Truc Ai 3 その2


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前日に頬に小さなニキビが出来るというアクシデントがあったものの
無事にその日は訪れた。

和子さんが本気になって着付けた桜色の着物は自分で言うのも何だけれど似合っていた。
形も良い。腰周りがどの角度から見てもすらりと柳腰に見えるようになっていて
自分で着付けるとこうは中々ならない。
さすが年の功だ。とは口には出さない。
髪は編みこんでうなじを出すようにした。
和子さんと二人で鏡を覗き込む。完璧ね。との呟きにそうかも、と思う。
うん、まあ、中々のものかも。

見せたいな、とふと思ったけれど、主人様の部屋に声は掛けなかった。
外出する時にそうしないのは初めてだな、とそんな事を考えながら。


和子さんが呼んだ車に和子さんと一緒に乗って、先方の待つ料理屋へと向かう。
和子さんは母親代わりだ。
車に乗る瞬間にふと庭先に目をやると、箒を持って目を丸くしてこちらを見ている鈴子と目が合った。
車の出しなにひらひらと手を振ってやる。
帰ったらさぞかし質問責めにされる事だろう。

主人様の付き添いでしか入った事の無いような、素晴らしい庭園のある料理店に着いて、一番奥の部屋へ通される。

襖を開けた瞬間、おお、どよめくような声が聞こえた。
この前お屋敷で見た、しゅっとした印象の人と、かなり年配の恐らく父親。
そして母親であろう女性と、御付きのメイドだろう若い女性。

「はじめまして。本日はお招きをいただきましてありがとうございます。」
と、挨拶をする。
和子さんが続いて挨拶をする。

私達の挨拶ももどかしそうに立ち上がったその人が、ちょっと背は主人様より高いくらいかも。私に手を差し出してくる。
「今日は来てくれてありがとう。」
ぎゅっと手を握られる。
ゴツゴツとした手だった。

慣れるだろうか。慣れる事が出来るだろうか。と思う。

出来るかではない。そうしなきゃいけないのだ。
ここまで来て、私に嫌という権利なんて、いや、そんな事を思う方が間違っている。
和子さんが、主人様が与えてくれようとしている私の幸せを逃す権利なんて、私には無い。

その人の顔を見て、にっこりと笑う。
2重写しにしちゃいけない。そんな失礼な事は出来ない。そう心に誓う。


話は和子さんを中心として非常にスマートに進んだ。
スマートに進むように作られているのだから当たり前といえば当たり前だ。
和子さんはこの道のベテランでもある訳だし。
話のもっていき方も何もかもがなんだか先程の乗り心地の良い車の如く、素晴らしく澱みなく進行する。
趣味、好きな本について、休みの日にはどんな事をしているのか。礼儀作法は?云々。
私が少しでもつっかえると和子さんがすかさずフォローして私の事を褒めたり、上品にからかったりしてくれる。
その人も見た目よりもずっと話上手で、なんやかや、と私に話を合わせてくれ、好きな作家も一緒だと云う事で、その話をする。
そしてつつがなくといえばつつがなく進んだ後、暫くして、二人で話でもしてきなさい、と言われて庭に放り出される。

その人が先に立って、私に手を差し伸べてくるのを、雪駄は履き慣れないのもあって、
手を取ってもらって庭へと降りる。
降りたら手を離してもらえるかと思ったけれど、そのままに手を引かれる。

石造りの小さな橋と池とそこにいる艶のある赤色の鯉、
直射日光が当たらぬ様に所々に配置されている整えられた竹薮。
そこから放射線状に薄く差す日光。
歩く度に音のする綺麗に形の揃った敷石。
見事に作りこまれた回遊式庭園の中を手を引かれながら歩く。

「今日は、本当に、嬉しかった。」
と、その人が言う。そして本当に嬉しそうに笑う。
「私の方が年上なのに、宜しいのですか?」
そういうとぶんぶんと首を振る。
「そんな事は全く、何も問題などありません。
私はあの日、越智のお屋敷であなたを見てからというもの、あなたの事が忘れられなかった。」

じゃりじゃり、と音を立てて歩く。
右手に繋がれた手。少しごつくて、温かい手だ。
私はそんな事ばかり考えている。
何だかちょっと違う。

いつものと違う。

ほう、と息を吐いた。顔を上げる。
人の好意を無にして、きっと私は、馬鹿なんだろう。
何だかちょっと違うなんて自分でも説明できない子供染みた理由で和子さんの、主人様の顔を潰すのだ。
「すみません、今日のお話なのですが、」

