夢についての閑話



うそだろう。

いやいやいやいやいやいやいやいや。
ありえないありえないありえないありえないありえない。
うん。

学校に遅刻しそうで走っていたら
「わー!どいてどいてー」
どしーん。
「いたたたた・・・気を付けなさいよね!」
「な、なんだよそっちこそ!」

「今日は転校生を紹介します。」
「なーなー。女かな。美人だと良いよな。」
「どっちでもいいよ・・・くっそ、いてて。」
「今日からこのクラスの仲間になります・・・」
「あーーー!!」
「あーーー!!」

ぐらいありえないと言えばいいだろうか。
うん。多分それくらいには、ありえない。

@@

「ねえ。貴志くん。醤油はどこ?」
「あ、その上です。右の棚の下。ヤマサの。そうそれです。」
「・・・私は醤油入れどこって聞いたつもりなんだけど……、このまま使ってるわけね。
 醤油入れぐらいは買おうよ。貴志くん。」
呆れた顔でこっちを見てくる和歌葉先輩の顔を見て頷く。
「あんまり使ってないので・・・」
顔が熱い。恐らく和歌葉先輩に向かって頷いた僕の顔は今、ものすごい呆けているんだろう。
熱の所為だと勘違いしてくれれば良いのだけれど。まともに顔を見れない。

「まあいいけど。いくら男の子の1人暮らしだって基本的なものは買っておいたほうが良いよ。」
「そ、そうですね。」

なんだろうか。これは。
目の前にエプロン姿の和歌葉先輩がいる、のは判る。
えらく可愛い。ものっそい可愛い。超可愛いって感じ。
いつものびっとした感じはそのままに、エプロンは熊さんだ。
スカートはお気に入りなんだろう、時々履いている赤のチェックのスカート。アメリカの女子高生みたいな奴。
そしてやばいくらいに真っ白で細い脚。
薄手のブラウスを腕まくりしている。何だか全体的に和歌葉先輩女子高生バージョン的な格好。
そしてトレードマークみたいに綺麗に編まれた長い一本の三つ編み。
狙ってやってるのだろうか。
物凄く似合うけれどそう言ったら言ったで和歌葉先輩は怒りそうな気もする。

「うっわ、案の定油も鍋も無いや。どうなってるんだきみの家は。持ってきてよかった。
ねえ、貴志君、きみ、梅干し大丈夫だよね。」
「…はい。」
「…あれ、熱上がったかな。」
僕の顔を見て、少し眉を潜めると、和歌葉先輩はぺっぺっと手から水を切ってこっちに近づいてきた。

「いえ、大丈夫です!全然、大丈夫ですから!」
「起き上がっちゃダメだってば。」
ぺと。とベッドから起き上がろうとした僕のおでこにかがみ込んで来た和歌葉先輩のひんやりとした手が当たる。
そしてそのままぐぐぐ、と力でベッドに押し倒される。
僕を押し倒した和歌葉先輩はつまり上半身を僕にくっ付けるように状態を倒しており、
そしてつまりその体勢、僕から見ると和歌葉先輩が圧し掛かる様にしている事によって僕の眼前に広がる未知との遭遇的な何か。
つまりブラウスの上の隙間から覗くすっごく際どい部分。
真っ白くて、柔らかそうで、ええと、思ったよりも大きいおっぱいの部分。とブラジャー。

おでこには和歌葉先輩の手。眼前にはおっぱい。
「んー。大丈夫かな。ご飯食べたら、解熱剤飲みなね。」
すっと体が離される。
和歌葉先輩が掛け布団をぽんぽんと叩く。
僕の顔を見て、にっこりと笑う。
やっぱめっちゃ可愛い。和歌葉先輩。

