鈴と王様 1


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鈴と王様
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王になりたいと考えた事があるだろうか。
難しい意味合いでの王じゃない。鍛冶職人の王とか、商売の王とか。
そうじゃなくて純粋な君主としての王って事だ。
国を統べるものとしての王。
判り易い意味合いでの王様の事だ。

まあ、王じゃない人にとっては
王っていうのはなりたいと思うものなんだろうな。と思う。
なんたって何でも出来る。

そこに住んでいる人間達が守らなくてはならない決まりを作るのが王だからだ。
王がこうしろと言えばそれが正しいのであり、その結果がどのようになろうともそれは正解になる。
守らなくてはならない決まりに縛られて好きな事が出来ない人にとってみたら、
これは憧れて当然の事と云う事になるだろう。

例えばの話、戦争をして何千人と人が死んだとしても、
その結果国が滅ぼされない限りは王は正しい。局地戦でいくら負けようとも王は間違ってはいない。
万が一、勝利でもしようものならそれはすべて王の手柄だ。
無論実際に戦争をするのは国民なのだからその中から何人かの英雄は出るだろう。
だが、その英雄が結局王の代わりになると云う事はまず無い。
それらの英雄は国許に戻り、王の為に戦ったと公言し、無論いくらかの出世や金、名誉を手に入れるが
それすらも正直な話、実質的に見れば王の手の平の中の話。
最終的にはそれらの英雄を持つ王は正しいと云う事になるのだ。

それだけじゃない。少々の乱暴だって許される。
王のやる事は根本的な意味で正しいのだから、その行為は極大まで善意的に拡大解釈されるのだ。
例えばある人間を特に理由もなく殺したからと言って、王が責められる事はない。
何故なら、王にそうさせたその人間が、若しくは周囲の人間が悪いからだ。
例えその理由が王の前を無断で横切った、等というものであったとしても、
それはそんな事をしたそいつが悪い。と云う事になる。

それにしたって目の前を横切っただけで殺す事は無いだろう?
そんな事は無い。
神の代弁者たる王の目の前を無断で横切ると云う事はつまりは王に従わないと云う事であり、
つまりは反逆を企てるような奴かも知れず、もしそうなってからでは多数の犠牲者が出るかもしれない。
王はそこまで考え、そして緩み、甘えきっていた配下に対して模範を示したのだ。
なんて事が勝手に後からついてくるのだ。
無論これは王が考える必要すらない。周りが勝手に考えてくれる。
つまりは王が正しいのだと。


なぜそうなのか考えてみた事がある。
王なんか敬って楽しいのか?
王が全てを決めて、本当にいいのか?王が全部正しくて本当にいいのか?
都合悪いこと、ないのか?
いや僕が言う事じゃないかも知れないんだけどさ。
横切っただけで殺されてしまうかもしれないんだよ?
しかもその後、後付けの理由で悪者にされるかもしれない。

それなのに何故?
と、王が敬われる理由って奴をずっと悩んできたんだけれど最近漸く少しだけ判って来た。

王ってのは調整弁って奴なんだろう。
別に王なんて誰だって良いんだ。

ずっと見て来たけれど、人間っていうのは何か基準がないと安心できない傾向がある。
何かをした時にそれが正しいのか正しくないのか、良い事なのか悪い事なのか。
その基準が必要なんだな。

例えば哲学的な話になってしまうけれど
人は人を殺してよいのだろうか。という奴。

そんなものいいわけないだろう。
と思う訳だけれど世の中そう奇麗事だけじゃ終らない。
隣の国が攻めて来たらどうする?殺さざるを得ないだろう?
戦争だけじゃない。例えば国内に何の罪も無い人間を10人殺した奴がいたらどうする?
それ以上殺さないように閉じ込めるか殺してしまわざるを得ないだろう?