私が言いかけたその瞬間だった。

「すみません!申し訳ない!!」
後ろ側から大きな叫び声が庭に響いて、ひゃっと飛び上がる。

びっくりした。
                           
きいたこともないくらい、大きな声だ。 こんな声、出せるんだ。

走ってきて、私の手を掴む。

「お、おい、」
その人が言う。
主人様が、走ってきてその人から奪い返すように私の手を掴んだ主人様がその人に向かって頭を下げる。

「すまない、八尋君。今日の話は無かった事にしてくれたまえ。」
「帰るよ、秋乃。」
そう言って、ぐい、と手を引かれる。私はぼう、としながらこくり、と頷く。

私は主人様にぐいぐいと手を引かれながらとつとつと歩いた。
きっと私は随分と目を丸くしていた事だろう。勿論周りの人間もだけれど。

歩いて料理店から出て、すぐ側にある公園だろう。連れられるままにそこを通る。
私にはそこがどこだか判らない。お屋敷の方向なのかすら。
手を引かれながら歩く。
漸く広い芝生と周囲を綺麗に紅くなった紅葉に囲まれている公園の中心付近まできて、急に振り向かれる。
真っ赤に染まった葉が私の桜色の振袖の裾に落ちる。

そして主人様は大きく息を吸って、
「何で僕に言わないんですか!」
と、怒鳴った。


「はいっ」
と反射的に思わず答える。主人様は怒ると何故か敬語になる。
昔からそうだった。

「あ、あ、秋乃、僕は怒っているんですよ。鈴子が屋敷中に聞きまわって、
漸く家令の1人に事情を知っているのがいて、
そして僕の所にすっ飛んできて、そして話を聞いてびっくりしました。」

「そ、その、あなたが彼を好きだと言うのなら仕方の無いことです。
自分が今、その、随分と常識はずれな事をした事も判っています。
しかし、しかし秋乃も、酷い、その、あまりに酷いじゃないですか。
僕に一言の相談もなくこんな。無論、その、秋乃には秋乃の人生がある。
そう云う事は判ってはいる、います。でも、でも、
その、こんな事を人伝えに聞いた僕がどんな気持ちになると思っているんですか?
こ、これを聞いた時、ぼ、僕は・・・その、秋乃がそういう事に気が回らない、そういう人じゃない事は知っているから、
だ、だから若しかしたら言い辛かったのかもしれない。そうも思いました。
あなたが彼を好きになり、であれば確かに僕にはきっと言い辛いという気持ちもあったのだろう、とそう判ります。
僕にだってその位の想像は付く。付きます。
だ、だから、僕の今日の行動を秋乃は軽蔑するかもしれません。でも、
しかし、であればこそ、であればこそやっぱり僕は秋乃にきちんと言って欲しかった。」

「ええと、その、それって・・・」
何か重大な齟齬があったのだ。と気がつく。
でも、彼は私の表情に気がつかないようで、言葉は続く。

「でも、でもこれだけは言わせて下さい。
もう遅いかもしれないけれど、その後、あなたの気持ちを聞かせて貰いたい。
若しかしたら僕がはっきりしない事で、秋乃も、鈴子も、僕がメイド相手に本気にならない、
なんて、そういう男だと思われてるかもしれない。
でも違う。違うんです。
僕がその、決められないでいたのはそう云う事じゃないんです。
そんな事はどうでもいい、いや、考えた事すらありません。
秋乃も、鈴子も僕にとってそんな、そんなような事を考える存在なんかじゃない。
そんな事じゃなくて、僕は子供の頃から一緒に居た秋乃と、鈴子と、そして僕を好きだといってくれるその事が嬉しくて、
だからはっきりといえずにいたんです。だらしないと思います。思っています。
でもどちらかを選ぶなんていう決心をする事が出来なかったのです、
いえ、正直に言えば今もです、しかしそれはけしていい加減な気持ちだからではなく、」

彼の話は続く。
真っ赤な紅葉の葉が、私と彼の間に落ちる。
主人様は私に言い聞かせるように、私の顔の高さに合わせるように膝をかがめている。
うーん。やっぱり、このひとは、私より大きくなったんだなあ。

「聞いてますか?聞いて下さい!秋乃に怒ってるんですよ、僕は!」
ちゃんと聞いてください。と声が続く。


しかし私はもうそんな言葉は聞いておらず、
主人様の前に回って、踵を少し上げて爪先立ちになって、
初めて出会った頃に比べて随分と大きくなった背と、
少し男らしく厚くなった胸板に身を預けるようにして、
そしてそれに比べれば幾分細いともいえる首筋に手を廻しながらぎゅうとしがみつくようにした。

頬と頬を合わせるように、そう云う風にしながら私は今、昔そうした時のようににっこりと笑っているのだろう。

そうやって、赤い紅葉の葉を肩に乗せながら、ぎゅうと、ぎゅうと、ぎゅうと、私は可愛らしい主人様を抱き締め続けるのだ。






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by obtaining | 2009-10-17 13:37 | document

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