ああ、そうか。
僕は死ぬのかもしれない。

ふと考えたそんな事が余りに真実味を帯びていると思って、背筋がぞっとした。

僕は今きっと、寒い自分の部屋にいるのだ。
エアコンも止まり、ひき込んだ酷い風邪の所為で意識はきっと朦朧としている。
1日前に食べたカップラーメンは片付けられないままきっと机の上に冷え切った汁が残ったまま放置されている。
電気は消えていてしん、と何の音もしない。
普段から使わない薬入れは空だ。
冷蔵庫にはビールと麦茶しか入っていない。
そんな中で弱弱しく咳込んでいるのだ。
最後にこんな幸せな夢を見ながら。

「うん、塩が無い。これは予想外だった。ね、貴志君塩ってどこかな。もしかして無いなんて…寝ちゃった?」

だって、そんなはず無いもの。
和歌葉先輩がここにいるなんて、そんなはず無いもの。


@@

酒の上での過ち。という言葉を聞いて皆はどのような事を考えるだろうか。
酒の上での過ち=ちょっとした失敗
と考える人間はきっと幸せな人間だ。ね。
ちょっとした失敗なんだろうね。きっと。
吐いちゃって周囲に迷惑を掛けてしまった、とか。
絡んでしまった、位なんだろうね。
笑いながら語れちゃうんだろうね。ね。
持ちネタにしちゃったりするんだろうね。

僕は酒の上での過ちと聞く度に暗澹たる気分になる。
絶望的な気分になる。
死にたくなる。
その事を思い出す度、高い建物にいれば窓を破って外に飛び出したくなるし頭を掻き毟りたくなる。
ああああああああああああああああと叫びたくなる。
この前は近所のTUTAYAで思い出してしまって訳も無く店内を猛スピードで歩き回った。

そ、その、和歌葉先輩に対して。
それまでは上手くやっていたのだ。
上手くやっていたと思う。僕なりに。
好きな人に対する態度として、そんなに変な事はしていなかった。

サークルの勧誘で和歌葉先輩に勧誘してもらって。
地元が一緒っていう縁で僕の事をとっても可愛がってくれて。
だから、和歌葉先輩の事が好きになって。
和歌葉先輩と話がしたくて、もっと仲良くなりたくて。
1年間かけてようやく仲良くなって、もしかしたら今度デート出切るかもって事にもなりそうで。
和歌葉先輩も、もしかしたら僕のことが、なんて馬鹿なことさえ考えて。

それなのに、酒の上の過ちでぶち壊したのは、僕だ。

経緯はこうだ。
その日、というか2週間前、僕は同じ学科の奴らと飲みに行き、酔った挙句に忘れ物を思い出してサークル棟に行った。
するとそこに和歌葉先輩がちょこなんと座って勉強をしていた。
しかも。
サークル室のドアを開けたその時、和歌葉先輩がふと机から顔を上げて僕を見たその時、
ちょっと和歌葉先輩が嬉しそうな顔をしたように見えて、それで僕は有頂天になってしまったのだ。

その、普段はクールで勉強が出来て総代で卒業も間違い無しなんて言われている和歌葉先輩だけれど
ふと先輩は時々そうやって感情をみせてくれる。
僕だけにと思ったのはきっと自惚れだ。
でもそう云う時、とても和歌葉先輩は無防備で可愛らしく見えて、
そして先輩は僕が予定があって行かない予定だったサークルにふと行ったときだとか、
学食でふと会った時だとか、そう云う時にそういう表情をしてくれるものだから。
それで僕は勘違いをしてしまったのだ。

楽しく話をして(少なくとも僕はそう思っていた。)サークルの話とか、授業の話とかをして。
その時、僕と先輩の距離が近すぎたのが原因だと思う。
僕は椅子を逆側に座ってがこがこ揺らしていて和歌葉先輩は普通に背筋を伸ばして座っていた。