そう言う時に王ってのは必要になる訳だ。
王の治世を乱すものだから殺していい。
そいつらを殺す事は王の為になるのだから殺した奴は悪い事をしたどころか良い事をしたって事になる。

人は人を殺してよいのだろうか。
いいのさ。王様の為ならば。

この便利な概念を使う為に、人は王を敬うのだ。
敬うだけじゃない。反発するものだって国の中にはいるけれどそれだって王を基準にして考えられる。
王の支配にはもううんざりだ。王を倒して俺が王になる。
全て王が基準になって考えられる。

そういう事だ。
王がいるだけで色々な事がとても判りやすくなる。
0か1か。
その判断の為に王はいるのだ。


最初の質問に戻ろうか。
王になりたいと考えた事があるだろうか。

もしあるというのならそれに対する僕のアドバイスはこうだ。
いい事もある。
しかし、ならないにこしたものではないし、
何でもできる王でも、できない事はあるって事だけは知っておいた方がいい。


@

いや、まあでももしかしたら、とも思う。
もしかすると僕の子供あたりになるとなって良かったと思うのかもしれない。
いや、僕だって良かったと思う事は多々ある。あるとも。
でも同じ位良くないと思う事だってあるのだ。

きっと王である事が当たり前に感じられるようになるのは僕の子供か孫あたりなんだろう。
僕が王で良いのだろうか。
こんな事を悩むのは、こんな気持になるのはきっとこの国では3代目である僕が最初で最後になるんだろう。
そう思う。


最初に王になったのは僕の爺さんだった。
僕が物心付いた頃は既に国王を退いており、
僕には甘くてとても優しい人という印象しかないが、これがまた優秀な人だった。

簡潔に纏めるとこうなる。

地方の農村の長だった爺さんは飢饉の際に自衛の為の組織を作ったのが切っ掛けで、
それがどうしたもんだか周囲の村を巻き込んだ連合体の作成となって、
あれよあれよという間に領地を増やし、飲み込み、切り取った末、
一代で周囲の領主達を全て飲み込んで僅か40年程でこの広大な王国を作り上げた。

書けばそんなもんだが実際やったのだからたいしたものだ。
そんな風だから国産みの物語として爺さんの話は今は国中で語られており、
話半分に聞いたって大層な伝説には事欠かない。

なにせ周囲を全て敵にまわしながら大会戦を軽く10回、
小さいのを含めると100以上の戦争の悉くに勝利した結果での王国の樹立である。
物語として読むととても面白いが、当時はさぞかし凄かったのだろうと思う。
僕が遊びに行くと目元をぐんにゃり曲げて抱き上げてくれた優しい爺さんだったけれど
敵には鬼神、魔神と恐れられたというのだから人は判らない。

爺さんがそうやって広大な領土を手に入れた後、次に王となったのは僕の父だった。
父は爺さんに付いて各地を転戦したという意味では歴戦の勇者であった事は間違いないだろうが
寧ろその仕事の多くは国王になってから為された。
つまり、父はこれまた優秀だった。爺さんとは違う方向で。
爺さんは何だかんだ言っても要は地方の農村の長だった。
戦争には強かったが、国を作って王になった途端、何をやっていいのか判らなかったのだろう。
父に全てを任せて国王を退いて、後は昔の仲間と酒盛りなんかをやって楽しく過ごしていた。

爺さんに全てを任された父は国内から優秀な人間を集めて政治を行った。
連合体に近かったこの国を国王を中心とした強大な国に作り変えたのは父の力だ。
父の治世は15年に渡り、その間に父は戦争を治め、国内を安定させ、
ある意味では徹底的な粛清を行い、そして強大な権力をすべて国王の元に集めた。
それを全部やった後、父は満足しきった顔で17歳だった僕に国を譲り、
思い残す事は無いとばかりにあっさりと病気で死んだ。
当然爺さんはその前に死んでいた。

そして僕だ。
爺さんと父さんが大層働いたお陰で、国内は安定し、
長く続いた戦争は過去のものとなり民の声は喜びに溢れている。
つまりは平和だ。
国内は国王を中心とした強力な体制を引いているお陰で穀物も安定して生産されており飢える事はなく、
町には様々な文化が生まれている。
爺さんと父さんが作った法律は優秀で、しかも野心を持たない政治家達によって磨き上げられ、
悪商が栄える事もただ虐げられる国民も存在しない。
外交関係も順調で確かに敵対する勢力もいないではないが、
こちらの繁栄に合わせるように近年では寧ろ共に手を取って栄えようという風潮に変わってきている。
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by obtaining | 2009-07-07 12:02 | document

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