してだ。
あの男の行為は今後どのように転ぶにせよ確実にコルネリア様の未来を奪うものだった。国王と王妃の結婚は神に見守られたものであり
それを踏みにじるあの男は無論、死ねば地獄に行くのだろうが、
それだけで済ませられるものではない。
このまま行けばあの男が死ぬ時はきっとコルネリア様も死ぬ時になる。
それを許す訳には行かない。
しかしその逆は無い。少なくとも今ならば。
これに気が付いているのが恐らく私だけの今ならば。

最早、私自身の死は間違い無い。
それが遅いか早いかの違いだけなのだからこれからする行動に躊躇はなかった。

しかし私の考えているこれは正しい事だろうか、との思いは拭えない。
政治の判らない私に今の状況は判らない。
もしかするとライナルトというあの男を殺す事はアレイストルスの為にならないのかもしれない。
いや、きっとならないだろう。
スオルムの軍隊が城内にいる状態での暗殺が国の為になるとは思わなかった。
しかし実際はどうであれ私の主人はコルネリア様であり、コルネリア様の為に私は働く。少なくとも今殺せば王妃付きの侍女の錯乱で済むだろう。
王妃様の不貞も例え気が付いていた人間がいたとしてもうやむやになるだろう。
私の方は相手を殺してすぐに自害してしまえば良い。

だから正しいと信じて行動する。
私を学ばせてくれた、メイドが学ぶ事を許してくれたのはコルネリア様なのだ。
私が考え、私が行動しても良いのだと教えてくれたのはコルネリア様なのだ。
優しいコルネリア様は私に死ねとは言わないだろう。
自分の行為が私を避けえぬ死に直面させている事も気が付いてはいないだろう。
そしてこのまま気付かないでいて欲しいと思う。
だからその前に、コルネリア様が教えてくれたように自分で考えて自分で行動しようと思う。

賭けられるのは何よりも軽い、たかがメイドの私の命だ。
けれど、コルネリア様が教えてくれたものの重さがもしかすると私にそれを成し遂げさせてくれるかもしれない。
そう信じている。

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by obtaining | 2010-07-04 21:01 | document

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