酔っ払っていた僕の髪型とかがだらしなかったんだろう。
和歌葉先輩は
「貴志君、髪の毛がはねているよ。」
といって僕の頭に手を伸ばしてきた。
サークルの窓の外は真っ暗で、窓から大学の広い敷地と、敷地内にある電灯だけが薄ぼんやりと見えてた。
サークル室に置いてある和歌葉先輩が中学生の時に使っていたっていうラジカセからは奥華子の曲なんかが流れてて、夜中だからそれ以外の音は何も聞こえなかった。
そして和歌葉先輩の手が僕の頭を擽るように動いて。

そして僕はあろう事か、先輩の手を取って僕の方に引き寄せて、和歌葉先輩にキスをしたのだ。
思いっきり。
舌とか入れた。初めての癖に。
先輩の唇は柔らかくて、差し入れた舌が感じる口の中はあったかくて、そして甘い匂いがした。
先輩の唾液が僕の舌先に感じられて、僕は震えるぐらい、感動した。

和歌葉先輩は本当にびっくりしたみたいに目を見開いていて、みるみる首筋まで真っ赤になった。
不思議な事に僕が唇を離すまで先輩は抵抗をせずに受け入れてくれていた。
きっと、びっくりして動けなかったんだろう。

うん。バカだな。やった僕もびっくりした位だ。先輩はもっとだ。
もしかしたら怖かったのかもしれない。
いや、怖かったに決まっている。
酔っていた僕はどんな顔をしていたのだろう。
赤い顔をして、酒臭くて、そして、和歌葉先輩に向かって欲望丸出しな、きっと醜い顔をしていただろう。

一分位して唇を離した瞬間、和歌葉先輩は目を見開いたままで。
それからはっと我に返ったみたいに唇を押さえた。
そして。
「貴志君の、馬鹿ぁっ!!!」
と叫んでばちこーーーーーんと僕のほっぺたを叩いたのだ。

僕も僕で混乱していてそのまま走って逃げた。
誰もいない大学の構内を、電灯の光に案内されるように僕は泣きながら全力で走った。

そして走りながら考えた。
終ったのだと。
僕の軽率な行動でとんでもない事をしてしまった。
和歌葉先輩を傷つけてしまった。

もう、僕と和歌葉先輩の仲も、おしまいだ。
きっともう先輩は口なんて聞いてもくれないに違いない。
そしてそれだけじゃない。
僕と先輩の仲も、そして先輩以外に僕しかメンバーのいない、
僕が入るまで先輩が1人で守ってきた水道管ゲームサークルもこれでおしまいなのだ。と。


@@

「塩がないなら味噌だ。という感じで途中で軌道修正できるあたり、自分の才能が時々怖くなる。うん。いける。多分。」
ふう。ふう。とスプーンの上に乗せたお粥を醒ましながら先輩はそのスプーンを半分、ぱくりと口に咥えた。
普通それは僕に食べさせてくれるのでは。と思った瞬間、
先輩はそのスプーンをそのまま、僕の口元へと持って来た。

それは先程、先輩の口にちょっと咥えられたスプーンで。
上には凄くおいしそうなおかゆが乗っている。

これは、罠なのではないだろうか。
ふと頭を過ぎる。
このスプーンを咥えようとすると先輩が鬼の形相になって鍋ごと頭からばしゃーって。あちちあちち、って。

「ほら、あーん。」
そんな事も無く、僕の口の中にスプーンが突っ込まれる。
何とも食欲をそそる、葱の風味と少しの味噌の風味が合わさった香りが口内に広がる。

急におなかがぐうと鳴って、自分が腹ペコだった事を思い出す。
「ほら、貴志君、もう一口。」

1人で食べれます。と言っても和歌葉先輩はスプーンを僕の口元に運び続けてくれた。
僕は生まれたての雛鳥みたいな気分になりながら、差し出されるお粥を食べ続けた。
温かいお粥がどんどんとお腹に溜まっていって、
それと同時にどんなに布団に包まっていても冷え切っていた僕の身体も温まってきた。

これが夢じゃない事は、もう判っていた。
部屋の電球は明るくて、部屋の中は温かくて、そして和歌葉先輩が目の前にいる。
食べ終わってから、僕は和歌葉先輩に向かって聞いた。
「和歌葉先輩、どうして」
「どうしてはこっちのセリフです。」
瞬間、遮られる僕の言葉。そしてなぜか敬語になる先輩。
「というかね、貴志君。ありえないでしょう。」
そして怒る和歌葉先輩。

「風邪ひいてるからちょっとだけにしておくけど。
急にキスしてきた上に走って逃げるわその上姿を現さなくなるわ。どうなってるの?
普通、キスっていうのはお付き合いをしている間柄でするものでしょう。」

「はい。」
突然飛び出た全くの正論に言葉も無いが、なんだかそういう話でも無い気もする。
とりあえず怒られているので正座は出来ないが神妙に頷く。

「しかも酔っ払った上でキスなんて。男の子ならもうちょっとちゃんとした舞台を整えるべきじゃない?
ううん。整えるべき。整えるべきです。」
和歌葉先輩はわたわたと手を振りながら主張してくる。
「はい。」
何を言っているか判らないけれど、頷く。

「こっちにだって心の準備だとか考えていた事とか、色々ある訳。そういうのをすっ飛ばしたら、ダメなの。
水道管ゲームだって、UNOだって、ルールをちゃんと覚えればもっと面白くなるって私、きみに教えたでしょう?」
「はい。」

「それに、私も初めてだったからびっくりして引っ叩いちゃって良くなかったけれど、
君もびっくりした女の子を放って走って逃げるって何?どういう事?
その上次の日も次の日もサークルに現れないってどういう事?
私言ったよね。水道管ゲームもUNOも1人で出来ないんだからサークルには毎日来る事って君に言ったよね。」
「はい。」

「あんな事された上に、サークル部屋に1人ぼっちでいる私の事を君は考えなかったわけ?」
「すいません。」
「女の子はね。1人でいるのに弱いの。判ってる?
わたし、じゃない水道管ゲームサークルは、君がいないともう成り立たないの!」
先輩は僕の目を見ながら、そう言って怒る。
先輩の目はちょっと潤んでいて、色白の可愛らしい顔で、怒っているから口がへの字型に曲がっていて。

「そ、その上、いい加減もうどういう事?と思って文句言おうと思って君の家にきたら寝込んでるし唸ってるし。
家の中には何も無いから家に色々取りに帰ったりスーパーに行ったり大変だったんだから。」
「はい。」
「で、何かいう事は。」

僕は息を吸った。
どうせ夢ならええいままよ。というものだ。
え?夢じゃないって言ったって?
そう。夢じゃない事は判っている。
でも和歌葉先輩が僕の事を嫌いになっていないらしいって事、
今ここにいてくれるって事は夢みたいなものだ。
だから、夢だと思って言うべき事を、しっかりと息を吸って僕は言う。
「和歌葉先輩が好きです。」

先輩は面食らったみたいな顔をして、それからぼん。と赤くなった。
「あ、あ、ありがとうございますとかでしょう。ここは・・・」

「和歌葉先輩が好きです。順番が逆になってごめんなさい。
僕は先輩の事が大好きで、それでこれからも一緒にいたい。
それから今日の先輩の服、すっごく可愛い。」

「ま、また急にそんなこと・・・」

「ダメですか?」
僕がそう言うと、先輩はむむむむむ。と困ったように両手を振った後、
両手の一番近くにあった自分の三つ編みを掴んでねじった。
暫く考えるようにした後、
「へ、返事は君の風邪が治ってからっ。も、もう食器片付けるからね。」
そう言って横を向いてしまった。

そして。

「少しは貴志君、君にも気を揉んでもらわないといけないから、君の風邪が治ってからっ。」
和歌葉先輩はそう言い足すと、食器を持って立ち上がって、それから少しだけ僕を睨んできた。
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by obtaining | 2009-02-25 10:23 | document

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